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日記

dotkuwaの日記: 違う科学 12

日記 by dotkuwa

統計学やその発達の素となった物理学が見ている世界は、
・全世界で谷が1つ。
・谷の周りの風景が多様。
・なぜか人間は谷の底を、直接降りて調べられない。
・しかし間接的な試しで、谷の周りの風景と谷の底の
 相関を調べる事が可能の様に見え、いままでそれに反する
 事は全く無い。
とします。
 
ソフトウェア科学が見ている世界は、
・場面場面で近傍に有る谷が、少なくともアボガドロ数
 以上ある。
・谷の周りの風景が希薄。
・容認できるコストで人間は谷の底を調べる事が出来、
 容認できるコストで這いあがってくる事も可能。
・ある程度、谷に降りてみないと、正しいかを問うための
 「言語(他人とコラボする為の記号)」すら確定しない。
・谷の周りの風景が希薄なため、谷の底との相関という
 ものを問う事が、そもそもナンセンス。
・「正しい」谷が、外的要因や時間経過で変わる。
とします。
 
なんで、ソフトウェア開発で、
・(比較的)少数のテストを初めに書くと、見通しの良い
 プログラムが自然に導き出される。
などという、
いままでそれに類する事が起きた事が無い事をいう人間が
居るのかという疑問は、
・違う、実際と外れた別の科学からの類推。
だとすると説明が付きます。
これは正しくありません。

似た科学からの類推は歓迎すべきですが、違う科学からの
類推は有害なだけです。

  • 「疑似科学」なら、まだ、
    ・対象としている領域で科学的に非常に乏しい利益と、間違いの無いそれなりの不利益を
     持っている
    だけで済みます。
     
    しかし、「違う科学」では、
    ・対象としている領域で科学的に利益が無いのに、別の領域で際立って有益である事を
     理由に、対象としている領域で利益が有ると誤認させる
    場合が多いですし、
    ・対象としている領域で間違いの無い不利益を持ち、領域の特性の差異から、その不利益
     の強度が致命的になる
    場合も有ります。
     
    別の領域の科学の資格しか持っていない人間に、その人間の資格では不利益の強度が
    致命的になる領域で、資格者として教える側に立たせるということは、
    ・普通のちびっこに、実験と称して矯正力の高い眼鏡をかけさせ続ける
    事に相当するのでは無いかと懸念します。

    ここに返信
  • by dotkuwa (9387) on 2018年09月18日 19時30分 (#3482723) 日記

    1990年代、周り中、全部コボラーでした。(事務用ベーシッ君はいましたが
    発想はコボラーでした。事務用ですし。)
    なので、要件を日本語(青焼き)で渡されて、コーディングし、内容を
    日本語(手書き)に清書していました。
    (自分は字が汚かったので、コーダ専門でした。)
     
    2000年代初頭、MS-DOSマシンのFMRに、汎用機端末ソフトを入れて、2000年問題
    をやった後、汎用機から離れました。
    WindowsNTとペンティアムⅢとかで、汎用機と同等の事をするとか、先進的な事
    をしている人もいましたが、自分は相変わらず、コーダの手伝いでした。
     
    その頃からです。プログラミングで無い何かの表現から、試行錯誤無しに
    プログラミングが出来るという発想が出たのは。いわゆるコボラーという別称も、
    彼らが、
    その様な『プログラムで無い間接的なモデルが本質と相関を持ち、見通しの
    良いプログラムがすっと出来る』というドグマに対して、冷淡だった事に対する
    非難だったのかも知れません。
    コボラー(と言われた人々の)矜持が、『違う科学』を許さなかったのでしょう。
     
    「YRP 軍曹が携帯電話開発の現状を語る」という手記仕立ての仮想の開発現場に関する
    文書は、その頃では無いかと思います。
    作中、元受けの(最終的に全く功を奏さなかった)指示は、プログラムで無い間接的な
    モデルを(大規模開発現場にて準備無しに思い付きで)作ろうとして、しくじる
    話の様に思えます。
     
    要件は日本語(自然言語)で仕方ないですし、合意を取るには高階論理を包含する
    自然言語の方が有利です。
    しかし、
    ・プログラム内部と相関の有る、プログラム言語で無い他の表現
    は有りません。仮にもしあったならそれは別のプログラム言語です。
    その様なものがあるなら、軍曹殿たちはそこまで苦労しなかったと思います。
    インターフェースは同時性を表すエントリポイントであり、同時性を代表しますが、
    その中のプログラムと相関を持てるだけの豊かな風景、美しき天然を持ちません。
     
    自然言語→プログラム言語で無く、
    逆でもなく、
    単に、自然言語とプログラム言語の2本立てで最後まで進むのです。
    自然言語は、プログラムの要件を示しますが、プログラム内部との相関は持ちません。
    プログラムは流行り廃りや、趣味で作られ、検証されて修正されて完成するのです。

    ここに返信
    • by dotkuwa (9387) on 2018年09月18日 19時54分 (#3482745) 日記

      ×同時性を表す
      ○共時性を表す
      ですよね。プログラムの頭から尻尾まで同時では有り得ないです。

    • by dotkuwa (9387) on 2018年09月21日 21時21分 (#3484897) 日記

      ●おことわり:青焼きだったのは、自分らが保守していたCOBOL76システムの
      基本設計書で、自分らは普通のトナーのコピーを使っていましたし、ワープロも
      使っていました。
      (ただしコピー機にはメモリもハードディスクも無く、同じ物を5枚コピーする
       際には5回スキャンする仕様でした。)
       
      補足ですが、
      2000年以降で、いわゆる「OPEN系」と言われるVB4とか、デルファイとかの件で、
      リーダーと言われる人たちが、
      ・プログラムが見えない
      とみんな言っていました。
      そんな訳無いのですが、もしその謂いが、すなわち、
      ・(「科学的な分析」をしたら)プログラムが(その測度では、まったく)見えない
      だとすると、納得できます。
      その様な相関は無いのですから!
       
      そんなことは、頻繁に有るのでは無いでしょうか?
      「ふりかえりをして、改善をする」様な手法、KPIは良くありますが、
      いくら言われても全く、びた一文改善が出来ない事が有ります。
      それは、
      ・改善が「違う科学で良い事」であって、ソフトウェア開発ではまったく
       筋違いの評価基準(KPI)で有る為
      だとしたら、納得が行きます。その様な改善は斯界では構成できないのです。
      折角の(その基準さえなければ)うまく行く手法をくそみそにしている
      訳です。もったいないです。

  • by dotkuwa (9387) on 2018年09月23日 8時43分 (#3485627) 日記

    202何年問題(何は1桁の数字)で、
    ・今動いている基幹システムが軒並み、破綻する
    というのが有るそうです。
     
    それはたぶん、
    ・システムの保守は、システムのユーザーにとって
     つまらない。あるいは積極的に不利である。
    ・システムの(自分の責で無い)破たんは、システムの
     ユーザーにとって、目の覚めるような素晴らしい
     体験につながる。
    からだと思います。
     
    システム新規開発中では、システムのユーザーは
    「主」であり、「神」ですらあり、自分の知識を
    存分に発揮できる場面です。
    しかし、システムが保守フェーズに入ると、
    「正」の知識はシステム(プログラム)上に置かれ、
    システムのユーザーは、知識的に疎外されます。
     
    さらに、システムのユーザーはシステムの保守の
    分野とは「違う科学」の信奉者で有る事が普通です。
    というか、究理学的な(理科的な)、順次改善が可能な
    科学のみを科学だと思っていると思います。
    システムの保守の分野は特に、博物学的で(社会的で)、
    意図的に改善しようとしても出来ず、社会的な構造変化の
    際に、かろうじて負を0に戻す改善が出来る程度しか
    出来ません。
     
    KPIが圧倒的に不当に不利な状況では、基幹システムの
    保守をする人が、最終的にどのサイトでも0人になるのが
    合理的です。
    大罪武装をもったK.P.I.イタリアと戦っても、勝てません。
     
    せめて、この基幹システムの破綻の危機を「社会的な
    構造変化」の秋で有るとみなし、「違う科学」から、
    保守フェーズを守る改革をすべきだと思います。

    ここに返信
  • インターフェースには、入力引数と出力引数(戻り値含む)が有ります。
    前者を親、後者を子とすると、インターフェースを統合した「システム」は、
    木構造になります。
     
    以下、祖父母を親の親、孫を子の子と表現します。
     
    直接のリーダーが親-子の事をやっていて、部下が子-子の子の事をやっていた
    場合、リーダーは部下を予算総額以上に管理できるとします。
    そして、同じリーダーについていて、同じ子で違う子の子についてやっている
    同僚は、互いに助け合える事でしょう。
    しかし、
    そのリーダーの上の管理職は、親の親-親の事をやっていて、上記部下の
    事は、予算総額でしか管理できないでしょう。
    (普通は管理職はリーダー上がりでできるのですが、ここでは省きます。)
     
    人間が増え、それを一括管理する場合、
    親の親の親の親とか、子の子の子の子の子の子の子とかが
    同時に表れる場面は容易に現れます。
    さらに「別の始祖の」親子関係のすべての始祖全体も考えると、本当に
    アボガドロ数になってもおかしく無いと思います。
     
    ドメイン指向のユビキタス言語も、自然言語でこれを表そうとしている
    のでは無いでしょうか?
    間違いなく大変です。
    ただし、無限では無いので分割(キャラが被らない様にする)は有効です。
    そもそも、親子関係と分割は同義かも知れません。

    ここに返信
  • 「ひとり情シス」とは、
    ・情報システムを値切り続け、内部の担当者もひとりになった
    状態だと思います。その遠因は、
    ・「違う科学」の信奉者に、戦略的投資(月1億を数年とか)して
     いた。
    ・その投資は、『プログラムで無い間接的なモデルが本質と
     相関を持ち、見通しの良いプログラムがすっと出来る』という
     提案に対するものだった。
    ・皆様ご存知の通り、成果は根本的に0となった。
     なぜなら、その様な事は、素粒子を見つける様な分野では成り立って
     も、博物学に近いソフトウェア開発では成り立たないから。
    ・それを全く別の所(全く関係の無い開発会社)から値切る事で
     回収した。
    ・さすがに全部離れた。
    では無いでしょうか? SIerとか全く関係無い話です。
     
    それではなんで、『「違う科学」の信奉者』にそんな投資をした
    のでしょうか?
    それは、
    ・オープン系(普通のパソコンで、もっと大きく、熱く、うるさく、
     時には平べったいやつで、汎用コンピュータと同じことをする)
     は、誰がやっても(最終的には)うまく行ったはずなのに、
     コーチ屋よろしく、自分らが教えたからうまく行ったという
     ストーリーを作り上げた。
    ・大成功をおさめた。
    からです。
    汎用機とオフコンしかなかった頃に、それと同じことを出来ただけで、
    実証実験を超えた評価を得られたのですから、一種いい時代だったの
    でしょう。
    それはそれで、サクセスストーリーなのでしょうけれど、それに
    より、後の悲劇となるのは残念な話です。

    ここに返信
    • この米はセンセーショナルだと思います。しかし完全なフィクションでは
      無く、見つけた断片的なあごの骨は有りました。決して***全てが***神の手では
      無いです。事実から角度を付けた意見です。
       
      2000一桁年。自分が40台になってもまだプログラマーでした。外に出来る事
      が無かったのでした。
      あごの骨とは、
      ・開発会社の人間であった自分が、その頃、いくらやっても「全て間違い」
       と言われる様になりました。
      ・一応プロの人間に何をやっても「全て間違い」と評価するのは、すなわち、
       「値切り」です。
      という事です。これは事実です。
      ここからは想像ですが、
      ・固定した親子、子の子関係(WBS)だけで管理できる。
       ≡『プログラムで無い間接的なモデルが本質と相関を持ち、見通しの良い
        プログラムがすっと出来る』
      を目指していた様に見えました。
      子の子の子の子辺りに、本質的で大きな問題が多数有るとしか思えない場面
      ばかりでした。より柔軟なチケットとかでも、管理ソフト上「見立て」をしないと
      収まらない(さらに子階層に本質的で大きな問題が多数あるの意味)となると
      それは筋違いのフレームの押し付け(「違う科学」の押し付け)です。
       
      2000二桁年になってから、大しくじりをし(やった事の無いC++のオーバーロード
      (オーバーライド?)の意味を誤り、チェック動作を減らしてしまった)、
      管理系の手伝いになったのですが、その知見から言うと、
      ・月100万というのは、会社としては家計でいう、月1万程度の見当になる
      のが妥当だという事です。
      月1億を数年間というのは、家計で言うと月100万を数年間という見当になり、
      「とても無理で、普通では首をくくる」金額というつもりでした。
      月100万を数年間だと返せるでしょうし、月1000万を数年間だと関係の無い
      開発会社を敵に回すまでの事にはならないからです。
       
      これら2つが発掘した「あごの骨」です。後は空想です。

      • by dotkuwa (9387) on 2018年10月04日 4時15分 (#3491588) 日記

        #後知恵なのは事実です。当時自分も安くつくやり方だと思っていました。
         
        WBSなんかで、氷山のごとく大きな塊を下位レベルに残し、
        後々(保守が終わるEOL)まで絶対に消えない部分を無視するのは、
        安くつく良いやり方で無く、(知ってしまってからやるのは)粉に過ぎない
        (過ぎなかった)、それを科学と言うのは違う科学を持ち出したに過ぎない
        という事だと思います。本当に思います。
         
        WBSで無視している部分は、
        「技術的な細かい事」で無く、「違う科学ではたまたま存在しない下位レベル
        を合わない領域に適用した」しただけだった、
        本当は新技術で消せるはずだったが、全く消せなかった(それも本質だった)
        という事でしょう。

        • by dotkuwa (9387) on 2018年10月06日 12時48分 (#3493053) 日記

          電波ならモデルが有って小数点以下15桁とか、楽勝で合致する
          でしょうし、建物なら重さを支えればいいので、何万リューベの
          固まりでも1つに考えられるでしょうけれど、
          ソフトウェアはそんなモデルも無く、接触する砂粒とそれに
          接触する砂粒の動きを別々に定義しないといけない。
          (出来て1cc程度でしょうから、ソフトウェアは高くて当たり前
           です。もうソフトウェアの業界は「お願いですから買ってください」
           と言わないでしょう。業界が縮小しても、それをやったら最後は
           地獄なのが判明したからです。)
           
          コボラーだと言ってきた、「技術的な細かい所」を無視してもいいと
          言ってきた人間は、「違う科学」を商用に適用とするという
          行為を行い続けてきた。
          それは間違いなので、その人間の名誉を減らす方向で償却しないと
          ゴーイングコンサーンにも影響する事になると思う。
           
          電波なら、地面なら丸めてよい「技術的な細かい所」は
          ソフトウェア科学では「科学的に本質」だったのです。
          細かくても因果関係はすべて本質で、それを無視すると、後々の
          保守で万倍のコストとなって跳ね返ります。

          • 内製し自分が保守していた某システムを捨て、パッケージに
            乗換した事が有りました。
             
            そして、導入の際、
            パッケージ会社のトレーナーの人との打ち合わせで、業務
            内容について、「専門家として」内容を決定するための
            意見を聞かれた事が有りました。
            その時、自分は解らないので、
            ・このシステムの最終ユーザは監査してくれる組織だったり、
             それに連なる仕分をする人々だったりするので、
             そちらに聞いてくれ。
            と答えました。
            トレーナーの人はむっとした様子でしたが、別に怒りはしません
            でした。
            自分は、確かに某システムの保守をしていましたが、その業務内容は、、
            ・言われた計算を実装する。
            ・それが動くように配線を整える。
            だけなので、そう言うしか有りませんでした。
             
            怒られなかったのは、「お客(何という甘美な響きか)」だった
            からだけでは無いと思います。先方と当方の力関係からすると
            100%安全では無かったからです。
            要するに、「正しかった」からだと思います。
             
            本当に、パッケージやクラウド(Iaasは除く、以下略)は楽です。
            細かい所は全部聞けます。(要保守料金。)
            (ただし要望はほぼ100%叶いませんが。。。)
            その後、その某システムと連携し、当方で必要不可欠な帳票を
            だすソフトを内製(自分が全部作った)し、面目の一部の
            躍如となりましたが、それは、
            ・その帳票の最終ユーザが自組織に居て、本当に必要で、
             細部まで指定できた
            から実現したのだと思います。
             
            パッケージやクラウドは最終ユーザが自分らで無い場合に
            (監査してくれる組織だったり、インターネットのプロバイダ
            だったり)、本当に本当に有用です。
            それは、「科学的な本質」は最終ユーザにその根源があるから
            だと思います。

            • by dotkuwa (9387) on 2018年10月07日 10時05分 (#3493574) 日記

              そのせいで、学校の先生が「最終ユーザ」の時に実際にうまく
              行っている手法は、そうで無い「最終ユーザ」(世間では大多数)
              の時に歪みまくるのかも知れません。
               
              ・手慣れた題材で、小規模で、正しさをすべて初めに提示出来る。
              ・正しさが伝わる事について、最終ユーザと作成者の利害が
               一致している。
              ・多数の人間が安全に使うためのフレームワークは排除可能で、
               計算が合っていれば合格。
               
              こんなに歪んだ事例のみで高得点を取った人間を高位の資格者と
              するとなると、本当におかしくなって当然です。
              これも「違う科学」にソフトウェア科学をすり合わせようとした
              誤った試みの結果だと思います。

typodupeerror

アレゲは一日にしてならず -- アレゲ見習い

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