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日記

aruto250の日記: 2019明けまして&書き初め

日記 by aruto250

明けましておめでとうございます。
2019年の書き初めはpythonでの顔認識とcec-clientの呼び出しによるTVコントロールでした。TVの視聴時にあまり近付いて観ていると一定時間で消える仕組みです。SONYの新しめの機種には最初からこの手の機能があるらしいですが…。

去年からようやくRaspberrypiに手を出しましたが、今年の目標はインテリジェントな監視&通知システムの制作ですかねえ。家電のコントロールとかは面白そうですがあまり必要性を感じないというか、もしやるなら施錠やシャッター、各部屋のドア開閉と合わせたスマートハウスでないと使いにくそうではあります。

あとは、去年は1ヶ月ほどTwitterから離れたら精神的にすごく良かったので、今年もそうした期間を設けようと思います。

今年も一年よろしくお願いします。

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日記

aruto250の日記: 上澄みの物語 相田裕「イチゴーイチハチ!」 4

日記 by aruto250

前回の日記でサディストの描く平穏な漫画の例として引き合いに出した「1518!」は、気になりつつも作者の印象が最悪で手を出していなかったところ、日記での言及で関心が閾値を越えたので買ってみたら大変に良い漫画だった。
中学の硬式野球でエースだったが肘を壊して野球ができなくなり失意のまま高校に進学してきた男の子が、その少年に憧れていた女の子と同級生として出会い、生徒会活動とその女の子の献身的な明るさで立ち直っていく成長物語なのだけれど、この男の子である烏谷くんに注がれるみんなの視線が大変に暖かい。烏谷くんが前向きに新しいことに取り組み、喜びを得るたびに、周囲の人も一緒に喜び、時には嬉し涙を流す。そういう気持ちの動きを丁寧に描いているから読み手の心まで暖かくなる。そして烏谷くんのほかにも挫折を経験した人々がいて、その立ち直りを丹念に描いているから、主人公一人の成長物語としてだけでなく、とびきりの青春群像劇になっている。
とまあ、烏谷くんのことばかり書いているけど、メイン主人公は烏谷くんを立ち直らせるために構いまくる可愛い系ヒロインの丸山さんの方なんだよね。丸山さんは最初から烏谷くんへの好意MAXで、だけど色々と無意識で無自覚なのでラブコメにはならないという。まああれだけの好意を向けられてさらりと流せる烏谷くんも只者ではないが。それでも途中から意識し始めてしまい、そこからはトントン拍子で進む様子。個人的に好きなのは烏谷くん周辺の、生徒会紹介の動画をお父さんに見せた辺りとか、チェンジ・オブ・ペースの話とかだし、烏谷くんと丸山さんがくっついたらすぐに話が終わりそうだしで、恋愛はあまり進まない方がありがたいのだけど、これは本を売る方にしてみれば恋愛メインの方が売りやすいだろうし難しいところなんだろうな。
ともかく、丹念に描かれる高校生たちの心、眼差しに加えて、時々織り込まれる「高校生らしい」ちょっとしたイタズラ心が、リアリティのある高校生活として読み手の想い出を刺激する、出色の作品になっていると思います。個人的にも事前にKindleのサンプルを読んで、これは紙で揃えるべき漫画だと思い買い揃えたけど、結局Kindle版にも手を出してしまったほど。

で、この作品の陽のあたる部分を上げればまだまだキリがないのだけど、陽のあたるものが言外に語ってしまうものも意識せずにはいられないわけで…。
まずこの松武高校は「県下トップの公立高校の併願校」と語られていることから、舞台となる埼玉県のトップ公立高校が偏差値72、3なのでコースにより70から65くらいか。作中で「進学で負けた」とか言いつつも、学力上位2~7%の人々の物語なわけだ。そのなかでも主人公が関わっていくのは生徒会であり、その世界は生徒会役員、部長、委員長といった、リーダーの資質を備えた人たちで構成されている。上澄み中の上澄みが集まって初めて成立する特殊な世界の話なのだ。
さらに登場人物が全員理性的すぎる。自己抑制能力が異常に高いか、衝動性が抜け落ちた特殊な人間ばかりなんだろうか。烏谷くんなど、中学の3年間をオレ様系エースとして過ごしておきながら「野球ばかりやってたから女の子を好きになるってどういうものか分からない」という奥手ぶりだ。それともこれが上位一桁パーセントのリアリティなんだろうか。血統もいい。烏谷くんは両親とも陸上経験者で兄が箱根駅伝の選手なのだそうで、フィジカルエリートな上に頭もいいわけだ。丸山さんは大宮の住宅地で延べ床面積が200㎡くらいの家に住んでおり、祖父は余裕のありそうな工務店の社長をやっている。上位数パーセントの頭を持った子が産まれるのも納得の家系だ。
そして、そもそも主な登場人物は運動系部活動の出身者が多く、挫折を経験しても前向きになり乗り越えていく精神は優れた身体あってのもなんだろう。スポーツマンはスポーツを取り上げてもなおスポーツマンなのだなあ。軟弱な人間ではこうはいくまい。

なんだかすっかりルサンチマンの分量が多くなってしまったけど、優れた人間たちによる美しい物語に、それを支えるだけの現実的な背景を用意すると、まあこういう容赦ない感じになるしかないんだなあと納得せざるを得ない。

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日記

aruto250の日記: 「のりなよ」という漫画 9

日記 by aruto250

自転車が今みたいなブームになる少し前、MTBでクロスカントリーをやっている知人に聞いた話なのだけど、山中のクローズドでないコースでは、しばしば自動二輪のオフ車に出くわすのだという。オフ車は激坂の常として、スロットルを開けて土をはね飛ばし轍を掘り返しながら登っていくのだが、そんなとき知人やその仲間の自転車乗りは、腕を組んで道の両脇に立ち、怒りと殺意を込めた視線でオフ車乗りを睨み付け続けて、オフ車が走り去るか引き返すまでプレッシャーをかけ続け、絶対に休憩なんかさせないのだそうだ。山の中のバイクは道を荒らす敵だから死ねばいいと思っていると、楽しそうに語っていた。

自分はバイク乗りではあるけれど、子供の頃に父親に連れられて何度も山登りをし、山道を荒らすことへの禁忌をしっかり教えられたせいか、恥ずかしげもなく道を削るオフ車の走り方は正視に堪えないくらいではある。けれどそれでも、この知人から聞いたエピソードの、バイクへの敵意とかそういう次元ではないあれこれが、自転車乗りの類型として自分の中にずっと留まっている。

いやKindleで「のりりん」の1、2巻が無料だったので読んだんだけど、あれは本当に布教漫画だよなあ。「自転車乗り界隈には色々思うことはあるだろうけど、一度乗ってみなよ世界が変わるから」という導入とメカに関する蘊蓄で、実際あの漫画を読んで自転車に乗り始めた人もいるだろうと思う。そして、一度中に入ってしまえば、自転車乗りの世界が居心地よく感じる人もいるだろうなと。特異な世界に抵抗を感じていた人ほど好きになるかも知れない。自分だって、仲間に入れてもらえさえすれば、嬉々として山中のオフ車を睨み付けるだろうしな。

とりあえず、のりりんは続刊も買ってみようと思う。自分も元々は自転車は嫌いじゃなかったのだし、きっと楽しめるだろう。
(2018年08月23日 8時25分)

追記
結局Kindleで全巻購入して読んだ。いや結構面白かった。主人公の謎のモテ具合はもはや作者の側も投げやりになっている感がしなくもなかったのと、終盤はやや駆け足で畳んだ気配がなきにしもあらずだったのは少し残念だったけれど、きれいに終わってひと安心。
しかしレースに出場するときのチーム名が「チームKANPAI」という、社会人サークルにありがちすぎる(そして個人的に嫌いな)ノリで笑ってしまった。そうなんだよなあ。こういう、平均より上の連中の余裕、みたいなものが、そして趣味の本体以外の「飲ミニケーション」がたっぷり付属してくるところが嫌いだったのだ。

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日記

aruto250の日記: word2vecというものを初めて知った 3

日記 by aruto250

10年くらい前に人工無能を作りたいと思っていたとき浮かんだイメージに、単語が多次元の空間に存在していて、単語同士の距離や方角みたいなものがあり、その空間に死や生、喜怒哀楽といった身体的な価値観を包含させることで感情的な反応を持たせることができるのでは…とか考えていたんだけど、この多次元空間に浮かぶ言葉のイメージ、既にword2vecという実装まで出来ていたのだな。文系素人な自分の妄想と違ってちゃんとした理論に基づいた実装で、これ使い方によってはすごいものが作れるんじゃないか?何なら分析させるものが言葉や文章じゃなくても良さそうだしな。類義語には強いが対義語の区別がつかないという弱点も、確かに言葉だけ分析しているならさもありなんだけど、このあたりは何らかの「価値観」みたいな尺度を持たせないと区別できないのだろうな。

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日記

aruto250の日記: 少女漫画の天然系女子「僕と君の大切な話」

日記 by aruto250

ヒット作を出した作家の次回作ということで割合注目されていた漫画だけど、実は2巻まで買って以降、購入を見送っていた。いや主人公の東くんが2巻までの描写だと「独特の理屈をまくし立て、四角四面で融通が効かない」上に成績は底辺という、予後が絶望的な人物に見えて辛かったからなんだけど、最新刊4巻の誘惑に耐えきれず買ってみたらラブコメが大変に盛り上がっており、あまりにも楽しかったので3巻も買って全巻揃えてしまった。
ラブコメとしては既に3巻から盛り上がっていたようなのだけど、東くんの描写もまた情報が追加されて「独特の理屈を振り回すが知人に対してはそれなりに融通が効き、友人は多くクラスでも立ち位置を確保しており私服のセンスもいい」にアップデートされており、成績が良くないのも小説か何かを書くことに打ち込んでいるから、という、逆に置いてきぼり過ぎて辛くなる人物になっていた。

しかしこの作品、男性受けも意識しているのか、出てくる女子がことごとく可愛いのはまあ良いとして、もう一人の主人公である相沢さんの造形が、どこかお嬢様っぽい言動の天然ボケ美人という、本来の読者であろう女性からしてみたら反感を覚えられてしまうのではと心配になるレベルなんだけど…いや、もうこうした男性受けのいい女性に反発するということ自体が古い世代の行動なのであって、メインの読者層であろう若い女性にとってはもはやどうでもいい事なのかも知れないな。
そしてこの相沢さん、その美少女さと妄想と赤面もさることながら、台所用給湯器がシンクの上で火を焚くタイプが付いているような古いボロアパートに住んでおり、日々の食糧事情もギリギリで特売のパンが生命線、ここ一番という非常時にお婆ちゃんからもらえたお小遣いも200円、服は中学以来買ったことがない、というかなり貧しい生活でありながら、小さい頃にはゴールデンレトリーバーを飼っていたり(ということはさすがにアパート住まいはないだろう)、小学校まではピアノを習っていたり、お婆ちゃんも明らかに良家の大奥然としていたりで、何か没落を感じさせるところが気になるのだけど、作中ではそうした事情には全く触れられておらず、非常にミステリアスな感じになっている。本筋ではないところに気になる設定がありそうなのだけど、今後語られることはあるんだろうか。無さそうだが…。

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aruto250の日記: ネットに必要な気力 6

日記 by aruto250

先月から仕事の現場が変わったり、個人的にあれこれあったり、年単位で上下する気分の谷間が重なったりしたところに、Kindleで安くなっていたヤマケイ文庫の遭難シリーズを読んだら精神力が底をついてしまい、ネットで活動できなくなってしまった。特にTwitterは厳しくて、ROMることさえできない状態だ。この数年は比較的余裕のある時期が続いていたから忘れていたが、やはりああいう輝くような人々が沢山いるところへ出入りするのは気力がいる行為なんだなあ。有名人とかではない、名も無き人々ではあるけれど、その名も無き人々があれほどまでに眩しいという…。

まあ、SNS絶ちの良い機会と思って積ん読を数冊消化したので、まずまず良い一ヶ月ではあった。いやまだ沢山積まれているのだけども。あとは、油断したらKindleの購入数が増える増える。平均すると毎日一冊以上のペースで増えていく。あまりKindleには金をかけたくなかったんだが、本屋の開いている時間に帰れなかったり、本屋に行く気力がなかったりするとつい手が出てしまうんだよなあ。

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日記

aruto250の日記: 日記書初め

日記 by aruto250

一月も最後の最後にようやく初日記になってしまった。日記のネタは無くはないんだが、Twitterで小出しに吐き出してしまうのでなかなか日記にならなくなってしまったなあ。
こちらの日記向けトピックとしては、カバー曲目当てにアイマスのCDを買いあさっていたものを、路線を変えてダイレクトに80年代の音楽に手を出してみたら思いのほか良かった、というところかな。80年代洋楽のベスト盤、みたいなものを聴いてみたところ、懐かしさもあって毎日のように聴いている。主にローテーションしているのは「Danger zone」「Girls Just Want To Have Fun」「BAD」あたりか。これはTwitterにも書いたんだけど、80年代はなんだか「カル~くやろうぜ!」という、軽くやることを全力で頑張っているような、洗練が始まったばかりのような独特の雰囲気があって、それがダサカッコいい感じになっているよな。
その流れで最近は80年代の邦楽にも少し手を出し始めているんだけど、やっぱり文化の転換点で言えば、「脱80年代」と言えそうなのは90年代も後半に入ってからだなあ。「YAH YAH YAH」のPVなんかを見ても、ダボダボのジャケットに太いズボンの男が、ランニングシャツの上にコートを羽織った男が歌いながら踊っていて、80年代と全然変わってない。これが96年とかになると、安室奈美恵のブームなんかと一緒に女子も男子もシャープになっていくんだもんな。
そう考えると、バブル崩壊から本格的な不況に突入した実感が湧いてくるあたりで文化が方向転換したのかも知れないなあ。

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日記

aruto250の日記: 765プロ5分前仮説

日記 by aruto250

今年の8月にアイマスのCDを一気に買ってみてだいぶ聴いたのだけど、いつの間にか自分は千早より春香さんのファンになってしまっていたようだ。しかし春香さんのキャラクターはアイマス1、アイマス2、アニメ版とかなりブレが生じていて、またライブ感とでも言うのか、ニコニコ動画で醸成された雰囲気を取り入れたりして、CDごとにその時々で最も受けが良さそうな方向性、あるいは売り出そうとする方向性を反映した印象になっているなあと感じる。そうした中で最も気に入っているのは、やはり前向きな薄幸少女だった頃のMA1なんだよなあ。「大スキ!」からの「悲しみよこんにちは」が完璧すぎるし、自分の中のイメージにピッタリだ。その後はアイマス2、アニメ版と、時代を下るごとに幼くなっていき、また薄幸な感じは薄れていく。とは言え、「そのままの君でいて」「笑って!」あたりはかなりいい。春香さんにはちょっと悲壮感のある歌が似合う。
次点は小鳥さんかな。「以心伝心しよう」はすごくいい。歌詞はちょっと時代錯誤だけど、それもまた小鳥さんのイメージには合っている(ちなみに私の中では小鳥さんがPを捕まえるのだ)「空」「幸」「i」「やさしさに包まれたなら」と、どれもすごく気持ち良さそうに声が出ているので聴いている方も気持ち良い。
律っちゃんは、「Brand New Wave Upper Ground」がすごく良かった。律っちゃんの方向性はこれなんじゃないかというくらいにピッタリだった。「逢いたい気持ち」も「東京は夜の7時」もいい。特に「東京は夜の7時」に漂うバブルの香りは、律ちゃんの棒読みっぽい独特の発声になんだかとても良くあっている気がする。
意外と良かったのが響で、「亜熱帯ガール」のルーズで官能的なイメージはかなりハマっているし、「コーヒー一杯のイマージュ」もなかなか。あずささんは「I'm so free!」がちょっと中の人に引っ張られている感はあるものの、なんだかすごく「らしい」歌で癖になる。

しかし全体的に言えるのだけど、そしてこう言っては失礼だけど、アイマスの真骨頂はカバー曲にある気がするんだよな。現実に流行した歌を仮想のアイドルが歌うことで、記憶の中にある「あの頃」に、仮想のアイドルが実在していたような、奇妙な存在感が漂ってくるというか。

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日記

aruto250の日記: 今年を振り返って

日記 by aruto250

今年は/.j(この呼び方も型落ちだが)で日記をつけ始めて10年、閲覧を始めてからなら15年目の年だったけれど、今年は本当にスラドでの活動が低調な年になってしまった。心当たりは、去年の六月から始めたTwitterだろうなあ。ここ数年は、スラドで日記を書いても社会への愚痴や不満ばかりな状況が続いていたけど、Twitterではスラドと同じことを言っているだけで、似たような意見の人とどんどん繋がっていき、それはそれで危険だなあと思いつつも快適ではある。今年の前半まではフォロー、フォロワーとも160人くらいでのんびりやっていたんだけど、この数ヵ月で何かのクラスタと接続したようで、一度に数十人から百人くらいフォロワーが増えるということが数回あり、今週もそれが発生してフォロワーか900人を超えたところだ。

まあ今が一番楽しくやれてるところなのだろうけど、ともかくTwitterをやる時間がスラドの活動も読書の時間も圧迫していて、ずっと0冊だった積ん読が現在20冊くらいまで増えてしまった。しかもよせば良いのに社会学や宗教学、サル学の本(といっても新書レベルだけど)に手を出して、娯楽SFほどさくっと読めないのでツーピースに拍車がかかっているという。そうして付け焼き刃の知ったかぶりで語るという浅ましさだが…。

ともかく来年は、もう少しTwitterから距離をおいて、読書の時間を増やして積ん読を減らしたり、スラドで日記を書いたり、愚痴や不満以外のことを話すようにしたいかなあ。

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日記

aruto250の日記: 現代のインパール作戦 14

日記 by aruto250

NHKスペシャルでインパール作戦が特集されたのをきっかけに、自分の身の回りにもインパール作戦のような精神論や楽観主義など、日本軍上層部のダメなところがそっくり残っていると言う意見がTwitterなどネットで山ほど出てきた。
しかし、そうした体質はなぜ今でもそんなにたくさん残っているのだろう。それが日本の組織に適しているから残っているんだろうけれど、どこがどう適しているのだろうか。あれだけ駄目だ駄目だと言われているものが、それでも適しているとは、どういうことなんだろうな。
太平洋戦争については、ネットを見てもテレビを見ても本を見ても、繰り返すまじとか、軍部を許さないとかのメッセージで埋め尽くされているけれど、そうしたことを言う人々自身が、日本軍と同じ体質を大事に守り伝えているわけで、自分たちの何が日本軍的なのかを振り返らずに掛け声ばかりが響く、そういう反省の仕方こそが既に日本軍的なんじゃないのかね。

日本人の、「いつもの日常」を求める力は凄い。事故や災害の直後から秩序正しく行動し、逆境にあっても淡々と日常生活を送ることで「こんなことには負けない」と意思表示をする。そういう庶民の現場感覚をしっかりと共有できる人が信頼を得て上がっていくのが日本のリーダーシップなんだよな。逆に、「被災を機に生活基盤の移転を」なんて損切りを言い出す人はとんでもない人でなしで、リーダーなんてもってのほかだと。
で、その感覚のままインパール作戦をやれば、撤退なんて損切りは人でなしの所業だし、「戦況必ズシモ好転セズ」だけど決定的な破局もない大本営の日常をしっかりと維持していたわけで、現代で震災なんかの時には海外から称賛されるような日本の良いところが、戦時中の日本軍上層部にもしっかりと出ていたってことじゃないのかな。
ネットの議論を見てると、よく「全体最適なんて、政治家が、指導者が、管理者が、上司が考えれば良いこと」という意見を見るし、確かにその通りと思う。
でも、全体最適を是とできるようなリーダーを、私たちは選んでいたっけ?承認していたっけ?という点は考えなければいけないんじゃないかなあ。

…と、Twitterへの書き込みをひとまとめにしてみたけれど、システム開発の現場に限って言えば、全体最適を唱える声自体は現場からも多く出てるよなあ。それでも足りないということなのか、それとも、現場の考える「全体最適」ではダメなのか。もちろん、上に見る目がないからダメなやつばかり上がっていく、と言うのが、現場の苦情のスタンダードだとは思うのだけど、単純にその理由だけでずっと続くほど簡単な問題でもないように思うんだよなあ。

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長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds

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