dotkuwaの日記: 豊潤な表現 2
雑誌の情〇処理とか読んでいると、プログラミング的な事を
やらされる、小学校の先生とかが、
・こんな行き当たりばったりの事をして、なにが学べるのか?
とぼやいているそうですが、
・yes となる証拠が与えられたとき、その証拠が本当に正しいかどうかを
多項式時間で判定できる問題(Wikipedia 日本語版 NPより)
は全て、行き当たりばったりが解法のベースラインだと思います。
小学校の先生というのは、将来解くべき問題のかなりの部分は生徒に
とって不要だと考えているのでしょうか?
とくにプログラムは、
・表現が貧弱
です。ワンパターンの事をしているだけです。ですので、それゆえに、
・行き当たりばったりをしても規律が創発され
ます。
アンプラグドはかえって困難だと言われているのは、
・表現が豊潤
な言語で、
・行き当たりばったりを最適とする問題を解こう
とするからでは無いでしょうか?
他の科目(豊潤な表現を使用)と併せて教えるのも同様かも知れません。
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プログラミング言語は、
・表現が貧弱
ですが、
・因果関係をどう重ね合わせても(よく言われる「増築を重ねた温泉旅館」程度)、
そうそうは、破綻しない
事も有ります。物理的な体積を持つ回廊は不要で、論理的につながって
いさえすれば良いからです。
ただ、
・ある限界を超えると破綻する
のも事実です。その場合、推論すべき因果関係の数が爆発的に増大する
立て付けになっているでしょう。
プログラマーとか保守の責任者とかが、
有る場合には喜んで改良してくれるのに、別の場合は梃子でもしれくれない
のは、
・単なる温泉旅館の回廊の数程度の問題では無く、
・論理的に爆発的に(万、十万で無く、兆の兆乗とか)因果関係の数が
増えてしまう
からだと思います。
この現象は、表現が豊潤だと起こりません。
現状に対し、ウルトラでもスーパーでもエクストリームでも名付けてやれば
解決してしまうからです。
この現象も、アンプラグドでは再現できないでしょう。
豊潤な表現分野で、貧弱な表現分野を兼ねるのは間違いです。
なぜそこで伏せ字w (スコア:0)
情事処理かなぁとか想像しちゃったり
貧弱な表現 (スコア:0)
・条件を適切に設定すれば最適解が一意に定まること
・条件を変更すれば最適解は変わること
・条件を設定しなければ解はいくらでも存在すること
なんかも教育向きだと思うんですよね。
惜しむらくは、これらをまともにやると時間がかかることですが。