cooperの日記: 留まる人、通り過ぎる人 2
昔、沢木耕太郎の「深夜特急」を読んだ。
ページをめくる自分と同じ年齢の作者が、香港からポルトガルまで、ユーラシア大陸を横断する壮大な一人旅がそこに展開されていた。訪ずれた国の民族性や文化の違い、衣食住のちょっとしたことが鮮明に描かれていて、長い旅を飽きることなく追体験することができる。
「深夜特急」を読む若い読者の大半がそうだったように、旅が進む中で逞しく成長していく作者と自分を比較し、焦りと羨しさ、もどかしさといったものを何度も感じた。
# そう、比較するから不幸になる
読み進めていくと、刺のようにひっかかる部分があった。正確には覚えてないけど「同じ土地にしっかり根を下ろし、昔からの人間関係を大切にする "留まる人" もいれば、根無し草のように転々としながらも、その場その場で確かな人間関係を築きあげ、また去っていく "通り過ぎる人" もいる」というような内容だったと思う。そして作者は、どちらが良い悪いではなく「通り過ぎる人の強さに憧れる」と書いていたような気がする。
翻って今の自分はどうだろうか。
すっかり根を下ろしてはいるが、弛緩し、怠惰な毎日を送っているだけのようだ。変化はいろいろあるけれど、それは本当に自分が望んだことだろうか。やりたくもない仕事を、愛想笑いでやることが多くなった。嫌なものを嫌と言えなくなった。人は「そんなものだよ」とか「若いねぇ」と笑うかもしれない。でもそれは留まるというより、停滞し、淀んでいるといったほうが近い。管理業務が 6 割を超える技術者など、屍も同然だ。
今からでも、通り過ぎる人になれるだろうか。そのために、捨てなければならない多くのものや関係に対して、冷静でいられるだろうか。組織を離れ、孤独に耐えていけるような、そんな強さはあるだろうか。モラトリアムなどもう、とっくにあるはずもないのに、あと何回こんなことを繰り返せば、どっしりと落ち着くことができるのだろうか。
わからない。わからない。
留数定理により (スコア:0)
# ざぶとん何枚ですか?
なんともあいすいませんが (スコア:1)
せっかくコメントいただいたのに申し訳ない。
-- cooper