chuukaiの日記: SNSはそんなに怖いところなのか(韓国で)
[社説]怪談と虚偽でごちゃごちゃなSNS(韓国経済(韓国語)、2011-11-30、太字は引用者)
ソーシャルネットワークサービス(SNS)に対する論議が熱い。無償給食とソウル市長選挙,韓米自由貿易協定(FTA)等,数多くの社会的論議をたどりながらSNSのパワーが注目されている。SNSは点々と散らばっている孤独な個人たちを連結してインターネットから自由な疎通空間を作り出すという側面により,その肯定的機能を否認することはできない。しかし唯一韓国ではあたかもパンドラの箱からあふれ出る毒素のように社会の疎通構造をかえってマヒさせて退化させている。
SNSは理論的には開かれた民主的空間だ。接近性が高くて少数者の抑えられた意見も自由に表出されるという点でメディアの新紀元という期待もされている。しかし実際にはごく少数の専門扇動屋が占領している。狂牛病事態の当時,ダウムのアゴラもごく少数の人が一日数百件の文を載せながら,虚偽事実を流布したのと違わない。大衆がスターに集まるようにフォローが傾いていて自由でない隷属と愚民化の空間である。大衆はデマと怪談を持って運んで拡大再生産する役割を無意識的に一手に引き受けている。自由でなければならないSNS空間でかえってストレスを受けているという調査結果もそれで出てくる。
SNSに構造的限界があるという指摘もある。イメージ中心の知識は真の疎通の道具になりにくいということだ。ここでは実際に単純なメッセージの他に論理的思考が食い込む余裕がない。こういう形式は即時性というSNSのまた別の特徴とかみ合わさりながら,収容者が時間を置いて検討したり批判する精神をマヒさせる。その上同じ考える人々とだけ疎通する理由に集団論理が拡大強化されるという特徴も見える。検証を経た情報でなく扇動が乱舞するいわゆる‘デジタル ポピュリズム’はこのように誕生している。(後略)
SNSがそんなに怖いところだとは知りませんでした。