cooperの日記: この俗物が! 2
読了。
一人ボケ突っこみをまぜつつ、短めの文章をテンポ良く読ませる文体は、通勤時間には丁度良かった。この本でもやはり「恥を知れ、気取るな」という主張がベースになっていて、その観点から
- 俗物の定義
- 男の自尊心と女のプライド
- 俗物のタイプとその詳細
- 非俗の人、言葉、時間
といった項目について論を進めている。とにもかくにも全てが俗物。地位、権力、知識(教養)、モノ、金、女、学歴、有名性、言葉、自尊心といった手段価値への執着と嫌悪。そのどちらも俗物たりうる。
非俗物の一例としては、沢木耕太郎の「無名」にかなりのページを割いている。沢木の実父の静謐な人生を描いたこの本は是非とも来年読みたい。
さて、世にはびこる俗物を辛辣に批判する著者は、自分自身のことをプチ俗物(なんだよそれ)の一種「堅い俗物」として次のように規定している。
わ。オレか。小さいことに神経を使いすぎて愚直きわまる性格を有しているかと思うと、内心ではバランスの悪い野心をたぎらせているアリクイみたいな俗物。こっちはシャツの一番上のボタンをかならず止める。いちいちの挨拶が過剰。他人の行動をやらずもがなの屁理屈で批判する。ときに、かたさをほぐそうとしてムリにくだけるが失敗。金曜日になるとラフな服装になるニュースキャスター。瑣末なルール無視をも異常に恐れる男。(p. 154)
細かい男なのだ。だから様々なことが目について仕方がないし、何か言わずにいられない。それでいながら、
だが、それでも一人ひとりはやはりちがう人間である。かれにとっておもしろいことは自分にとって全然おもしろくなく、かれにできることが自分にはできない、というようなことはざらにあることだ。だから社会はおもしろいのである。(p. 167)
などと、一般論に戻ったりもする。あとがきに至ってもドジョウのようにクネクネとして、なかなか正体をつかませない。不思議な人だなぁ。
振り返って 2003 年は、盛大に俗物だったと思う。著者の定義では 40 歳以下の男は免除されるということだけど、掛け値なしに俗物だった。こうして日記を書いてることがすでに俗物だ。日記なら大学ノートにでも書けばいいのに、わざわざこんなところまで自我を拡大したがっている。
来年はもうちょっとましな俗物になりたい。ああでも、日記はやめられない。
俗物 (スコア:1)
この日記は、日記であって日記でないのです。
大学ノートに書く日記を「ほれほれ」と言って見せる人は少ないでしょう。
すらど日記は「ほれほれ」と言って見せるものです(そうか?。
#来年はもっとcooperさんの日記が読みたいです。。
どうも (スコア:1)
来年も、GTK [srad.jp] として、より一層のご活躍を期待しています。
-- cooper