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driftglassの日記: だけどサダオ

日記 by driftglass

ローザ・ルクセンブルグの「だけどジュリー」にはモデルがいたことを知った。
モデルというか、そのまんま「河原町のジュリー」だから、正しくは「河原町のジュリー」のことを歌った歌、ということになる。
あてどなくネットを漂うと、京都人で知らぬ人はいないぐらいの有名人だったらしいことがわかった。
夕刊ではあるが、ジュリーが死んだときには京都新聞が報じるほどの。

僕の田舎にも「ジュリー」はいた。
田舎だからジュリーなんて洒落たあだ名ではなく、多分本名だろう、そのまんま「サダオ」だったんだけど。
サダオもジュリーと同じように、決して物乞いはしなかった。しなかったというより、できなかったというのが正しいのだろう。
つまり、彼は知恵遅れであった。あるいは精神が異常であった。他人と交渉を持つことなんてできなかった。知恵遅れだったからそういう境遇におちたのか、それともそういう境遇に堕ちたために精神が病んでしまったのかは分からない。
とにかく一日中町をうろつき、道に落ちている物を食べ(ているように思えた。少なくともその頃の小学生には)、ジュリーと同じように子供に石を投げられ、野良犬に吠えられる、という生活だったのだ。
だけど、歌のジュリーの描写に比べれば、まだこぎれいな感じにはなっていた。
ボウボウ髭は伸び放題、ラスタヘアーがよく似合う、という感じではなかった。ヘビメタの奴より髪が長いということは無かったし、サーファーの奴より顔が黒い、ということも無かった。今思えば、誰かが世話をしていたのかもしれない。ここが都会と田舎の違いだろうか?それとも僕の町にはたまたま奇特な人がいただけかもしれないが。でもやっぱりサダオだって女の股から生まれてきたんだから、親類縁者もいただろう。その人たちから援助をもらっていたんだろう。

ジュリーは80年代初めのころに死んだようだが、サダオもその頃に死んだように思う。
もう少し後だったかな?
どのように死んだかも知らない。帰省した時に、母親か妹かどちらかに聞いただけだ。

畸形が町から消え、日本がまた一つ”清潔”になった、ということだろうか?
それとも神(妖怪)が消え、日本はまたすこし正常な人間の領域が増えたつまらない世界になった、ということだろうか?

今でもこの手の人はどこかで生み出されていてもよさそうだけど、そのような人が町をフラついている、という話は聞かない。まあ、僕のアンテナもそんなに広く張り巡らされているわけではないから引っかかってこないだけかも知れない。やっぱり、僕もピーターパンが見えない(または見ようとしない)人間なんだろう。

日本人が長生きするようになったから、外に出ないように、まだ親が隠しているんだろうか?
あと十年もすると、親に死なれたジュリーやサダオが町に出てくるんだろうか?
親が死ぬと、”施設”に引き取られるようなシステムができているんだろうか?

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