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aitoの日記: 与える,奪う,そして真空

日記 by aito
きのう突然ひらめいた.

人間同士のコミュニケーションが開始されるにあたって, 3種類の関係が考えられる.それは,「与える」「奪う」 それから「真空」の3つだ.

与えるコミュニケーションとは,情報やサービスを相手に 提供することによるコミュニケーションだ.自分が知っていることを 相手に教えてあげるとか,何か物をあげるとか,あるいは何かを してあげることによってコミュニケーションが成立する.

奪うコミュニケーションとは,逆に情報やサービスなどを 相手から奪うことで成立する.何かを教えてもらうよう頼むとか, 何かをしてもらう,手伝ってもらう,など.

真空のコミュニケーションは,そのどちらでもない. 情報だけが参加者の間をゆらゆらと行ったりきたりする. あいさつ,他愛のないおしゃべり,などだ.

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私は,基本的に「与えるコミュニケーション」しかうまくできない. 「与えるコミュニケーション」は他者に奉仕するので一見 美しいようだが,その奉仕は自分へ関心を向けてもらうための 代償だ.スネ夫が友達に「こんど新しいおもちゃ 買ってもらったんだぜ,うちに来いよ」というのと基本的には 同じだ.与えるものがあるうちはいいが,与えるものがなくなっ たらどうしよう,私は誰にも相手にされないんじゃないか, という不安と向き合うことになる.

世の中には,「奪うコミュニケーション」が得意な人もいる. しょっちゅうどうでもいいことを聞きに来たり,何かを せがんできたり.そういう人にとっては,自分が何かを 頼んで相手の注意を引くことがコミュニケーションの取っ掛かり なのだろう.

真空のコミュニケーションは,私にとって最も不可解な コミュニケーションモードだ.でもそういうモードは確実に あって,情報がゆらゆらしている場を共有することが コミュニケーションなのだ.

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そういうことを考えると,教員という職業は私に向いている のだろう.教員は基本的に知識を与えるものだからね. もし教員を首になったら…さあどうしよう.

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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie

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