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日記

aruto250の日記: 上澄みの物語 相田裕「イチゴーイチハチ!」 4

日記 by aruto250

前回の日記でサディストの描く平穏な漫画の例として引き合いに出した「1518!」は、気になりつつも作者の印象が最悪で手を出していなかったところ、日記での言及で関心が閾値を越えたので買ってみたら大変に良い漫画だった。
中学の硬式野球でエースだったが肘を壊して野球ができなくなり失意のまま高校に進学してきた男の子が、その少年に憧れていた女の子と同級生として出会い、生徒会活動とその女の子の献身的な明るさで立ち直っていく成長物語なのだけれど、この男の子である烏谷くんに注がれるみんなの視線が大変に暖かい。烏谷くんが前向きに新しいことに取り組み、喜びを得るたびに、周囲の人も一緒に喜び、時には嬉し涙を流す。そういう気持ちの動きを丁寧に描いているから読み手の心まで暖かくなる。そして烏谷くんのほかにも挫折を経験した人々がいて、その立ち直りを丹念に描いているから、主人公一人の成長物語としてだけでなく、とびきりの青春群像劇になっている。
とまあ、烏谷くんのことばかり書いているけど、メイン主人公は烏谷くんを立ち直らせるために構いまくる可愛い系ヒロインの丸山さんの方なんだよね。丸山さんは最初から烏谷くんへの好意MAXで、だけど色々と無意識で無自覚なのでラブコメにはならないという。まああれだけの好意を向けられてさらりと流せる烏谷くんも只者ではないが。それでも途中から意識し始めてしまい、そこからはトントン拍子で進む様子。個人的に好きなのは烏谷くん周辺の、生徒会紹介の動画をお父さんに見せた辺りとか、チェンジ・オブ・ペースの話とかだし、烏谷くんと丸山さんがくっついたらすぐに話が終わりそうだしで、恋愛はあまり進まない方がありがたいのだけど、これは本を売る方にしてみれば恋愛メインの方が売りやすいだろうし難しいところなんだろうな。
ともかく、丹念に描かれる高校生たちの心、眼差しに加えて、時々織り込まれる「高校生らしい」ちょっとしたイタズラ心が、リアリティのある高校生活として読み手の想い出を刺激する、出色の作品になっていると思います。個人的にも事前にKindleのサンプルを読んで、これは紙で揃えるべき漫画だと思い買い揃えたけど、結局Kindle版にも手を出してしまったほど。

で、この作品の陽のあたる部分を上げればまだまだキリがないのだけど、陽のあたるものが言外に語ってしまうものも意識せずにはいられないわけで…。
まずこの松武高校は「県下トップの公立高校の併願校」と語られていることから、舞台となる埼玉県のトップ公立高校が偏差値72、3なのでコースにより70から65くらいか。作中で「進学で負けた」とか言いつつも、学力上位2~7%の人々の物語なわけだ。そのなかでも主人公が関わっていくのは生徒会であり、その世界は生徒会役員、部長、委員長といった、リーダーの資質を備えた人たちで構成されている。上澄み中の上澄みが集まって初めて成立する特殊な世界の話なのだ。
さらに登場人物が全員理性的すぎる。自己抑制能力が異常に高いか、衝動性が抜け落ちた特殊な人間ばかりなんだろうか。烏谷くんなど、中学の3年間をオレ様系エースとして過ごしておきながら「野球ばかりやってたから女の子を好きになるってどういうものか分からない」という奥手ぶりだ。それともこれが上位一桁パーセントのリアリティなんだろうか。血統もいい。烏谷くんは両親とも陸上経験者で兄が箱根駅伝の選手なのだそうで、フィジカルエリートな上に頭もいいわけだ。丸山さんは大宮の住宅地で延べ床面積が200㎡くらいの家に住んでおり、祖父は余裕のありそうな工務店の社長をやっている。上位数パーセントの頭を持った子が産まれるのも納得の家系だ。
そして、そもそも主な登場人物は運動系部活動の出身者が多く、挫折を経験しても前向きになり乗り越えていく精神は優れた身体あってのもなんだろう。スポーツマンはスポーツを取り上げてもなおスポーツマンなのだなあ。軟弱な人間ではこうはいくまい。

なんだかすっかりルサンチマンの分量が多くなってしまったけど、優れた人間たちによる美しい物語に、それを支えるだけの現実的な背景を用意すると、まあこういう容赦ない感じになるしかないんだなあと納得せざるを得ない。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2018年09月06日 15時17分 (#3475278)

    息子が埼玉県の公立の進学校( O と U と 3K が有名)に行っていました。
    運動部に入るととにかくダラダラやっているというのは時間の無駄なので、切り替えが上手になります。
    というか、切り替えないとやっていけないです。
    目的に使える時間の間の集中ですね。

    眼鏡君率は非常に高かったですけど、運動部はまぁまぁ強かったです。
    ただ、埼玉県内には運動部の強い私学があるというか、進学にはとても力をいれていますが、まだまだ運動部で人を集めている感じです。
    そんなわけで、進学校では公立が強いですけど、私学が力をつけつつあります。

    くだんのマンガは読んだことがありませんが、前述の進学校は O 以外はみな男子校(女子高も別にある)なので、入学してすぐに女子がいないことで息子の友達は「なんでココに来ちゃったんだろう」とボやいていたらしいです。
    一般化していいかどうかわかりませんが、見えている範囲では、彼らを見ていて確かに理性的で自己抑制が効いているとは思います。が、そういうところと勉強ができるところはいいんですけど、小学生でもマシだろみたいなところもあって、親に出すべき印刷物を出さないのはウチだけじゃなくて、多くの親が悩むところのようです。

    興味がわきましたので、ポチってしまいそうですが、我慢します。(性格的に完結していないと気分が悪いので)

    • 個人的には、ハイレベルな勉強に加えて運動もできるのであれば、生きていく上で必要となる能力が不足している可能性は充分に低く、(相対的に)生きやすいだろうなと思いますね。生き残ることよりも挑戦することにウェイトを置いた生き方ができる恵まれた人種でしょう。勉強と運動のどちらかだけでは、いくら得意であってもどうしてもギャンブル性の高い人生になりますし、賭けを外した場合は悲惨なものです。
      同じ「保護者にプリントを渡さない」のでも、勉強しかできない、運動しかできない人間のそれは生活能力や計画性の重大な欠如が隠れているかも知れませんが、勉強と運動ができてしかも自己抑制能力まで高い人間の場合はまあ、社会に出ればいずれ修正可能なレベルのものでしょうしね。

      ちなみに作品の完結については、題名からして進級すると成立しなくなるものみたいなので、そんなに長続きせずに終わりそうではあります。いま折り返し地点を過ぎた辺りですかねえ。とは言えそれでもあと3年くらい掛かりそうですが…。

      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2018年09月06日 20時44分 (#3475543)

    些細なことですけれども、生徒会が上澄みっていうのは必ずしもそうではないかも知れません。
    高校(まして進学校)ともなれば、学校の外にも自分の居場所を見つけられる子や、おのおのの部活動等に取り組むにしても、ただやらされているわけではない子が増えてくるという印象です。つまり、生徒会役員の活動レベルの積極性を、それぞれの価値観に照らして自分が居るにふさわしいと思える場所で発揮しているという感じです。
    生徒会活動も、数ある自己表現のひとつであって、そこまで特別視するものでもないのかなと思うのです。

    ……今思うと、本当に特別視されていたのは文化祭の実行委員会だったかも知れません。歴代実行委員長は、たしかにリーダーシップがあって友達の多そうな子ばかりでした。

    • 確かに作中でも生徒会は「役員は会長の指名」となっていて、取り立てて上澄みであることが描かれてはいないですね。そして生徒会の一年生がリーダーキャンプの文化祭に向けた会議(HR委員や部長、委員長が集まる)にたじろぐシーンとかもある。
      が、それにしても、生徒会のやっていることのレベルの高いこと。ぎゅうぎゅうのスケジュールの中、成績を維持しながら、楽しみと責任感を原動力にして効率的に活動し、目に見える成果を出している。この人間としてのレベルの高さはただ事ではありません。まあおっしゃる通り、きっとどの生徒もどこかではそうした活動をやっていて、だからこその「1518」なんでしょうけれど(1518は、主人公の通う高校の生徒数のようです)。
      しかし、レベルの高い学校の日常が、平凡な高校を出た人間には十分に非日常に感じられるんだなあと思うと、うーんやっぱりこれは格差というやつなんだろうなあ。

      親コメント
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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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