bshの日記: 花咲く土手に
日記 by
bsh
母方の祖父が亡くなった。
大正生まれの享年81歳。
7歳のときに栃木県から開拓者として北海道に入植して以来、
昭和46年まで酪農業を営み、離農後に型枠大工として77歳で定年退職するまで、
常に働き続け、わかさぎの釣竿から2階建ての山小屋まで
何でも自分で作る人だった。
俺は小さい頃からじいちゃんの家に行くことが大好きだった。
じいちゃんは家(あるいは山小屋)に行く度に何か新しいことを試んでいて、
ペットボトルで風車を作ったり、エンジン草刈機をバラしてたり、
ハンチング帽に、エコー(後にマイルドセブン)を咥えたじいちゃんは
いつも俺たち孫にその成果を見せて、知恵の輪なんかは孫の数だけ作ってくれていた。
そういえば今思い出したが、俺たち孫が生まれるたびに、
子供が乗って遊べる木馬を12体(孫の数)も作って新聞に載ったこともあった。
今、俺が一応「グラフィックデザイナー」の肩書きで働いていること、
サイエンスボランティアの一員として、教材作りをしていたり、
その原点は間違いなく、このじいちゃんの血脈だと思う。
特に俺と弟は、一番下の弟が病気で入院していた半年ほど、
じいちゃんの家に厄介になっていただけあって、
孫の中でも一番世話になった。
それだけに、何の恩返しも出来ないうちに逝ってしまったのが悔しい。
せめてもの恩返しにと、通夜で葬儀委員長が読み上げる
故人の略歴の原稿を、他の親族が寝静まったあとに書き上げた。
じいちゃんがノート1冊に書き留めた「自分史」を読み、
レポートパッドに纏め上げる俺の作業を、
じいちゃんが「何やってんだ?」と覗き込んできそうな気配がした。
もしかしたら、あの時じいちゃんは俺の脇にいたのかもしれない。
じいちゃん、文才無くてごめんね。
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