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genkikkoさんのトモダチの日記。 過去1週間(やそれより前)のストーリは、ストーリアーカイブで確認できますよ。

13715480 journal
日記

phasonの日記: ナノスケールの物体は,放射による熱伝導において黒体限界を大きく超える効率を実現できる 1

日記 by phason

"Hundred-fold enhancement in far-field radiative heat transfer over the blackbody limit"
D. Thompson et al., Nature, 561, 216-221 (2018).

放射による熱の放出や吸収は,工業的にも理学的にも重要な過程である.例えばさまざまな電子機器のパッシブな冷却であるとか,宇宙における星間ガスの加熱・冷却などの過程は放射に大きく依存している.
この放射の理論としては,100年以上前に導かれたプランクの式が有名であろう.そこでは簡単な仮定から,ある温度の黒体,つまりあらゆる波長の光を吸収・放出できる理想的な物体からの放射の程度が導かれている.通常の物体は黒体のように全ての波長の光を放出できるわけではないため,放射の量は黒体を下回る.つまり,通常の熱放射においては黒体の放射率が最も高い限界を定めていると言える.この限界を超えて,より高効率に熱を逃がすことは出来ないのだろうか?

実は,黒体放射の定式化にあたっては,計算を簡単にするためいくつかの仮定が用いられている.その一つは「遠隔場のみを取り扱う」というものだ.光源から出る光には,遠くまで伝播していく遠隔場(いわゆる通常の光)とは別に,物体表面(波長程度のサイズ)にまとわりつくような近接場光というものが同時に存在する.非常に近接した距離に熱源(放射源)と受光体を置くと,この近接場光も介することで通常の放射以上に熱を伝達でき,黒体放射を大きく超える熱伝導を成し遂げられることが近年実証されている.
もう一つの別の仮定は,放射源が波長に比べ十分大きいマクロな物体である,というものだ.つまり,ナノサイズの物体の場合はプランクの黒体放射の式は成り立たず,より大きな放射が実現する可能性は排除できない.しかしながらこれまでの研究では,球状のナノ粒子や円柱状のナノワイヤーでは,黒体を超えるような放射は実現出来ないことが報告されている.
今回著者らが報告したのは,厚みが波長より十分小さいナノシートを用いると,黒体放射の式より2桁も大きな熱伝達が可能であった,という実験結果およびその計算による検証である.

著者らは測定のためにまずサンプルを作成した.サンプルは横80 μm,縦 60 μm,厚さ270 nm(最も薄いサンプルの場合.著者らは厚さ270 nm~11 μmの各種サンプルを作成し比較している)の薄膜状の窒化ケイ素(SiN)で,非常に細い4本の梁(幅2 μm,長さ400 μm)によって宙に浮いたような構造となっている.この薄膜が2枚並んでおり,その間は20 μmである.大まかにいって下図のような構造だ.

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※実際の図(を着色したもの)は,Extended Data Figure 5を参照していただきたい.

なお,この宙に浮いたような薄膜の作り方は,厚いSiの板の表面にSiNをCVDで蒸着し,パターンを作ってSiNをエッチング,その後下からサンプルの部分のみSiをアルカリで溶かすことで作成されている.
さらにこの梁の部分にはPtが蒸着され,さらに薄膜部分にもPtのジグザグパターンがみっちりと描かれている.片方の薄膜上のPtパターンに外部電源から通電することでヒーターとし,二つの薄膜上のPtパターンをそのまま白金抵抗温度計として使うことで温度を測定する.これにより,加えた熱量とその時の温度,となりの薄膜が放射を受けてどの程度温度が上昇したか,をそれぞれ測定する事が可能となる.なお,測定は対流などの影響を避けるために真空条件下(10-6 Torr程度)で行っている.

さてその実験結果である.「プランクの式で計算される黒体での放射の何倍がとなりの薄膜に伝わったか」という値で見てやると,薄膜の厚さが薄ければ薄いほど黒体を遥かに超える輻射熱伝導が実現しており,270 nm厚の場合では黒体の100倍以上(目分量で200倍ちょっとぐらいだろうか?)の熱が隣接する薄膜に伝わっていた.この異常な効率の良さは厚みが増えるに従って単調に減少し,厚みが11 μmのサンプルでは黒体とほぼ同程度の放射伝導のみが確認された.要するに,薄膜が薄くなればなるほど何らかの効果により赤外線の放射(と,もう一方の板による吸収)が増え,(横方向には)とんでもない効率で熱を放出(および吸収)出来る,という事になる.

この異常な熱伝導の高さが,残存気体による対流による熱伝導によるものだとか,薄膜間の横方向での直接の放射ではなく,広い面積の上下面からの放射がどこかで反射してもう一方の薄膜に当たっている可能性を否定する実験も行っている.
残存気体の量を1000倍程度(10-3 Torr)に増やしても,熱伝導はほとんど影響を受けなかった.残存気体による対流であれば気圧の増加で熱伝導は大きな影響を受けるはずであるが,そのような結果が出なかったということは,対流の影響は否定できる.また,二枚の薄膜間にだけアルミホイルを設置して直接の放射の影響をカットすると,熱の移動はほとんど観測されなくなった.このことから,薄膜の上下面からの放射がどこかで反射してきている可能性も除外できる.つまり,何らかの効果により薄膜間の横方向での放射による熱伝導が100倍以上ブーストされているわけだ.

この原因を調べるために,著者らは電場の揺らぎ等による分極などを計算している.SiNを既知の誘電率をもつ誘電体とし,サンプル形状を細かなメッシュに分割,そこでどのような電場振動が可能かを計算している.すると,厚み方向が非常に薄い=そちら方向での振動モードが非常に制限される事に由来し,特定の波数のみに大きな分散が生じることがわかった.まあ何というか,長さの決まった管で特定の音が共鳴するのと似たようなものだ.
厚みが十分薄いと,可能な振動モードの種類は非常に限られるため,ほぼ単一モードでの共鳴のようなことが起こる.このため,ある特定の振動数をもつ光(とカップル出来る電荷密度の振動)の状態密度が非常に高くなり,その振動数の光の放出・吸収効率が劇的に上昇する.計算によれば,厚みが270 nmのときに共鳴するモードは0.10 eV=12 μm程度の波長の光に対応する.このあたりの波長域はほぼ室温に相当する物質が放つ赤外線のピーク波長に近い.
どういうことかというと,
・薄膜になると,特定の振動数の光を(薄膜の面内方向に)放出・吸収しやすくなる.
・SiNの場合,この特定の振動数の光は,室温付近での赤外線の波長に近い
・このためSiNの薄膜は,熱放射とその吸収の効率が極端に高くなる
という感じだ.
室温付近に限っていえば,薄膜の厚みによる放射伝導の効率を,著者らのシミュレーションによる計算は定量的に再現することに成功している.厚みの変化で値が2桁以上変わるような量に対し,30%以内程度の誤差で一致しているので,これは見事な結果である.
※ただし,低温域では(特に膜厚の薄いものに関し)ズレが大きくなる傾向にある.低温になると赤外線のピーク波長が長波長側にズレるので計算上は270 nm厚の薄膜の効率は大きく低下するはずなのだが,それが見えていないなど今後に課題も残る.

著者らはさらに,放射の角度依存性も計算により調べている.前述の通り,薄膜化することで薄膜と並行な方向への放射(要するに,薄膜の薄いエッジから横方向に飛んでいく放射)は共鳴的に増えるのだが,逆に面に垂直な方向への放射は減ってしまう.このため,ちょうど赤外線と共鳴しやすいような膜厚270 nmの場合,横方向への放射(や,横から来る放射に対する吸収)が約10倍になるのに対し,面に垂直な方向への放射(と,そちらからの光の吸収)は1/10程度に減少している.この効果は,二枚の薄膜を互いに少し傾けてやる(-- → /\)と,薄膜間での放射による熱伝導が減少するという実験からも支持されている.

著者らは「ナノ・マイクロサイズでの放熱や吸熱の積極的な制御に繋がる」とかも書いているのだが,そういった方面で使うのはなかなか難しい気もする.ただまあ,面白い研究ではある.

13707043 journal
日記

phasonの日記: サハラ砂漠における大規模な風力発電や太陽光発電は,降雨量や草木の増加をもたらす(※ただし 6

日記 by phason

"Climate model shows large-scale wind and solar farms in the Sahara increase rain and vegetation"
Y. Li et al., Science, 361, 1019-1022 (2018).

再生可能エネルギーによる発電コストは年々下がっており,(その変動を補う手段は必要ではあるが)経済的にも資源的にも「割に合う」方式となってきている.なかでも風力発電と太陽光発電は多くの地域で導入が進んでいる発電手段ではあるのだが,その実力を十分に発揮するためには安定した気候と広い空間が必要である.
そのような土地として注目されている場所の一つが,サハラ砂漠だ.広大な土地,安定した日照,比較的小規模な生態系(ゼロではないが).このため,サハラ砂漠に広大な太陽光発電施設やら風力発電所を建設しようという運動はかなりの数存在している(そしてコストの見積もりが甘くてうまくいっていないものが多い).
しかし,野放図に太陽光発電や風力発電を導入すると,それ自体が環境に大きな影響を与える可能性もあるのではないだろうか?
今回の研究は,現時点での気候モデルを用いてそのあたりを突き詰めるものである.

……でまあ,のっけからネタバレ的な感じで何だが,この論文で扱われている条件ははっきり言って実現性は(少なくとも今後おそらく1世紀以上は)皆無というレベルのものとなる.
何せ,計算に使われている発電所の規模がとんでもないのだ.
例えば太陽光発電.サハラ砂漠の面積(約9.2×106 km2,これは日本の陸地面積の25倍程度になる)のうち太陽光パネルの設置に適していると考えられる20%の面積にパネルを敷き詰める,として計算されている.つまり日本の陸地面積の5倍弱の超巨大太陽光発電施設であり,なんというか,どうやるんだというレベルの面積になる.実現は自己増殖的な未来技術にでも期待しよう.なお,これだけの面積に変換効率15%(意外に控えめな数字だ)のパネルを設置すると,年間通しての平均(夜間等も含め平均化した量)で79 TWの出力が見込める.これは今の世界の電力消費の34倍以上であるが,まあ,何というか,そりゃそれだけ広い面積に敷き詰めればそうなるだろうよ,というか.
一方の風力発電の場合,安定してエネルギーが取り出せる量が1 W/m2程度,敷き詰められる領域がサハラ砂漠の面積の0.35程度と考え,出力が3.2 TW程度(世界の電力消費の1.5倍ぐらい)が見込めるそうだ.ちなみにこれ,1 MWぐらいの大きい風車だったとしても,320万基ぐらい設置する必要がある.これまた未来技術にでも(略)
※個人的には,こういう非現実的なレベルでの影響の計算は結構好きである.物理なんかの浮き世離れしたイントロ(数十億年後生き残るためには,とか)とかも好物だ.ただまあ,そういったものをこのクラスの論文誌に載せるべきなのか?に関しては議論もあろう.

まあ細かいことは置いておこう.
実はこういった大規模な建設による気候への影響というのはこれまでにもいろいろと計算があるのだが,著者らはそれらは不十分であると指摘する.というのも,それら建造物により気候が変われば植物の生え具合が変わり,それによりアルベド(太陽光の反射具合)や表面の凹凸具合(風などに影響を与える),植物による蒸散の増加(大気中の水分量を増加させる)はずなのに,既存の計算はそれを考慮していないからだ.
そこで今回著者らは,気候が変わる→植生が変わる→気候が変わる,というフィードバックを取り入れた計算を行った.

では,得られた結果を見ていこう.
まず計算結果として特徴的だったのは,気候の変化が比較的「局所的」であったことだ.といっても,サハラ砂漠全域に設置しているので,ここで言う「局所的」というのは「サハラ砂漠の近傍以外にはあまり影響を与えない」というレベルになる(欧州や他の大陸にはさほど影響がない,という程度).ただし,よく見ると全く影響がないわけでもなく,風力発電所を建設した場合にはブラジルのそこそこの地域で1 ℃以下程度の気温の上昇が見られたり,インド中西部あたりで降水量がやや減少する可能性が見えてはいる.
ではその「局所的」な影響はどんなものかと見てみると,風力発電所が建設されるとサハラ砂漠中心部付近での気温が2 ℃ちょっとほど上がることが示された.同時にサハラ中心部付近での降水量が平均して0.25 mm/day程度増加し,降水量が倍程度に増える傾向が見られた.特に顕著なのがサハラ南端のサバンナとの境目の部分(いわゆるサヘル地帯)で,このあたりでは1.1 mm/dayとそこそこ降水量が増えている.この原因としては,風力発電所の存在により大気に対する摩擦が増え気流が弱まり,その結果砂漠に熱がこもる&熱的低気圧がより発達しやすくなることに由来すると考えられる.降水量の増加は植物の増加を生み,それがさらにアルベドの低下と熱吸収を生む正のフィードバックが働き,これだけの変化を生むわけだ.
太陽光発電の場合は,光を吸収することにより似たようなフィードバックが発生する.このためやはり砂漠の温度が上昇し,砂漠と特にサヘルでの降水量が増加する.ただその程度としては風力発電の場合の半分程度の影響にとどまっている.
太陽光発電と風力発電を両方導入すると,効果は可算的になる.砂漠中心部での気温の上昇は2.65 ℃に達し,降水量の増加は砂漠中心部で0.35 mm/day程度,サヘルでは最大で年間500 mm程度にも達し,非常に豊かな生態系が成立する可能性がある.
なお,太陽光発電の場合の影響に関しては,パネルの変換効率に対する依存性が大きい.変換効率が高ければ,熱となるエネルギーが少ないため,パネルの設置による影響は小さくなる.変換効率が30%を超えたあたりで影響がほぼ無視できるようになり,さらに効率が高いと逆に気温を下げる&降水量を減らす方向の影響となる.

というわけで,「サハラ砂漠の有意な割合を覆い尽くすほどの風力発電所(や太陽光発電所)が建設されると,砂漠は暑くなるがサヘルのあたりは雨がバンバン降って豊かな土地になる」という計算であった.
……いや,まあ,何というか,「そうですか……」とか「お,おう……」としか言えない研究だが,それはそれとして面白くはある.

13683769 journal
日記

phasonの日記: 出芽酵母の染色体を融合し本数を減らす 4

日記 by phason

"Karyotype engineering by chromosome fusion leads to reproductive isolation in yeast"
J. Luo, X. Sun, B. P. Cormack and J. D. Boeke, Nature, 560, 392-396 (2018).

および

"Creating a functional single-chromosome yeast"
Y. Shao et al., Nature, 560, 331-335 (2018).

酵母の染色体を編集して繋げ,その本数を減らしていった実験.前者の論文は減らしていったものが野生の酵母と接合(有性生殖)可能かどうかを見ており,染色体の本数を16本(野生型)→12本→8本→4本→2本と減らしていってどうなるかを検討している.後者の論文はさらにもう一段推し進めることに成功しており,たった一本の染色体へと全て融合させてしまった結果を報告している.

地球上の生物はDNAにその基本となる情報が格納されているが,各細胞は1本のDNAしか持たないわけではない.細胞内ではDNAはヒストンタンパクなどと複合体を作り非常にコンパクトな形に折りたたまれている.この複合体は(広義の)染色体と呼ばれているが,例えば人間であれば通常は46本の異なる染色体,つまり46本の配列の異なるDNA(とタンパク質等の複合体)を持っている.

※なお有性生殖を行う生物では,通常はほとんど同じ配列の染色体が一組(2本)存在するため,人間の染色体が46本あるといっても情報量的には23本分に近い.この相同染色体は生殖細胞を作る際に減数分裂により二つに分割されるが,その際に一部を入れ替えることで新たな配列を生み出す.また,DNAの2本鎖が切断されるような大きなダメージを受けた際は,相同染色体の複製を利用して失われた部分(と同等の機能を持つ)を復元する.

さてそんな染色体であるが,種の間で本数が大きく異なることが知られている.同程度の遺伝子をもつ生物種間であっても染色体の本数はまちまちであるし,近い種の間でも本数が異なっていたりする.例えば霊長類は通常48本の染色体をもつが人間は前述の通り46本しか持たない.最も本数の少ない生物としてはある種のアリが1対2本(雄は1本)のみの染色体をもち,逆に多い方では同じ昆虫でも191対382本をもつ蝶がいたり,数百以上の染色体をもつシダ類なども存在したりする.
なぜこのようなバリエーションの差があるのかというと,染色体の融合や多重コピーが比較的起きやすいからにほかならない.染色体の末端部にはテロメアと呼ばれる領域があり染色体同士の融合を防いでいるのだが,何らかの損傷によりこの部位が削られたりすると,別の染色体の末端どうしが融合して長い一本になり染色体の本数が減る,というような事が起こってしまう.また細胞の分裂時などに誤って多重コピーした染色体が生じてしまうと染色体の本数が増える事も起こる.
ではこのような染色体本数の増減は,生物の生きやすさに何か影響を与えるのだろうか?
今回紹介する論文は,そのあたりの興味から染色体の本数を減らしてみた,というものになる.

実験であるが,対象は生命科学系の実験でよく使われる出芽酵母(全配列決定済み)が用いられている.出芽酵母は1倍体時には16本の染色体を持ち,単性生殖が可能である.またa型とα型という性を持ち,これらが接合することで16対32本の染色体をもつ二倍体を形成できる.二倍体は二倍体のまま単性生殖も出来るし,減数分裂によりa型とα型の胞子を作り,これらをばらまいての増殖も可能である.
1つ目の論文ではこの出芽酵母の染色体をどんどんつなぎ合わせていき,その本数を次第に減らしていった.
といっても手当たり次第に減らすのはあまり有効ではない.染色体は細胞分裂の際に複製された染色体同士をひとまとめに結びつけておくための領域であるセントロメアがあるのだが,ここから左右に伸びる長さが違いすぎると良くないとか,酵母のセントロメアは点接触に近くてあまり長い染色体をつなぎ止めるには弱い(=あまり長くなりすぎると問題が起こる)などがあるため,まずは長さの短い染色体を優先的に繋ぎ,同程度の長さになるようルートを考慮しながら作成したらしい.染色体同士をつなぎ合わせる際には近年生命科学分野で大活躍のCRISPR-Cas9による遺伝子編集を利用し,追加する染色体のセントロメア部分を除去&接合される2本の染色体の末端テロメア部分を除去しつつ接合する事によって染色体の本数を減らしている.
染色体の「本数」自体は減るものの,もともとの染色体の持っていた遺伝子部分は単純に接合されているので,原理的には生きていくのに必要な遺伝子はそのまま残っているはずである(元通り発現する保証は無いが).

さて,ではこのようにして作成された「染色体の本数が少ない出芽酵母」は,野生型の酵母と何か鎖があったのだろうか?
まず意外だったのは,その生育に関する「影響の少なさ」である.16本から12,8,4,2本と染色体を融合させていっても,けっこう元気に分裂して育っていくことが確認された.なお,最初の論文の著者らは染色体を全部融合して1本の酵母の作成にもトライしたが,こちらは失敗したそうだ(2本目の論文の著者らはまさにそれに成功している).
分裂数を野生型同様の16本の染色体をもつ酵母と比較しているが,4本にまで減らした酵母でも成長速度は98.7%,たった2本にまで減らした酵母ですら91.3%と,若干成長が遅くなってはいるものの,けっこう元気に増えている.何というか,染色体の本数の差は(やや成長が遅れるものの)それほど大きな影響は与えていなそうだ.
さらに驚きなのが,有性生殖の結果である.
染色体を8本に減らした同士,4本に減らした同士,2本に減らした同士の組み合わせでは,見事に接合&胞子形成を実現している.胞子からきちんと育つかを確認してみても,野生型でおおよそ97.2%に対し,8本同士で98.4%,4本同士で97.7%,2本同士でも95.2%と,遜色ない有性生殖っぷりである.2本のやつとか,これだけダイナミックに染色体を繋げられているのに普通に胞子作って有性生殖できているというのは大したものだ.

顕著な差が出たのが,本数の違う株同士の接合である.野生型(16本)との組み合わせを見ると,16本×16本で97.2%が胞子形成できたのに対し,16本×12本では80%,16本×8本で39.2%,16本×2本では30.8%と,染色体本数の差が大きくなるほどに胞子の形成が困難になっていることが見て取れる.……いやまあそりゃそうだろという感じではあるが,むしろ本数が違っても胞子できるのか,と逆方向に驚きである.
出来た胞子からどの程度まともに育つかを見ると,16本×12本ではわずか7.1%,16本×8本に至ってはまともに育ったものは無かったらしい.いや,でも16本×12本はいけるんですか,そうですか…….

というわけで,最初の論文のまとめとしては,
・染色体を融合して本数減らしても生きてく上では問題無さそう
・同数同士なら生殖も問題なし
・本数が違ってくると,有性生殖だんだん困難に(そりゃそうだろう……)
という感じである.

でもって二本目の論文は,最初の論文の著者らが出来なかった「出芽酵母の染色体を,全部繋げて1本にしてやりました」という論文である.この著者らは全部1本に繋げた株(SY14)とか,2本の長い染色体に繋げた株とかいくつかのパターンを作り,それらの立体構造や遺伝子発現の様子などを比較している.
当然のことながら長い染色体に融合させた事でその立体構造は大きく異なるものへと変化している.何せ染色体を融合させる際にはセントロメア部分がダブらないようにセントロメアをどんどん削っていくわけで,その結果他の染色体との間の相互作用が大きく変化し,全体的な構造は劇的に変化している.
ところが驚くべき事に,この「立体構造が大きく異なる染色体」から読み出され発現している部分は,野生型とほとんど見分けが付かないぐらいそっくりであった.長いDNAからどのように必要箇所が読み出されるのか,というのはまだよくわかっていない点も多いホットな研究対象なのだが,そこではDNA同士,DNA-タンパク質など様々な相互作用が発現に影響を与えていると考えられている.にもかかわらず,これだけ立体構造の異なる「染色体1本版出芽酵母」と野生型とで発現にほぼ変化が無いというのは予想外の発見である.
著者らは,この染色体1本版出芽酵母での有性生殖も試みている.SY14株(こちらはα型)の一部を入れ替えa型としてSY14a株を作り,このα-aペアでの胞子形成を行ったところ,(もう1本の論文を読んでいる我々読者にとっては予想通りに)普通通りに胞子が形成され,普通に増殖が確認された.ただ,その成長速度は野生型に比べると若干遅い,という傾向は確認されている.

と,いうわけで,酵母の染色体繋いでみた論文2報の紹介であった.
何というか,予想以上に普通に生きやがりますね,あいつら.生物の耐性恐るべしといったところか.

13670663 journal
日記

phasonの日記: ブルーダイヤモンド:その起源を探る 8

日記 by phason

"Blue boron-bearing diamonds from Earth's lower mantle"
E. M. Smith et al., Nature, 560, 84-87 (2018).

よく知られたように,ダイヤモンドはさまざまな不純物元素や欠陥を含むことがあり,それによりさまざまな色を示す.そういった色つきのダイヤモンドの一つに,不純物としてホウ素を含んだIIb型のダイヤモンドが存在する.
IIb型のダイヤモンドはホウ素(炭素より電子が一つ少ない)のドープによりp型半導体としての性質を示すとともに,(ホウ素濃度にもよるが)美しい青色を示すことから珍重されている.有名なところでは「呪われた宝石」として有名なホープダイヤモンドもこのIIb型のダイヤモンドである.
さてこのブルーダイヤモンドであるが,その生成過程はよくわかっていない.ダイヤモンドはもともと高温・高圧の地下深く(上部マントル~下部マントルと言われるが,細かいところには諸説ある)で形成されるのだが,マントルにおけるホウ素濃度は低く,例えば大陸地殻の数十分の1以下とかなり少ない.そのようなホウ素が低濃度の状況でIIb型のダイヤモンドが形成されうるのか,それとも海溝から沈み込んだ海洋プレート(これはマントルよりも重く,下部マントルまで沈み込んでから分解する)を原料として生成しているのか,今でもはっきりしていない.その一方で,ブルーダイヤモンドは世界中の多くの鉱山から広く産出するため,その形成過程はある特殊な一過性の条件に依存したものではなく,一般性のあるものだと推測されている.
今回著者らは,このブルーダイヤモンドの起源に決着を付けるため,多くのサンプルを集め研究を行った.

そもそも,ブルーダイヤモンドの研究があまり進んでいないのは,その希少性が大きな原因である.採掘されたダイヤモンドのうちIIb型のダイヤモンドの割合は0.02%以下であり,サンプル数が少ない.またこの希少性ゆえに価格も高く,研究を行いにくいという事情もある.同時にサンプル数の少なさは,インクルージョン(宝石などの結晶中に包含された他の鉱物)のあるIIb型ダイヤモンドの少なさも意味する.ダイヤモンドそのものからはあまり多くの情報は引き出せないが,包含する他の鉱物があれば,それらの化学組成や構造から「周辺にどんな組成の化学種があったのか」や「どんな圧力や温度だったのか」などさまざまな情報を推測することが出来る.ところがブルーダイヤモンドはそもそも数が少ないため,研究に使えるインクルージョンをもつ鉱石の数が少なく,研究が進んでいなかったわけだ.何せただのブルーダイヤモンドですら存在割合が0.02%なのだから,その中でさらにインクルージョンのあるものとなるとこれはもう文字通り干し草の山から針を探すのに等しい.

そこで著者らは,米国宝石学会(Gemological Institute of America,宝石鑑定の研究・教育機関.多くの鑑定士を育てるとともに,ダイヤモンドに関しては世界トップの権威をもつ)と共同で研究を行った.何せここはダイヤモンドの最高権威なので,ものすごい数のサンプルが集まっている.著者らはおよそ1380万個の宝石質のダイヤモンドサンプルからブルーダイヤモンドを選び出し,その中からさらにインクルージョンを持つものを選別,2年以上かけて46個のサンプルを得ることに成功した.
十分な数のサンプルさえ得られてしまえば,あとは一般的な鉱物の分析と何ら変わらない.X線とRaman分光による包含された鉱物主の同定,EDXなどによる元素分析,電顕による形状観察などが行われている.

では結果を見ていこう.
最も数の多かったインクルージョンはケイ酸カルシウム系の鉱物であり,主としてCaSiO3型のWalstromite,時としてややCa多めのβ-Ca2SiO4や,Walstromiteとは異なる構造だが組成が同じなCaSiO3であった.これらは下部マントルの超高圧下で安定に存在するCaSiO3ペロブスカイトが低圧側に移動した際に分解して生じることが知られており,下部マントルで形成された深部由来のダイヤモンドに含まれることが最近明らかとなっている.
また,一部にCa:Siの比率の異なるβ-Ca2SiO4などが含まれていたことから,単純な平衡状態にある組成の部分ではなく,何らかの化学種の出入りにより組成が変化している部分が下部マントルに存在していることも示唆された(これは例えばプレートの沈み込みによる元素の供給によって説明可能である).
他の見つかった鉱物の多くも,深部由来の鉱物が分解して出来る既知の組成の化合物であった.包含物は閉じられた領域内で分解するため,同一箇所に現れた分解物を合わせることで分解前の岩石の組成が判明する.そこから,ある一つのサンプルが形成された場所にはマグネシウム鉄ケイ酸塩(bridgemanite)とMg-Fe斜方輝石(orthopyroxene)が共存していることが推測された.これらの結晶形が共存できる圧力範囲は限られているため,このサンプルが形成されたのは地下660~750 kmの下部マントル(の上の方)あたりであると結論づけられた.また各種ケイ酸塩系鉱物の少なさから,これらブルーダイヤモンドが形成された周辺組成としてはSiO2の少ない玄武岩質~かんらん岩質であり,SiO2を多く含む大陸地殻とは大きく異なることが確認できる.

いくつかのインクルージョンについては,Raman分光による結合の振動測定から,現時点でかかっている圧力も測定されている.高圧下で包含された鉱物には当然ながら大きな圧力がかかっており,それにより構造が圧縮されるため化学結合の振動数も常圧下とは変化する.これにより現在の圧力が測定でき,そこから高温下(形成された時点)での圧力を推定することが出来る.その結果,これら包含物が形成された際の圧力は少なくとも10~14 GPa以上(温度が1200~2000 Kと仮定した場合)となり,大陸地殻の最深部である300 kmを大きく超えた圧力範囲(=もっと深い場所)であることがここからも確認できた.

顕微鏡と顕微Ramanでの確認結果からは,これら含放物の周囲には高圧で閉じ込められた水素やメタンが存在することも判明した.メタンは水素があればダイヤモンドと反応して自動的に生成するので,これはブルーダイヤモンドが形成された点で周囲の環境に水素(これは通常は水や水酸化物の形で存在する)が豊富にあったことが推測される.

またごく一部のサンプル(3つ)に関しては炭素同位体比率の分析も行っている.これまでの研究から,地球の深部においては13Cの量が地表付近よりだいぶ少なくなっていることが判明しているのだが,今回調べたサンプルではδ13Cの値が-13.4‰,-3.4‰,-1.8‰と(特に後者二つは)比較的地表での値に近い比率となっていた.

以上をまとめると,ブルーダイヤモンドのサンプルの調査から
・ブルーダイヤモンドは下部マントル程度の深部で生成されている
・比較的ケイ酸塩なども少なく,大陸地殻の組成とは一致しない
・水や水酸化物など水素を多く含む原料のもとで生成されている
・(サンプル数は少ないが)δ13Cの値は地表付近に近い
・そして何より,地表に多いホウ素を含んでいる
事がわかり,その起源としては
・海洋プレートが海溝から引きずり込まれ,下部マントル領域まで沈降.そこで分解するあたりでダイヤモンドが生成
というシナリオがもっともらしいと結論づけられた.

13636463 journal
日記

phasonの日記: エンケラドスに存在する比較的分子量の大きな有機物 5

日記 by phason

"Macromolecular organics compounds from the depths of Enceladus"

F. Postberg et al., Nature, 558, 564-568 (2018).

土星近傍を周回するエンケラドスは,分厚い氷で覆われた岩石質のコアからなる直径500 kmほどの小さな衛星である.この天体が注目されている理由は,エンケラドスの表面を覆う氷の下に,衛星全体を覆うような液体の水(海)が存在するためだ.海底には(恐らく)潮汐力をエネルギー源とする熱水噴出口のようなものが存在するという間接的な証拠も得られており,液体の水,適度な温度,熱水由来のミネラルと,過去の地球のような生命誕生の可能性がある天体の一つであると考えられている.
さてこのエンケラドスの海,過去の観測からその海には有機物も含まれていることが確認されている.これは主として地球で言うところの火山性ガスなどに含まれる単純な含炭素化合物を起源とし,それが熱や各種金属の触媒作用により反応して出来ていると推定されているが,含まれる有機物等に関してはあまり研究が進んでいない.
今回報告されたのは,1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニ(2017年に運用終了)のデータを詳しく解析し,エンケラドスから放出された有機分子に関する解析を行った結果となる.

分析はいろいろと細かいことの積み重ねなのだが,結果をまとめると以下のようになる.

・分子量200を超えるような,大きな分子量の有機分子が存在する.
※カッシーニの質量分析計(以下MS)は質量数200までは高分解能だが,それ以降は低分解能となるため詳細は不明
・比較的分子量のおおきい領域にも12~13原子質量程度の間隔で並んだピークが見られた.これは多重結合をもつ不飽和炭化水素鎖の開裂に対応する.フラグメントのC/H比はおよそ2(母物質含めた平均は1)であり,炭素リッチな部分構造の存在を示唆.
・非縮環のベンゼン環(Ph-)の存在が強く示唆される.ただしPh-CH2-Rといった形の分子は少ない.
※もしそのような分子があると,フラグメントとしてトロピリウムイオンが生じるはずであるが,ほとんど見えていないため.
・質量数が30,31,44,45といったフラグメントを多数検出.これは飽和炭化水素では不可能な重さなので,酸素や窒素を含む分子と考えられる.
・これら高分子量の有機物が観測されたのは,塩分濃度の高いプルームからであり,塩濃度の薄いプルームからはほとんど検出されていない.高分子量の有機物が,高濃度で海に満遍なく溶けているとは考えにくい.

現時点のデータから著者らが推測しているのは,以下のような構造である.海底から生じたガスなどに含まれる炭素(主に二酸化炭素などか?)は,さまざまな化学変性を受け複雑な有機物となり,比重の軽さから海の最上面にレイヤーとして蓄積される(海面に浮いた油のようなもの).海底から一気にガスが噴出されると,このガスは海面最上部の有機物層に到達,それを吹き飛ばしながらプルームとして巻き上がる.吹き飛ばされた有機物,水,塩類などの微粒子は,地球上で起こるのと同じように有機物を核として凝集,多くの有機物を含んだ水滴(すぐに凍るが)となり,宇宙に巻上げられる.これがカッシーニにより捕捉され,観測にかかっている,というわけだ.

なおカッシーニの観測結果には,質量数250~500のところに無数のピークが存在し,さらに質量数800~1250,1500~2100の領域にも顕著に強いピークが現れている.このあたりは搭載されている装置の限界により低分解能モードでしか測定できないため何が含まれているのかはわからないが,ノイズラインよりは十分に大きなピークが確認されており,非常に分子量の大きな何かが存在している可能性がある.
カッシーニの残したデータは膨大であり,この論文のように今現在でもデータの解析は続いている.今後さらに面白い結果も報告されるかも知れない.

13635657 journal
日記

phasonの日記: 回転する球を使って光信号を分離する 1

日記 by phason

"Flying couplers above spinning resonators generate irreversible refraction"
S. Maayani et al., Nature, 558, 569-572 (2018).

現代社会において光通信は様々なところで利用されており,今後も例えばチップ間の通信に使おうという話や量子暗号周りでの光子の伝達など,利用は拡大し続けている.さてそんな光通信を効率的に行うためには,光をうまく分配した分離したりといった技術が欠かせない.
そんな「光を操る技術」の一つとして開発されているのが,非対称な光伝達である.これは例えばある波長の光をファイバーに通したとき,右から左へは流れるのに,同じファイバーに同じ信号を左から入れると右に伝わらない,といった行きと帰りが非対称になるような素子だ.こういった素子は余計な反射によるノイズを減らしたり,同一経路ないで多重化した信号をうまく分離する際での利用などが提案されており,その応用の幅は広い.

さて,そんな「非対称な伝送」であるが,音波の場合は非常に簡便な手法で実現できる事が知られている.例えばリング状の導波路の中にファンを設置し,一方向に風をながしてやると,風の向きと同じ方向に音は流れやすく,逆方向には伝わりにくいという非対称性がたやすく実現可能である.

では,光の場合はどうだろうか?こちらも下記のような非常に単純な構造で実現できる事が予測されている.
まず,左右に伸びた光ファイバー中を光が左右に流れている,という状況を考えよう.そしてこのファイバーのごく近傍に,高速で回転する円筒があったとする(下図).なお,ファイバーの径はこの円筒に接する部分で細くなるようにテーパーがついており,これによって円筒と接している部分で光がエバネッセント波としてごく短距離に染みだしている.

左からの光→――――――――――――←右からの光
            ○⤵時計回りに回転

光が染みだしているため,回転する円筒が十分ファイバーに近ければ,光は円筒内に入ることが可能である.ここでもし,円筒に入った光が円筒内を一周して戻ってきた際にちょうど元の光の波と重なるとき,つまり共鳴条件にある場合,光は効率的に円筒内にトラップされ,ファイバーの反対側からは出て行かなくなる.つまり,ファイバーを通っている途中で共鳴条件にある円筒に吸い込まれ,そのまま外部に放出されてしまう.
さて,光が円筒と共鳴する条件は何で決まるだろうか.まず一つは,円筒の直径と屈折率である.「一周して波が重なる」という事は,1周分の距離が物質中での波長(これは真空中での波長を屈折率で割ったものに等しい)の整数倍である必要がある.
そう,屈折率である.ここで円筒が回転している効果が効いてくる.円筒が回転しているため,光が円筒内を一周する向きが回転と同一方向なのか,それとも回転に逆らって一周するのかによって,光が実際に通過しなくてはならない物質の量が異なってくる.回転方向と光の回る方向が一致していれば,光は物質の移動に乗ることにより「簡単に」一周することが可能であるが,円筒の回転に逆らって光が一周するためにはそれだけ多くの物質を乗り越えねばならず,それだけ実効的には多くの距離を進まないといけないことに対応する.
要するに,通り抜けるべき円筒が回転しているため,光からみると右回転で進むときの屈折率と,左回転で進むときの屈折率が違うのだ.
※フィゾーの実験における引きずり効果と同じである.

この結果,右からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向とは逆向きの動き)から見たときと,左からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向と同一方向の動き)から見たときで,回転する円筒部分の屈折率が異なって見える.これはつまり右から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数と,左から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数が異なることを意味しており,結果として同じセッティングなのに「円筒が回転しているせいで右から来た光のみ円筒に吸い込まれる」だとか「左から来た光のみ円筒に吸い込まれる」という非対称な素子が実現できるのだ.

というわけで,非対称な光学素子は非常に単純な構造で実現できる.
出来る,のだが,致命的な問題がある.光はご存じの通り非常に速く,それゆえ円筒の回転によって十分な効果を出そうとするとかなりの高速回転を行う必要がある(毎秒数千回転以上など).高速回転は振動を生み,それゆえ円筒の位置を一定に保つのは難しくなる.その一方で,光ファイバーからの光の染み出しはナノメートルのオーダーである.
つまり,安定して効果を発揮するには,毎秒数千回転で回転するものを,光ファイバーからの距離をナノメートル単位で一定にし続ける必要がある事になる.そんなことは可能なのだろうか?
実は,現代社会にはそういったことを実現しているものが既に存在している.著者らはそのことに気づき,今回の実験を思いついた.

言い方を変えてみよう.「高速で動いているものに対し,ナノメートルオーダーでものを浮かし続ける」.勘のいい人は気づくのではないだろうか.これを実現しているもの,それはHDDのヘッドである.
空気中でものを高速で動かすと,その表面には巻き込まれた空気が薄く張り付き,非常に反発力の強い丈夫なコーティングのように振る舞う.そこに物体を強く押しつけると,空気の反発により物体は数~数十ナノメートル程度の一定の高さに保持され続ける.今回,著者らはこの効果を利用したわけだ.
実験で用いた素子の構造は非常に簡単で,共鳴部分は直径数 mm程度のガラスの玉で,これを棒の先端に付けモーターにセット,毎秒3000回転という高速回転を起こす.これを真ん中部分が少し細くなった(=その部分で少しだけ光がにじみ出る)光ファイバーに押しつけつつ,左右から光(今回は波長1.55 μmぐらい)を導入する.
実験結果で共鳴周波数を見ると,光が右から来るのか左から来るのかによって,共鳴周波数が数十 MHzぐらいズレている.一番差の大きい波長域の光を選ぶと,右から来た光の透過率がほぼ100%,同時に左から来た光の透過率がほぼ0%という綺麗な光分離を実現できている.一番分離が良い波長での分離能は99.6%にも達している.

HDDの話がいきなり出てくるとは思わなかったが,確かに言われてみればあの効果は機械的な振動のあるデバイスをナノメートルレベルで保持する機構として利用できるものだ.発想の勝利である.

13616500 journal
日記

phasonの日記: 細胞工学:遺伝子を改変した細胞間のシグナルを利用し高次構造を作る

日記 by phason

"Programming self-organizing multicellular structures with synthetic cell-cell signaling"
S. Toda, L. R. Blauch, S. K. Y. Tang, L. Morsut and W. A. Lim, Science, in press (2018).

生体内において,細胞は自発的に非常に高度に組織化された構造を作り上げる.例えば我々の臓器をみてみると,各種の細胞,神経,血管や適切な空洞などが自動的に組み上がっており,全体として高度な機能を発揮している.この複雑な構造を作り上げているのが元を辿ればわずか一種類の細胞であり,それが分化と構造形成を繰り返しながらこれほどのものを作り上げるというのは驚嘆せざるを得ない.
このような複雑な分化や構造形成がどのように行われるのかというと,そのほとんどが隣接する細胞などとの化学物質のやり取りや周辺の物質の濃度などであり,原理は驚くほど単純である.単純な原理が組み合わさることで連鎖的な変化が起き,結果として非常に複雑なものが自発的に組み上がる.なんとも見事なシステムだ.

さて近年,遺伝子を改変する技術は非常に進歩し,様々な特性を持った細胞を自在に作れるようになりつつある.しかしながら,「細胞の集合体」をデザインするにはまだまだ至っていないというのが正直なところだ.
今回報告されたのは,そんな「適切にデザインされた細胞から,高次の(もう少しだけ)複雑な構造を自発的に作らせる」というものになる.ここでキーとなっているのは,Notchシグナリングと呼ばれる細胞間での情報伝達システム(を適切に改変したもの)と,それにより発現されるカドヘリンだ.

Notchシグナリングは,Notch受容体と呼ばれる細胞膜を貫通するタンパク質により引き起こされる細胞間でのシグナル伝達である.Notch受容体はその一部を細胞外に突き出し,逆側が細胞内にぶら下がる形となっている.Notch受容体の外部に露出した部分(信号を受け取る部分)が対応する特定のタンパク質(リガンドタンパク,これが細胞間での信号となる)と結合すると,それを感知したタンパク質分解酵素がNotch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を切断する.この切断された断片は核内に移動されるようなタグ(となるアミノ酸配列)を持っており,切断後にすみやかに核内に移行,そこでDNAの特定配列と相互作用することでその部分の発現を促進したり,逆に特定の配列の発現を抑制したりする.
要するに,細胞外部から特定の分子が近づいてNotch受容体(の外側の受容体部分)に結合,すると細胞膜内のパーツが切り出され,それが特定遺伝子をOn(またはOff)出来る,というわけだ.
現在ではこのあたりの技術は非常に進んでいるので,Notch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を適切に設計する&DNAを適切に書き換えることで,「○○という分子が来たら,××という分子を作る(or 作らないようにする)」という事が自在に実現できる.また,Notch受容体の細胞膜外に飛び出ている部分も自由に設計できるので,何をトリガーとするのか,というのもさまざまに変更可能だ.このようにして設計された人工のNotch受容体を,synNotch(synthetic Notch)と呼ぶ.

一方のカドヘリンというのは,細胞間での接着剤となるタンパク質である.こいつが発現すると,同種のカドヘリンをもつ細胞どうしの間に吸着力が働きくっつくことが知られている.発現量が多ければ吸着力も強く,またカドヘリン自体も何種類も存在し,異種のカドヘリンとの間の相互作用は弱い.例えばEカドヘリンを発現している細胞(Eと呼ぼう)とNカドヘリンを発現している細胞(N)があると,E同士やN同士は強くくっついて固まる一方で,EとNとはそれほど強くくっつくことはない.

さてそれでは,著者らの結果を見ていこう.
この論文は幸いSupplementary Materialsとして数多くの図を含む文章や動画が公開されているので,必要に応じてそちらもご覧頂きたい.

まず著者らが行ったのが,単純なアイディアの実証試験である.最初に二種類の細胞を用意する.青色の蛍光色素を作るように改変した細胞AはCD19という分子を細胞膜表面に作るように設計されている(細胞膜からCD19がヒモでぶら下がったようになる).もう一方の細胞Bは,CD19に反応するsynNotchを発現するように改変されており,そのsynNotchが切断されると緑色蛍光タンパク質(GFP)およびEカドヘリンを生産する.
論文にならって書けばこういうことだ.

[Cell A: CD19] → [Cell B: αCD19 synNotch → Ecadhi + GFP]

ここでCD19はこれを発現していることを意味し,矢印はこの信号の伝達,αCD19 synNotchはCD19を受け取ると起動するsynNotchを意味,そしてそれにより発現されるのが右の矢印以降のEcadhi(Eカドヘリン・高濃度)とGFP,となる.
この細胞Aと細胞Bを多数用意し混合すると,最初はランダムに集まった塊になるのだが,細胞Aの作るCD19により細胞BではEカドヘリンとGFPが発現,カドヘリンの効果により細胞B同士が凝集し(と同時に,GFPが発現し緑の蛍光を発することで遺伝子発現が起こっていることが確認できる),押しのけられた細胞Aは細胞Bの塊を取り囲む表皮の位置となり,二重構造が自発的に生成される(Supplementary Materials Fig. S1 Aの下段).
細胞Bとして,CD19によりGFPを発現するがカドヘリンは発現しないようにすると,このような二層構造は生成しない事から,カドヘリンの接着力により二層化していることがわかる(Supplementary Fig. 1 Aの上段).

続いてはさらに高度な構造として,三層構造にトライ.使う細胞は二種類なのだが,細胞の中身が少し違う.

[Cell A: αGFP synNotch → Ecadlo + mCherry]
[Cell B: αsynNotch → Ecadhi + GFPlig]

今度は細胞Aに,GFPタンパク質を受容するとEカドヘリンを低濃度で生成しつつ赤い蛍光を発するmCherryを発現するようなsynNotchを組み込む.さらに細胞Bが作るGFPも,内部に作るのではなく,細胞膜から外にぶら下がる形でGFPが発現する.
この場合,何が起こるだろうか.
まず第一段階は先ほどと同様で,細胞A表面にあるCD19により細胞Bに高濃度のカドヘリンと細胞膜から外にぶら下がるGFPが発現,これにより細胞Bが緑に光りつつ凝集する.すると今度は「細胞Bと接している細胞A」に限り,細胞Bの表面からぶら下がるGFPがsynNotchに受容され,Eカドヘリンを低濃度で発現しつつ,mCherryを発現することで赤く発光する.この赤く光る細胞A'は低濃度とは言えカドヘリンを発現しているので細胞Bに弱くくっつき,カドヘリンを発現していない元々の細胞Aはさらに外側に押しのけられる.
この結果,緑に光る中心部の細胞B,それを覆うカドヘリンとmCherryが発現した細胞A',一番外側に押しやられた元々の青く光る細胞A,という三層構造が実現するのだ(Supplementary Fig. 2 Bの上段,およびMovie S1).
なおこのようにして作成された多層構造は,synNotchの活動を妨害する阻害剤を入れると崩れて初期化される(細胞がランダムに入り交じった状態に戻る).また,作成された多層の細胞塊を「ギロチン」で半分にたたき切っても,その後時間をかけ元通りの(ただし大きさは半分の)構造に自発的に復元する.

続いてはさらに高度な設計に移る.これまでの実験は二種類の細胞を用意しておき,それらが二層や三層の構造を作る,というものだった.著者らが次に取り組んだのは,たった一種類の細胞からスタートし,それが自発的に二種類の細胞(発現様式)に分化,それが二層構造をとる,というものだ.言ってしまえば,生物の細胞がもともと一種類だったのに機能の異なる細胞に分化し,それらが構造を作る,というものの非常に単純化した模倣となる.細胞の設計は以下の通り.

[Cell A: CD19 + mCherry + ┤CD19 synNotch, αCD19 synNotch → Ecad + GFP + ┤CD19]

この細胞は,初期状態ではCD19と赤色蛍光分子のmCherryを発現しつつ,CD19受容体であるsynNotchを抑制(┤)する,という状態となっている(抑制されてはいるが,完璧ではない.一部に受容体のαCD19 synNotchが発現していることがある).この細胞が集まると,偶然少量のαCD19 synNotchを発現していた細胞がCD19を受容,すると右側の過程が発動し,EカドヘリンとGFPを作りつつ,当初は作っていたCD19とmCherryの生産が停止するとともにCD19 synNotchへの抑制が解除される.するとCD19 synNotchが発現しまくるので,このループに入った細胞はGFPを作るいわば細胞A'へと分化するわけだ.この細胞A'はカドヘリンも作っているので凝集し,先ほど同様二層構造が実現する.違うのは,今回は一種類の赤く光る細胞Aからスタートし,それが互いのシグナル分子の影響により一部が緑色のA'に分化,それが中心に凝集した構造を作る,という点だ(Supplementary Fig. 5およびMovie 3).

他にも,二種類の細胞で発現するカドヘリンの種類を変えることで非対称な複数層構造を作成したりといった事も行っている.(Supplementary Fig. 6~10およびMovie 4Movie 5).

まだまだ初歩的な構造を作る程度しか出来ていない段階ではあるが,論理ゲート的な感じで細胞内で起こることを次々に切り替え構造を作る,というのは非常に面白い.こういったことまで出来るようになるとは,遺伝子技術も進歩したものである.

13601816 journal
日記

phasonの日記: 硫化亜鉛の隠された性質:遮光下での塑性変形 5

日記 by phason

"Extraordinary plasticity of an inorganic semiconductor in darkness"
Y. Oshima, A. Nakamura and K. Matsunaga, Science, 360, 772-774 (2018).

名大のグループによる面白い研究成果である.
無機半導体は集積回路や光学素子,光電変換などさまざまな場所で利用されている.一般的な印象として,これら無機半導体材料は硬くて脆い物質であり,あまり柔軟な塑性変形は示さない.このため近年研究が進んでいるようなフレキシブルな電子回路などの用途には有機半導体などが用いられている.
今回の論文で扱われているZnSもそういった無機材料の一つであり,硬くて脆いという典型的な力学的挙動を示す……と思われていた.
今回報告された論文は,このZnSの力学的特性が,周辺の光によって大きな影響を受けている,という知られていなかった事実を明らかとした.

ほどほどのバンドギャップをもつ半導体に光を当てると,キャリアが励起され電動特性等が大きく変わることはよく知られている.例えば今回の論文で扱われているZnSをはじめ,CdSやPbSなど多くの物質で観測されている.
そのため光照射による伝導現象の変化などはよく調査されているのだが,一般的に力学的な特性,例えば硬さや塑性変形のしやすさ等は何とはなしに「光が有ろうと無かろうとそんなに変わらないだろう」と無意識に考えているのではないだろうか?
今回著者らは,角柱状のZnSの単結晶の上下方向から圧力をかけ変形させるという実験を,UVや可視光の照射下と,完全な暗状態とで比較した.
なぜそんなことを使用と思ったのかは謎ではあるが,得られた結果は驚くべきものであった.通常の条件下,つまり自然光やUVの照射下では,ZnSの結晶はせいぜい3%前後程度の変形を受けただけで砕けてしまった.ところが不思議なことに,完全に光を断った状態だとZnSは一段「柔らかい」特徴を示し,半分程度の力で変形を開始.しかも45%の変形を受けるまで柔軟に形を変え続けたのだ.つまり,ZnSは光が当たっているときは硬く砕けやすい一般的にイメージする無機塩的な挙動を示すが,光がないとプラスチックのように柔軟に形を変えられる,という事になる.
しかも変形に伴い,無色であったZnSは次第に薄黄色~褐色に呈色していくことも確認された.これは結晶中に生じた欠陥部分が不純物準位のように働き,バンドギャップを縮めていることに由来する.
なお,光を断って変形させた結晶に改めて光を当てると,その状態で硬さが増し,それ以上の変形を起こしにくくなるという挙動も確認された.その後にまた光を断てば柔らかくなるなど,この挙動は可逆的でもある.

日頃浴びている光を断つだけで柔らかくなるというのはなんとも不思議な結果であるが,何が起きているのであろうか?
著者らはミクロなメカニズムを明らかにするため,電顕による調査を行った.通常の環境下,つまり光を受けているときの変形では,外力により結晶の一部が滑ると,その部分からはっきりとした双晶変形が見られることが確認できた.結晶に力を加えていくと,あるところで欠陥が生じ,その部分で少し結晶が滑り,面状の欠陥が生じる.生じた欠陥が動きにくいと,ズレた部分では原子の並びが斜めになっているので,向きの違う結晶が接合されたような状況となる.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進み,上側の欠陥面のみが上方へと移動)
    ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
  ○-○-○-○-○ この部分,結晶の向きが違う(双晶)
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この双晶変形を示すような場合は,欠陥面が動きにくく変形があまり自由ではないので,ある程度以上の変形は困難であり硬くて脆い特性が表れる.

一方,光を断った状態で変形させた結晶を観察すると,双晶変形は確認されず,欠陥面に挟まれた無数の細い領域が確認された.これは要するに,滑り変形が進んでいるような感じである.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進むが,欠陥面がペアで移動している)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / /
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この場合,外力に対応して欠陥面のペアがスルスルと移動するだけで変形が伝播するため,結晶は柔軟に変形することが可能となる(変形による原子位置の移動が,どんどん連鎖して大きく移動することが出来る).

著者らは,このような欠陥面の移動のしやすさの違いの原因をキャリアと欠陥との間の相互作用に求めている.欠陥部分は半導体におけるある種の不純物準位のように働く.このため,電子やホールといったキャリアと欠陥の間には引力が働く.ZnSなどの光導電性のある物質に光が当たっているとある程度のキャリアが定常的に発生しており,このキャリアが外力によって生じた欠陥部分にトラップ,それにより結晶の欠陥が移動しにくくなり,結果として外力による自由な変形を妨げている,というわけだ.
光を断った状態ではキャリアがほとんど存在しないので,外力によって生じた欠陥は自由に結晶中を動き回ることが可能となり,柔軟な塑性変形を引き起こす.

何というか,環境光レベルの光の有無でこれほどまでに物質の柔軟性が変わってくる,というのは予想外で面白い結果であった.

13575786 journal
日記

phasonの日記: 合成生物学:遺伝子編集を用いた細胞のアナログメモリ化 2

日記 by phason

"Rewritable multi-event analog recording in bacterial and mammalian cells"

W. Tang and D. Liu, Science, 360, eaap8992(1-10) (2018).

遺伝子改変技術の進歩に伴い,さまざまな刺激に応じて何かのタンパク質を発現させたりする技術が急速に発展している.これを用いれば,例えば特定の環境下で発光して知らせる細胞であるとか,ある化学物質の濃度が高くなるとそれに応じた何らかの物質を生産する細胞などの作製が可能になることから,生きたセンサーや生きた化学工場,生きた医療デバイスなどとしての利用が可能になると期待されている.
さて,これらの研究の多くは「入力(化学的環境)に応じて(化学的な)出力を行う」という,ある種の計算機的なものと見なすことが出来るわけだが,計算機とするには重要な素子が欠けていた.それは「書き換え可能なメモリ」である.今回の著者らの報告は,細胞内/DNA内に外部環境に応じて情報を書き込んだり初期化したりする,というものになる.
これにより,例えば累積的な環境の以上をあとから読み出したり,各種のイベントがどういった順序で起こったのかを記録したりと,まさに細胞を生きて増殖する記録媒体(そして将来的には,それに応じて応答する生きる生命化学機械)として利用する事が可能になるわけだ.

今回著者らが用いたのは,生きた細胞としては大腸菌,情報の記録としては主にプラスミド,情報の書き込み手段としてはCRISPR-Cas9または一塩基エディタを用いている.

プラスミドというのは大腸菌などがもつ環状のDNAであり,大腸菌本体のDNAとは別個に存在しつつも大腸菌の生存にとって必要だったり有利になったりするタンパク質がエンコードされたDNAである.このプラスミド,細菌の接合などにより個体間で頻繁にやり取りをされており,これにより例えば特定の抗生物質に対抗できる能力が広く伝播したりする.工業的/生物学的には大腸菌等に発現させたい遺伝子をプラスミドに組み込み大腸菌に導入することで,さまざまなタンパク質を量産させたり,大腸菌に特定の機能を組み込んだりと活用されている.

CRISPR-Cas9系は,要するに「特定の配列を認識し,その場所でDNAを切断する」というタンパク質である.これを利用する事で,狙った配列だけを切断(そして,その部分に特定の配列を組み込んだり,削ったり)できる.標的を特定するガイドRNAを作る部分の配列を変えることで,任意の配列を標的とすることが可能だ.

最後の一塩基エディタは,CRISPR-Casによる「特定箇所の編集」を改善したもので,最近ホットな研究テーマだ.CRISPR-Casは特定の部分を切断できるという素晴らしい能力を持っているのだが,DNAの2本鎖を2本とも同時に切断してしまうため,組替え部分に意図しない変異などが入ることがあった.それに対し近年開発されている一塩基エディタなどでは,例えば2本鎖の片側だけを切ったり改編したりして,それを鋳型とすることで文字通り特定の一塩基のみを書き換えることを可能とした手法だ.今回の著者の一人,D. Liuはこの一塩基エディタの開発で素晴らしい結果を残している.

でまあ,そういったものを組み合わせてどうやって記録を実現したのかというと,以下のようになる.
まず,2種類のプラスミド,R1とR2とを用意する.この2つのプラスミドはほとんど同じ配列を持っているが,1箇所(3塩基分)だけ異なる配列となっている.大部分を同じ配列にしているのは,このプラスミドを保持することによるコストをほぼ同一にするためだ.例えばR1の方がコストがかかるとなると,R2のみを持っている大腸菌の方が増殖しやすくなるので,そういった差を無くしたわけだ.
そして大腸菌本体のDNAの方に,Cas9のシステムを組み込む.このときガイドRNAが標的とするのは,R1の配列である.ただもちろん,そのまま発現させてしまうと単純にR1がどんどん切断されて排除され全てR2になってしまうだけなので,このCas9のプロモーター(その先のDNAの発現を決めている部分.この部分に特定のタンパク質が結合すると,続く配列部分が翻訳され発現する)としてTetO配列を組み込んでいる.これはよく使われる「テトラサイクリン遺伝子発現調節システム」で,通常時は別の箇所に組み込んだR配列が作るTetリプレッサーと呼ばれるタンパク質がTetO配列に結合,これによりTetO下流の発現を抑制する.この状態で系中にテトラサイクリン(もしくはその前駆体のアンヒドロテトラサイクリン)が導入されると,こいつがTetRと結合してTetRを無効化,結果として自由になったTetOがプロモーターとして働くようになり,その結果下流の配列が発現する.要するに,テトラサイクリンを加えたときだけ特定の配列が発現し,それ以外のときには発現しないようなシステムを作れるわけだ.で,今回の系ではテトラサイクリンが存在するとCas9が発現,こいつがR1プラスミドを認識して切断する,という流れになる.

まず著者らは,大腸菌に組み込んだR1とR2の比率が世代交代で変化してしまわないかをチェックしている.その結果,もとの状態から1015ぐらいにまで増殖(実際にこれだけの膨大な数になったわけではなく,1000倍に増やし,その一部をとってきて1000倍に増やし……で実効的にこの希釈率という感じ)しても,当初のR1/R2比が維持されていることを確認している.R1/R2が60/40からスタートすれば1015倍状態でもR1/R2はほぼ60/40(1~2%以内の差),違う比率である29/71からスタートすれば最終的にも29/71(同様にわずかな誤差)が維持されていた.

では情報の書き込みである.R1/R2が58/42である大腸菌の培養系中にテトラサイクリン(のもとになるアンヒドロテトラサイクリン)を加えて培養する.すると当然ながらCas9が発現しR1プラスミドのみを切断するので,培養されている大腸菌群中ではR1の量が減っていく.3時間後ではR1/R2は21/79,6時間後には4/96にまでR1の比率が低下していた.要するに,テトラサイクリンという化学種の刺激の積算量を,R1プラスミドとR2プラスミドの比の変化という形でDNAに記録できている,というわけだ.しかも特定化学種がある/無いの二値化ではなく,どのぐらいの濃度・時間あったのか,という事をアナログ的に記録できている.

著者らはさらに記録の高度化として,先ほどの「下流側の発現を抑制するTetO」に加えて,「上流側の発現を抑制するLacO(IPTGがあると解除され,転写が可能になる)」をCas9配列の下流に導入した.要するに,カギを2つ付けたわけだ.先ほどまではテトラサイクリンがあればCas9が発現してR1を分解していたが,今度はテトラサイクリンとIPTGの「両方が同時に存在する」ときのみCas9が働きR1を減少させる,つまりANDゲートとして働く.この場合も先ほどと同様に,二つの刺激があるとR1の比率が顕著に減少する,という,目的通りの情報記録に成功している.

これだけだと「情報の記録」といってもWrite Onceであるので,著者らはもう一歩進めて情報の初期化も可能にした.1つ目の方法は,R1,R2に薬剤耐性遺伝子を同時に組み込む,という方法だ.例えばR1にのみ抗生物質に対する耐性遺伝子を組み込んでおく.すると,抗生物質による処理を行うと,R1をもつ大腸菌ほどより高い確率で生き残る,つまり大腸菌群におけるR1の比率を増やすことが出来る.Cas9は刺激でR1を減らし,情報を初期化したいときには適切な時間だけ抗生物質の存在下で培養を続ければR1を持たない大腸菌がどんどん死んでR1の比率がまた高くなる,というわけだ.
2つめの手法としては,Cas9の標的を選択性にする,というものも試みている.Cas9がどんな配列を切るのかはガイドRNAの配列に依存するわけだが,このガイドRNAのもとになる配列を2種類用意し,それぞれ違う刺激で発現するための異なるプロモーターを用意する.これにより,Aという刺激が加わるとガイドRNA-1が作られR1が切断され,Bという刺激が加わるとガイドRNA-2が作られR2が切断される.これにより,R1/R2比を自由に初期化できる.

プラスミドを使う手法では,プラスミドをもつ大腸菌などでしか利用できない.そこで著者らは別な情報記録手法として,著者の得意技である一塩基エディタを用いた系も開発した.まあこちらも基本的な考え方は一緒で,「特定の刺激があると一塩基エディタが翻訳され,特定の箇所の配列を書き換える」というものになる.
さらに発展系としては,「標的とする配列が異なる3箇所であるような一塩基エディタ×3を,それぞれ違う刺激で発現するようにしておいて,3種類の刺激をそれぞれ別個に記録する」などを開発している.
面白いのは,「二つの一塩基エディタだが,認識する配列が部分的に被っていて,最初にAという刺激を受けるとエディタ1によって配列の一部が書き換えられ,書き換えられた結果がエディタ2の標的となる」という系だ.単にエディタ2が起動されただけだと,標的配列が無いため書き換えが行われないのだが,「エディタ1が起動された後」だと「書き換えの結果,標的となる配列が生み出される」ためにエディタ2が活動,書き換えが起こる.つまり,二つの事象が,特定の順序で起こった場合にのみある部位の書き換えが起こる,というような複雑な情報処理が可能になっている.

発想は単純なのだが,実験は結構面倒くさそうである.あとはこれに様々なタンパク質の発現,発現したタンパク質による効果や抑制やなんだかんだと組み合わせると,非常に高度な化学的演算による生化学的処理が可能になりそうで面白くはある.

13564170 journal
日記

phasonの日記: 熱衝撃を用いた多成分合金ナノ粒子の合成法

日記 by phason

"Carbothermal shock synthesis of high-entropy-alloy nanoparticles"
Y. Yao et al., Science, 359, 1489-1494 (2018).

金属ナノ粒子は特に触媒としての利用が広く行われており,その特性の向上は化学工業における生産性や排ガス処理など非常に幅広い分野に大きな影響を与える.触媒用途という面から見ると,さまざまな金属元素を含んだナノ粒子,つまりナノ合金をどのようにして作製するかは特に重要なポイントとなる.触媒特性は粒子表面での原子の並びとその電子状態に依存しているのだが,複数の金属元素を合金化することでその電子状態を変化させたり,複数種類の金属元素が接している部分で特異的な反応が起こったりするためだ.
ところが,多数の金属元素を含むナノ粒子を作成する事には大きな困難が伴う.例えば製造が容易なウェットプロセス,つまり溶液中での金属イオンの還元を考えると,還元剤により最初に還元されるのは最もイオン化傾向の小さい金属(典型的には金,白金など)であり,溶液中に共存するもっと卑な金属(例えば鉄であるとかスズであるとか)を同時に還元することは出来ない.そのため複数種類の金属イオンが共存する溶液に還元剤を放り込んだからといって,合金が出来ることはそうそう無いわけだ.
一応,そういった難しさを解決する手法も色々と研究されてはいるのだが,複数回に分けたリソグラフィーを伴うな複雑なプロセスが必要であったり,生成する粒子の組成やサイズのばらつきが非常に大きい手法であったりと,なかなか決定打は存在しない.

今回報告されたのは,そんな作成が難しい「ナノ合金」を,いとも簡単に,しかも8種類もの金属を混合して作製できる簡便な手法である.しかもこの手法,急冷によるクエンチを伴うので,通常では合金化できないような組み合わせ(例えば,バルクでは金と鉄は混ざらない)であっても構わず固溶体の合金にしてしまえる,という特徴を持つ.

ではまず,著者らの行った手法を見ていこう.ナノ粒子の担体となるのは,高分子ナノワイヤーを焼きだして炭素化したカーボンナノファイバーである.このカーボンナノファイバーからなるぺらぺらのシートを金属イオンの塩化物を溶かしたエタノール溶液に浸し,十分染みこませる.合金を作りたい場合は,この段階で複数の金属イオンを含む溶液を用いる(例えば塩化鉄と塩化コバルトと塩化白金酸を含むエタノールに浸す,など).カーボンファイバーシートを引き上げたら乾燥させ,アルゴン雰囲気中で通電加熱を行う.要するに,導電性のカーボンファイバーシートの両端に電極をつけ,そこに電流を流すことで一気に加熱するわけだ.このとき,加熱を十分短時間で行うことがポイントである.著者らは合金ナノ粒子が作りやすい条件として,55ミリ秒程度のパルス加熱がいい感じだったと書いている.
金属イオンが染みこんだカーボンファイバーシートはジュール熱により105 K/sという猛烈な昇温速度で加熱され,およそ2000 Kに達するとそのまま50ミリ秒ほど電流が流し続けられ温度をキープする.その後電流が切られると,これまた105 K/s程度の猛烈な速度で冷却される.なお,加熱時間や冷却時間は,流す電流値やその減衰の仕方などによりコントロール可能である.

こうして加熱されたカーボンファイバーシートを電顕で確認すると,数百 nm程度の太さのカーボンファイバーの表面に,5 nm程度のかなり均一性の高いナノ粒子が無数に付着していることが確認された.電顕付属のEDXで元素分析を行ったところ,個々の粒子内に原料として入れた金属イオンが満遍なく取り込まれていることも確認できる.著者らは色々な組み合わせでデモンストレーションを行っているが,例えば単一成分のナノ粒子に始まり,PtNiやAuCuといった二元系ナノ粒子,PtPdNiやAuCuSnといった三元系,PtPdCoNiFeといった五元系やとりあえず手元にあったやつ全部入れました状態のPtPdCoNiFeCuAuSnの8元系ナノ粒子など,もうとにかく色々作っている.どの粒子も内部では各金属原子がランダムに入り交じった固溶体となっており,しかも結晶質のナノ粒子となっていることが確認された.
これはなかなか凄いことで,例えばこれら8元素は原子半径で1.24~1.44 Åの幅があり,酸化還元電位( vs SHE)で言えば酸化されやすいCoやNiの-0.25あたりから酸化されにくい金の1.5 Vぐらいまでとこちらもものすごい幅がある.しかもバルクだと体心立方格子になる金属や面心立方格子になる金属や六方最密になる金属等々と,結晶構造の違う金属まで入り交じって一つの結晶となっている.
また,粒子ごとの組成のばらつきや,粒径のばらつきもかなり小さい.例えば5種混合のPtPdCoNiFeに関しては,組成のばらつきは10%程度しかない.過去の報告例にあるリソグラフィー法などでは50%など非常に大きなばらつきがあるのとは対照的である.

では,なぜこれだけ簡便な手法で,これだけ綺麗なナノ粒子が得られるのだろうか?著者らは検証のためにいろいろと条件を変えて実験を行いそれを考察しているのだが,ここでは結論のみ記すことにする.
まず,急激な加熱により金属塩は分解し,高温のため塩素が気化して中性の液化した金属が残る.この中性の金属ナノ液滴は,担体であるカーボンファイバー表面に残存している無数の酸素欠陥(ポリマーを焼きだした際に形成された酸素を含む置換基)を「食べる」.これは要するに,金属が触媒となって酸素欠陥部分がCOやCO2として脱離する反応なわけだが,周囲に無数の酸素欠陥がある状況のため,最初に形成された金属ナノ液滴は多方向へ一気に広がろうとし,無数の小さい液滴に分裂しながらカーボンファイバー表面を疾走する.
走り回るナノ液滴は途中で別種の金属原子からなるナノ液滴と幾度も衝突し,そのたびに融合&多方向に広がって分裂,を繰り返すことである種の平衡状態となり,均質な組成をもつ無数の金属ナノ液滴を形成する.著者らの概算では液滴の会合・分裂は106回以上は起こるという事なので,この間に十分な混合が起こると期待される.
その後パルス状の電流印加が終了すると,今度は温度が一気に下がる.すると金属ナノ液滴はもはや移動することは出来なくなり,そのまま急冷され結晶化,合金ナノ粒子が生成する,というわけだ.当然ながら,この最終段階であえてゆっくり冷却するようにすると,ナノ粒子内で異種金属が分離析出したり,という事も起こる(いわゆる,バルクで合金化しない組み合わせの場合).
要するにまあ,
・酸素欠陥のおかげで金属液滴が動き回り,良く混合され均一な合金になる
・急冷により,混ざったままクエンチしてそのまま結晶性合金ナノ粒子化
というわけだ.著者らは今後のサジェスチョンとして,「もっと急冷できれば,アモルファスナノ合金も出来るんじゃないかな」と書いているが,おそらく可能だろう.

というわけで著者らの開発した新手法だが,この論文はそれだけにとどまらず,新たな触媒作成法としてのデモンストレーションも行っている.この手法でPtPdRhRuCe五元系触媒(均一な合金)と,相分離してしまっているPtPdRhRuCe五元系触媒で,アンモニアの酸化を行っている.この反応はいわゆるオストワルト法による硝酸の合成の最初のステップなのだが,NH3からNOやNO2といったNOxを作りたいのに,しばしばN2やN2Oが生成してしまうことが知られており,純度を上げるためにはかなり高温に上げる必要がある反応である(現在工業的に使われているPt触媒で800 ℃程度,コスト押さえるためにPtの量を減らすと900 ℃以上などになりがち).
実験の結果,今回の手法で作製した固溶体五元系触媒だと,温度を700 ℃に上げるだけでほぼ100%の選択性でNOとNO2を合成することに成功している.これは現在工業的に用いられている触媒が800 ℃以上を要求するのに対し,かなりの低温で済むことになる.これに対し,同じ組成の相分離してしまっているナノ粒子だと,わずか20%以下しかNOやNO2が生成しなかった.本手法の「多種金属が完全に均一に混合している」という利点が旨く発揮されている.なお耐久性としては,とりあえず30時間反応させても反応性,選択性ともに変化は見られておらず,そこそこの耐久性はあるようだ.

さらに著者らは量産性のことも視野に入れており,ポリマーナノファイバーではなく,木材を焼きだして作った活性炭を用いても同様の事が可能で,この場合体積が非常に大きくなるから一度に多量に作れる,であるとか,最終的にはカーボンファイバーで出来たシートをロール状にして,roll-to-roll方式でいけるんじゃないか,という事でそれを模擬した実験を行ったりもしている.詳しくはSupplementary Materialsの図S75あたりをご覧いただきたい.

というわけでナノ合金の作成法であった.
これ,こんだけ色々な金属を自由自在に合金化できるとなると,かなり応用範囲は広い感じである.しかもナノ材料にありがちな「特性は良いんだけどコストがね……」という点も,Supplementary Materialsで試しているバルク木材で大量作成だとかroll-to-roll方式がいけるとなると相当なインパクトがありそうだ.

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吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人

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