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274231 journal
Linux

defaultrouteの日記: 3x5 = 5x3 問題 14

日記 by defaultroute

本質は「子供は一様ではない」。

数や量に対する直観力、良い言葉か知らんけど仮に数覚と呼ぶ。

数覚を先に身につけて、小学校の授業により言語をあてはめていく子供(a)と、相対的に数覚の発達が遅れ、言語の学習の過程で数覚を身につけていく子供(b)がいたとする。

(a)は、3x5 = 5x3 であると直観的に知っている。例えばdefaultrouteはレゴブロックでの経験から、入学前から計算や説明はできなくてもその程度の感覚はあったような気がする(気のせいかもしれないが)。数の発見的獲得の過程を無理矢理想像すると、面積15マスのブロックが先にあって、「縦」とか「横」とかいう言葉をちゃんと獲得する以前に、かたっぽ数えたら3マスで、もうかたっぽ数えたら5マス、とかいう感覚なんじゃないかな(レゴブロックの場合、2x2=1マス、という換算の概念も学ばせてくれる!)。

ここで、「3x5 is not 5x3」という「考え方」を「『5x3 = 15』 → ×」という答案用紙で知る。これは自分の体得した数覚にあわないから大混乱する子供(a-1)と、大人がどう教えたいか想像した上で「わかったふり」ができる子供(a-2)とがいるのかもしれない。で、(a-1)はトラウマを植えつけられ、(a-2)はひとつオトナへのステップを上がり、妥協を覚える。

(b)は、3x5 = 5x3 であると直観的に知らない。従って 3x5 is not 5x3 と教わる。
(b)の子供は放置すると割り算やら分数やらでまた理解が追いつかなくなることが多いと聞くが、かけ算の時に「意味と順序が関係する」ということさえ叩き込んでおけば、小学校の範囲でのテストの点は取れるので、その時点では大丈夫だ、問題ない。

小学校の先生はこの状態で満足するのだろう。

しかし、= と is not の違いが理解できているとは限らない(割り算の順序を間違えないからといって、 3/5 is not 5/3 と 3/5 != 5/3の違いは説明できるだろうか?)。
# 「=」の本当の意味なんて大学でちゃんと学ばないとわからない、とかそういう問題はとりあえず置いておく

以上が自分なりの問題の捉え方で、以下は意見。

根拠はないが、小学校の先生の苦労話を聞くに、人数的には(b)>(a-2)>>(a-1)なのだろう。また、小学校の先生に与えられたタスクをこなす、という範囲においては、(b)を及第点に持っていくほうが(a-1)、(a-2)を伸ばすよりも大変で、従って現状がパレート最適に近いのも理解できる。

だが、自分が想像した範囲では、(a-1)は最悪、(a-2)も小学2年生には望ましくない(大人を信頼しないひねくれた子供になるぞ(笑))。(b)だって、結局の所「=」の意味をあいまいに捉えたままなわけで、将来どっかで落とし穴にハマる可能性が残る。しかも一番理解力に乏しい子供が、だ。

小学校教育のコストを削減することは大事だが、こんな不誠実なやり方は受け入れたくないな。
教える内容は減ってもいいから、いちばんいい奴を頼む。

この議論は、defaultroute (40612)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • やっていることは、「判っている子」と「わからない子」の区別がつかなくなるようにマスキングしているだけですから。

    で、そのマスクを 全員を混乱させる形で実装している。だから算数嫌いな子が大量発生するんです。

    .

    ひとつ、もっと広汎的に危惧するべき点が。
    私、一時期、某「元お役所」系の「今は民間企業だと言い張っているが、禿に『それなら税金分返せ』と言われているグループ企業」にいたのですが。そこで蔓延している発想と極めて酷似しています。
    そこでもかなりのものについて「計測値を下げる」ために計測できないようにするのという方策に安易に走りたがる、考え方が蔓延していました。「ゴミの排出量を削減するために、ゴミ箱を撤去します」とかね。ゴミの排出量が減るのではなく、ゴミの排出量を計測できなくする事で、「減った」と言い張る。

    日本の腐敗の元凶は、この「局所最適ばかり求める役人根性」にあると考えて間違いなさそうです。

    --
    fjの教祖様
    • コメントありがとうございます。

      ワタクシも大変日本的な企業に勤務しておりますので「局所最適ばかり求める役人根性」および「上ばかり見て仕事する飼い犬根性」は日々経験しております。さりとてokky氏のように会社を飛び出す才覚もなし。

      小学校の先生は、おそらくマスキングしている自覚はないのでしょう。求められたゴールをできるだけ多く満たすために、与えられたリソースで許された解がこのへんにしかなかった、とかそういう話だと思います(あくまで、資源もゴールも小学校内に閉じた話であるからして「パレート最適」といっています)。しかし、ゆとり教育とか言っている時代も小学校の先生が楽になって、一人ひとりの教育が充実した、という話もあまり聞きません。となると、小学校の先生個人に全責任を求められる話でもないので、せいぜい自分なりの考えをできるだけ明確に述べるぐらいしかできることはありません。

      # 個人的には、子供もいないし (他人の子供は未来の担い手、ぐらいは思ってますが)

      親コメント
  • えっと、先に私の立場を説明しておくと、
    妻が小学校教諭で、何年か前に「1~3年の算数担当」をやってたことがあり、その時、教材を作るのをさんざん手伝わされた、という「当事者ではないがある程度は現場を知っている」って感じの者です。
    #当時、私もこの議論のような疑問は持ちました。でも、その教え方に意味はある、と今は納得してます。

    で、全般的に議論がなんか微妙にすれ違ってる感があるのですが、
    まず、
    ・かけ算という演算について『「a×b」は「aをb回足したものである」』という定義を習っている
    ・算数の問題における「式」という回答欄は、問題文章を定式化したものを書く欄である、
    というのが大前提です。

    このかけ算の定義に従って、問題文を定式化できるか、というのが問題なのであり、
    この際、可換則が成り立つことを児童が知っているかどうかは問題になりません。

    くだんの問題で、例えば「15×1=15」って式を書いたとしたら、これは明らかに誤りなわけです。
    「15×1=15」という命題は正しいし、「15個」という答えはあってるわけですが、これは問題を定式化したものではありません。
    同じように、「5×3=15」という命題だけ見れば正しいけど、上述のかけ算の定義に従うならば、これは問題を定式化したものにはなりません。

    ちなみに、今、妻にちょっと聞いてみたら、この問題のような解答について
    「絶対×にしないとだめ派」「一応間違いじゃないから×にしたくない派」など、教師によって人それぞれみたいです。
    それでも、わり算に進んだ時のことを考えると、演算の被乗数と乗数のちがいはきっちりたたき込んでおくべきだ、ということで、
    妻の関わった学校では、これを×にすることの方が一般的だったそうです。
    (学年全体でコンセンサスが取れるなら、これを○にするのもありだろうとのこと)

    • それは、設問内に『aをb回足す操作をa×bと記述する時』等の記法の言及があった場合にしか不正解に出来ないし、すべきではないと思うのですが…

      教え方は「aをb回足すことをa×bと書きますよ」で良いと思いますが、そもそも立式を問う問題で、一般的にコンセンサスのない(自然数a,bについてa×b≠a×bであるという)減点は納得できませんし(そもそも自然数ならばa×bと書くかb×aと書くかは、見かた・着目点(「aがb個」が「bがa個」に見える)の違いでしかない場合が多い)、記法を限定させたいなら、設問の中で(あるいは全体の冒頭で)記法について言及していないのか疑問です。
      (設問に記法の言及があった上での不正解なら納得できます)

      逆にもし、テストの中に授業の内容を書くのは………と思われる教師がいたなら、私はその教師にその問題は何を問うているのかを問いたいです、ハイ。

      あと、15×1は例が不適切かと。
      a×bが答えの問題で、何の前提も無くc×1と書いても正解になるはずがありません。
      しかし、b×aが不正解になるかは疑問です。
      親コメント
    • 問題文の状況を思い浮かべよう。
      具体化するとこうなる。
      皿OOO
      皿OOO
      皿OOO
      皿OOO
      皿OOO
      ということは

      くだんの問題で、例えば「15×1=15」って式を書いたとしたら、これは明らかに誤りなわけです。

      これも実はよく考えると誤りではないではありませんか。
      なんとなれば、この空間には15個あってこの空間は一つなので、
      15×1=15となります。(まあそんないやみな説明をする子はいないと思いますが)

      「5×3=15」という命題だけ見れば正しいけど、上述のかけ算の定義に従うならば、これは問題を定式化したものにはなりません。

      どう見てもなっているでしょう。5を3回足すことによって15が得られるでok.
      やっぱり、あまっていたからそれぞれの皿に4個にすると何個になるでしょう
      といわれたらもう一回5を足しますね。

      わり算に進んだ時のことを考えると、演算の被乗数と乗数のちがいはきっちりたたき込んでおくべきだ

      関連がさっぱり見えません。

      被乗数に自然数じゃないものがきているときで、乗数の側に自然数
      でないものを持ってこれるように拡張していないときじゃないと
      バツをつけるのは無理筋でしょう。

      親コメント
      • いや、ここで問題にしたいのは、そういう言葉面の話ではないのですが‥‥‥
        # 会話って難しいね、HAL

        親コメント
        • もとの日記に戻りますと(b)の子供に対してもちっともよくないと思うんですね。
          求められていることは、状況を具体的にイメージして、抽象化して式に落とすことなのに、
          先生が、状況を思い浮かべるということができなくて、あるいは抽象化することができなくて、
          言葉を並べ替えて処理しているから、バツをつけることができるなんて思っちゃうんじゃないかと。

          親コメント
          • 同意です。数の抽象的な本質を全員の子供に教えることはできない、という現実論から来た妥協なんだろう、と理解しています。
            妥協せずにできたほうが良いに決まっていますが、現場は現場の苦労がある、というのはオノレの身にもあることなので、よくわかる面もあります。

            せいぜい「なぜこういう理想論を述べるのか」ということを言明するところまでが許される分といったところでしょうか。

            親コメント
    • コメントありがとうございます。長くなってしまいすみません。

      このかけ算の定義に従って、問題文を定式化できるか、というのが問題なのであり、
      この際、可換則が成り立つことを児童が知っているかどうかは問題になりません。

      もちろんその意図は理解しています。
      この騒ぎでは、その上で「問題」の立て方 (つまり、与えられた問題文から回答を得るプロセスの妥当性ではなく、「作法」への従属を採点する行為) 自体を問われていると感じています。

      上の例で言えば (a-2) の子供はその出題意図も含めて理解できる子供です。
      しかし、(a-1)は「このかけ算の定義」とは異なる「抽象数のかけ算」を体得しており、同時に、国語力が低い等の理由で「このかけ算の定義」の意義が理解できません(なんで?なんで?って奴ですな)。想像ですが、(a)の子供達はどちらにせよ、1~2桁の整数の割り算ぐらいなら九九の暗記なくとも直観(!=直感)でこなすでしょう。しかし、本質を見抜いたつもりになっている(そして実際に、より本質に近い位置にいる)子供に、ここでの定義ではそれは間違いだ、と教えることは、そうとう苦労される割に益が少ないのではないかと想像します。狭い範囲の実体験としてと限定して良ければ、害があった、と申しあげたいです。

      .

      以上の理解の上でtaka2さん他現場の方の意見を読むと、現場は(b)を仮定しているように思います。まぁ、ボトムを引き上げるのは小学校の大切な役割ですから、現実解として広く現場で利用されている教育方法なのでしょうし、リソース不足の中(b)中心に考えることは理解できます。また、表面上スキルを身に付けることは大切ですし、誰しも数覚を身につけてるわけではないことから察するに、全員に本質を教えるのは現状無理がある、ということも理解ができます。

      しかし、このやり方では「なぜ算数のかけ算の問題で、5x3と書いたら誤答となるのか」と、「なぜ計算一般の割り算の問題で、割る数と割られる数を逆に書くと誤答となるのか」の違いが理解できているんだか、理解できていないんだかわからないと思います。そのことを小学校の先生方が自覚した上で、割り切ってスキルだけ覚えてもらえばいいやと考えている(I)のか、それとも、「かけ算の定義だから従うべし」という理解で教えている(II)のか、その違いも(現場に近い方の説明からは)理解できませんでした。(I)であれば多少は納得できるのですが、むしろ(II)寄りの説明が多いのでますます心配になっています。

      .

      このように、現場寄りの方の主張を理解したつもりであっても、(a)側の人間としては、「(b)のボトムを引き上げるために(a)にトラウマを植えつけること」を「正しい教え方」と言われることに拒否反応を覚えるわけです。もっと言ってしまえば、個人的にはその教え方は傲慢だ、とまで思っています。合理的な理解のうち一つのみを「言葉」として許し、それ以外を許さないというのは「直観」に反するので。

      かけ算の数覚、割り算の数覚って、言葉にできないとしても、小学2年生の段階で既に持ってる子供は一定数存在すると思います。言語は教わらなければ得られませんが、幼年期の数覚は、運動と同様に体得するものだからです。言葉より数覚の方が先に発達した、子供の認識や悩みを現場の方に伝えられればな、と思い拙文を重ねる次第です。現場の方を攻撃する意図はありません。お連れ合いによろしくお伝え頂ければと。

      親コメント
      • えっと、書いててややこしくなりそうだったので、以下、
        ・一般的な、被乗数と乗数を区別しないかけ算演算子を ×g
        ・小学二年で最初に教える、被乗数を左に乗数を右にしなければならないかけ算演算子を ×e
        とします。

        あと、小学校のテストの目的は成績評価ではなく、習熟度のチェックです。
        バツな回答は減点して終わりではなく、それによって洗い出された未習熟点について、
        場合によっては個別にコーチングしてでも、必要な知識を習得させるのが終点。

        > 「かけ算の定義だから従うべし」という理解で教えている(II)のか

        「定義だから従うべし」ではなく、スクリーニングの道具として「そういう定義のかけ算演算子 ×e」が生まれているのです。
        問題文から「単に2数を取り出すだけ」ではなく、「適切な被乗数と乗数を取り出すことができる」ようになる、というのがまず最初にあり、そのための手段が演算子×e。

        くだんの問題はかなり進んだ方で、ひっかけ問題になってるわけですが、最初は文中に「りんごが3個乗ったお皿が5枚あります」といった感じで、まずは被乗数が先にでるような問題から始めるし、
        タイルとかを使って実際に数える作業を行って「被乗数と乗数」を習得し、その回答も、いきなり式を立てるのではなく、

        かけられるかず: 3
        かけるかず: 5
        しき: 3 ×e 5
        こたえ: 15

        と順を追って考えさせます。
        いきなりこの問題が出てくるわけではなく、それまでに「問題から被乗数と乗数を抜き出す」こととたたき込もうとしており、その習熟度合いの確認手段として「被乗数を左に書く×e」を使ってると。

        この段階で、(a)の児童が
        > 国語力が低い等の理由で「このかけ算の定義」の意義が理解できません(なんで?なんで?って奴ですな)。
        で児童の習熟度合いとして
        ・「問題文からの被乗数と乗数の抜き出すこと」ができない場合
        そのままでは、わり算なんかで躓く可能性があります。「被乗数と乗数の区別ができる」ようになる必要はあります。

        ・「問題文からの被乗数と乗数の抜き出すこと」はできる場合
        直観的/予習的知識によって「本質的にかけ算とは×gである」ということを理解して、「演算子×では被乗数と乗数の順番には意味がない」と考えているということでしょうか。
        これが最大の問題になるわけですが、そういう児童の場合は、前段階で

        かけられるかず: 3
        かけるかず: 5
        しき: 5 ×g 3
        こたえ: 15

        と「かけられるかず」「かけるかず」は正しく答えてるでしょうから、スクリーニングできるはず。
        この場合には、「割り切ってスキルだけ覚えてもらえばいいや」にならざるを得ないですかね。

        あとは、根本的に「演算子×e」導入そのものがその場しのぎであり、将来的には算数/数学修得の弊害になる、という疑念については大いに議論・批判の余地はあるかと思います。
        でも、現状の現場では、デメリットよりメリットが大きいと判断しているってことではないかと。

        ちなみに、教師自身がこのことに問題意識を持ってない(盲従している)わけではありません。
        今回ネタ元のページを妻に見せたところ、「5x3=15がバツ」な画像を一目見ただけで「あーはいはい」と何が問題になってるのか見抜いた上で、教師内でもいろいろ意見が分かれているとか、長々と語られました。
        #ちなみに、妻は「交換法則を習熟した後で、式だけを書く回答欄なら、5×3=15でもOKにしたい派」
        で、前のコメントでも書きましたが、「あるクラスはバツにしてるけど、隣のクラスはマルにしてる」なんてのは絶対に避けなければならない。
        というわけで、これについては教師ひとりの一存で決められることではなく、ちゃんとすりあわせを行う必要があり、全体で方針を統一するのが最重要とのこと。
        そういうコンセンサスを取った上で、方針として(大阪府下の小学校では)マルにする場合もあるが、バツにするほうが主流、と。

        親コメント
        • 丁寧にありがとうございます。現場の方の考え方はわかりました。
          defaultrouteの懸念は、(皿と果物といった具体物を対象とした場合は特に)「被乗数と乗数に本質的な差はない」と最初に気がついてしまった子供の立場です。

          割り算のことを気にされていますが、どちらかというと「なんで他の人が理解できないのか理解できない」レベルの子供を想定しています(私がそうだった、とは言いませんが)。例えば「比」に近い感覚 (レゴブロックの4ドット = 2x2の普通のブロック = 1x4の細いブロック みたいな感覚) を先に体得したと仮定しています。もちろん、「比」という便利な言葉を知るのはずっと後のことです。こういう感覚だと、「かけられるかず」と「かけるかず」は、頭の『本質ポケット』の同じ場所に入れてしまうんじゃないかと思います(実際本質的には一緒です)。

          現場の苦労話はよくわかるのですが、個人的な経験と照らしあわせると、教えなくてもタイルやレゴブロックから axb=c ≡ a=c/b ≡ b=c/a ≡ bxa=c という綺麗な形が見える子供がいるはずがない、という教え方|考え方に、どうしても思えてしまうのですよ。「割り算を間違えるから」 axb is not bxa というというのは、この形のaとbは入れ替え可能でcと(a|b)は入れ替えられない、ということを先に体得している子 (あるいは、頭の中のイメージ演算で、皿と果物を取り違えたりしない子) にとっては、『理由』として理解できないのです(個人的には、釈然としないものはあったように記憶していますが、大人の言うことを聞くいい子だったので、その場は出題者の「意図」を読んで答えてたように記憶しています)。

          大勢の子供に教えている以上、どうしてもこぼれてしまう部分はあると思いますし、数覚がある子供を基準にしたらデメリットのほうが大きいのも理解できます。個人的には、もっと基礎にあてる時間を増やして、このかけ算と割り算の綺麗な形を、もっと多くの子供に見せることができればいいなと思います。また、そうであってほしいというワガママを申しているだけなのかもしれません。

          どうもありがとうございました。

          親コメント
        • バツをつけるための最低条件は

          かけられるかず: 5
          かけるかず: 3
          しき: 5 ×e 3
          こたえ: 15

          を否定することができるような問題設定をすることです。
          単にちょっと感覚的に不自然とかじゃなくて。

          たてに3個、よこに5個並べてある状態に還元されるような問題で
          バツをつけるのはどうにも考えが足りないとしか思えません。
          (教師のサボり説を支持します)

          で、
          http://srad.jp/~L.Entis/journal/519352 [srad.jp]
          のリボンの重さや長さならまあまだいける問題になると思います。
          問題の定式化を十分に制限できる問題を考えずに、数字の並びによって
          バツをつけるのはサボり。

          ・「問題文からの被乗数と乗数の抜き出すこと」ができない場合
          そのままでは、わり算なんかで躓く可能性があります。「被乗数と乗数の区別ができる」ようになる必要はあります。

          それはずいぶん飛躍していて、
          本質的に区別の無い被乗数と乗数の区別をつけることによって
          割り算でつまずかなくなるという合理的な説明または測定データが必要です。

          前のコメントでも書きましたが、「あるクラスはバツにしてるけど、隣のクラスはマルにしてる」なんてのは絶対に避けなければならない。
          というわけで、これについては教師ひとりの一存で決められることではなく、ちゃんとすりあわせを行う必要があり、全体で方針を統一するのが最重要とのこと。

          それは、激しく馬鹿ですね、、、日本的ともいいますが。
          論理的正しさ、説明をするということではなくて、周りもそうだという状況を作って押し付けようという
          ことなんだから、最低最悪と評価します。

          親コメント
    • かけ算という演算について『「a×b」は「aをb回足したものである」』という定義を習っている

      私はコレを習ったあと、アメリカに行って一瞬大混乱しました。正直やめていただきたい。
      アメリカでは、最初に掛け算を教わるときは、 bをa回足したものであるという定義なのです。a×b は「a times b」…a回出てくるb…と読むので。

      本当の乗算における乗数・被乗数の関係は、「どちらが主でどちらが従」という関係にはない。あくまでも加法から乗法を導き出すための一時的な方便に過ぎない。それを「テストまでするほど引きずる」べきではありません。

      .

      ちなみに英語の計算の教え方は結構面白くて、

      - a+b : a plus b
      - a-b : a subtracted by b
      - a*b : a times b
      - a/b : a divided by b

      としておいて「byがつく演算は a と b を入れ替えてはいけない。by がつかなきゃ入れ替えて良い」というもの。で、ここで
      「a-b は a minus b じゃないかっ。交換則が成り立たないのは by が付いてないからじゃないっ」
      と教師に食ってかかった一団が、翌年から算数のレベルが高いクラスに分類されます(3年生ぐらいから、科目ごとにレベルによってクラス分けを変え、授業ごとに行く部屋が変わるのだ)。

      --
      fjの教祖様
      親コメント
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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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