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YoRの日記: 私の家系について 2

日記 by YoR

私の父方の曽祖父は香川県大川郡造田村の初代村長だと聞いている。
母方の曽祖父は同村の収入役であった。
…しかし家をつぶして若死にしたと母方の祖父に聞いたのだが…そんな人が収入役やってて大丈夫だったのか?
この母方の家には室町時代の当地の豪族の子孫であるという伝説がある。少なくとも同じ名字を現在も使っている。

この村の読みは「ぞうたそん」である。ややこしいことに香川県内には同じく造田村と書いて「そうだむら」があった(綾歌郡)。
つまり私の曽祖父は「そーだーむらのそんちょーさんがそーだーのんでしんだそーだ(阪田寛夫)」の村長さんではない

ちなみに父の従兄は現在横綱審議委員である。元日弁連副会長と言うと特定されるが、私の祖父の姉の息子に当たる。
つまり造田村初代村長の孫であることになる。

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  • 父から聞いたのだが、うちの家は近くにいた同姓の大地主から名字をもらったのだそうだ。つまり小作だったという。
    それにしては曽祖父の代に被選挙権を持てるほどの財力があったわけなのだが、そのあたりは不明だ。
    また、家紋は「橘」。実家近くの神社(式内社)の神紋と同じであり、本家もその神社の門前にあるので関係があると思われる。

    父方の祖母の実家は備前の国の古代豪族の姓である。距離から言っても全く無関係ではないだろう。
    また、家紋が讃岐橘氏(植田氏族)の三階松であることから、その筋を引いていると考えてもよいだろう。
    家の所在地も植田氏の勢力圏のど真ん中である。

    しかしわかるのはそこまでである。結局私の氏素性は不明だ。しかしかなり濃厚に土地の血をひいているのは間違いないと思う。
    そしてその地の氏族を古代までさかのぼると…桃太郎へつながる。
    おとぎ話と言うなかれ。古代大和政権が畿内から勢力範囲を広げた際に活躍した四道将軍と呼ばれる武将たちが居る。
    そのうち、西海道を彦五十狭芹彦命が征したという。その弟稚武彦命と共に桃太郎のモデルとされる。
    実在は疑わしいが、吉備、讃岐の古代豪族はこれらの将軍の子孫を名乗っているのだ。
    私の近い先祖の姓、家紋などはそれらの氏族と関わりが強い。だから私も桃太郎の子孫と名乗ってかまわないはずだ。

    • ちなみに私の姓だが、どこで調べても発祥は関東、北陸、東北としか出てこない。
      ということはそちらからやってきた人の姓を継いでるということになる。
      ただ、香川県内では他よりもこの姓は多めらしい。それなりの勢力があるということになる。
      さて、私の姓のルーツはどこなのだろうか。

      ちなみに、関東または東北発祥ならば平氏、北陸発祥ならば藤原氏ということらしい。

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