aruto250の日記: 「ガンダム」のためなら富野をも殺す 1
日記 by
aruto250
∀ガンダムとキングゲイナーを観た辺りで思い浮かんだ考えなのだけど、富野由悠季は変わった。個人的にはポジティブな変化に見えて歓迎したのだけど、熱心なファンにはその変節を許せない人も多く、その中から現れた福井晴敏が、元の作者よりも「おれたちのガンダム」にふさわしい作品を描いたことで、ファンはもはや富野由悠季を必要としなくなってしまった。漫画の「HELLSING」に、「教義のためなら教祖をも殺す」のが狂信者だというセリフがあったが、ガンダムはまさにそういう状況だったなあと。
しかしそんな情況だと、もう誰も既存のガンダムを壊すことができず、縮小再生産の一途をたどる他ないのではなかろうか。いや、今は女子向けのガンダムが確立していて、あれは拡大したと言えるのかな。まあいずれにしても、作者以外の人間は、今までの枠組みを破壊するものを出してきて「俺がガンダムだと言うのだからこれがガンダムだ」と言うことはできないし、また経営上のプッシュがあるものに「俺が違うと言うのだからこれはガンダムではない」と切って捨てることもできないわけで(いやこれは富野御大にもできないか。でもまあ裏で文句を言うくらいはできるだろう)、そして似たようなことはアニメや漫画に限らずあちこちで起きているし、これから起きるのだろうなあ。
似た例だと (スコア:0)
理想「板垣死すとも自由は死せず」
現実「自由は死んだが板垣は生き延びた」