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日記

aruto250の日記: 映像記憶、文章記憶、記憶方式の違いとか 8

日記 by aruto250

3ヶ月ほど前、まとめられた直後に偶然見つけて読んだ、togetterの「あなたは何を覚えていますか 〜記憶処理十人十色〜」が大変に興味深い記事だった。こういうまとめにもっと増えてもらいたいなあ。
記憶方式の違い、と言っても実際のところ、映像記憶型と文章記憶型の人にきれいに分離するかというとそうでもなくて、その両方が独立して一人の中に存在し、それぞれどっちがどのくらい得意なのか、という話なんではないかと勝手に思っている。そして、記憶と言うものについて一般的に語られる言葉を鑑みるに、映像記憶優勢型の人の方が多いのであろうとも。

しかし、どっちがどのくらい得意になるのか、というのは、後天的なものだろうか。だとしたら、映像の流通が多い現代と、それ以前の時代では、人々の記憶のあり方自体が異なっている可能性がある…と思ったけど、まあ直接体験の記憶は映像で記憶されるものだろうから、映像記憶優勢型の人が多いことには変わり無さそうだな。
そしてこちらの方がありそうなのだが、先天的なものだとしたら、昔に比べて映像がメディアとして流通している現代は、映像記憶を得意とする人にとっては、情報を取り込んだり、物事を理解したりするのに大変有利な時代と言えるだろうな。そして映像が無かった時代では、文章記憶に優れた人間でなければ知識(特に自分の経験にない知識)を蓄えることは難しかったろう。そのような昔に博覧強記として有名になった人は、みな文章記憶の能力が突出した人であったに違いない。
それから、まとめを読んでいて考えたのだけど、映像記憶優勢型と文章記憶優勢型であれほど記憶のありようが違う(まとめに登場するような人は極端な例だとしても)ということは、例えば勉強の仕方なども適するスタイルが異なるはずで、これからますます人間が効率的に能力を開発していかなければならない現在、もっとこういう個々人の内面の差異にまで踏み込んだノウハウみたいなものがあっていいし、それを知っている人と知らない人ではものすごく差が付くようになるのではないかと思う(そしてもし記憶の仕方が遺伝により影響を受けるのだとしたら、記憶術とか勉強術とかも、世代ごとに更新されながら代々受け継がれていくようなものになるかもしれない)。

ここで自分の内面を照らして、映像記憶とか文章記憶というものが何なのか考えるに、この映像記憶と文章記憶は、生データと符号化データ、あるいはスキャンした画像/映像/音声と、そこからOCR/音声認識されたテキストデータの関係に当たるのではないかという気がする。つまりテキスト情報付のPDFのように、情報量が多い反面取り回しの厄介な大きいデータと、検索や操作の用意な抽象的データをついにして扱い、目的によって使い分けたり連携させたりしているのだ。自分の場合、映像記憶はそこそこ強いのではないかと勝手に思う(と言っても写真記憶のような才能は全くない。記憶に限らず思い浮かべた立体物や場面をぐるぐる好きなように回すことくらいはできるので、映像や空間把握に関する能力は結構あるのではと勝手に思っているけど)反面、文章記憶が全く弱く、ある程度以上難解な文章はいくら読んでも聞いてもさっぱり頭に入ってこない。職業柄色々なシステムやソフトウェアの説明書を読む必要があるのだが、読んでもほとんど頭に入らず支障があること甚だしい。また打ち合わせでも、飛び交う会話の内容が意味を伴って頭に入ってくれず、いい歳をして未だに議事録が満足に書けない有様で困ったものだ。

まだまだ思い浮かんだことがあるのだけど、いい加減寝ないといかんのでこの辺にしとくか…。

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  • 典型的な映像記憶型なのかもしれませんが、
    見たものを思い出す時は見た時の体験を想起します。
    頭の中で本を読む感じ。

    最近の仕事では直接参照できない資料が多かったので、常時そうしてたような。

    子供の頃よりは能力は劣化してますね。なにしろ、最近になって視力が落ちたもんで。
    #すいません、このオチが言いたかっただけなんです

    --
    #存在自体がホラー
    • うーん、頭のなかで資料が参照できるレベルとは恐ろしい。なんかそこまで行くと特殊能力の領域と思っているのですが、ネットではそういう人がゴロゴロいて凄いなぁと思います。
      まあ検索性はイマイチなのではないか…と言う気はしてますが、何にせよ鳥頭の自分にしてみれば羨ましい限り。

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      • さすがに資料を一字一句想起できるまでにはいたらないのですが、
        読んでいる時に何を感じて理解してたかを思い出す感じというか、こういう事を表したこんな感じの表があったとか、
        その資料はどこにあるか フォルダのツリーのどこそこの下のこんな感じの名前だったという事が浮かべば実用的には役に立ちます。
        電話かけた先で指示されている方はさぞ気持ち悪かっただろうとちょっと思った。

        検索性はニューロネットの不思議というやつで結構悪くないのかも。機械的な検索とはちょっと違いますが。

        --
        #存在自体がホラー
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        • ほーすごい。
          お話にある様子を見るに、コード化された文字記憶の代わりに、空間把握能力が突出して索引の役割を果たしてるのかなあと思いました。全くの素人の感想ですが…。
          現実に置き換えると、資料の山の中から、必要なものがサッと取り出せるとか、広大な書架のどこにどんな本が入っているかパッと出てくる司書みたいな感じか。

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          • まあ、そんな感じではあるのですが、自分の書棚とか部屋ならまあ普通ですよね。
            #自分の部屋に関しては最近はかなり自信ないですが

            よく考えると意味のない能力ではあったんですよね。

            目の前に資料がある人間が、資料が直接見られない人間に必要な資料の場所を電話で聞いてくるという....。
            いや、見られるようにしてくれよと。

            --
            #存在自体がホラー
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  • by Anonymous Coward on 2015年06月16日 11時27分 (#2831596)

    英単語を覚えるときに、文字で覚える人、連想して覚える人、対比で覚える人、語源で覚える人、単語のイメージ(絵)を作り覚える人、耳で覚える人、書いて覚える人がいたことを思い出しました。もちろん一つの方法だけでなく、一人が複数を駆使して覚えるのが普通だと思います。

    学校には全ての教科に共通する基盤となるべき学習方法の授業があったほうがいいんだろうなあ。

    • えーっと、それって国語と言わんか?

      --
      #存在自体がホラー
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    • 自分の場合は、言語イメージが獲得できないと、どの教科もダメダメでしたねえ。
      まあ、自分が何かを勉強するには言語イメージの獲得が必須というか、勉強イコール言語イメージの獲得なんだと言うことが分かったのは最近ですが…。

      なんとなく、個人にあった勉強方法というのは、親から子へ伝えられるのがもっとも良いのではと言う気はしますが、映像記憶優勢型と、文章記憶優勢型くらいの大きなくくりでも良いから、自分の頭の使い方を良く知りましょう、という機会を設けるのは良さそうですね。それなりのコマ数を割いて教えたとしても、例えば可能なら小学校の早いうちに教えておけば、きっと後々ものすごく効いてくる気がします。

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