dotkuwaの日記: せめて。。。
結局、成人してから習った、(早い)タッチタイプというのは、
・特に30代とかになってくると、30分やると2日安静にしないといけない
・若い頃に習えば指で考える事ができるのに、成人してからだと目で打つ、命で打つ事になる
・それでもおして作業し続けると、回復困難な病的疲労になる
位、大変なものだったのでは無いでしょうか?
だからこそ、どんな人でも(特に学校の先生が)、自分がプログラムをやらなくて済むなら、
どんな理非のねじり合いだってやってしまう(これは事実です。)、日々の実践により教育方法を
といいながら、良い事の真逆を伝授してしまう、事になっているのが現状では無いでしょうか?
せめて、自分らはやらなくても良いですから、後の人に対して、できる可能性を摘むのだけは
止めるべきでは無いでしょうか?
そんなに難しい事では無いと思います。せいぜい中学になってから、いつもより姿勢を正して、
英語の教科書をキーボードで打ちまくれば、間違いなく修練になる程度の事だと思います。
若い頃からやっていれば、
・(機械式タイプライタの頃には有効だった事ですが)指で打っている課程で、間違えたと気づき、
指の動きは間に合わないので、肩全体を持ち上げて打つのを止めるとかも、できる様になります。
・プログラミングは、「知的な作業」と、設計などからは一段低いものとして評価されていますが、
「作業」が若い頃からの鍛錬で、より良くならない筈がありません。
自分が中学だった頃は、システム360も無く、マルスも初期の頃で、一般庶民に取ってコンピューター
とは空中都市008の電子脳センター程度の認識でしかなかったと思います。
それでも、英文タイプをやった事で、期せずしてプログラミングによい影響を与えたのは(サンプル
1名ですが)事実です。
せめて。。。 More ログイン