dotkuwaの日記: パッケージソフトの丸飲みと権限配分 1
日記 by
dotkuwa
パッケージソフトの丸飲みをすると、
・「正しい、実際に実証された」正しさが手に入る
事になります。しかし同時に、
・権限配分が変わり、正しさを決めていた人が
全員下流になる
事にもなります。
下流になるとは即ち、
・パッケージソフトの「プログラミング的思考」を
忖度し、それと邪魔しない(車線を跨がない)
様に最大限の「譲り(譲り合いでは無い)」を
する様にする。
・パッケージソフトの「プログラミング的思考」が
何か分からない内から、なんとかメンタルモデルを
作り出し、結果的にそれが違った場合も、従容として
それに従う。
・手間を惜しまない。いままでクリック1発で出来ていた
手順が、「Enter→Enter→下→Enterを澱み無く打鍵」
という手順に変わっても対応する。
(自分は左手キーボードのマクロ機能を使っています。
他にも、左手キーボード親指に「マウスクリック」
機能を割り当て、「右手で位置、左手でクリック」
が出来る様にしています。)
と言った『プログラマー根性』が、
・パッケージソフトを使う人全員に
必要になります。
よく、
・パッケージソフト丸のみが最善の処方箋だ
とか言われます。自分もその風潮の中で、そういう
事に直面したのだと思います。
自分は一貫して、プログラマーだったので、違和感は
全くありませんでしたが、
・パッケージソフトを使う人全員が
その立場になるという事は、
・(露骨に)権限配分が変わる
事だという点を銘記すべきだと思います。
よく考えたら、 (スコア:1)
でも、よく考えたら、フルスクラッチソフトでも、
システム開発に関与しない、「一般ユーザー」と
言われている人は、
・主な「プログラミング的思考」を学んだわけでもない。
・則ち殆し状態なのに、フルスクラッチソフトの
「プログラミング的思考」を忖度し、邪魔をせず、
正しい入力をしないと怒られる。
状況にあった訳ですよね。
確かにそういう人は、
・ソフトウェアシステムが嫌い
・しかし、現行システムに固執する
傾向にあると思いますが、条件反射的なメンタルモデル
を強要されていたとなると、納得出来ます。