パスワードを忘れた? アカウント作成
234597 journal

WindVoiceの日記: 集団の知恵、何てものはない

日記 by WindVoice

先日のストーリーにあったGoogle病もそうだし、今表にある「集団の知恵」なんてものはないというのもそうなんだけど、日本人は特に衆愚に流されやすいと感じるので、どうしてそうなんだろうという理由をつらつらと考えてみた。

まず、衆愚の形成過程なんだけど、そもそも「多数派の意見がもっともらしい」というのがそもそも現代では間違いだ。現在世の中にある問題は専門性の高いものが多い。その問題をちゃんと理解している人がそもそも多数派ではない。そして、その問題について見識のある人も多数派ではない。だから、その問題に有用な回答を用意できる人も、多数派にはなりえないんだ。専門家で無い人は、せめて真の回答が少数派の中にある可能性が高いことを知っておくべきだ。

じゃぁ、自分が直面している問題が何かあったとして、それに対する回答をネットの中から探したいときに、いったいどうすればよいのか? と思うのかもしれない。たいした回答は持っていないのだけど、まずは理想を高く持ちすぎないこと(ベストじゃないがベターな回答なら、まぁまぁ見つかるということ)と、間違えたとしても自分のせいだと考えることかな、と思う。

あと、日本人には議論の習慣がないことも致命的だ。発言するときに、結論を述べ、その結論になる理由を2~3述べて、最後にもう一度結論を(少し言葉を変えて)発言する。独り言でも、自分の中の影の人格相手にでもそうしてみると、自分の言っていることはおかしいな? とか、理由に説得力が足りないな、大丈夫か? と思うことが時々あるはず。でも、他人との衝突を避けることが大切な日本人にとってはそういう習慣が無いんだよね。そこが衆愚に流されていることに自覚できないことが多い原因だと思う。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

最初のバージョンは常に打ち捨てられる。

読み込み中...