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chapatiの日記: 長門有希そして橘つた子

日記 by chapati

さっき,ドライブから帰ってきました。
確か22時頃までは まだ雨だったと思う。
今はもう うっすらと積もってます。都心なのに,美しい風景。

スタッドレスに換えておいてよかった…。

      *

昨日は録画しておいた新・京都迷宮案内5 第3話 (08/01/31放映) を観た。
今回はかなり異色の内容であった。
以下,ネタバレなので,見てない方は適宜注意されたし。
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いつもハッピーエンドなんて期待してない筈なのに。
かなり,こたえた。
今回は小説を原作とする脚本だったらしい。
どうりで,舞台が京都である必要も,まして京日である必要すら無い
シナリオであった。(このことは別に不満ではない)
たぶん,京都迷宮案内の持つ「救われない話でも視聴者に
許される」という特性を活かしたのだろう。
なお,「共依存」や「虐待を告発することの難しさ」について
一通り知っておけば,結末の理解の助けになる。

姉妹2人と母親の3人の家庭で,母親による虐待がのうのうと行われる。
橘つた子(野際陽子)は救おうとするが及ばず,脱力する。
つまり,この話は,たとえば Babyface & Stevie Wonderの
"How Come, How Long"で歌われるところの
「虐待は既にありふれている。ただ,隠されているだけ。
みんな,もっと周囲に潜む虐待に気づいて」
的なメッセージを訴えているのではないのだ。
黙って見ていられないというつた子に向かって,杉浦(橋爪功)は
「じゃあ,どうしたいのか」と問う。
つた子も「わからない」と苦悶する。
既に起こった虐待を止めさせるというのは,もちろん必要なことだが,
所詮 対症療法でしかないのだ。
虐待を解決するには,虐待を根本から防ぐしかない。

虐待が止まらない主因として,このドラマでは「虐待者である
母親(水商売)が仕事柄嘘を吐き慣れている」ということが描かれる。
そう。嘘つくのは仕事のときだけ なんて,所詮できないことなのだ。

自分は,仕事で,そして日常生活で,嘘をつきまくっていないか?
…取り返しのつかないことになったことはないか?

      *

ゲストの役者さんたち(含む 子役)が難役を好演されていたのが印象的でした。
特に,最後に母親(西尾まり)が得意気とも安堵ともザマミロともとれるような
微妙な表情を見せて去るところは,唸りました。

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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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