charの日記: 漢字
漢字の話題があったが、コメントする気力を失っている間に古いストーリーと化してしまった。私は忘れる以前に知らない=書けないため、仮名漢字変換が原因で漢字を忘れたということはあり得ないはずだ。いや、それはいい。私が考えるのは、漢字を正しく書けることよりも漢字を正しく選択できることの方が重要ではないか?ということだ。
コンピュータで仮名漢字変換を始めてから、私は国語辞典を引く頻度が高くなった。いくつも出てくる変換候補のうち、どれが適切なのか。それを調べる必要性が出てきたからだ。最近では変換候補を選択するに同音異義語の解説が出てくるようになり、国語辞典もPC用のソフトウェアを使うようになったが、以前はモニターの横には必ず国語辞典を置いていたものだ。
文章を書く。という点ではこのアプローチでもよいだろう。が、読む場合はどうか。こちらの方が問題だと感じる。いや、コンピュータに限ったことではなく、文字メディア全般に対してだ。たとえば、ある文章に読めない漢字が混ざっていたとき、その文章は理解不能かというと、そうではない。名詞である場合、文脈からそれがなに(人名?物質名?地名?…)を表す言葉かの判断ができればその文章は完全ではないにしろ理解できてしまう。しかし、その漢字の「読み」は解らないままなのだ。
…うまく文章をまとめられなくなった。唐突だが、主張したいことを書いてしまおう、
- 小説、マンガ等では、できる限り全ての漢字にルビを振っていただきたい
ということだ。「理由」と書いて「わけ」とルビを振るようなあて字を使われると困るが、漢字と読みをセットで書いておけば、読者はそれを自然と学習して「既出」を「ガイシュツ」と読んでみたり、「雰囲気」を「フインキ」と読むような事故も防げるはずだ。
#なぜこんな事を書くかというと、今日の新聞で「禰宜」の読みが解らなかったからだ。
#社会化学とは一体?
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