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日記

aitoの日記: 2011年3月11日

日記 by aito

1年前の日記.途中までしか書いてないのでずっとお蔵入りしていたが、1年経ったのでそのまま公開.
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2011年3月11日(金)

朝6時半ぐらいに起きる。朝食はカロリーメイト2本。昨日の懇親会で大量に食べたのでちょっと胃がもたれている。
シャワーを浴びて、メールチェックなど。8時過ぎに、これまで3泊していた池袋のサクラホテルをチェックアウト。荷物はキャリーバッグだが重い。早稲田大学理工学部で開催されている日本音響学会春期研究発表会の最終日に参加するため、池袋駅から副都心線で西早稲田へ。

早稲田大学到着は9時ちょっと前だったが、セッションは9時半からなので、しばらく休憩所でコーヒーを飲みながら今日のセッションの論文概要を眺めたりする。

9時半から10時半まで音声Aの言語モデルセッション。うちの増村君の発表その1がある。そのほかにもおもしろい発表があった。

10時45分からのセッションは私が座長。京都大学河原先生による、音声認識を使った衆議院会議録作成システムについての発表が5件ある。使われている技術的には特に新しいところはないが、大規模で実用になっているシステムの開発という点で興味深い。技術的に新規な点があまりなかったせいか、質疑はあまり活発ではなかった。

セッション終了後、ただちに学術委員会へ。12時前に始まっていたので、私は途中から参加。今回は次回の秋の音響学会での編集委員会コミュニティセッションの提案などをした。

14時半頃委員会が終わる。関連セッションをただちに聞いてもいいのだが、大学のガイダンス委員会関係で、緊急に対応が必要な学生さんがいたので、休憩室でそのためのメールを書いたりする。

3時ちょっと前、休憩室でメールを書いていると地震。やあ地震か、横揺れが大きいな、と思っていたら、10秒ぐらい経って、経験したことのない(いや、30年ぐらい前に一度経験した)ほど大きな揺れがきた。天井吊りのエアコンがもげそうな勢いで揺れ、休憩室のポットが倒れそうで危険な状態。これはまずいと、あわてて荷物一式もって外に避難する。幸い休憩室は階段のすぐ横の2階だったので、スムーズに外に出られた。外の広場には避難した人たちが多数。揺れ初めて2分ぐらい経ったかと思うが、まだ揺れている。この揺れ方は震源が遠いので、宮城県沖地震が心をよぎる。携帯のワンセグでテレビをつけると、どこのチャンネルも地震のニュースをやっていた。思った通り、震源は三陸沖。とうとう起きたかという気持ちと、また私が自宅付近にいないときに起きてしまったかという気持ちで、何ともいえない不快な気分。電話は通じるはずがないので、とりあえずカミサンにメール。

避難者の中から研究室メンバーを探す。何人かは見つからない。建物が崩れたりはしていないので、大丈夫だとは思うが不安。どうすることもできず、20分ほど待機。

その後、隣の戸山公園に移動するようアナウンスがあったので、皆ぞろぞろと移動。鈴木研のメンバーと話をしたり、見あたらない人を探したりする。大道君はこの近くにいるはずなのに、いくら探しても見あたらない。そのうち自宅からメールが来て、家族の無事が確認された。どういう状況なのかはよくわからないが、とにかく無事でよかった。

だいぶ待った後、音響学会中止のアナウンスがあった。災害のために学会が途中で中止になったのはこれが初めてじゃないだろうか。しかし早稲田の建物はとりあえず立ち入り禁止で内部の点検をしているようなので、セッション再会は事実上不可能なのは明らか。大会中止はやむを得ない判断だろう。

しばらく大道君を探したが見つからない。集まったメンバーの何人かが池袋駅に荷物を預けているというので、大道君にはメールで池袋駅に行くことを伝えて、集まったメンバーで池袋に移動。早稲田のJR最寄り駅である高田馬場から2駅だが、歩くと結構長くて、しかも道がよくわからないのでグーグル先生に聞きながらの行軍。1時間ぐらい歩いたろうか。池袋駅西口で無事大道君とも再会し、東京にいる研究室メンバー(+OBの相場君)全員の無事を確認した。これ以上一緒に行動することは難しいので、各自分かれて今夜の宿を確保するよう指示して解散。

私は一人別れて、とりあえず何か食おうと池袋周辺を徘徊。ラーメン屋(「おっぺしゃん」とよく似た雰囲気だが名前は別だった)に入り、節骨味玉ラーメン。鰹節風味のこってりスープで、やたらと太い麺。腹が膨れて元気が出る。

さて、研究室メンバーには急いで宿を探せと言っておきながら、やっぱり明日の電車が心配なので、東京駅まで歩いてみることにする。グーグル先生に道を聞きながら、東池袋→飯田橋→お茶の水→秋葉原と進む。行程3時間ぐらいだろうか。

山手線内を南北に縦断するルートを徒歩で歩いたわけだが、どこに行ってもすごい人。都内のすべての電車が止まっている(都電荒川線だけ動いていた)。バスは生きているので、バス停にはどこも長蛇の列ができている。歩いている人の中にはヘルメットをかぶっている人もいる。職場で常備しているのだろう(私の職場にもある)。細い月がきれいだった。

やはり不安になり、途中で宿を探してみたが、カプセルホテルからエロDVDボックスまですべて満室なので、覚悟を決めて東京駅まで歩く。

駅近くまできて、丸の内オアゾが避難所になっているのを見かけたのだが、避難所にどう入っていいのかよくわからない。直接中に入れる扉は全部封鎖されている。しかたなく丸の内ビルの地下にいくと、あっちでもこっちでも帰宅難民が廊下の脇にうずくまっていた。テレビがあちこちにあり、今日の地震に関する特別番組をやっていた。津波による悲惨な状況が繰り返し画面に写し出されている。

歩き疲れたので廊下の端でうずくまって1時間ほど休む。さすがに足が痛い。しかしこんなところで休んでいたらここまで歩いた意味がないので、足を引きずりながら東京駅へ。

東京駅でも多数の帰宅難民たちが床に寝転がっていた。当然だが新幹線は止まっていて、高速バスも東北方面は運行中止。ともかくここにいれば最新情報がわかるので、ほかの難民のみなさんと一緒に夜明かしすることに。途中、池袋の謎ホテルに滞在中の大道君から「よろしければこちらにきませんか」という電話。本当にありがたい。でも数時間かけて戻る気はしないので、お礼だけで。

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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