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YoRの日記: 意識とは何だろう

日記 by YoR

連載の続き。
ここからはアイデアのコアの部分ではなくて、派生みたいな部分。

意識とは何か、ということを考えてみた。
これは、ある意味CPUで比喩できるような気がする。
アキュムレーターとレジスタ。それが意識なのではないのか。

無意識から記憶を引っ張ってきて、それを検討する部分が意識なのではないか。
そして、その操作、つまり意識には「言語」が必要らしい。

この発想は、以前読んだある記事が元になっている。
ある政治的偶然から生まれた自然発生の手話の記事があり、その末尾にあった、少年期にその手話の発生に居合わせた聾唖者の言葉だ。
「手話ができる以前のことは、よく覚えていない。そこに自分がいて周りの人がいることは分かっている。だけどもぼやけていてはっきりしない。」
この人物は、音声言語が操れない以外は精神は正常な人であるらしい。そういう人であっても、手話という言語がないと意識や記憶がはっきりしない、というようにとれる。

みんなそうだと思うのだが、考えるときには言葉で考えている。子供の時から、言葉なしで考えようと試みるのだが、なかなかできない。これは逆に、言葉が思考を生んでいるのではないのか。

言葉というか、概念のラベリングだろう。言葉というラベルで概念をマークし、それを短期記憶に持つ。言葉がなければ記憶には、概念のイメージというぼやっとしたものを保つしかなくなる。それはある程度以上のことを考えるには荷が重いのではないか。つまり、言葉という圧縮法で記憶領域(ここが先の比喩のレジスタになる)に一時保存することで、思考が滑らかになるのではないか。
また、概念を言葉に起こすこと自体が意識なのではないのかとも思う。

SF的な想像をする。
人は、知能が足りないために、思考に言葉を必要とする。
ある程度以上の知能があれば、思考に言葉を必要としなくなる。とすれば、
非常に知的な異星人が人類を見て、「思考に言語を必要とするとは、なんと知能が足りない生物なのだろう」と思う。

もし、以上の想像が正しければ、人間以外の動物には人間のような思考はないのかもしれない。逆に、言葉を与えることで、人のような思考をもちえるのかもしれない。以前、ゴリラに手話を教えるプロジェクトがあったのをテレビで見たのだが、彼が思考をもった最初のゴリラなのかもしれない。チンパンジーに文字を教えようとしているプロジェクトがあるが、それが本当に知性化(uplift)の一歩になるのかもしれない。

もう一つ。意識は言葉だけでなく、イメージ、つまり画像やら場面やら、によっても成り立つようだ。この場合、イメージのほうが情報が豊かであるように思う。
算盤の名人は、イメージの中の算盤で計算をするという。私はそろばんはよく使わないのだが、イメージを用いて考えることはよくある。そしてそのほうが速い。
ただ、イメージは高性能な分、リソースを食うような気もする。

もう少し続きを何か書くかもしれません。

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Stableって古いって意味だっけ? -- Debian初級

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