argonの日記: 薬害肝炎裁判関連 2
薬害肝炎「国の責任、法案明記を」原告、再発防止へ不可欠
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20071225AT1G2401824122007.html
薬害C型肝炎訴訟で原告側は24日、福田康夫首相が指示した議員立法への対応について東京都内で協議、法案に薬害を起こした国の責任を明記するよう求める意見書をまとめた。原告側は今後、意見書の内容を法案に反映させるよう議員らに働き掛ける。
薬害肝炎の原告の奴らなんでこんなに態度でかいの?調子乗りすぎなんじゃないの?
http://www.heiwaboke.com/2007/12/post_1193.html
50 名前: 社会保険庁入力係[バイト](三重県)[sage] 投稿日:2007/12/25(火) 08:13:34.43 ID:zNXE9o9y0
10秒でわかる薬害肝炎原告「賠償しろ」
↓
裁判所「和解しろ」
↓
国「OK、ただし期間で分けるよ。そして7億出すよ。」
↓
原告「舐めてんのか。もっと金出せ。」 マスコミ「国のせいだ、よね…?」
↓
国「30億に増額したよ。救済範囲広げたよ。」
↓
原告「金の問題じゃあねえ。全員一律救済しろ。」 マスコミ・サヨ「エリコたん萌え。」
↓
裁判所「和解しろクズ。」
↓
国「議員立法で救済するよ。」
↓
原告・マスコミ「おせえよ」 ←いまここ
53 名前: お宮(東京都)[sage] 投稿日:2007/12/25(火) 08:15:08.11 ID:IdMswQQp0
薬害、人災というが、明らかに国の対応が遅れたことが
原因、という範囲での補償は約束されているし、
それ以外の薬害被害者に対しても救済策は出している。それでも国は未来永劫この事件の被害者を救済しろ、
と言っているのが、いまの「一律救済」。これでは、
建築の認可を出したら、そこで起きた地震の被害を
全て一律未来永劫の補償しろと言っているようなもの。いま、日本で問題になっていることの一つに、海外では
保険が利く医療の認可がなかなか降りず、やむを得ず
海外での治療を余儀なくされている人がいることがある。
これだって、国が認可をするリスクがこれまで以上に
高まるとしたらこの薬害裁判の結果はまさに障壁になる。何の責任を国がとるべきか、その線引きは明確にしなきゃ
いけない。じゃないと、何のために保険制度があるのか
見えなくなってくる。その結果、あらゆる医療事故の責任が
国のせいということになれば、国が保険を運営している
意味がなくなっちゃうでしょ。今回の事件でいえば、
ある期間は国が責任をとるべき(対応を怠った)だけど、
それ以外は起こるべくして起こったことということでさ。
その人らは、残念ながら製薬会社を訴えるしかないわけで。そういうリスクの部分を報道が全く触れないのはなぜなんだぜ?
221 名前: 理学部(福岡県)[] 投稿日:2007/12/25(火) 09:29:00.90 ID:BJCDJOzK0 ?BRZ(11118)
調子乗ってる原告が言ってること「訴訟から漏れた血液製剤による薬害患者30万人(カルテが
残っていない、血液製剤投与による薬害C型肝炎患者)全体の
救済(和解金≠治療費補助)」と、「(B型C型)肝炎患者350万人全員(何らかの医療行為による
肝炎患者)に対する国の責任」すべて認めれば70兆円の補償。
230 名前: 社会保険庁入力係[バイト](三重県)[sage] 投稿日:2007/12/25(火) 09:31:58.37 ID:zNXE9o9y0
>>221
おい、今年の一般会計83兆円だぞ
249 名前: 専守防衛さん(北海道)[] 投稿日:2007/12/25(火) 09:44:49.52 ID:QAjMqCWD0
科学的に原因が分かってなかった頃の責任まで国にかぶせるのはどうかと思うよね・・・
今わかってないことに関してまで責任を追及されることになったら
混合診療も新薬承認もものすごく難しくなるし、新しい治療法も難しくなる。トータルで特に難病系の人にとって厳しい医療体制にならざる得なくなるな・・・
260 名前: アマチュア無線技士(長屋)[] 投稿日:2007/12/25(火) 09:51:32.98 ID:kg7hC4mX0
>>249
今回の件で混合診療解禁は決定的でしょ
訴えられるので認可するのはごめんです。あとは自己責任でお願いしますだよ
469 名前: 漢(dion軍)[] 投稿日:2007/12/25(火) 13:36:32.91 ID:dtghoELO0
ゴネ得
こいつらのせいで
「裁判所の判断に関わらず一律国が補償」
という、法治国家も三権分立も無視した
悪しき前例が出来てしまった。
もう新薬なんて承認出来ませんよリスク大きくて
新しい薬が開発されても日本人は使えなくなっちゃった
薬害肝炎訴訟に対する違和感
http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=532192&log=20071219
輸血後肝炎は1970年代はじめからその存在が知られていたものの、
A型肝炎とB型肝炎以外の正体は不明のままだった。
当時はそれを非A非B肝炎と呼んでいた。
1987年3月には青森県三沢市の産婦人科医院での
非A非B肝炎集団発生が報告されている。その肝炎ウイルスは1989年に米国で同定されC型肝炎と名付けられ、
そこで初めて診断法が確立された。
日本赤十字は世界に先駆け1989年11月から全献血血液に対し
第一世代のC肝ウイルススクリーング検査を導入し、
1999年10月からはより精度の高い検査 を実施している。つまり、1989年まではC型肝炎ウイルスをみつけて、
それを輸血の血液から分離することは不可能だったのだ。
1980年代には輸血や血液製剤から
C型肝炎の感染を防ぐ確実な手だてがなかったのである。
今回のフィブリノーゲンによる感染者全員を保障してしまうと、
次には輸血による感染者も全員過去にさかのぼって保障せよ、
予防接種による感染も全員過去にさかのぼって保障せよ、
ひいては今後出てくるかもしれない未知のウイルス感染症に関しても
測定法が見つかった時点ですべての患者を救済せよということになってしまう。これでは、とても医療は出来ない。
保障はエンドレスだ。
病気など見つけない方がマシということにもなりかねない。防ぐ方法や治療法が後から発見されたものに対して
「それがなかった時代にまでさかのぼって保障せよ」というのは、
身も蓋もない言い方をすれば、結構無茶苦茶なことだと思う。
どどのつまり (スコア:0)
国が認知していなかった年までさかのぼって補償しろっというのは、言ってみればやってもいない事柄に対して隣国の”過去の清算”と同じ様な話ですね。
しかし、恐らくマスコミが騒ぐ中で公の場で「原告の言っている事はおかしい」と言った人はいないかと思います。まあ、世論と言うものは時として”正義”とされているものに傾く傾向にありますから、例えその”正義”が間違っていたとしても、そのとき世論がそれを”正義”としているならば、それは”正しい”事になります。逆に言えば、今の世論が”防衛戦争賛成”が大多数であれば、他国からの攻撃で大戦争になろうとも”きっかけが防衛の為の戦争だから”と言う理由でその戦争は正義となります。
「憲法で禁止されているから、それは無いだろう」と思われますが、世論は憲法も変えてしまう力を持っていますから、必ずしも日本で戦争は起きないと言う保証はどこにもありません。(私は、はっきりと護憲でも改憲でもないですし、憲法議論を言いたいが為に例に出した訳ではないので話はここまでにしておきますが。)
でも、結局はマスコミを上手く利用した方の勝ちってことですな。
結局、マスコミは”正義”と言う名の元で世論を誘導し”言論封鎖”をしているのです。
そして、それはマスコミだけでなくこのネットにもある事です。ネットでは”炎上”と言われていますが、違法情報や非倫理的な言動は別として、時として身障者や他国籍者に対する根も葉もない心なき言動をしたり、個人への一方的な攻撃や、炎上を起こした発言者の個人情報の無断公開(どんな人の個人情報でも、司法機関等の特別な許可や本人の承諾が無い限り勝手に公開する事は許されません。)など、マスコミと同じ「自分たちは正義なのだから悪人に対しては何をしても構わない。」と言う様な事があります。
それにもう一つ、「KY(空気読め)」と言う事がありますね。
まあ、結局は集団の中での少数派の言論封鎖は「KY」というすばらしい(まるで、魔法の様な)言葉だけで出来ますから、便利でしょうけれど、これはある意味、議論を失い、真の正論を失いかねない危ない言葉かもしれません。
結論を言えば、世論や大衆意見を動かした者が「勝ち」なのです。たとえ、後から間違いに気づいても、その時は「正義」なのです。
これは、民主主義の集団社会ではしょうがない事でしょう。
なので、自分が正しいと思った意見は、相手にきちんと反論できるように調査し、異議のある時は他の意見の論者を否定するのではなく、他の意見のどこがどう悪いのかを指摘できるようにしたいですね。そうすれば、もっと世の中の議論は深まるんじゃないでしょうか。まあ、理想論ですけど。
Re: (スコア:0)
文解釈が危ういところがあるので訂正します。
訂正前:
やってもいない事柄に対して隣国の”過去の清算”と同じ様な
訂正:
やっていたと認識できない事柄に対して”過去の清算”をしろと言う隣国と同じような
「認識出来なかった時まで補償」と言うのが隣国の日本に対する要求に似てたので例えたのですが、
薬害は国や製薬会社がその時点で「やってない事」では無く「やっていたと認識できなかった事」ですので文としては良くなかったと思い反省しています。