aruto250の日記: 安易に自己顕示欲を満たす装置としてのWebを考える
Web有史以前:コンテンツを持っており、それをデザインする能力があり、資金力・組織力(出版と流通)があれば自己を発信できる。
Web1.0(Webページの個人製作)時代:コンテンツを持っており、それをデザインする能力があれば資金力や組織力がなくても自己を発信できる。
Web2.0(blog、wiki、youtube、flicker)時代:コンテンツさえあればデザイン能力がなくても、あとはお任せ全部やってくれます、てな要領で自己を発信できる。(今ここ)
とまあ、自分を棚に上げて言うと、要求されるものが少なくなっていくに従って安易に発信されるものが増え、コンテンツのクォリティが低下していくわけですが(無論、コンテンツに関して飛びぬけた才能があっても、それ以外のハードルを超える能力だけが致命的に足りないという偏った天才はいるので、埋もれた才能が世に出る可能性は高くなるという点で歓迎すべきことではある)、このまま行くと
Web3.0:コンテンツがなくても自己を発信できる。
となるわけか。なんか、「これはwww」とか「あとで読む」しかコメントのないニュース系blogのことですか?って感じだが・・・。
こじつけがかなり苦しくなってきたが無理やり話題を続けると、Web3.0時代のサービスは、「ユーザがアイデアをインプットするだけで、後の工程(コンテンツ作成から発信まで)を代行する機能」が必要となるのかな?それってどんな形だ?キーワードを入れるだけでコンテンツが生成されるとか・・・はてなブックマークがちょっと近いような。ただ、はてなブックマークだとちょっとコンテンツからユーザ(発信者)の姿がよく見えないか。もうちょっとこう、ユーザの「俺様感」を満たすようなものを考えないといかんのではなかろうか。
さらに進んでWeb4.0時代のサービスには「ユーザが考えることなくして(ユーザの無意識から?)ユーザ自身を表現するコンテンツを生成する機能」が求められるようになるわけだな(本当かよ)。パッと思いつくところでは、ユーザの行動を色々とログ取り(GPSやインターバルタイマー付きのカメラを身につけてもらうとか?)して、そいつを日記に整形して公開してくれる、みたいな感じか?
これはあれだな、Web3.0以降はそれなりのAIのサポートが必要そうだ。Web3.0なら、まだブログペットみたいなやつでなんとかなりそうだが、Web4.0になると、自動的にアナウンサーの原稿みたいなものを書き起こすだけの能力が必要そうだ。
そういうわけでAIというか人工無能の発展のためにgoogleの日本語データ公開ってのにはかなり期待しているんだけども。
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