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日記

Torisugariの日記: 3つのエリート主義 3

日記 by Torisugari

「エリート主義(elitism)」という言葉も、ある種のバズワードであって、この一言に様々な意味が込められています。しかし、ざっくりと捉えると2つの語義に大別できるでしょう。

1つめのエリート主義は、言うまでもないとは思いますが、はばかりながら一応説明すると、「少数の者が集団の意思決定を行うべきだ」という考え方のことです。船頭多くして、の諺が示すように、エリート主義(1)を奨励する風潮は古今を問わずあります。卑近な例として、会社には必ず代表者(社長)が必要です。よしんば、社内が完全な円卓状態で運営されていたとしても、世間の方で連判状を認めませんから、代表印を必要とする世間の空気がエリート主義(1)そのものです。

一方で、硬直的な人事はほぼ確実に腐敗します。ですから、社会にはエリート主義(1)を排除する仕組みもあります。理事の互選で理事長を選んだりするのがそうです。仮に、物事を決める力を権力と定義するなら、主義としての集権と分権が、そのまま、エリート主義(1)と反エリート主義ということになるでしょう。とはいえ、理事はもともとエリートなので、「理事長」という制度はエリート主義(1)と反エリート主義のバランスを取る中庸の仕組みとも言えます。

この反エリート主義は、言い換えるなら「大勢の者が集団の意思決定を行うべきだ」という考えのことで、ポピュリズム(populism)と呼ばれています。この語に対しては民衆主義などの訳語もありますが、この文章では大衆主義(1)で統一しておくことにします。実際のところ、「ポピュリズム」は「エリート主義」に劣らず多義であり、現在、この素直な意味で「ポピュリズム」という言葉が使われることは滅多にありませんけれども、ここでは「大衆主義(1)」という言葉を単純に考えてください。

2つめのエリート主義は、主にエリート理論などに出てくる学術用語ですが、「少数の者が集団の意思決定を行っている」という考え方のことです。

これだけでは少しわかりにくいので、例として君主制の国(例えば王制ナポリ)と共和制フィレンツェという国を比べてみるとします。まず、君主制の国は制度上、君主個人に最大の権力があるので、当然、エリート主義(1)的な考えをベースとして国家が成り立っています。他方で、イタリアの共和制は大ローマが血縁エリート(=貴族制ローマ)を否定するところが出発点であり、その建前は共和制フィレンツェにも受け継がれていたわけですが、フィレンツェの実態はメディチ家という血縁エリートによる一族支配でした。つまり、名目上の政体が違っていても、結局は「少数の者が集団の意思決定を行っている」状態に違いがなかったわけです。フランス革命で、ブルボン朝による絶対君主制が打倒されたら次はジャコバン独裁だった、という具合に、政治を動かすのは常に少数の者であって、その一点において主義主張が介在する余地がありません。これがエリート主義(2)です。

ですから、エリート主義(2)者は、エリート主義(1)者とは限りません。なんとなれば、集団の構成員の全てが反エリート主義(1)を掲げる思想の持ち主だったしても、その集団の意思決定は少数の人間によって行われている、と考えるのがエリート主義(2)者だからです。

ちなみに、この意味でエリートという言葉を使いだした最初期のエリート主義(2)者たちのひとりがパレートさんです。ですから、ここで説明したエリート主義(2)はパレートの法則を権力という目に見えないモノに敷衍したもの、と捉えるとわかりやすくなります。権力は自ずから局在するのです。ロベルト・ミヒェルスさんはこれを「寡頭制の鉄則」と呼びました。

しかし、このエリート主義(2)には欠けている視点もあります。独裁者だったカエサルやヒトラーは、定義上まさしくエリートですが、同時に彼らは民衆による支持を権力基盤としていたので、時に自分の意思を曲げて民衆に迎合する政策を取っています。つまり、エリートでない存在の意図がエリートの決定に大きな、時には支配的な、影響力を持つ、という状況は決して珍しいわけではありません。そこで、「大勢が集団の意思決定を行っている」という考え方、言うなれば、エリート主義(2)と対比して大衆主義(2)とでも呼ぶべき立場からの観点が存在しているのです。

どんなに専制的なエリートも大衆の意見を完全に無視する決定はできませんし、逆に、どんなに共和的集団も全ての事柄で大衆の思い通りに動くのは不可能です。あらゆる政治的な事象には何がしかのエリート主義(2)的側面と、大衆主義(2)的側面があるので、白黒をはっきりさせた厳密な議論は難しそうです。

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ところで、歴史の本を見ると、「織田信長が安土城を建てた」といったことが書いてあります。これは、どの程度確かな話なのでしょうか?例えば、子供向けの頓知の本なら「安土城を建てたのはだれでしょう?答えは大工さん」といったロジックは十分通じそうに思います。信長本人は、鍬入れくらいはやったかもしれませんが、まさか、石垣を組んだり柱を鉋がけしたりはしていないでしょうから、的確な指摘です。

この日記を読んでいる人は、おそらくそんな子供だましにやすやすと感心させられる人ばかりではないでしょう。さまざまな反論が考えられますが、「織田信長が安土城を建てた」は、つまるところ比喩であって、主体性がどこにあったか、が問題なのです。そして、エリート主義(2)的な考え方をすれば、信長が安土城を建てたことに疑いはありません。しかし、ちょっと待ってください。安土城を建てようと考えたのは、本当に織田信長だったのでしょうか?時代劇的な観点を許せば、信長が恐妻家だったり、家臣の言いなりだったりするのはありそうな設定です。その場合、エリート主義(2)的な意味で安土城を建てたのは帰蝶や森蘭丸かもしれません。そこまで極端でなくても、内心は観音寺城跡に城を建てたくはなかった信長に、重臣の光秀や勝家が強硬に主張してしぶしぶ認めた、というシナリオならありうる話です。最終的に信長が乗り気だったとしても、最も積極的に事業を推進したのが信長でない可能性はかなり高いはずです。こういう細かい話の行き着く先は大工と大差ないでしょう。

正直な話、私は安土城を建てたのが誰だったのか、という点にはさして興味がありません。むしろ、いろいろな意味で実際には信長が安土城を建てていなかったとしても、「織田信長が安土城を建てた」ということにしておいて欲しいと思います。なんだったら、信長が図面を起こしてから瓦を並べるまで全部一人でやったことを認めるのもやぶさかではありません。なぜなら、その方が話が早いからです。「織田信長が安土城を建てた」が比喩であることは承知していますが、その具体的な内容にまでは踏み込みたくないのです。それは、歴史の専門家だけが知っておけばいいことですし、専門家ですら十全には知りえないことなのです。

歴史の本は、いかに登場人物の数が多くとも、そのひとりひとりが本の著者に選ばれたエリートであり、その名に数え切れない「名もなき人々」を背負っています。このエリート主義(3)をあえて定義するなら、「少数の者が集団の意思決定を行っていたことにしておいて欲しい」という考え方です。本の著者もそれを読んでいる我々も人間ですから、集団がどのようなものであるかを十分に表現することができませんし、逆に十分に理解することもできません。だからこそ、織田家という集団の毀誉褒貶を、その全ての功績と罪過を、エリートたる織田信長に投影し、また逆に、織田信長の行為を織田家全体の動向だと見做してしまうのです。

つまり、我々がエリート主義(3)である限り、歴史上の全ての出来事は自ずとエリート主義(2)的に解釈されます。

これは、別に歴史上の人物に限ったことでもないでしょう。例えば、父親の不行跡が原因で男性不信になった女性がいるとしますが、それは彼女にとって男という集団のトップエリートが彼女の父親であることに他なりません。彼女が自覚的に選んだわけではないにしろ、彼女は主に父親を通して男性というグループを理解しているのです。傍目には彼女の世間の狭さを笑うかもしれませんが、その笑っている人にしても、たまたま男のエリートが彼女と異なっているだけであって、狭さという点では大してかわらないでしょう。我々が一生のうちで目にする人の数は全人類の人口に比して知れたもので、その全てを人という集団のエリートと呼んでも差し支えないでしょうから。

エリート主義(3)は、格好良く言えば「オッカムの剃刀」のようなものですが、突き詰めると不正確である、というデメリットは繕いようがありません。要素を集合に、個を全体に見立てられる、という考えは錯覚です。そして、我々の記憶力とガッツと寿命が有限である以上、何人もこの錯覚からは逃れられませんし、逃れる努力を続けた方が幸せとも限りません。ある意味、これは「無知の知」とも呼びうるものですが、エリート主義(3)は、我々が怠惰であることの宣言なのです。そんないいものではなく、どちらかといえば「酸っぱい葡萄」のような何か、というあたりでしょう。

世の中を簡単にするエリート主義(3)のメリットは計り知れません。クロムウェルは航海法で鎖国し、井伊直弼は日米修好通商条約で開国しました。カエサルはブルータスに討たれ、円周率の近似値は3.14で、量子は粒々です。現に私も多義語である「エリート主義」の意味をたったの2つしか紹介していません。この怠慢をエリート主義と言わずして、なんと言うべきでしょうか。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by minet (45149) on 2012年12月02日 13時46分 (#2282696) 日記

    大衆主義(3)も定義できそうですね。
    多数の意思が決定を行なっていたことにして欲しい立場。
    何でもかんでも「時代がそうさせたのだ」的な解釈をしようとする、とか。

    • by Anonymous Coward

      確かにそうですね。

      ただ、その場合、「多数の意思」の方をエリート主義的に解釈しているから、「時代がそうさせたのだ」という結論になったと思うので、表裏の境がペラペラになってしまいますけれど。

  • どうも、エリート主義(2)の用例がウェブ上では少ないようです。

    1. Wikipediaの該当項目(エリート主義 [wikipedia.org])の説明は、ちょっと外れています。
    2. パワーエリート [wikipedia.org]は、まさにエリート主義(2)者によるエリート像です。
    3. 政治学 [wikipedia.org]では、「主要な用語」でウェーバーさんの「少数支配の原理」を説明しているので、ほぼエリート主義(2)の解説ですけれど、「エリート主義」という言葉は使っていません。
    4. wikibooksの『政治学 > 政治学概論』「エリート主義の理論」 [wikibooks.org]が、私の知る限り、ウェブでは一番まともな解説だと思います。
    5. 宮台さんの「「エリート」とは何か(ある場所に書いた記事です) [miyadai.com]」は、「ポケモン言えるかな」みたいに固有名詞のリストだと思えば。少なくとも、「社会の指導的地位を独占する特別に優秀な能力を持つ人または集団を指す」という意味で使うのは無茶だと感じます。「上司は部下より必ず優秀である」って言っているようなものですからね。むしろ、ロベルト・ミヒェルスさんはそれに嫌気が差したからエリート主義(2)者になったのでしょう。
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