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日記

aruto250の日記: 名前のないものを、名前のないまま扱う能力 6

日記 by aruto250

以前は、陰謀論を支持する人は、何か攻撃する相手が欲しくてやっているような、不満を抱えた人なんだろうと思っていたけど、最近はそうではないように思えてきた。

世の動きと言うものは、沢山の個々人が、それぞれの欲や弱さ、本能、信念、等々の個人的な意志に基づいて行動し、それが絡み合い、向きが揃ったりすることでうねりになり、押し止められない動きとなっていると私には見えるのだけど、恐らくこうした、沢山でバラバラで名付けようのないものを、沢山でバラバラで名前のないままに脳内で取り扱うことに拒否感がある人が陰謀論に飛び付くのだ。世の中のうねりに名前が欲しい、理解不能なものを理解不能のままにしたくない、スッキリした形の箱に詰めて取り扱いやすくしたい、そういう本能的な欲求が、陰謀論というパッケージを求めるのではないかな、と。念のために言っておくと、そうした人々の頭が悪いとはこれっぽっちも思っていない。むしろ物事を整理して効率的に思考する有能な人なのではないかと思う。何しろ陰謀がどれほど複雑で巧妙に出来上がっているか、理詰めでその謎を解き明かし説明してくれる人達なのだから、思考能力が高いことは間違いない。個人的には、まるで天動説の周転円説を聞いているような気分にさせられるけれど、周転円説にしたってプトレマイオスのような歴史に残る賢人が考え出したわけだしね。

しかし…名前のないものを名前のないまま扱うことへの拒否感というものは、想像以上に強いようで、これは言葉の功罪というやつなのかなぁ。そういえば昔、2chで「クックル」や「激しく忍者」のAAが作られたとき、名前をつけようという流れが嫌で反対したことを思い出した。まあ結局それらのAAに名前がついたから、ここで語ることもできている訳だけど、それでも名前がついたことによって、何をするか分からないワクワク感は一気に減って、分かりやすく受け入れられ易い性格が付与され、共感可能なキャラクターとして見るまに整備が進んでしまったことは非常に残念だった。思えばあのとき以来、名前をつけることの利点と欠点を意識するようになったような気がする。

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  • by minet (45149) on 2015年06月02日 20時50分 (#2824328) 日記

    ラムダ計算とか匿名クラスとか
    名前をつけないまま扱うのが好き。

    UI設計もウィジェットに名前やIDをつけずに関係とバインディングだけで記述するのが好き。

    • by aruto250 (21874) on 2015年06月03日 8時35分 (#2824525) 日記

      例えばよく使う店でもポイントカードは作りたくないみたいな…いやこれは違うか。
      でも、いちいち名付けたくない、あくまでその場限りのものと分かるようにしておきたい、というのはありますね。特にコーディングでは。そのために見た目のボリュームが増えてイマイチな時もありますが…。

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  • by Anonymous Coward on 2015年06月02日 21時05分 (#2824336)

    理解不能な、すなわち恐ろしい何者かをゴミ箱に突っ込んで蓋して忘れるために
    名前を付けて理解したつもりになりたい、という志向はありえそうな。

    忘れたままでいるために、蓋をあける行為(=陰謀論の否定)には拒否反応が起こる。
    理詰めとは逆方向ですが。

    • 理詰めと言っても、結論ありきの理詰めですから、あまり誉められたものでは無いのかも知れませんが…。
      「○○がやったんだ!」という主張に、それはないんじゃないかと返しても、「じゃあ誰がやったんだ!?××か?そんなわけないだろ!」と。あくまで単一の主体がいることは大前提なんですよね。沢山のものがバラバラに動いているという認識を脳が拒否しているのではというレベルで、そちらの方向へ思考が行かないようになっている。
      こう言うのは何なんですかね。ゼロの概念の逆の、無限の概念とか、混沌の概念とでも言うのかな。
      陰謀論者が進化論に踏み込むと、ID論の熱心な支持者になりそうですよね。しかしそうすると、宗教というもの自体がこの方向にあるもののような気がしてきた。

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  • by Anonymous Coward on 2015年06月02日 21時37分 (#2824354)

    名前のない物を、名前の無いまま思考する事はできても、
    その思考を他人に伝えるのは難しいです。
    その為に、名前のない物、抽象的な物に名前を付けて概念化するのでしょう。
    それはコミュニケーションを前提に考えれば普通の事だと思います。
    陰謀論者の根底にある自分の到達した真実を他者に伝えようとしている部分を
    拡大して見ちゃってるだけなんじゃないでしょうか?

    私は、表に出てる事象だけでは、現状の結果と自分の求めてる結果との間の齟齬を、
    論理的に埋めきれない時に、それでも、その齟齬を論理的に埋めたい気持ちが
    陰謀論を生むんじゃないかなと思ってます。だから論理を好む人ではあるんだと思う。
    真実に裏がある事自体は、日常生活でも経験しますし、受け入れやすいです。
    本来はそういう主観的な経験則と客観的な論理は切り離さないといけないんですけどね、
    結論の為の論理を求めている人には切り離すのって難しいんでしょう。

    • 名前がなければコミュニケーション上こまる、というのはその通りなんですが、思考の内においては名前のないまま取り扱うようにしないと、思考が言葉の影響を受けすぎてしまうこともあるのではないでしょうか。
      仰っている

      自分の到達した真実を他者に伝えようとしている部分を

      という中の「到達した真実」の到達する先が、思考の対象を言語化することにより変わってしまう、道を逸れてしまうこともあるのではないかな、と考えました。まあ、素晴らしく適切な言語化をすれば大丈夫かも知れませんが、難しそうなんですよねぇ。

      親コメント
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