aruto250の日記: 「ダウト」を使う人たち 19
日記 by
aruto250
ネットの議論で、相手の嘘を見破ったぞ、という時に「ダウト」と書く人がいる。嘘というより単なる間違いなのでは、という場面でも使っているのをよく見るので、嘘と間違いの区別をつけないマッチョな世界観の人たちなのかも知れない。
まあそれはともかく、この「ダウト」という表現を見るとなんだかお尻がムズムズする。言ってみれば、議論の中で「チェック・メイト」とか言ってるのと大して変わらないイメージ。
特に書き込みの一行目が「ダウト。」だけだったりするとたまらない。「フッ、これでチェック・メイトだ。」くらいの勢いで引いてしまう。
営業の人とかで (スコア:1)
逆の方向として、
自分の発言を訂正する際に「間違いでした」という代わりに「嘘でした」という人はいますね。
(すまん、ありゃ嘘だった。的なノリで)
Re:営業の人とかで (スコア:1)
自分がそう言われたときの印象からすると、自分を悪者にしてへりくだる謙譲の一種だったり、「間違い」と言うと、能力の不足とかが思い浮かんで、大丈夫かなと不安になるけど、「嘘」であればちゃんと制御されている感じで不安感が和らぐから、そうした効果を無意識にやり取りしているのかも知れないですね。
それは単なる思い込みでは (スコア:0)
こういう人は単にコンプレックスの塊で、カタカナ文字に弱いだけなんじゃ。
一行目が「王手」とかだったりするとどうなるんだろう。
Re:それは単なる思い込みでは (スコア:1)
うーん、英単語としての「doubt」は、疑うとかそう言った意味しかないのは分かりますが、ああした文脈で使うからにはゲームにおける宣言としての「ダウト」だと思うんですよね。で、そう言った言葉を使うからには、
ということから、気取った印象を与える可能性を考慮した方が良いのでは…と思いますねぇ。特に書き込みの論調が、攻撃しよう、やり込めよう、という意図を感じるものならなおさらです。
で、私の偏見から言えば、「王手」もやっぱり、ずいぶん気取った物言いだなぁとは思います。ただそこには和風の渋いイメージが「外し」として入ってくるので、多少ユーモラスな印象も受けるかも知れませんが、その辺はやはり書き込み全体の論旨、論調次第ですかねぇ。
まあ、日記では多少大袈裟にはしゃいで書きましたが、結局のところ言語感覚なんてものは、「偏見」とか「常識」と言うのと同じくらいあやふやな、その時属する集団の文化によって変化するものですから、ネットという異なる文化が接触する場において違和感が現れただけの話ではあります。要はご指摘のとおり、思い込みってことですね:-)
Re:それは単なる思い込みでは (スコア:1)
勝利宣言としては
お前はもう死んでいる が最強ではないかな?
Re: (スコア:0)
トランプゲームの「ダウト」であるのなら、
ダウト宣言は勝利宣言でもなんでもないのでは。
Re:それは単なる思い込みでは (スコア:1)
同感。トランプゲームのダウト由来だと思うので、実際にめくってみたら(調べてみたら)ダウトの方が間違いだったというのも日常茶飯事。それでも宣言するときは勝利宣言のように高らかに「ダウト!」と言うのがお約束だし。
LIVE-GON(リベゴン)
Re:それは単なる思い込みでは (スコア:1)
いやもうその通りで…お恥ずかしい限りです。
やったことがなかったもので、書き込む前にググったら、「上がり」のコールではなかったので迷ったんですが、ままよと投稿してしまいました…。
Re:それは単なる思い込みでは (スコア:1)
年末年始に大勢でダウトをするのがよいと思われる。さすればダウトと宣言するときの雰囲気というのが一発で分かるであろう。
# なぜか預言者風。
LIVE-GON(リベゴン)
Re: (スコア:0)
チェックメイトは勝利宣言です。
王手はチェック。
TV番組の影響も? (スコア:0)
#番組の内容的に、正しくは「ダウト(ドヤァ」な印象もありますけど。
Re: (スコア:0)
トランプから来ていたのだと思っていたんだが…。
Re:TV番組の影響も? (スコア:1)
わたしもてっきりトランプの方だと思ってた。
「ダウトを探せ」ってなんだろうとぐぐったらテレビ番組でそういうのがあったんだ、知らなかった。
もしくはすっかり忘れてる・・・
言葉遣いといえば、 (スコア:0)
>嘘と間違いの区別をつけないマッチョな世界観の人たち
その用法で「マッチョ」を使うのはどうなのよ?
こっちはどういう意味でお使いで?
Re:言葉遣いといえば、 (スコア:1)
確かにこっちの方がよほど問題でしたね。すみません。
意図するところとしては、「間違い」という、騙そうとする悪意のない行いと、悪意のある「嘘」を区別せずに、正確でない情報を発信したという落ち度を批難する人たちの、善悪二元論的な、正しさが正義だみたいな態度を指して「マッチョ」と表現しました。
ただ個人的には、「結果だけ見れば嘘と間違いの区別に意味はないし、そもそも区別は不可能である」という見方は理解できるけれど、やはり「嘘」という言葉で議論に無用な善悪の要素を持ち込む(しかも相手を悪と断じる)考え方は不適切だと思うし、またそうした人たちは議論の勝敗にこだわりその後の展開がディベート気味になる印象もあり、どうも歓迎できません。単に正確性にこだわるだけなら、少し前にネットで話題になった、いわゆるモヒカン族というやつなんでしょうけれど。
Re:言葉遣いといえば、 (スコア:1)
結語のパラフレーズに関するオフトピですが、かつての上司が結果論で「彼は騙されたんだ」という言い回しをしばしば使っていました。
まあ (スコア:0)
相手が言い間違い、間違った情報に基づく発言、などした時に、
それが重要な部分でなくとも、相手の全理論を否定するために全力で使うのは、
右でも左でもよくすることです。
感覚としては逆 (スコア:0)
裏取り不十分な仮説を、さも事実であるかの如くデカイ声で叫ぶ
マッチョな輩に対して、ダウトのツッコミが入るイメージ。
Re:感覚としては逆 (スコア:1)
まさにそういうクレバーなツッコミというイメージで「ダウト」が用いられているのだろうという点については、認識が共有できていそうな感じです。