cyber205の日記: TransmetaのCrusoeって元ネタはロシア企業の512bitマシンなのね 4
ASCII.jpのCPU黒歴史シリーズ、面白いですね。
表のトピック、AMDはx86から撤退(すぐ否定)のコメントに、
tomone氏のAMDがいかに組み込み機器に無理解か示した書き込みがあったのですが
このCPU黒歴史シリーズ、他も読んでみると、なかなか見応えがあります。
自分が面白いと思ったのは
Intelの20年早すぎたCPU iAPX 432と
「CPU黒歴史 いくつ知ってる? 幻のマイナー系x86 CPU」の最後のページにある
Elbrus E2Kですかね。
Elbrusはロシアの企業で、そのE2KはCrusoeの原型モデルのようなものらしい。
Crusoeはそこそこ成功したんじゃないかなと思いますが、
こっちは一般向けに販売されることは無かった幻のCPUだとか。
>E2Kの開発を指揮したのはBoris A. Babaian氏であるが、
>実はトランスメタの創業者であるDavid Ditzel氏は1992年~1995年にBabaian氏と共同作業をしていた。
>またその後も、Elbrusの協力企業としてトランスメタの名前が挙がっていたこともある。
>その意味では、CrusoeやEfficeonの原型になったのが、このE2Kといってもいい
そして両人とも今はIntelで働いているのだとか。
やっぱ、本当に優秀な人は行くべきところへ行くんやね。
Intel432なんて、読むまで存在そのものを知らなかったわけですが、
8086を開発する裏でこんなトンデモナイCPUを作ろうとしていたというのが凄い。
これ、まるっきりIBMの汎用機をパクったアーキテクチャですから。
入出力を別のプロセッサに丸投げするあたりは、まんまチャネルです。
CPUだってアホみたいに増設できるし、接続はクロスバーという。
もうなんというか、夢いっぱいアイデアいっぱい、だけど実装の実力なしという。
とても当時のマイクロコンピュータのレベルで実装できるようなサイズではない。
しかし、80286の時もそうですが、Intelの連中は実力が伴わなくても夢を追うのが好きなんだろうね。
実際、創業者のノイス氏は「リスクと気軽に付き合う」って言ってる人だし。
こういう野心的なプロジェクトにもGoサイン出した理由が分かる気がします。
実際、286は欠陥CPUの誉れ高い高速8086で、
プロテクトモードなんて誰も普通に使ってないという悲運のCPUでしたが、
幸いIBMに拾われたおかげでバカ売れして他の失敗の穴埋めして
余りあるほど儲かったらしい。(セカンドソース出さないと需要を賄いきれないぐらい売れた)
# また、IBMは互換機潰しのためにIntelのロットを無理に買い占めて倉庫で腐らせてた。
そして、後の386でいろいろ機能追加してx86アーキテクチャは一応の完成を見ます。
でも、できあがったアーキテクチャはUNIXの原型(そして反面教師)となった
Multicsの亡霊みたいな構造なんだよね~。
やはりミニコンや大型コンピュータの世界にマイクロプロセッサで
切り込みたいと思っていたのでしょう。彼らの野心を感じます。
P.S
TransmetaのトピックアイコンとIntelのトピックアイコンを両方使いたいのだけど、
指定してもIntelだけが優先されてダメっぽいですね。複数指定できないのかな?
それに、一度取り込まれたトピックアイコンは消すのが難しいらしい。
どういう仕様か知らないけど、これは「要改善」ではないかと思います。
iAPX432か、懐かしいですね (スコア:1)
資料はもう全部捨ててしまいましたが、取っておいたら貴重だったかなあ。
ここまでやるのか、と思っていましたが、結局駄目でしたね。
....と、crusoeなマシンを中継してこれを書いています。
Re:iAPX432か、懐かしいですね (スコア:2)
もはやIntel公式サイトの歴史からも消えているようですが、
80286の時以上に、凄いことに挑戦してたんだなぁと思いましたね。
Crusoe、今でも考え方としてはそう間違ってないんじゃないかな。
モバイル向けにIntelが低電圧版P6系プロセッサを出してきたせいで市場をもってかれてしまったけど、
意外とIntel自身もPentium4ではソフトウェアで内部RISCエンジン向けに命令デコードする方法を採用してましたからね。
プレスコット世代にあの30段以上の長大なパイプラインが存在した真の理由が、
「命令デコードをマイクロコードで行うためにあった」とか、信じられないような本当の話らしいし。 [ascii.jp]
コンパクトなx86命令を読んで、マイクロコード使って内部のRISCエンジン用に命令を書き換え、
解凍してからトレースキャッシュに入れて回すとか、やってることはCrusoeとあまり変わらないんじゃないかと。
結局、成功したかどうかを見ればちょっと微妙でしたが。
(というかプレスコは大コケしてAMD大躍進のきっかけになったわけだけど)
あと、黒歴史にされてて驚いたのはi860 [ascii.jp]ですね。
Intelが独自アーキテクチャのRISCプロセッサを作ってたというのもめずらしい話ではあるのですが、
40MHz動作で同時に2命令実行可能なことから、ピーク演算能力が80MFLOPSぐらいあって、
CRAY-1のスループット? [nifty.com]とほぼ同じ。
# クレイ1の性能は普通は80MHzで2命令同時実行の160MIPS、FPUはちょっと制限があって136FLOPS程度だけど、
# > ベクター命令を注意深く使用してchainを作るようにすれば最高で 250MFLOPS の性能を出すことができる。 [wikipedia.org]
# なんて書いてあります。
おそらく、80MFLOPSってのはクレイを普通に使った時の値なんでしょうが、
ワンチップで「あの」スーパーコンピュータと同じ性能が(ピーク性能だけど)出せるのかと感心してたんですよ。
そしたら実態は、ベンチ取ると整数演算性能がダメダメ、コンテキストスイッチでボロボロ、 [ascii.jp]
この頃のRISCの特徴でもあった浮動小数点演算の速さに関しては群を抜いているものの、
ドライストーンの値がクロックの割にはMIPSのRシリーズより妙に遅い。
んで、結局昔ながらのx86系の性能が上がってくると、製品ラインナップから消えてしまったとかなんとか。
意外と知らないことが多かったんだなと思いましたよ。
秋葉原や工学に強い書店でデータシート販売は見た覚えある (スコア:1)
> Re:iAPX432か、懐かしいですね
わたしの在籍していた職場では書棚にもリファレンスマニュアルすら用意されることのない想像上産物同様だった気がする。まるで縁がなかった。
一方 i860は当時書店や秋葉原でデータシートを販売しているくらいの店はあったくらいにちょっとメジャーだった気がする。ミニスーパーコンピュータというニッチェなプロダクトを開発販売している会社がいくつかあった頃に採用しているものがあったような。わたしの在籍していた職場にこれまたニッチェなコンパイラ製品があったので1990-1995頃その移植を依頼されたことのある機種があったような。
ja.wikipedia.orgをちょっと見たら1980年代が主流ということで、その中ではAlliantがi860らしい。がAlliantは1992年に商売畳んでいた。どこのミニスーパーが商談持ち込んできて実際にできたんだっけな?ひたち那珂の商談はまとまった覚えがあるんだが。。。所詮今は昔。いずれにしろ1990-1995というのはその最後期の商談ということで盛りは過ぎた一時期だと訂正。
iAPX432 については事実誤認があるような (スコア:1)
個人的には、一番 370 色が濃いマイクロプロセッサは実は MC 68000 だと思う。VAX が NS32000 で、ということろかな。i860 をメインプロセッサに使ったのは、話も出ているとおりクボタの Titan だけだと思う。ひたちなかってのは多分 3050G のことだと思うけど、あれはグラフィックアクセラレータ専用のハズ。