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ftshの日記: 死を想え。 1

日記 by ftsh

死とは、生の全否定であるのだろうか。
生きていないことは、死んでいることである。
一般的には、そう定義されているように見受けられる。
しかし、前提となる生の定義が、わからない。
何を持って生きているとするのか。

死を、死を持って語ったものは、かつて無い。
死を語るのは、常に生けるものによってのみだった。

死は語られ続けてきた。生けるものたちによって。
生けるものが語る死は、語るものが生けるものである故に、正確に語られている死であるとの確信がもてないものである。

医学的に死は、魂が観察できない状態のことである。
肉体と、電子のファイアダンス。両者の相関によって、個性たる魂が観察される。
両者によって、自分を自分として認識させる働きを生み出す、と。

自分を自分として認識させる働きは、肉体の活性を必要とするわけであり(前後で説明不足)、その活性が失われた時点で、魂は存在を失う。

死など、存在しないのではないか。
私にとって、私の死は存在しないのではないか。

死は常に、誰かのものでしかないのではないか。
…思い込みでしかないのではないか。

存在しないものを、知りえられないものである。
想像できないものは、存在しないものである。

…もっと暇だった頃、つらつらとそんなことを考え続けたものだった(未完)。

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