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Torisugariの日記: 世界のオザワ

日記 by Torisugari

ちょうど今から3年ほど前、はてなブックマークで"erogeek"というキーワードを見てから、何かしらエロに関連することを書こうと頭を悩ませていたのですが、これが案外難しいものです。

そんな中、ひとつだけ温めていたネタがあります。それが、

世界で最も有名なオザワさんは、セイジでもイチロウでもなければ、もちろんケンジでもない。マリア。

です。

一郎さんが幹事長を辞任したころにGoogleの検索結果で気付いたのですが、不勉強にしてマリアさんが何者か知らなかったので、その圧倒的な結果にかなり驚きました。しかし、これって、他に客観的なデータがないんですよね。なんとか数字の裏づけを取りたいと思っていたところ、今度は(おそらく)Googleのランク評価からエロ系が軒並み落ちてきてしまって、今では残念な感じになっています。

http://www.google.com/search?q=ozawa
(google.co.jpにリダイレクトされたりする場合は、言語関係の設定を変えてみてください。)

音楽愛好家としては、ぜひとも征爾さんに頑張ってもらいたいのですが、どうやら、既に太刀打ちできるレベルではないようです。とはいえ、先程述べたように、客観的な数字は無いのですがね。

これは一見「VHSがベータマックスに勝ったのは…」と同種の話のように思われますし、確かに根本的な原因にそれがあることは間違いないでしょう。しかし、もう1つ忘れてはならないのが、おそらく(国内はともかく国際市場における)商業的な成功ではない、という点です。すなわち、彼女の雷名を轟かせしめたもう1つの原動力は「違法コピー」なのでしょう。これは、ある種の寒気を覚えるべき現象なのです。

時々、私は海外で違法にアップロードする人のことを考えます。中には違法行為によって直接(広告収入などの)利益を得ている人もいるでしょう。しかし、全く利益を得ずに違法行為に手を染めている人も、また、多いはずです。マキャベリ的な損得勘定で考えると、明らかに損しかない違法アップロードの動機に、あえて理由をつけるなら、それは、善意と呼ぶべきでしょう。義侠心と言ってもいいかもしれません。

それは、昏い善意です。法的にも倫理的にも決して許されることではありません。しかし、動機を善意というラベルで分類するなら、多くのことが見えてくるようです。

「違法コピー」は他人の権利を蹂躙することによって利益を得る仕組みであり、その大局的な動機は極めて利己的です。違法コピーのグループはその外の社会から一方的に搾取しています。一方で、違法コピーのグループの内部では、そのメンバーによる献身がなければ機能しません。メンバー全員が完全に利己的である場合、「違法アップロード→違法ダウンロード」というプロセスは起こりえないはずです。あるいは、存在したとしても、有限回で違法行為が停止してしまいます。しかし、現実に「違法アップロード→違法ダウンロード→違法アップロード→違法ダウンロード…」のプロセスは確かに繋がっています。かくして違法コピーのサイクルは外の社会のデータを全て食いつぶすまで、半永久的に回り続けるのです。

つまり、この「大局的な利己主義」は、一般的な意味の「利己的」ではなく、ドーキンスさん的な意味の「利己的」であり、ベンサムさん的な意味の「功利主義」なのです。そして、それを成立させるために得体の知れない力が働いており、それこそが「昏い善意」です。普通、功利主義を実現するために、我々は人工的な力、例えば「法」であったり、「政府」であったりを想定します。法も無く政府も無く、例えば、「所得の再分配」が出来得るものでしょうか?しかし、この「昏い善意」は完全無欠にアナーキーなものです。

違法コピーのもう1つの姿として、「大局的にはファイル交換である」という点が挙げられます。しかし、この「交換」にしても、一般的な意味合いの「交換」とは全く違います。「違法にアップロードすること」と「違法にダウンロードすること」は、因果関係こそあれ、人間の行動としては厳然とした区別を伴うものです。従来的な区分で考えると、アップロードは贈与に相当し、ダウンロードは収得に相当しますが、贈与が必ずしも収得の見返りとはなりえていません。この高度に断片化された「交換」のかけらを繋ぎ合わせることによって、大局的交換が成立しています。犯罪者たちは、何の担保もなく互いを信頼して与えることによって、自らが受け取っているのです。ですから、ファイル交換はあくまで集団犯罪の姿であり、個別の犯罪の形態は違法な贈与と違法な収得が独立しているのです。

つまり、この犯罪は我々の良く知る現代的な「交換」ではなく、むしろマルセル・モースさんやレヴィ・ストロースさんの例に出てくる未開社会の交換である「互酬的な贈与」や「クラ交換」なんかに非常に近い形態の「交換」じゃないですか?世の社会学者は、もっと真剣に違法ファイル交換コミュニティを研究して、その力の構造を解き明かすべきだと思います。それをせずに、ただ、対処療法を重ねたり、複雑な法を組み上げるのは拱手に似て、あまり役に立っていません。

私が思うに、「著作権者が犯罪者から賠償金を取る」というシステムが、既にダメだと思います。むしろ、取り締まった人(=警察)に罰金を原資とした「報奨金」を支払うシステムに切り替えるべきではないでしょうか。仮に警察に「昏い善意」に対処するだけのマンパワーが足りなかったとしても、後は市場に任せるだけで、勝手にシステムが回っていきます。それが資本主義の一番素晴しい点です。「犯罪者を減らせば得をする」という事実はもっとわかり易く示されるべきなのです。たとえ、それが斬新を通り越して旧態以前とした賞金稼ぎ方式だったとしても、です。

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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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