dotkuwaの日記: 歴史的に見てオープン化 1
自分は汎用コンピュータ出身でしたが、
・タイプライタの(きつい)試験が有った。
・プログラミング技術は、後天的資質である。
というのが常識でした。
機械式タイプライタというのは、キーが(バネで)戻る時に
指を乗せたままにしておくと、活字のバーが残ってしまい、
次の打鍵の活字のバーと絡まってしまうため、打ち終わった指は
意図的に(キーの戻りより早く)持ち上げないといけません。
汎用コンピュータの(いわゆる)ダム端末というのは、キー
スイッチ1つ1つに電磁的バネが付いていて(なので撤去する際、
コンセントを抜いた時、全キーがペチャっとなります。)、
上記機械式キーボードの癖まで模倣している形で、タイプライタの
出来ない人には、そもそも扱えませんでした。
また、自分が出来たことで有頂天となり、「自分は天才でなないか」
と思った時に、先輩に「あくまで(何らかの)後天的な資質に過ぎ
ないので調子に乗るな」と、釘を刺された事も有りました。
もし、プログラミングが血で(遺伝で)なされることなら、
しいたげられたプログラマのために国を作り、非プログラマを
下層に押し込め、周辺大国と自衛戦争を余儀なくされたり、
少数派として魔○法により権利を制限されたりするかもしれません
でしたが、間違いなくプログラミングは違います。
それもこれも、日本では、PC革命によるオープン化の際に、
ボタンの掛け違いが起きたと思います。
オープン化では、
・安く出来る
・誰でも出来る
との事で、汎用コンピュータを放逐しまくる勢いでしたが、
(安く出来るというのはここでは議論しませんが)日本人が
米を喰うがごとくにタイプライタを叩く欧米人ならいざ知らず、
日本人は、そもそも大前提が欠如していたのです。
そして、
・欧米人にとっては、あまり当たり前すぎて指摘する気すら起きない。
・日本人にとっては、なんだかわからない恐怖に見えた。
ため、プログラマを「穢れた血の少数者」として虐げ、金銭的にも
数段低い位置におとしめているのだと思います。
それは間違いだと思います。
Re:歴史的に見てオープン化 (スコア:1)
>機械式タイプライタというのは、キーが(バネで)戻る時に
ゴムを巻かれたプラテン(用紙を巻き付ける円筒の部品)を打ったときの反動と、
重力で戻り、バネで戻るというのは間違いでした。
訂正します。