さて。では。今あなたは A さんに対して裏切り行為を働いたとしよう。あなたは誰を裏切ったのだろうか? まず A さん自身。これは問題ないだろう。しかし、それだけだろうか? A さんはおそらく A さんの知り合いに、貴方との事でいかにひどい目にあったかを吹聴するはずだ。それを聞いた人たちは、 「dodekapod さんはそんなひどい人だったのか」 「dodekapod さんだけはそんな人じゃないと信じていたのに」 と反応するだろう。つまり、実はあなたは A さんの知り合いの信頼をも裏切ったことになるのだ。
そのような A さんの知り合いの一人と、あなたは共同で何かをしなくては行けなくなったとしよう。相手は貴方を信頼するだろうか? 確率は低いわな。
つまり、Aさんに対して裏切り行為を働くと言うのは、実は「Aさんが作り上げたコミュニティの全員を裏切っているのに等しい」と言うことだ。結果としてそのコミュニティから得られるかもしれない利益が減ってしまう。で、Aさんのコミュニティの誰かと付き合うことも、Aさんと付き合っているのに等しい と考えようじゃないか。というか A さんを裏切った/裏切らなかった行動によって得られる確率論的な利得の一部だと考えよう。
倫理観は「繰り返し」に対する最適解となる行動を示したもの (スコア:1)
たとえば「正直であれ」というのは「嘘に対して報復を与える社会」ではそのほうがメリットが大きい、と言う事。いちいち理由を説明するのが面倒だったり、説明しても理解されなかったり、そもそも説明できるほど情報が無かったりする場合に、「それでも行動としてはこれが正しい」というのを示すために存在する。
「正直者は馬鹿を見る」というのは、短期/非繰り返し 事象においては大抵正しい。
が、それは「だから誰にでも嘘をついていいのだ」という意味ではない。
「嘘をついた相手に、報復を与える」ための嘘は、「正直であれ」という倫理観が成立する社会を維持するためには必要だ。
しかし「誰にでも嘘をつく」とあなたが報復されてしまう。
「罰則」というのは、「正直であれ」という倫理観を崩さずに(つまり報復行動のために、倫理が定義している行動ルールに例外を設けることなく)嘘つきに報復を与えるために存在する。罰則を設けることで、あなた自身は「正直」でい続けられるようにする、というものだ。
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そのような倫理・罰則ルール自体が、人の思考力を奪い、ルールの抜け道を見つけたものに大きな報酬を与える。
これが「徳」といわれるものの最大の弱点となる。だから、無為自然に行動するほうがよいのだよ、と言う考え方もある。
人間、みんながみんな、そんなに賢いわけないべ?! 自然に放置したら、騙しあいと報復合戦が待ってるだけだよ。だからその辺をちゃんと調停する賢い人に特権を与えなくちゃいけないんだよ、という考え方もある。
何を言う。「賢い人」なんかいるわけねーべ? だからルールで縛るんだよ、という考え方もある。
順に、「老家」「儒家」「法家」の考え方。
fjの教祖様
Re:倫理観は「繰り返し」に対する最適解となる行動を示したもの (スコア:1)
「正直者は馬鹿を見る」というのは、短期/非繰り返し 事象においては大抵正しい。
う~ん、ということは「バカをみる、損だ!」というのは近視眼的というか、短絡的という事なんでしょうかね。
しろうと考え
Re:倫理観は「繰り返し」に対する最適解となる行動を示したもの (スコア:1)
「貴方は裏切った相手と今後も付き合っていくのか?」という問題だと考えればいいかと。絶対、相手と出会う可能性はない、と言うのであれば裏切ろうが何をしようが、利益が最大になるような行動をとればよい。
また、利益が最大になるような行動を取るときに、「貴方が正直に行動すると利益が最大化する(あるいは被害が最小化する)」のであれば、あえて裏切り行為を働く必要はない。故に、裏切り行為は常に「貴方が裏切った方が利益が大きくなる場合」に実施される。
ここまでは、論理的にはわかるよね? 感覚的に快適かどうかはともかく。
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さて。では。今あなたは A さんに対して裏切り行為を働いたとしよう。あなたは誰を裏切ったのだろうか?
まず A さん自身。これは問題ないだろう。しかし、それだけだろうか? A さんはおそらく A さんの知り合いに、貴方との事でいかにひどい目にあったかを吹聴するはずだ。それを聞いた人たちは、
「dodekapod さんはそんなひどい人だったのか」
「dodekapod さんだけはそんな人じゃないと信じていたのに」
と反応するだろう。つまり、実はあなたは A さんの知り合いの信頼をも裏切ったことになるのだ。
そのような A さんの知り合いの一人と、あなたは共同で何かをしなくては行けなくなったとしよう。相手は貴方を信頼するだろうか? 確率は低いわな。
つまり、Aさんに対して裏切り行為を働くと言うのは、実は「Aさんが作り上げたコミュニティの全員を裏切っているのに等しい」と言うことだ。結果としてそのコミュニティから得られるかもしれない利益が減ってしまう。で、Aさんのコミュニティの誰かと付き合うことも、Aさんと付き合っているのに等しい と考えようじゃないか。というか A さんを裏切った/裏切らなかった行動によって得られる確率論的な利得の一部だと考えよう。
しかも、繰り返し頻度は無限だと考えようじゃないか。話を簡単にするために。
それでも、Aさんを裏切った方が有利かい?
という質問を究極的に行ったのが「繰り返し囚人のジレンマ」と言う問題。
で、繰り返し状況における最強の戦略を求めるべく、本当に実験した人もいます。ロバート・アクセルロッド教授 [wikipedia.org]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%8... [wikipedia.org]
結果はノイズなしならしっぺ返し戦略が、ノイズつきならパブロフ戦略が最強。
他にも フォーク定理 [wikipedia.org] のように一定条件下では協調戦略が均衡解だと言うことを示している証明なんかもあります。
このように、倫理というのは意外と冷酷無情な戦略の結果と同じことを示していたりします。
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似たような物として、生き物の利他的行動っていうのもあります。親が子供をかばうのは何故か? とか、哺乳類に特に多いのですが自分の子どもだけじゃなく、自分の姉妹の子供にも授乳するのはなぜか? とか。
ジガバチの一種で、地面に穴を掘って巣を作る奴がいるんですが、その娘たちは同じ巣を共有して子育てをします。その際に祖母バチは「入り口の番兵役」を果たします。敵が来たらいの一番に戦うのは祖母バチの役目。なぜそこまで身を呈して子供を守る?
そんな博愛主義に充ち溢れた行為、「敵意と裏切りに満ちた」ダーウィンの進化論的結果から得られる訳ないじゃないか! やっぱり神様はいて、この世を愛で満たした作り方をしたんだよっ!!!
「それは利他的行動じゃないんだよ。実はものすごく利己的な戦略に基づいても、そういう行動を取った方が有利なんだ。遺伝子にとってはね。」
というのが、有名な「リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』」。
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利己的と利他的。倫理と利益優先の戦略。相反しているように見えても、「繰り返し」という条件をつけると突如として結論が合致してしまうものは多いのです。しかもこの論理はものすごく応用範囲が広い。
これが、フォン・ノイマンが先鞭をつけた「ゲーム理論」と言われる学問の奥深いところです。
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で、ですね。
確かに、ゲーム理論を理解して、死ぬまでの利得計算をできるぐらい頭がいい人(あるいは、もっと賢くて、自分の子孫の利得までも全部計算できる人)であれば、倫理観なんていらないんですよ。
でも、ほとんどの人間は馬鹿でしょう? 目先の利益に振り回されるぐらい後先を考えられないよね?
だから経験則的に得られた「単純化した結果」だけを 倫理観 として残すことにしたわけ。そうすれば、少なくともその倫理観を守った子孫は、そうしなかった子孫より繁栄するよね?
一方で、倫理観の細かいルール立てになると、これって一種の「局所解」に過ぎないから、何通りも正解があり得るわけ。すると、細かい部分で倫理観の衝突、って言う現象が起こったりもする。で、それが戦争になったりもするわけだけれど、そうなるとここ200年ぐらいの戦争を除いて、基本的に戦争は「リソースの備蓄能力が高い」集団が勝つよね? と言うことはその集団の倫理観の一部には「無駄が少ない」という性質があったはずなんだ。そう考えると、この「倫理観の衝突からくる戦争」ってのは実は「倫理観と言う名のミーム同士が、どちらが生存に有利かを争っている」と見ることも出来る。
当然、勝った側の倫理観が広まるわけで…
# と、どこまでも掘れるのがこれまた面白い。
# この辺の話になると、酒のツマミに最適 (^o^)。
fjの教祖様
あまり意味無い言葉だよね (スコア:0)
これって、自分が失敗したときの責任転嫁だし。
俺は悪くない!俺は良い人間だからこそ失敗したんだ!ってね。
そこでの「正直」には不見識・不注意・無神経等が含まれます。