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airheadの日記: song: "Russians" Sting

日記 by airhead

Stingの1stソロアルバム『The Dream Of The Blue Turtles』に、『Russians』という曲が収められているが、その訳詞には違和感を感じる。誤訳とまではいえないものの、細かいニュアンスが違っているのではないだろうか。で、それが気になって仕方ないのでここに書く(私はこのアルバムを発表当時に買ったのだが、今も同じ訳詞が付いているのかどうかについて知らない。「Krushchev」という綴りよりも「Khrushchev」の方が一般的のようだが、ここではライナーの表記に従った)。

まずは冒頭部分を引用しよう。

In Europe and America, there's a growing
feeling of hysteria
conditioned to respond to all the threats
in the rhetorical speeches of the Soviets
Mr. Krushchev said we will bury you
I don't subscribe to this point of view
It would be such an ignorant thing to do
if the russians love their children too

ヨーロッパやアメリカは
手のつけられない恐慌をきたしつつある
もったいぶったソビエトの演説に出てくる
あらゆる脅威に対抗する手段を備えてるのさ
フルシチョフ氏は言う“諸君を葬ってやる”
その意見には賛成できないな
こんなに愚かしいことはないじゃないか
もしロシア人も子供を愛しているならば

(『Russians』 作詞:Sting 対訳:内田久美子)

「その意見には賛成できないな」が誰に向けられた言葉なのかはっきりせず、なんだかちぐはぐな印象を受けないだろうか。「その意見」とはフルシチョフ発言のことだろうか? しかし「葬ってやる」といわれて「賛成する(subscribe)」者などいるのか。「賛成できる/できない」で応えるのが適当な「意見」だろうか。

「subscribe」は「賛成/同意の証として署名する」「申込書に署名する」、転じて「賛成/同意する」「購読する」といった意味の言葉だ。この後の部分でStingは「僕はオッペンハイマーの破壊的な玩具から/どうやって幼い息子を救ったらいいんだろう」と嘆くしかできないでいる。そんな英国在住の一市民が、ソビエトの指導者フルシチョフに「subscribeできないな」と物申すのは、時代が離れていることを抜きにしても不自然な表現ではないか。

で、ここでは「ヒステリー気分に陥っている欧米政府」「ヒステリー気分を煽っているメディア」に対して「支持できない/投票できない」「購読できない」といっているのではないか、と思う。「購読できない」というのはさすがにぎこちないので、意訳すれば次のようになるのではないだろうか。

ヨーロッパとアメリカでは
ヒステリー気分が高まっている
ソビエトの大仰な演説が示す
あらゆる脅威に対応しなきゃならないんだと
フルシチョフ氏は「諸君を葬ってやる」と言った、だって?
そんな見方には付き合いきれないな
そんなのは無知の極みじゃないだろうか
もし ロシア人たちも自分の子供を愛しているのなら
(拙訳)

もう一箇所、原詞と訳詞を引用しよう。

There is no historical precedent
to put the words in the mouth of the president
There's no such thing as a winnable war
It's a lie we don't believe anymore
Mr. Reagan says we will protect you
I don't subscribe to this point of view
Believe me when I say to you
I hope the russians love their children too

大統領に特定の発音を命じる奴がいるなんて
聞いたこともない話だ
勝利が可能な戦争なんてものはない
もうそんな嘘っぱちを信じるもんか
レーガン氏は言う“諸君を守ってやろう”
その意見には賛成できないな
僕は心の底から願う
ロシア人も子供を愛していることを

「聞いたこともない話だ」とあるが、これは誤読をまねかないだろうか。訳詞からでは「大統領の発言を左右する者なんて、いるはずがない」といっているようにも読めるが、Stingは「歴史上の前例(historical precedent)がない」といっているだけで、「現在はいる/現在もいない」について明言していない。冒頭とあわせて「大統領の発言までもヒステリー気分に右左されるとは、世も末だ」と解釈することもできるのではないか。

訳詞の「...氏は言う “諸君を...してやろう”/その意見には賛成できないな」という部分を読んで、単なる反戦歌というか、東西対立に消極的に異を唱えているだけの曲と理解する方もおられるかもしれないが、そうではない。訳詞では「僕は心の底から願う」と控えめな表現になっているが、原詞では「Believe me when I say to you」と訴えている。ここでStingが誰に訴えているのかを推測すべきだ。

これは「いまや市民はプロパガンダに踊らされたりはしない、ロシア人だって子供を愛しているだろうしね」「いま踊らされているのはプロパガンダを行っている当事者だけだ」という、反プロパガンダ宣言の曲だ。もちろんソビエト連邦だけではなく、プロパガンダを行うすべて者に向けられた宣言だろう。

そういった反プロパガンダの主張は歌詞だけにとどまらず、20世紀初頭に活躍したロシア~ソビエトの作曲家Sergei Prokofievの『Lieutenant Kije - Suite, Op. 60: Romance』のテーマメロディの引用までしている。アルバム発表当時にも話題になったが、それをご存知の方もいま一度Prokofievについて調べてみると面白い発見があるかもしれない。

冷戦時代末期に作られた曲だが、いまこそ耳を傾ける価値がある、というのはなんとも皮肉な話だ。最近みんな、ヒステリー気味だよ。

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