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日記

aruto250の日記: T君の話 3

日記 by aruto250

T君に出会ったのは、中学2年のクラス替えのときだった。当時ゲームボーイのWizardry外伝にハマっていた私は、4月も始めのうちに、すぐ後ろの席の男子がWizardryを持っていると聞いて話題を振ったが、その彼が「Wizardryなら同じクラスに俺より詳しい奴がいる」と紹介してくれたのがT君だった。T君はFC版WizardryのⅠとⅡをプレーしていただけでなく、指輪物語、エルリックサーガ、ファファード&グレイマウザー、コナンシリーズ、ドラゴンランス等、翻訳物の書籍を色々と持っており、またRPGへの興味からファイティング・ファンタジーのゲームブックやロードス島戦記リプレイ集、ソードワールドリプレイ集にも手を出していた。当時の私は、少ない小遣いからなんとかやりくりしてドラゴンクエストのノベル物やロードス島戦記、スレイヤーズといったライトノベル系に手を出していたものの、ハヤカワや創元のような、比較的高価な翻訳物は魔法の国ザンスくらいしか持っておらず、RPGについてもロードス島リプレイと富士見ドラゴンブックのコレクションシリーズをいくつか持っている程度だったので、彼の蔵書がうらやましかったのを覚えている。ともかく、中学校程度のバイアスのゆるい集団にあっては稀な程度に趣味の合う相手を互いに見つけたこともあり、T君と私はあっという間に仲良くなった。
T君とは中3になると別々のクラスに分かれてしまったが、それでも卒業までの間は互いに本を貸し借り(もっぱら私が彼から借りるばかりではあったが)しては感想を交換したり、手作りのルールでゲームを作って遊ぶような付き合いが続いた。T君はイラストも上手く、ゲームには彼自筆の挿絵が付くのが常だった。私とT君は二人とも喋り好きなこともあり、学校だけでは話し終わらず、毎晩のように数時間も電話をしては「ガンダルフにありがちなこと」「こんな蛮人戦士はイヤだ!」「ケンダーにありがちなこと」みたいなネタを定番としてひたすらおしゃべりに没頭したもので、「海外で信じられていそうなアナクロ日本文化にありがちなこと」ネタも、この頃からの定番であった。T君がどう思っていたかは分からないが、会話で浮かぶ突飛な思いつきをどこへ投げても打ち返してくるし、また思いも掛けないところへ会話の球を打ち込んでくる彼は、私にとっては何の気兼ねもなく思考を全開にして何でも喋れる初めての相手であった。この時期は、まさにツーカーの仲で、互いに一番の親友であったと今でも信じている。

最初に路線がズレ出したのは、やはり高校受験の頃だったろうか。出会った頃は、お互い成績も似たり寄ったりで、校内でだいたい上位1~2割のところをうろうろしていたが、3年の夏頃になると、T君は俄然やる気を出して勉強を始め、ぐんぐん成績が上がっていった。彼は当時、いわゆるDQNっぽい人間を毛嫌いしていた(実害は無かったが、なぜか彼にだけしつこく絡んでくる奴が一人いたのだ)ため、これは私の想像だが、そういう人間とできるだけ縁の無い学校へ行きたいということもあったのかも知れない。対する自分は特に受験に熱意もなく、勉強もそれなりに頑張ったものの、苦手な教科はさっぱり頭にはいらず、成績は特に下がりはしないものの上がりもしない状態だった。そんな私から見ると、必要だからという理由で必要なことが遂行できるT君の精神力がうらやましかった。結局、彼は自宅から電車とバスで1時間ほどの、偏差値にすると60台後半の私立高校に進学した。私と言えば、偏差値60ちょっとの地元の公立高校に進学した。

高校に入ってからのT君は、文芸部に所属していたようだった。どの程度の活動をしていたのかはよく分からないが、女子も多い部活とのことで、お付き合いの話こそ聞かなかったものの、それなりに高校生活をエンジョイしていたようだ。対する私は、コンピュータ部に入り、窓の無い部室でひたすらPCゲームを遊んだり、気が向けばゲームを自作する高校生活を送った。少ない小遣いから月間アスキーを購読し、PCに関する基本もこの時期に学んだ。当然オタク街道まっしぐらで、中学高校とアニメには興味なかったものの、異性と縁も無く、たまに接近する機会があっても、進んで奇異な言動をしてぶちこわすような高校生活だった。かなり差のついてしまった高校時代ではあったが、当時はそんな違いを意識することもなく、T君とは相変わらず週に何度も電話し、隔週くらいで遊び(毎週だと頻度が高すぎてT君は少々迷惑だったようだ)、夏休みには一緒に旅行に行ったり、新しく仕入れた本や漫画を交換したり(今でも銃夢を読むと当時のことを思い出す)、D&Dを楽しんだりした。

決定的に差がついたのは大学時代だった。T君はいわゆる早慶上智の文学部にストレートで進学したのに対して、私はMARCHに2年続けて敗退し、1浪ののち日東駒専レベルの文系学部に進学した。それでもまあ、私が大学に上がってすぐの頃はまだ付き合いに違和感がなかったが、文芸サークルに入っていたT君に彼女が出来、久々に会って話しても「俺はもう彼女と"成人式"を済ませたぞ。オマエまだそんなことやってんの?」「そんな話するだけなら俺もう行きたい所があんだけど」のような言葉がポロポロ出てくるようになると、あっという間に疎遠になっていった。また当時2人ともやっていたウルティマ・オンラインも疎遠に拍車を掛けたように思う。当時の私はアナログ56kでネットをしていたが、回線のラグがひどく、T君を含むパーティの足を度々引っ張り、魔法のミスを連発する癖に消費した触媒を必要経費と主張して分け前を要求するような空気の読めないプレイヤーだった。そしてそこで(いや、UOでなくDiabloだったかも知れない)、T君は「翻訳ファンタジーに造詣が深く、翻訳モノのあるあるネタが通じ、洋楽(当時T君は洋楽に傾倒しギターを学び始めた)の趣味も合う、そして人物的にも好感の持てる」BF氏と知り合った。私と急速に疎遠になるにつれ、T君とBF氏はよくつるむようになっていったように思う。

大学3年の頃になるともう私はボロボロだった。その頃T君の話題は半分が洋楽に関することで、話が合いにくくなっていたこともあるが、大学に入ってからの私はアニメにも手を出して喪男道まっしぐら、さりとてオタ仲間もおらず孤立していた私にとっては、完全なリア充だった彼との会話で不意に現れる上から目線や、彼の話すエピソードから窺い知れる充実した人間関係が疎ましくて仕方が無かった。どうか以前のような、心置きない、多幸感を覚えるようなテンションの高い会話ができないかと一人で足掻き、彼の反応の一つ一つに怒ったり、舞い上がったり、落ち込んだりを繰り返した。今考えても、当時の自分はおかしくなっていたことは疑いようがない。T君も、私の卑屈さを嫌う態度をあまり隠さなくなっていた。

そして大学4年の夏頃、内定を取った私がT君の家を訪ねたのが、彼と会った最後だったように思う。当時は大卒者の内定率が毎年過去最低を更新するような景気で、T君は1年の就活留年ののち卒業を控えていたが、卒業後の進路についてはっきりしたことを教えてくれなかったように記憶している。一方私は運良くそこそこの会社に内定し、T君の母親から「 aruto250 君はいい所に就職決まってうらやましい、うちの子はどうするつもりなんだか…」などと言われ、ようやくこれでT君に負けない点ができたと内心誇らしかったが、そういうあれこれを一切意に介していないように見えるT君の自信ある態度が私は不満だった。振り返れば、T君と私が出会ったときからの、そして最大の違いはその自信だったのではないかと思う。スタート地点は同じだったように見えた二人だが、人並みには自信家であった彼は、積極的にやりたいことに挑戦し、勝ち、実績を積んで自信を深めた。一方私は、常に失敗することばかり確信し、挑戦を避け、実績のない自分が情けなかった。
そうした日々が続くうち、T君からの「お前ちょっと講義の帰りにCDR買ってきてよ」という電話で不意に劣等感を刺激された私は、ついに「もうそういう電話やめてくれよ!俺はお前の子分じゃねえんだよ」と言うなり電話を切り、彼の電話番号とメールを着信拒否に設定してしまった。数週間で頭を冷やしてこちらから連絡するも、もうT君は出なかった。その後、大学の卒業を目前にして、1冊だけ貸していた本を返してもらうことを大義名分に、連絡なしで彼の家を訪ねたところ、既に表札が変わっており、知らない家族が住んでいた。本はその後、差出人名のない小包で届いた。
社会人になって1年ほどした頃、一度だけ電話をしたことがあるが、「用事が無いなら切るぞ、じゃあな」と切られた後に、携帯電話から一切合財T君の情報を消してしまい、自分からは連絡を取れなくなった。それから数年は、未練がましくT君の本名で検索すると、洋楽の評論blogや、クラブのイベント告知のDJ欄に名前を見ることができたが、それらも次々にネット上から消えて行き、完全に消息が分からなくなった。私は、T君のことと、T君への劣等感を、少しづつ忘れた。

しかし数年前、突然/.Jでフラッシュバックに襲われるようなフレーズが目に飛び込んできた。
「ドーモ、○○=サン」「ワザマエ!」「ニンジャナンデ!?」
どれも、T君の定番ネタだった。なぜ突然流行し始めたのか検索すると、ある娯楽小説が引っかかってきた。その小説のタイトルは明らかに、T君のセンスを思わせるものだった。そのあらすじを調べると、明らかにT君のセンスだ。だが、それ以上調べるのが恐ろしくなった。せっかく忘れていたのだ。確信に近い疑いを持ちつつも、調べることはせず、本を読むこともせず、その作品から距離をとった。

しかし、魚の小骨が喉に引っかかるように、ずっと心に引っかかっている状態に耐えられず、とうとう先日調べてしまった。作品を読むと、地の文章は明らかにT君の文体だ。著者について調べると、翻訳物ということになっている。ものすごく、T君のやり口だ。本来の著者とされている人物の"設定"も、いかにもT君のセンスだ。別人が書いているとされるイラストの、ラフ画を見てみる。タッチが明らかにT君のものだ。キャラクターのデザイン、ポージング、手足や関節のバランスの癖も明らかにT君のものだ。ただ全部ではない。彼はこういう女性の描き方はしなかったはずだ。男性キャラクターも一部は違うようだ。作品のファンを指す言葉も、明らかにT君のセンスだ。「テメッコラー!シャッコラー!」「○○、実際○○」みんなT君のセンス、まだ付き合いのあったころ、雑談やチャットで出てきたフレーズだ。そして、昔存在したという、翻訳前の作品のファンサイト、と称するWebArchiveに残されたリンクのURL……私が開設を手伝ったT君のサイトのURLだ。間違いない、訳者と称する二人は、T君と、おそらくBF氏だ。仲の良かった頃を思い出した私は、公式サイトのgmailアドレスへ、挨拶と、過去の無礼を軽くだが詫びるメールを出してみた……返事なし。まあ、彼の性格から、返事はなかろうと覚悟してはいたけれど。返事を待つ間に、関係が冷却した頃のことも思い出してきた。「これ誰?」「あーちょっとおかしい人だから反応しないで」というやり取りが聞こえてくる気がした。

T君の作品だと確信を得て以来、本屋でその著書を目にするのが怖い。一時は同じところにいて、あれほど共感を覚えた相手が、はるかに高いところへ到達してしまったことがつらい。昔みたいな楽しそうなことをやっているのが見えるのに、仲間に入れないこともつらい。
働き始めて、自分なりに、墜落寸前ながらもなんとかかんとかやってきて、いつの間にか結婚し、子供も生まれる、小さいながら棲家も手に入れた。気がついてみれば、あれ?俺って結構悪くなくね?と思えるようになってきていたけれど、なんだかそんな自信も、T君のやり遂げたことの前では塵芥のように思えてきてしまったことに、最近は危機感を覚えている。
彼は、デビュー作だけの一発屋で終わるような人間ではない。多分、この実績を踏み台にして、一人でデビューするだろう。その時の作品は、彼の原点であるダークファンタジーかもしれない。それとも、一般文芸に打って出て、一気にメジャーになるか。私は彼の成功が怖い。

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  • 「T君」のことで不安定な気分になっているということですが、aruto250さんが、aruto250さんと「T君」の関係だけで物事を考えているせいではないでしょうか。
    例えばお二人のご両親から見て子どものことをどう思っているかというような、他の存在も含めて考えていくと、気分が若干ましになるかもしれません。

  • by Anonymous Coward on 2013年11月27日 23時13分 (#2501942)

    隣の芝生は青く見えるもんです

  • by Anonymous Coward on 2013年11月29日 15時08分 (#2502971)

    100人の村ではないですが、知り合いが100人いれば、たいてい1人か2人はそういう人がいます。
    私も同級生の名前をぐぐって医者や大学教授やnatureの論文に名前が載っているのを見つけては落ち込んだり、
    建築家になって自分の作品をHPに上げているのや、はたまたWebショップを立ち上げて怪しい商材を
    扱っているのを見かけては彼らしいなと笑ってみたり。

    私も一応名前の出る仕事をしているので、あちらから見たら羨ましいかもしれません。
    実際は死にそうな低空飛行をしているんですけどね。
    でも、みんなそんなもんでしょ。死にそうになってるのが見えないだけで。

    aruto250さんにとって、運悪くたまたまその1人が親友だった方でしたが、
    客観的に見れば、aruto250さんも母集団の中で悪くない(むしろ羨ましく思われる)ポジションにいることは
    間違いないのですから、胸を張って生きていいんです。

    100人に1人のことに気を病むより、そんな人のことは早く忘れて、
    胸を張りつつ、高慢になることなく、
    自分より下の、特に下の下のほうの人たちを思いやれる自分になれるように生きていきましょうよ。

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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー

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