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日記

akiraaniの日記: コミケとニコニコ動画の話 4

日記 by akiraani

 C83申し込みもオンラインで済ませて、次何作ろうかというところをぼんやり構想中ですが、カードを使った何かを作ろうかと思ってます。
 と言うのも、個人的に冊子の形態のもをコミケに出す意義が年々減ってきてるからなんですよね。
 これはあくまで私見なんですが、コミケ(含む同人誌即売会)の意義って、大きく分けると「自由な創作活動の発表の場」であることと「コミュニティの交流の場」の二つがあると思ってます。
 ネットの普及で前者の重要性がどんどん少なくなっていて、今となってはコミケにサークル参加する意義の大半が「コミュニティの交流の場」としての部分になってしまっています。なぜかというと、「自由な創作活動の発表の場」については、インターネットの発達でずいぶんと代替手段が出てきたからです。その中でも特に大きいのがニコニコ動画で、自分もいくつか動画を投稿していたりします。

 ニコニコ動画の特殊なところは権利問題を起こしたりしないためのルールがクリエイターの側に使いやすいように整備されているところです。n次創作のリンクを行うためのシステムだとか、権利者との軋轢を回避するための交渉なんかを運営が積極的に行っている一方で、創作活動としての場を荒らすような悪質な投稿者や視聴者はできるだけコミュニティの総意にそう形でオミットするようになっています。これはコミックマーケットがやってきた活動に通じるところがずいぶんとあります。
 そのせいか、コミケとニコ動で活動が連動している人がかなりの数います。そのあたりがわかりやすいのが「東方」のジャンルでしょうか。
 いわゆる東方ジャンルはニコニコ動画で一大ブレイクしたかのようなイメージがありますが、東方ジャンル専門の同人誌即売会である博麗神社例大祭が開始されたのは2004年であり、ニコニコ動画は2007年にサービスインです。つまり、ニコ動以前にもすでに一定の規模の東方シリーズのファンコミュニティが存在したことがうかがえます。
 東方シリーズはもともとコミケで販売されていた同人シューティングゲームであり、少なくとも2007年夏までの段階まではコミックマーケットのような同人誌即売会を中心にコミュニティが作られていったと考えてよいでしょう。いわば、コミケからニコニコ動画に流入した文化と言えます。
 一方、コミケのジャンルコードで東方が独立したのはC76(2009夏)で、この時同時に事実上のボカロ系である創作(デジタル・その他)も独立しています。
 このことから、ニコニコ動画で育ったコミュニティがコミケに大量に流入していたことがうかがえます。その後もコミケにおける東方ジャンルは拡大を続けているが、これはニコニコ動画全体がいまだ拡大を続けているという背景があるためと考えられ、純粋にニコ動以降に発生したと考えられるボカロ系(創作(デジタル・その他))も拡大を続けていることからもそれをうかがい知ることができます。

 純粋に創作発表の場としてコミケとニコニコ動画を比較した場合、規模や手軽さの面では圧倒的にニコニコ動画の方が便利です。いくらコミケが巨大なイベントだからって、アクティブユーザー数が700万人以上いるニコニコ動画に比べれば小さなものです。コミケと違って参加するための手続きや費用も格段に少なく、自宅から気軽に投稿することができます。
 コミケに参加して同人誌を出す場合、高い印刷費用と手間暇をかけて同人誌を刷り、イベント参加のためにいろいろ準備をして人ごみあふれる過酷な環境に出てくる必要があります。どちらがハードルが低いかは言うまでもないでしょう。
 ニコニコ静止画などのサービスによって、電子書籍と変わらない形式でデータを公開することもできますので、少なくとも「作品を作ってたくさんの人に読んでもらって感想をもらう」という部分ではコミケは時代遅れのプラットフォームであると言えるでしょう。

 一方で、「コミュニティの交流の場」としてはニコニコ動画でもコミケの代わりにはなってくれません。
 コミケ運営はコミュニティ交流の利便性に関しても相当な尽力していて、約3万5千あるサークルがある中で申込時の申請内容を細かく吟味し、たった数サークルしかないようなマイナーなジャンルでも同好の士が隣接するように丁寧な配置を行います。そのため、配置を担当する専門のスタッフがカテゴリごとにいて、申込時に前回の配置に不備がなかったかどうかのアンケートを毎回とっています。
 このため、新しく流行し始めた作品のコミュニティでも隣接して配置されるので、当日初めて会った人とも活発な交流を行うことが可能になっています。
 オンラインでのコミュニティでこういったオフラインでの交流を持とうとした場合、誰かがリーダーシップをとってユーザーイベントを開催する必要があり、大規模になると交流に伴うトラブルを防ぐためのルール作りが必要になります。これは非常にコストのかかることなので、アイマスのようにオフィシャルが積極的にイベントを開催してくれたりしない限り、なかなかうまくはいかないものです。
 このルール中で同人誌というアイテムが利用されています。コミケにサークル参加すると、同じジャンルの仲間への朝のあいさつで名刺代わりに作った同人誌を交換し合います。これらの同人誌の交換はたとえジャンルが異なる場合であっても、隣接して配置されていれば挨拶の一環として行われることも多いです。このため、新作を一切作らずにサークル参加すると、朝のあいさつの時点で少々肩身の狭い思いをすることになります。
 つまり、コミケにサークル参加している側にとって、同人誌というのは創作物であると同時に、ファンコミュニティに参加している参加証の一種でもあるわけです。こういった側面はメディアの報道なんかではなかなか表に出てこないので、知らない人も多いのではないかと思います。
 コミケでは長い歴史の中でこういった暗黙の了解まで含めたルールがすでに出来上がっているので、新しくできたコミュニティでも気軽に交流することができるわけですが、歴史の浅いニコニコ動画にはそれがありません。

 つまり何が言いたかったかというと、創作活動の場としてはニコニコ動画のようなネットの方が圧倒的に便利だけれど、コミケでの交流はネットでの交流では代替できない特別なものであるということです。
 そして、コミケで楽しく交流するためには何かしら形に残るものを作って出す必要があり、それは一般的な創作物以上の意味を持っているということです。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2012年08月22日 16時51分 (#2216502)

    結論がわかんないよー。

    最初は「冊子の形態のものをコミケに出す意義が年々減ってきてるから」と言ってるのに、最後まで読むと「サークル参加したときに、同人誌(できれば新刊)を配ること=ファンコミュに参加してる証」になってるよーな。

    どっか曲解しちゃった?

    • by akiraani (24305) on 2012年08月22日 17時40分 (#2216530) 日記

      配るものが冊子である必要があると書いたつもりはないよ。

      --
      しもべは投稿を求める →スッポン放送局がくいつく →バンブラの新作が発売される
      親コメント
      • by Namany (19002) on 2012年08月22日 19時01分 (#2216575) 日記

        そして、コミケで楽しく交流するためには何かしら形に残るものを作って出す必要があり、それは一般的な創作物以上の意味を持っているということです。

        修正するとしたらこんな感じかな?
        ----
        そして、コミケで楽しく交流するためには何かしら形に残るものを作って出す必要があり、このためコミケにおける創作物は一般的な創作物以上の意味を持っています。
        この創作物は必ずしも冊子の形態である必要はなく、また冊子の形態で発表する創作物はネットにその発表の場を移しつつあるので、コミケでは冊子とは異なるものを作ろうと思ってます。

        親コメント
    • by Anonymous Coward

      日本的名文 [hatena.ne.jp]から結論を探そうとしても無意味です。

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192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり

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