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13791216 journal
日記

phasonの日記: 敵の敵は味方ならず:ファージ感染が誘発するメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の免疫回避 3

日記 by phason

"Methicillin-resistant Staphylococcus aureus alters cell wall glycosylation to evade immunity"
D. Gerlach et al., Nature, 563, 705-709 (2018).

黄色ブドウ球菌はそこら辺のどこにでもいるありふれた菌だがやや毒性が強く,免疫力が低下している場合などに重篤な症状を引き起こす事がある.そんな黄色ブドウ球菌が抗生物質が常用されている環境(例えば病院や畜舎)でメチシリンを含む各種抗生物質への耐性を獲得したものがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である.こいつはしばしば院内感染を引き起こし,その一方で抗生物質類に対する耐性ゆえに有効な治療法がなかなか無いため深刻な問題となっている.
さてそんなMRSA(を含む黄色ブドウ球菌)であるが,ヒトなどの免疫系はその細胞壁の成分であるペプチドグリカンやその表面にあるタイコ酸に対する抗体をもち,それを使って免疫反応を起こしている.ところが,その効き具合などは個人差が大きく,「何が黄色ブドウ球菌への免疫系の効き具合に関わっているのか?」は重要な研究対象となっている.
今回の論文が報告しているのは,ヒト等の免疫系が主要なターゲットとしている黄色ブドウ球菌表面のタイコ酸の分子構造が,黄色ブドウ球菌のバクテリオファージ(ファージ)への感染により変化しており,その結果としてヒトの免疫系をすり抜けている,という発見である.

細菌がファージに感染すると細菌のDNAにファージのDNAが埋め込まれ,これが大量に発現する事でファージが量産された結果として細菌は死ぬ.しかしながら,ファージに感染した細菌が即座にファージの量産を始めるのかというとそうとは限らず,当面は「細菌のDNAの一部として埋め込まれた状態」(プロファージ)という休眠状態で宿主の中に潜伏し,何らかの刺激により増殖を開始する場合がある.
著者らが発見したのは,MRSAではある特定のプロファージを含んでいる(感染している)ものがそれなりに存在し,そいつらが免疫系の攻撃を受けにくい,という事である.結論に至るまではいろいろあるのだが,結局何がわかったのかを簡潔に紹介していこう.

黄色ブドウ球菌の細胞壁には,リビトールリン酸ポリマーがN-アセチルグルコサミンで修飾されたタイコ酸と呼ばれる物質が存在している.当然ながらこれを作る際にN-アセチルグルコサミン修飾を行う酵素であるtarSを黄色ブドウ球菌は持っている.さて,ファージ(黄色ブドウ球菌のDNAに埋め込まれたファージのDNA)も類似の酵素であるtarPをDNAにエンコードしており,ファージに感染した(ただし,プロファージ状態で発病していない)黄色ブドウ球菌においては,もともと自分が持っていたtarSだけではなく,感染により埋め込まれているファージのDNAも翻訳されtarPも合わせて生産される事となる.
このtarP,もともとあったtarSとよく似た働きをするのだが,リビトールリン酸のどの水酸基をN-アセチルグルコサミンで修飾するか,という部分が異なっており,その結果出来上がるタイコ酸はもともとの黄色ブドウ球菌が作る予定であったタイコ酸と微妙に異なってくる(修飾位置が一つずれる).
ヒトなどの免疫系においてはこのタイコ酸を標的とした抗体が多いのだが,ファージ由来のtarPで修飾されたタイコ酸は修飾位置が違う=分子の形が微妙に違うため,抗体が反応しなくなってしまう(別なものだと認識されてしまう).
この結果,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はヒトの免疫系による検出をすり抜け,より活発に活動できるようになってしまうわけだ.
例えばマウスを使った実験では,tarSをノックアウトして(内包するファージ由来の)tarPのみでタイコ酸が作られた場合,免疫系の反応が1/7.5~1/40にまで激減する事が示された.またヒト血清を用いた実験でも,ファージ由来のtarPを全く持たないピュアな黄色ブドウ球菌に対する免疫系の応答に比べると,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はその2/3程度の免疫応答しか引き出さない.
要するに,黄色ブドウ球菌はファージに感染する事でヒト免疫を逃れやすくなる,というわけだ.現在MRSAの系統として培養されている黄色ブドウ球菌のいくつかからこのファージ感染が見つかっており,もしかするとヒトの免疫系に負けずに猛威を振るう理由の一端はこのファージ感染にあるのかも知れない.

ファージ自体はもちろんいずれは何らかの切っ掛けで黄色ブドウ球菌内で過剰に発現し宿主を死に至らせる,いわば黄色ブドウ球菌の「敵」なわけだが,時として手を結び協調して働く事でヒトの免疫系をすり抜け,繁栄を謳歌している事が示唆されたわけで,まさに敵(黄色ブドウ球菌)の敵(ファージ)はヒトの味方ならず,といったところか.
なお今回の論文ではtarSとtarPの構造がどのように異なっているのかなども調べられており,今後の研究しだいでは,tarPも標的とした新規の薬剤の開発などにも繋がる可能性が示唆されている.

13775346 journal
日記

phasonの日記: ナノメカニカル共振器を用いた超大質量向け質量分析計 1

日記 by phason

"Neutral mass spectrometry of virus capsids above 100 megadaltons with nanomechanical resonators"
S. Dominguez-Medina et al., Science, 362, 918-922 (2018).

今目の前にある試料にはどんな物質が,どれぐらいの比率で含まれているのかを素早く明らかにする事のできる質量分析計は,現代の化学分析において欠く事の出来ない分析機器である.
多くの質量分析計は対象を何らかの手法でイオン化し電場で加速,何らかの手法で質量ごとに分別し,それを何かの方法で検出する,という三段構えの構造となっている.
イオン化部分としては例えばレーザーで強引に電子を引き剥がしたり(レーザーイオン化),イオンを含む液滴に高い電圧をかけ微細な液滴に分断,イオンが大きな分子に付加するなどしてイオン化するエレクトロスプレーイオン化などさまざまな手法がある.
質量ごとに分別する手段としては四重極型の電極に交流電場をかけ,ぐるっとイオンが旋回する周期がちょうど電場の周期と一致する場合のみ安定的にらせん運動して輸送されるという四重極子型,一定の電圧で加速すると重い分子ほど遅くなり,検出器に届く時間が遅れる事を利用したTime-Of-Flight(TOF)型,電場や磁場の存在下での回転半径が速度差により異なる事を利用し,ちょうど検出器に入射する粒子の質量をスキャンする二重収束型など,これまたいくつも存在する.
最後の検出部分は,イオンの衝突を増倍管などで増幅し電流として読み出すものが多い.
これらイオン化法-分析法-検出法の組み合わせにより,実に多種多様な質量分析計が構築され,各手法ごとの特性を活かして精密分析だったり,より大質量の検出だったりを行っている.そんな質量分析計は,より大きな質量を検出できるようにしようと進歩を続けている.
今回報告されたのは,生物系の試料での使用を目指し,分子量が1億(100 MDa)を超えるような超巨大粒子の質量を測定できる質量分析計である.

著者らが用いたのは,MEMS的な構造の一種であるナノメカニカル共振器である.単純に言ってしまえば,極小の振動板のそばに電極を置き,共鳴周波数で振動電場をかける事で安定した振動を起こせる振動子だ.この振動の周期は当然ながら振動板のサイズや重さに依存する.このナノメカニカル共振器の上に重い粒子が乗れば,その影響で振動は遅くなるので,共鳴する交流の振動数も当然ながら小さくなる.この共鳴周波数をモニタする事で,振動子に乗っかったものの重さを求めてやろう,というのが今回の検出器の原理となる.
もっとも,ナノメカニカル共振器を使って質量分析をやろうというのは今回の著者らの専売特許というわけではなく,以前にもいくつかの報告が行われているものだ.ただ今回著者らが作った質量分析計は,対象をより効率的にナノメカニカル共振器に導くような構造となっており,より少量のサンプルで,再現性良く質量を測定できるところが異なっている.

著者らのシステムは,第一弾の噴霧部(サンプル溶液から微小な液滴を飛ばし,分析部まで運ぶ)として,超音波噴霧器(的なもの)やエレクトロスプレーイオン化を用いている.これらは比較的マイルドに巨大分子を飛ばす事が可能であり,生体分子などの分解も少ない.
試料溶液から飛び出た液滴は,レンズの役目を果たす多段の部屋へと導入される.なんと説明したら良いか難しいところだが,いくつかの節のある竹の筒のど真ん中に,貫通する穴を開けたような構造をしている.左端が噴霧された液滴(と気体)の入り口で,右側が真空になっている質量分析部だ.左の小さな穴から入った気体と液滴は,小部屋の中に拡散しながら広がるが,右側(真空側)に抜ける穴も小さいため,最終的にはまた収束しながら右の穴から抜けるような気流が発生する(こんな形→<>→).このとき,進行方向に対し横向きの運動(つまり,粒子の流れから外れて飛び去っていく方向の運動)は気流に巻き込まれる事で抑制されていき,多段の部屋を抜けるごとに次第に一直線のジェットへと変換される.これによって,噴霧部から飛んできた粒子を非常に高効率で検出器に送り出す事が可能となった.
検出部ではナノメカニカル共振器が5×4の20個並んでおり,独立に共鳴振動数が測定されている.何かが降ってくればそれによる振動数の変化を捉え,重さを算出する.粒子の付着による振動数の変化は,粒子が付いた位置とその重さの両方に依存するが,複数の振動モード(今回の場合は2つ)での振動数の変化を全て捉える事で,軸からの距離の違いによる影響と重さによる影響を分離,粒子の重さの情報を精度良く引き出す事ができる.

そんなわけで測定である.
著者らはまず,作成した質量分析計がきちんと動くのか確認するため,粒径のわかっているポリスチレン球を溶液に分散,これを噴霧することで飛ばし,質量分析を行った.飛ばしたポリスチレン球は直径およそ45±3 nm,重さは幅があるが分布の中心が28-36 MDaあたりになると予想されるサンプルだ.なお,溶液中での濃度はおよそ1.7×107粒子/μl(28.2 pM)程度だそうだ.
作成した質量分析計で,2 μl/minの速度で128分間噴霧を続けたところ,検出部でおよそ毎分0.3-1.8ナノ粒子程度,計173イベントを検出した.測定された質量分布の中心は29.5 MDaと粒径から予想される値と良い一致を示し,本質量分析計がきちんと質量を分析できる事を確認できた.見積もり誤差はおよそ1-2%程度と推測されており,今回の測定対象からすると0.3-0.6 MDa程度に相当すると見られる.
この装置の最大の特徴は,前述の流体力学を利用した気体を収束するレンズ構造による効率の高さにある.今回の測定中に噴霧された溶液中に存在していたナノ粒子の数が4.4×109個に対し,検出されたナノ粒子が173と,測定効率はおよそ4×10-8程度になる.数字だけ見ると非常に低そうに思えるが,これまでの類似の装置(ただし,ガスの収束ではなく,通常の質量分析計のようにイオンを電場で収束するタイプ)に比べると6桁程度改善されており,実用的な測定時間(今回の例だと128分)で測定が行える原因となっている.
※著者らも述べているが,単に捕捉効率だけで行けばもっと高い報告例もあるが,それらでは超大面積の検出器群で強引に測定するものであり,コストが非常に高い.

実証試験に成功したので,いよいよ実際の応用が望める生命科学分野のサンプルを用いてのテストに入ろう.
著者らがサンプルに選んだのが,非常にメカニカルな外観からファンも多いバクテリオファージで,こいつの正二十面体型の頭部(カプシド部分)を測定対象に選んでいる.
測定したのは内部を空っぽにしたカプシドと,中に2本鎖DNAが格納された完成形のカプシドの二種類である(多分,脚の部分はなく,カプシド部分のみ).
これらのカプシドの直径は90 nm程度.バクテリオファージのカプシドは決まったタンパク質が決まった個数組み合わさってできているので,これだけ大きな構造体にもかかわらず分子量は厳密に決まっており,空のカプシドで26,018,181(約26 MDa),中にDNAを含んだ状態で105,386,202(約105 MDa)となる.
測定においては,最初は音波での霧化を試みたようだがカプシドが凝集して塊になってしまったため,エレクトロスプレー方式に変更して測定を行っている.

測定結果を見てみよう.空のカプシドは,363イベント測定し,分布の中央は27.2 MDa,最頻値(多分0.5 MDa刻みで分類)は26.0 MDaであり,実際の値である26 MDaと良い一致を示した.また,もう一つの分布の山が33.4 MDa付近(本来の値+7.4 MDa付近)に見られたが,これはカプシドの原料タンパクを精製する過程で残ってしまったDNA断片が内包されたからではないか,と述べている.
中身の詰まったカプシドの方の測定値は,分布の中央が108.4,最頻値が107.5 MDaと,こちらも実際の値である105 MDaとそこそこ良い一致を示したものの,空のカプシドに比べるとやや重いほうにズレている事がわかる.ただ,中身にDNAを含んだカプシドは,調整溶液中の塩類を内部に取り込んだままになりやすい事が知られており,この影響ではないかと著者らは述べている.

まあ何にしろ,100 MDa(分子量1億)以上ぐらいの値を測定できる質量分析計がそれなりに仕事を果たせそうなのは確かである.
ただこれ,何に使ったら良いんですかね.凄いとは思うんですが,生化学分野とかはやった事がないんで,いまいちイメージが掴めないというか…….
近所の研究室がタンパク質とDNAとの複合体のようなものを作って調べているんですが,そういうものの測定には使えるのかも.現在はゲル使った電気泳動で分けて,同時に流すマーカーとの比較から重さを推測してますが,重さを直接測っているわけじゃないので.そういうのが確実に分析できるようになると面白い……のかも?

13767448 journal
日記

phasonの日記: センチメートルサイズの単層二次元薄膜の安定した作成法 1

日記 by phason

"Controlled crack propagation for atomic precision handling of wafer-scale two-dimensional materials"
J. Shim et al., Science, 362, 665-670 (2018).

もともと二次元性の強い物質,つまり面内方向の結合が強い一方で面間方向の結合(相互作用)が弱い物質は,スコッチテープなどの粘着素材を両面に貼り付け剥がすだけで容易に剥離し,非常に薄い薄膜とする事が可能である.この"魔法の道具"スコッチテープを用いた単層グラフェンの簡便な作成法が報告されて以来,原子・分子レベルの厚みの単層ナノシートの作成や物性研究は大きく発展した.
しかしながら,この剥離法は単層の物質を選択的に作る事が難しく,単層~数層のさまざまな厚みのサンプルがランダムに出来てしまうという欠点が存在する.そのため研究においては,無数のサンプルを同時に作成し厚みを測定,偶然単層だったものを選択して測定するなどの手間がかかっている.また,剥離の際に薄膜が折れ曲がったり波打ったりして特性が変わってしまう,という事もしばしば起こる.さらに,単層薄膜が作製できても,きっちりと単層になっている部分はマイクロメートルサイズで,それ以外の領域では複数枚が重なってしまい厚くなっている,という事も多い.
今回報告されたのは,このような欠点を回避し,ほぼ確実に,センチメートルサイズ以上の非常に大きな単層薄膜を作製できるという手法である.

今回の実験で用いられているのは,WS2,WSe2,MoS2,MoSe2といった遷移金属カルコゲナイドと,グラファイト類似の構造をもつ六方晶窒化ホウ素(h-BN)である.これらは成膜性が良くウェハーサイズ(数~数十 cm)の綺麗な単結晶試料を作成する事が可能で,しかも相間相互作用が弱いため容易に剥離できることから単層薄膜の例として良く研究されている物質だ.
今回の手法では,サファイア基板やSiO2/Si基板の上にこれらの層状化合物を数~数十 nm程度の厚みにCVD法によりエピタキシャル成長させる.最上段のみは無数の結晶核から薄膜が成長している途中のため無数の単層薄膜断片がのった形となるが,それ以下の層では非常に均一で基板全体に広がった単結晶が生成する事が知られている.
作成した積層膜の上から,さらにNiを蒸着する.その後,Ni膜の上から熱剥離テープ(粘着性だが,加熱すると粘着性を失い剥がれる)を貼り付け,力を良く加減しながらゆっくりと引き剥がす.相互作用の強さとしては,

粘着テープとNi,Niと層状物質 > 層状物質の層間 > 層状物質とサファイア(またはSiO22)基板

となっているので,この段階では非常に綺麗に成膜用基板から厚く成膜した層状物質が剥がれる事となる.
その後,下面(もともと成膜用基板が付いていた面)にもNiを蒸着する.そして下面のNi側にも熱剥離テープを貼り付け,うまく加減した力で上側のテープをゆっくりと引き上げ,剥がす.これだけで最下面の「単層のみ」を綺麗に剥離する事が可能となる.

ここでのポイントは,

1. Niと層状物質との相互作用が,層状物質の層間での相互作用よりも非常に強いこと
 つまり,力を加減する事でNi-層状物質間が結びついたまま,層状物質内で剥離を引き起こせること

および

2. 作成した膜のエッジ部分は欠陥が多く,容易にクラックが入る事

の2点である.
1に関しては説明はいらないと思うが,今回の研究で重要となるのは2の方だ.ゆっくりと端からテープを引き剥がしていくと,作成した薄膜のエッジ部分が割れ,クラックが生成する.このクラックは,「上側のテープを曲げて引っ張る」という過程での力のかかり方が原因となり,下方へと成長する(以下のようなプロセス).

↑テープごと引き上げ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)


■□
 ■□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
※×印はクラックを表す

□□
■■□
 ■■□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■×■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

□□□□
■■■■□
 ■■■■□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■× ■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■×  ■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)

■×
■■×
■■×
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(転写された単層薄膜)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

このように,引き上げ方に気をつけるだけで,非常に綺麗に単層薄膜が転写される.
(エッジの部分でクラックの成長に要した分だけごくわずかに複数層の部分もできるが,薄膜のサイズ=数 cmのサイズから見れば無視できる程度の領域となる)
また,もともとの多層膜がなくなるまでこの作業は繰り返せるため,一度作った多層膜から,安定して数枚程度の単層膜を剥離する事が可能である.

剥離された薄膜は,さらに別の基板に(Niを上にして)載せたあと,110 ℃に加熱して熱剥離テープを剥がし,さらに塩化鉄(III)を用いたエッチングで表面のNiを溶かす事で「基盤上にのった単層薄膜」にすることができる.さらに,この手法を繰り返す事で
・任意の枚数が重なった多層膜
・複数の異なる二次元物質を積層した多層膜
とすることも可能だ.
著者らはこの手法を用い,直径5 cmの円形でほとんど欠陥のない単結晶単層膜を作成して見せている.

本手法で作られる単層膜は非常に質が良い事が特徴で,例えば多層膜を作った段階でのキャリア易動度が106.8 cm2/V・sだったのに対し,単層膜へと剥離したあとの易動度が89.5 cm2/V・sとほぼ同等の値が保たれており,単層剥離による劣化がほとんど無いこと確認されている.また,単層の折れ曲りや浪打などもなく,形状的にも非常に綺麗な単層膜となっている.

続いて著者らはデモンストレーションとして,Siウェハー上の1 cm四方の領域に10×10の計100個のFETを作成し,その特性を計測している.構造としては,Siウェハーの表面を酸化しSiO2の絶縁層を作成,その上に絶縁性のh-BNを2層載せ,その上にMoS2を1層載せる.エッチングでMoS2を適当な形状に削り,ソース,ドレインを作ったあとに絶縁層としてアルミナを蒸着,最後にゲート電極を載せる事でFETとしている.
作成したFETのon/off比は108となかなかの特性である.また,基板との間にh-BNを挟む事で素子のばらつきが非常に少なくなり,妙なヒステリシス(高いゲート電圧をかけon状態にすると,多少ゲート電圧を減らしてもon状態が維持されてしまう)も起こらない事が確認された.
100個作成した素子間のばらつきとしては9.6%程度であったが,これは同様の構造をwetプロセス(溶液を用いたプロセス)で作成した場合のばらつき26%に比べ明らかに低く,本手法によりさらに安定した素子が構築できる事を示唆している.

13737839 journal
日記

phasonの日記: 【消化不良】量子論の巨視的な系への単純な拡張は不合理な結果を引き起こす 6

日記 by phason

"Quantum theory cannot consistently describe the use of itself"
D. Frauchiger and R. Renner, Nature Commun., 9, 3711_1-10 (2018).

※本論文は読んで一応の議論の流れも把握はできたのだが,完全に理解しているとは言いがたいもやもやした部分もあり,やや消化不良気味.

量子論における大きな問題の一つと言えば観測問題が挙げられるだろう.微視的な物体は量子論によってよく記述されるが,その挙動は確率論的であり,観測されていないときには確固とした実体を持たないように思える.一方で,我々の目にする巨視的な世界は決定論的に動いており,両者の間には現時点ではうまく埋めきれないギャップが存在している.
微視的な量子論の世界では,「観測」により状態を確定する事ができる.これは「複数の状態の『和』で書き表されていた状態が,そのうちの一つの状態に収束する(波束の収縮)」と言うものなのだが,観測とはそもそも何なのか,そしてなぜ混合状態から一つの状態へと収縮するのか,という点に関しては量子論は何も答えてくれていない.
さてここで,我々が常日頃目撃している巨視的な系を考えてみよう.量子論がどこまでも正しいのなら,巨視的な系も波動関数の(膨大な数の)積で書き表せるはずであり,という事は測定を行う装置や我々自身も波動関数で表されることになる.であるならば,我々も複数の状態の重ね合わせなのだろうか?

この「量子力学の根本に横たわる謎」をよりわかりやすい形で提示するのが思考実験である.例えば有名どころで言えば「生きた状態と死んだ状態が重なり合い同時に存在する」『シュレディンガーの猫』であるとか,シュレディンガーの猫の生死を確定させる観測者自身をさらに一回り大きな箱に入れる事で「観測者自身が複数の状態をとっている」とみなせる『ウィグナーの友人』などが提案されてきた.
これらの思考実験では,我々が確固たる実在だと思っている猫や人間自体が,状態の重ね合わせとして表されなければならない不合理な状況を作り出す事で,量子力学が抱える不可思議な点を浮き彫りにしている.

※なお,これらの思考実験で「猫」だの「人」だのが出てくるが,これは量子論の困惑するような結果を強調するために用いられているだけで,実際の実験においては単なる分子であったり観測装置であったりが「猫」や「人」の代わりに用いられる.そのため「いや,人とか猫だと○○という問題があるので云々」というのは思考実験に対する反論にはならない.

ただまあ言ってしまえば,これら古典的な思考実験は,「そう,その通りなんです.実は我々も(知覚はできないけど)複数の状態が重なって存在しているんですよ」と常識をぶん投げて認めてしまえばパラドクスにはならない,というものであった.
しかし今回報告されたこの論文は,よりクリティカルに観測問題を我々に突きつけてくる(ように思える).

論文が提案している思考実験は,『ウィグナーの友人』を二重化したようなものとなっている.
セットアップとして,二つの外界から十分隔離された実験室L1とL2を用意し,その中に観測者(いわゆるところの「ウィグナーの友人」の役割)であるF1とF22をそれぞれ入れておく.さらに外界には「実験室自体を観測する観測者」(いわゆるところの「ウィグナー」の役割)としてW1とW2を配置する.
最初にL1内のF1が,2状態をとれる観測対象(スピンの上下,量子論的なコインの裏表など.要するに「猫」の役目)を観測し,その結果に応じてスピンの向きを変えたものをL2に送る.例えばコインが表なら|↓>のスピンの電子を,コインが裏なら|→>=√2(|↓>+|↑>)を送る.コインが裏だった場合は,スピンの向きが上向きと下向きが混合した状態の電子を送るわけだ.電子を送られたF2は,この電子のスピンが|↑>なのか|↓>なのかを測定する.F1が送った電子が|↓>ならそのまま|↓>が確定するし,送られた電子が√2(|↓>+|↑>)だったのならそれぞれ1/2の確率で|↑>または|↓>が確定する.

でもってこれらF1とF2の居る実験室自体(L1とL2)を,外部に居るW1とW2が観測する.ただしこの観測,非常に変な観測となる.W1はL1に対し,√2(|コインが表>-|コインが裏>)という基底での観測を行う.つまり,L1というラボ内の観測者が「コインの表を観測 or コインの裏を観測した」という観測ではなく,「(コインの表を観測した状態 - コインの裏を観測した状態) or (コインの表を観測した状態 + コインの裏を観測した状態)」のどちらなんだ?という変な観測を行う.
これは日常的な感覚では非常にけったいな観測に思えるが,原子・電子のレベルでは実験として良く行われている観測である.例えば|↑>または|↓>のどちらかになっている電子のスピンに対し,√2(|↓>+|↑>) or √2(|↓>-|↑>)のどちらなのか?という観測を行って,状態をこれら二つのどちらかに強引にねじ曲げて落とし込む,という事も可能である.
でまあもう一つのラボの外側に居るW2も同様の観測をL2に対して行い,√2(|↓>-|↑>) or √2(|↓>+|↑>)という観測を行う.

でまあここからが消化不良な部分なのだが,登場する4人の観測者F1,F2,W1,W2それぞれはそれぞれの結果を自身の持つ量子力学の知識を使って正当に解釈できたとすると,実は同じ実験から2つの矛盾する結論を導けてしまうよ,というのが本論文の結論……らしい(まだ完全に追い切れていないので,興味があって量子論の素養のある方は自分で読んでみていただきたい.オープンアクセスの論文なので,誰でもアクセス可能である).

この思考実験のキーポイントをまとめたものが論文中に載っているのだが,ここでは3つの大きな仮定が用いられている.

(1) 量子論は巨視的な系においても成立している.
(2) 起こったことに対する,異なる人々の観測結果からの複数の論理的な推測は矛盾しない.
(3) ある任意の基底に対し,A or not A 型の測定が行える.

そして思考実験の結論として,「これら三つの仮定を同時に満たす事は不可能である」という事が得られたというわけだ.
そのため,我々は次のうち少なくとも一つは受け入れなくてはならない.

(a) 量子論はそのまま巨視的な系に対しては成り立たない(謎の「観測」などの効果により,巨視的な世界は量子論的な効果が消えてしまう)
(b) 実はさまざまな現象は,観測する人によって異なる結果を与える事がある(誰から見ても世界は同じとは限らない)
(c) ある基底に対し,二択を与える測定が存在し得ない場合がある(「A」でもなく「Aじゃない」でもない場合が存在する)

(a)を認めるのなら,巨視的な系では何が働いているのか?が問題になるだろう.自由度が増える事で自発的に混合状態が崩壊して波束の収縮(に近いものが起こる)という研究はあるが,現時点ではどうやっても有限の混合が残ってきて,完全な波束の収縮には至っていない.ただ,巨視的な系と量子的な系で驚くほど振る舞いが異なるのは事実なので,量子論を進化させたより完全な理論では,巨視的な系では量子的な効果が破壊される何らかの機構が存在する,という可能性は否定できない.

(b)を認めるのはなかなかチャレンジングな気もするが,果たしてどうなのだろうか.同一の現象に対し理論的に予測されることが互いに矛盾する,という事はあり得るのだろうか?それが許される理論体系において,現実とは何なのだろうか?

(c)もまたありそうではある.シュレディンガーの猫の時代から「そもそも『猫が生きている状態』と『猫が死んでいる状態』は固有状態ではなく,両者の重ね合わせを考える事自体がおかしいのではないか」という話はある.ただあくまで思考実験でインパクトを上げるための『猫』なので,本当にそういう考え方で今回の理屈が生み出す矛盾を否定しきれるのかはちょっとすぐにはわからない.

まだ消化不良で理解し切れていない部分も多いが,量子論の根本に切り込むようなこういった仕事は面白いSFを読むかのような楽しさがあってなかなかわくわくするものである.

13731462 journal
日記

phasonの日記: 鋳型を用いたサブナノメートル合金ナノ粒子の精密合成

日記 by phason

"Atom-hybridization for synthesis of polymetallic clusters"
T. Tsukamoto, T. Kambe, A. Nakao, T. Imaoka and K. Yamamoto, Nature Coomun., 9, 3873_1-7 (2018).

金属ナノ粒子は触媒としての活性が高いことから,さまざまな工業的な用途で利用されている.なかでも,複数種類の金属元素を組み合わせることで合金化したナノ粒子は,触媒粒子の電子状態や各種分子との親和性をコントロールできるために特に重要な研究対象である.またナノサイズの領域では通常では合金化できないような原子の組み合わせ(つまり,単に混ぜると自発的に分離して二種類の金属の混合物になる)も容易に合金化する事が知られており,これまでにない触媒が実現できる可能性もある.
そんなナノ合金であるが,サイズや組成を厳密に制御した精密・大量合成法が無く,実用化の際の問題の一つとなっている.
今回紹介する論文は,デンドリマーと呼ばれる樹状高分子を用いてサイズや組成が精密に制御された合金ナノ粒子(というか,金属原子クラスターというか)を合成した,というものになる.

デンドリマー(dendrimer)は,その名が樹木(dendron)から来ている事からも明らかなように,樹木のように枝分かれしながら伸びた高分子である.例えば中心に炭素原子を置くと,そこから4本の結合が伸びる.これら四本の「枝」の先に,Y字型に分岐する分子を次々に繋いでいけば,先端が4本 → 8本 → 16本 → 32本……と,枝分かれしながら樹状に広がった高分子が得られる.枝分かれを何段伸ばすのかをきっちり制御できるため,構造もサイズも揃った高分子が得られる事,また先に行くほど枝の本数が増え混み合うことで球殻状になり,中心部がスカスカなカプセルとして反応場などに利用できる事などが知られている.
今回の研究が行われた東工大の山元・今岡研は,このデンドリマーを反応場(鋳型)として使う事で原子数が制御されたサブナノメートルサイズの金属ナノ粒子の作成法を開発している研究室である.使用するデンドリマーとして窒素原子を含むものを用いると,その部分を使って金属イオンに配位する事ができる.デンドリマーの中心部分ほど配位能が高く,外側に行くほど配位能が低くなるので,溶液中に入れる金属イオンの量を調節する事で,例えば中心から3世代目(=中心から見て3回目の枝分かれのところ)までの窒素(1世代目4個,2世代目8個,3世代目16個)に配位させれば金属原子を28個球殻構造内に取り込んだデンドリマーができるし,2世代目のところまでしか配位しないようにすれば12個の金属イオンを取り込んだデンドリマーができる.こういったものを作成しておいて,強力な還元剤を使って金属イオンを還元すれば,サイズどころか含まれる金属原子の数まで統一された金属ナノ粒子が作成できるわけだ.

今回の論文では,さらにこの考えを進めて最大で5種類までの金属原子を集積,組成とサイズが厳密に決まった合金ナノ粒子を作成する事に成功した.
まずは用いた分子を見ていこう.オープンアクセスの論文なので,論文本体Figure 2を見ていただきたい.中心の炭素原子から4方向に腕が伸び,それぞれが途中で窒素原子を挟みながら二つに分岐していくデンドリマーである.ただちょっとだけ工夫がしてあって,中心近くのベンゼン環4つのうち一つだけが窒素を含むピリジン環に変更されている.このピリジン環が一番金属イオンを配位させやすい事に加え,ここから伸びた枝は同等の世代の他の枝に比べわずかながら金属イオンに配位しやすい,という差が生じてくる.
単に同じ枝を四方向に伸ばしただけだと世代の同じ窒素原子は全て同等の配位能をもつが,今回の場合はこの改変により配位能がピリジン環(1箇所)>ピリジン環の先の第1世代の窒素(1箇所)>その他の第1世代の窒素(3箇所)>ピリジン環の先の第2世代の窒素(2個)>その他の第2世代の窒素(6箇所)>ピリジン環の先の第3世代の窒素(4個)>その他の第3世代の窒素(12箇所)……と,金属イオンへのくっつきやすさの異なる多数のサイトが存在する事になるわけだ.
要するに,この分子を含む溶液中に金属イオンを入れると,

1番目にくっつきやすいサイト(1箇所)
2番目にくっつきやすいサイト(1箇所)
3番目にくっつきやすいサイト(3箇所)
4版目にくっつきやすいサイト(2箇所)
5番目にくっつきやすいサイト(6箇所)
(以下続く)

という順序で金属イオンがくっついていく.従って,デンドリマーの分子数(1当量)に対し,

1当量の金属イオンAを加える
1当量の金属イオンBを加える
3当量の金属イオンCを加える
2当量の金属イオンDを加える
6当量の金属イオンEを加える

とやって,その後強力な還元剤で還元するとA1B1C3D2E6という組成を持った金属ナノ粒子が選択的に得られる.もちろん,同じ金属イオンを続けて入れても良く,例えば

2当量の金属イオンAを加える(1番目と2番目のサイトが埋まる)
5当量の金属イオンBを加える(3番目と4番目のサイトが埋まる)
6当量の金属イオンCを加える(5番目のサイトが埋まる)

とやれば,A2B5C6という金属ナノ粒子が得られる.

本当にこんなふうに順番に配位サイトが埋まっていくのか?という事を著者らはまず可視紫外吸収で確かめ,0~1当量(1番目のサイトが埋まる)まで,1~2当量(2番目のサイトまで埋まる)まで,2~5当量(3番目のサイトが埋まる)まで,5~7当量まで(4番目のサイトが埋まる),7~13当量まで(5番目のサイトが埋まる)で,それぞれ違う金属イオンが綺麗に配位する事を確認している(ただし,配位結合が強い金属をあとから入れると,既存のイオンを押しのけて自分が内側に入り込んで入れ替わる事もある).

この方法で,著者らは多種多様な組成の金属イオンをきちんと制御された数取り込んだデンドリマーを多数作成した(Figure 3).続いてこれらのデンドリマーを強力な還元剤である水素化ホウ素ナトリウムで還元する.得られた金属ナノ粒子を電顕で確認すると,そのほとんどが1 nm弱の直径をもつサブナノ粒子であった.このサイズは,5番目のサイトまでの金属原子(13個)が還元されそのままナノ粒子化した場合に予測される直径と一致している.得られたナノ粒子のサイズは非常に均一で,このことからも余計な融合や組成の変化は生じず,デンドリマーに取り込まれた金属イオンが,そのままの個数・組成で還元されナノ粒子化したと考えて矛盾しない.
電顕を使ったEDSによる元素分析では,ある程度の範囲に含まれるナノ粒子の平均組成が狙った個数比と一致する事も示された.
※EDSはあまり細かい範囲での分析ができないので,今回のようなサブナノメートルサイズの場合はある程度の個数をまとめて測る事しかできない.

XPSによる電子状態の分析では,金属元素の内殻電子のエネルギーが,それぞれの金属元素の単体のナノ粒子などと比べて多少シフトしている事が確認された.これはナノ粒子中で各元素の軌道が混ざり合っている,つまり異なる金属元素同士が分離するのではなく,同一粒子内で合金化している事を示唆している.
また作成されたナノ粒子は同等サイズの単一元素からなるナノ粒子とは異なる光吸収を示し,こちらの結果も合金かを支持している.この吸収は,DFT計算による電子状態計算とも整合している.

という事で,原子数レベルで組成をきちっと決めたナノ合金の作成法であった.
非常にクレバーな手法で,結果も綺麗に出ている美しい仕事である.

13715480 journal
日記

phasonの日記: ナノスケールの物体は,放射による熱伝導において黒体限界を大きく超える効率を実現できる 1

日記 by phason

"Hundred-fold enhancement in far-field radiative heat transfer over the blackbody limit"
D. Thompson et al., Nature, 561, 216-221 (2018).

放射による熱の放出や吸収は,工業的にも理学的にも重要な過程である.例えばさまざまな電子機器のパッシブな冷却であるとか,宇宙における星間ガスの加熱・冷却などの過程は放射に大きく依存している.
この放射の理論としては,100年以上前に導かれたプランクの式が有名であろう.そこでは簡単な仮定から,ある温度の黒体,つまりあらゆる波長の光を吸収・放出できる理想的な物体からの放射の程度が導かれている.通常の物体は黒体のように全ての波長の光を放出できるわけではないため,放射の量は黒体を下回る.つまり,通常の熱放射においては黒体の放射率が最も高い限界を定めていると言える.この限界を超えて,より高効率に熱を逃がすことは出来ないのだろうか?

実は,黒体放射の定式化にあたっては,計算を簡単にするためいくつかの仮定が用いられている.その一つは「遠隔場のみを取り扱う」というものだ.光源から出る光には,遠くまで伝播していく遠隔場(いわゆる通常の光)とは別に,物体表面(波長程度のサイズ)にまとわりつくような近接場光というものが同時に存在する.非常に近接した距離に熱源(放射源)と受光体を置くと,この近接場光も介することで通常の放射以上に熱を伝達でき,黒体放射を大きく超える熱伝導を成し遂げられることが近年実証されている.
もう一つの別の仮定は,放射源が波長に比べ十分大きいマクロな物体である,というものだ.つまり,ナノサイズの物体の場合はプランクの黒体放射の式は成り立たず,より大きな放射が実現する可能性は排除できない.しかしながらこれまでの研究では,球状のナノ粒子や円柱状のナノワイヤーでは,黒体を超えるような放射は実現出来ないことが報告されている.
今回著者らが報告したのは,厚みが波長より十分小さいナノシートを用いると,黒体放射の式より2桁も大きな熱伝達が可能であった,という実験結果およびその計算による検証である.

著者らは測定のためにまずサンプルを作成した.サンプルは横80 μm,縦 60 μm,厚さ270 nm(最も薄いサンプルの場合.著者らは厚さ270 nm~11 μmの各種サンプルを作成し比較している)の薄膜状の窒化ケイ素(SiN)で,非常に細い4本の梁(幅2 μm,長さ400 μm)によって宙に浮いたような構造となっている.この薄膜が2枚並んでおり,その間は20 μmである.大まかにいって下図のような構造だ.

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※実際の図(を着色したもの)は,Extended Data Figure 5を参照していただきたい.

なお,この宙に浮いたような薄膜の作り方は,厚いSiの板の表面にSiNをCVDで蒸着し,パターンを作ってSiNをエッチング,その後下からサンプルの部分のみSiをアルカリで溶かすことで作成されている.
さらにこの梁の部分にはPtが蒸着され,さらに薄膜部分にもPtのジグザグパターンがみっちりと描かれている.片方の薄膜上のPtパターンに外部電源から通電することでヒーターとし,二つの薄膜上のPtパターンをそのまま白金抵抗温度計として使うことで温度を測定する.これにより,加えた熱量とその時の温度,となりの薄膜が放射を受けてどの程度温度が上昇したか,をそれぞれ測定する事が可能となる.なお,測定は対流などの影響を避けるために真空条件下(10-6 Torr程度)で行っている.

さてその実験結果である.「プランクの式で計算される黒体での放射の何倍がとなりの薄膜に伝わったか」という値で見てやると,薄膜の厚さが薄ければ薄いほど黒体を遥かに超える輻射熱伝導が実現しており,270 nm厚の場合では黒体の100倍以上(目分量で200倍ちょっとぐらいだろうか?)の熱が隣接する薄膜に伝わっていた.この異常な効率の良さは厚みが増えるに従って単調に減少し,厚みが11 μmのサンプルでは黒体とほぼ同程度の放射伝導のみが確認された.要するに,薄膜が薄くなればなるほど何らかの効果により赤外線の放射(と,もう一方の板による吸収)が増え,(横方向には)とんでもない効率で熱を放出(および吸収)出来る,という事になる.

この異常な熱伝導の高さが,残存気体による対流による熱伝導によるものだとか,薄膜間の横方向での直接の放射ではなく,広い面積の上下面からの放射がどこかで反射してもう一方の薄膜に当たっている可能性を否定する実験も行っている.
残存気体の量を1000倍程度(10-3 Torr)に増やしても,熱伝導はほとんど影響を受けなかった.残存気体による対流であれば気圧の増加で熱伝導は大きな影響を受けるはずであるが,そのような結果が出なかったということは,対流の影響は否定できる.また,二枚の薄膜間にだけアルミホイルを設置して直接の放射の影響をカットすると,熱の移動はほとんど観測されなくなった.このことから,薄膜の上下面からの放射がどこかで反射してきている可能性も除外できる.つまり,何らかの効果により薄膜間の横方向での放射による熱伝導が100倍以上ブーストされているわけだ.

この原因を調べるために,著者らは電場の揺らぎ等による分極などを計算している.SiNを既知の誘電率をもつ誘電体とし,サンプル形状を細かなメッシュに分割,そこでどのような電場振動が可能かを計算している.すると,厚み方向が非常に薄い=そちら方向での振動モードが非常に制限される事に由来し,特定の波数のみに大きな分散が生じることがわかった.まあ何というか,長さの決まった管で特定の音が共鳴するのと似たようなものだ.
厚みが十分薄いと,可能な振動モードの種類は非常に限られるため,ほぼ単一モードでの共鳴のようなことが起こる.このため,ある特定の振動数をもつ光(とカップル出来る電荷密度の振動)の状態密度が非常に高くなり,その振動数の光の放出・吸収効率が劇的に上昇する.計算によれば,厚みが270 nmのときに共鳴するモードは0.10 eV=12 μm程度の波長の光に対応する.このあたりの波長域はほぼ室温に相当する物質が放つ赤外線のピーク波長に近い.
どういうことかというと,
・薄膜になると,特定の振動数の光を(薄膜の面内方向に)放出・吸収しやすくなる.
・SiNの場合,この特定の振動数の光は,室温付近での赤外線の波長に近い
・このためSiNの薄膜は,熱放射とその吸収の効率が極端に高くなる
という感じだ.
室温付近に限っていえば,薄膜の厚みによる放射伝導の効率を,著者らのシミュレーションによる計算は定量的に再現することに成功している.厚みの変化で値が2桁以上変わるような量に対し,30%以内程度の誤差で一致しているので,これは見事な結果である.
※ただし,低温域では(特に膜厚の薄いものに関し)ズレが大きくなる傾向にある.低温になると赤外線のピーク波長が長波長側にズレるので計算上は270 nm厚の薄膜の効率は大きく低下するはずなのだが,それが見えていないなど今後に課題も残る.

著者らはさらに,放射の角度依存性も計算により調べている.前述の通り,薄膜化することで薄膜と並行な方向への放射(要するに,薄膜の薄いエッジから横方向に飛んでいく放射)は共鳴的に増えるのだが,逆に面に垂直な方向への放射は減ってしまう.このため,ちょうど赤外線と共鳴しやすいような膜厚270 nmの場合,横方向への放射(や,横から来る放射に対する吸収)が約10倍になるのに対し,面に垂直な方向への放射(と,そちらからの光の吸収)は1/10程度に減少している.この効果は,二枚の薄膜を互いに少し傾けてやる(-- → /\)と,薄膜間での放射による熱伝導が減少するという実験からも支持されている.

著者らは「ナノ・マイクロサイズでの放熱や吸熱の積極的な制御に繋がる」とかも書いているのだが,そういった方面で使うのはなかなか難しい気もする.ただまあ,面白い研究ではある.

13707043 journal
日記

phasonの日記: サハラ砂漠における大規模な風力発電や太陽光発電は,降雨量や草木の増加をもたらす(※ただし 6

日記 by phason

"Climate model shows large-scale wind and solar farms in the Sahara increase rain and vegetation"
Y. Li et al., Science, 361, 1019-1022 (2018).

再生可能エネルギーによる発電コストは年々下がっており,(その変動を補う手段は必要ではあるが)経済的にも資源的にも「割に合う」方式となってきている.なかでも風力発電と太陽光発電は多くの地域で導入が進んでいる発電手段ではあるのだが,その実力を十分に発揮するためには安定した気候と広い空間が必要である.
そのような土地として注目されている場所の一つが,サハラ砂漠だ.広大な土地,安定した日照,比較的小規模な生態系(ゼロではないが).このため,サハラ砂漠に広大な太陽光発電施設やら風力発電所を建設しようという運動はかなりの数存在している(そしてコストの見積もりが甘くてうまくいっていないものが多い).
しかし,野放図に太陽光発電や風力発電を導入すると,それ自体が環境に大きな影響を与える可能性もあるのではないだろうか?
今回の研究は,現時点での気候モデルを用いてそのあたりを突き詰めるものである.

……でまあ,のっけからネタバレ的な感じで何だが,この論文で扱われている条件ははっきり言って実現性は(少なくとも今後おそらく1世紀以上は)皆無というレベルのものとなる.
何せ,計算に使われている発電所の規模がとんでもないのだ.
例えば太陽光発電.サハラ砂漠の面積(約9.2×106 km2,これは日本の陸地面積の25倍程度になる)のうち太陽光パネルの設置に適していると考えられる20%の面積にパネルを敷き詰める,として計算されている.つまり日本の陸地面積の5倍弱の超巨大太陽光発電施設であり,なんというか,どうやるんだというレベルの面積になる.実現は自己増殖的な未来技術にでも期待しよう.なお,これだけの面積に変換効率15%(意外に控えめな数字だ)のパネルを設置すると,年間通しての平均(夜間等も含め平均化した量)で79 TWの出力が見込める.これは今の世界の電力消費の34倍以上であるが,まあ,何というか,そりゃそれだけ広い面積に敷き詰めればそうなるだろうよ,というか.
一方の風力発電の場合,安定してエネルギーが取り出せる量が1 W/m2程度,敷き詰められる領域がサハラ砂漠の面積の0.35程度と考え,出力が3.2 TW程度(世界の電力消費の1.5倍ぐらい)が見込めるそうだ.ちなみにこれ,1 MWぐらいの大きい風車だったとしても,320万基ぐらい設置する必要がある.これまた未来技術にでも(略)
※個人的には,こういう非現実的なレベルでの影響の計算は結構好きである.物理なんかの浮き世離れしたイントロ(数十億年後生き残るためには,とか)とかも好物だ.ただまあ,そういったものをこのクラスの論文誌に載せるべきなのか?に関しては議論もあろう.

まあ細かいことは置いておこう.
実はこういった大規模な建設による気候への影響というのはこれまでにもいろいろと計算があるのだが,著者らはそれらは不十分であると指摘する.というのも,それら建造物により気候が変われば植物の生え具合が変わり,それによりアルベド(太陽光の反射具合)や表面の凹凸具合(風などに影響を与える),植物による蒸散の増加(大気中の水分量を増加させる)はずなのに,既存の計算はそれを考慮していないからだ.
そこで今回著者らは,気候が変わる→植生が変わる→気候が変わる,というフィードバックを取り入れた計算を行った.

では,得られた結果を見ていこう.
まず計算結果として特徴的だったのは,気候の変化が比較的「局所的」であったことだ.といっても,サハラ砂漠全域に設置しているので,ここで言う「局所的」というのは「サハラ砂漠の近傍以外にはあまり影響を与えない」というレベルになる(欧州や他の大陸にはさほど影響がない,という程度).ただし,よく見ると全く影響がないわけでもなく,風力発電所を建設した場合にはブラジルのそこそこの地域で1 ℃以下程度の気温の上昇が見られたり,インド中西部あたりで降水量がやや減少する可能性が見えてはいる.
ではその「局所的」な影響はどんなものかと見てみると,風力発電所が建設されるとサハラ砂漠中心部付近での気温が2 ℃ちょっとほど上がることが示された.同時にサハラ中心部付近での降水量が平均して0.25 mm/day程度増加し,降水量が倍程度に増える傾向が見られた.特に顕著なのがサハラ南端のサバンナとの境目の部分(いわゆるサヘル地帯)で,このあたりでは1.1 mm/dayとそこそこ降水量が増えている.この原因としては,風力発電所の存在により大気に対する摩擦が増え気流が弱まり,その結果砂漠に熱がこもる&熱的低気圧がより発達しやすくなることに由来すると考えられる.降水量の増加は植物の増加を生み,それがさらにアルベドの低下と熱吸収を生む正のフィードバックが働き,これだけの変化を生むわけだ.
太陽光発電の場合は,光を吸収することにより似たようなフィードバックが発生する.このためやはり砂漠の温度が上昇し,砂漠と特にサヘルでの降水量が増加する.ただその程度としては風力発電の場合の半分程度の影響にとどまっている.
太陽光発電と風力発電を両方導入すると,効果は可算的になる.砂漠中心部での気温の上昇は2.65 ℃に達し,降水量の増加は砂漠中心部で0.35 mm/day程度,サヘルでは最大で年間500 mm程度にも達し,非常に豊かな生態系が成立する可能性がある.
なお,太陽光発電の場合の影響に関しては,パネルの変換効率に対する依存性が大きい.変換効率が高ければ,熱となるエネルギーが少ないため,パネルの設置による影響は小さくなる.変換効率が30%を超えたあたりで影響がほぼ無視できるようになり,さらに効率が高いと逆に気温を下げる&降水量を減らす方向の影響となる.

というわけで,「サハラ砂漠の有意な割合を覆い尽くすほどの風力発電所(や太陽光発電所)が建設されると,砂漠は暑くなるがサヘルのあたりは雨がバンバン降って豊かな土地になる」という計算であった.
……いや,まあ,何というか,「そうですか……」とか「お,おう……」としか言えない研究だが,それはそれとして面白くはある.

13683769 journal
日記

phasonの日記: 出芽酵母の染色体を融合し本数を減らす 4

日記 by phason

"Karyotype engineering by chromosome fusion leads to reproductive isolation in yeast"
J. Luo, X. Sun, B. P. Cormack and J. D. Boeke, Nature, 560, 392-396 (2018).

および

"Creating a functional single-chromosome yeast"
Y. Shao et al., Nature, 560, 331-335 (2018).

酵母の染色体を編集して繋げ,その本数を減らしていった実験.前者の論文は減らしていったものが野生の酵母と接合(有性生殖)可能かどうかを見ており,染色体の本数を16本(野生型)→12本→8本→4本→2本と減らしていってどうなるかを検討している.後者の論文はさらにもう一段推し進めることに成功しており,たった一本の染色体へと全て融合させてしまった結果を報告している.

地球上の生物はDNAにその基本となる情報が格納されているが,各細胞は1本のDNAしか持たないわけではない.細胞内ではDNAはヒストンタンパクなどと複合体を作り非常にコンパクトな形に折りたたまれている.この複合体は(広義の)染色体と呼ばれているが,例えば人間であれば通常は46本の異なる染色体,つまり46本の配列の異なるDNA(とタンパク質等の複合体)を持っている.

※なお有性生殖を行う生物では,通常はほとんど同じ配列の染色体が一組(2本)存在するため,人間の染色体が46本あるといっても情報量的には23本分に近い.この相同染色体は生殖細胞を作る際に減数分裂により二つに分割されるが,その際に一部を入れ替えることで新たな配列を生み出す.また,DNAの2本鎖が切断されるような大きなダメージを受けた際は,相同染色体の複製を利用して失われた部分(と同等の機能を持つ)を復元する.

さてそんな染色体であるが,種の間で本数が大きく異なることが知られている.同程度の遺伝子をもつ生物種間であっても染色体の本数はまちまちであるし,近い種の間でも本数が異なっていたりする.例えば霊長類は通常48本の染色体をもつが人間は前述の通り46本しか持たない.最も本数の少ない生物としてはある種のアリが1対2本(雄は1本)のみの染色体をもち,逆に多い方では同じ昆虫でも191対382本をもつ蝶がいたり,数百以上の染色体をもつシダ類なども存在したりする.
なぜこのようなバリエーションの差があるのかというと,染色体の融合や多重コピーが比較的起きやすいからにほかならない.染色体の末端部にはテロメアと呼ばれる領域があり染色体同士の融合を防いでいるのだが,何らかの損傷によりこの部位が削られたりすると,別の染色体の末端どうしが融合して長い一本になり染色体の本数が減る,というような事が起こってしまう.また細胞の分裂時などに誤って多重コピーした染色体が生じてしまうと染色体の本数が増える事も起こる.
ではこのような染色体本数の増減は,生物の生きやすさに何か影響を与えるのだろうか?
今回紹介する論文は,そのあたりの興味から染色体の本数を減らしてみた,というものになる.

実験であるが,対象は生命科学系の実験でよく使われる出芽酵母(全配列決定済み)が用いられている.出芽酵母は1倍体時には16本の染色体を持ち,単性生殖が可能である.またa型とα型という性を持ち,これらが接合することで16対32本の染色体をもつ二倍体を形成できる.二倍体は二倍体のまま単性生殖も出来るし,減数分裂によりa型とα型の胞子を作り,これらをばらまいての増殖も可能である.
1つ目の論文ではこの出芽酵母の染色体をどんどんつなぎ合わせていき,その本数を次第に減らしていった.
といっても手当たり次第に減らすのはあまり有効ではない.染色体は細胞分裂の際に複製された染色体同士をひとまとめに結びつけておくための領域であるセントロメアがあるのだが,ここから左右に伸びる長さが違いすぎると良くないとか,酵母のセントロメアは点接触に近くてあまり長い染色体をつなぎ止めるには弱い(=あまり長くなりすぎると問題が起こる)などがあるため,まずは長さの短い染色体を優先的に繋ぎ,同程度の長さになるようルートを考慮しながら作成したらしい.染色体同士をつなぎ合わせる際には近年生命科学分野で大活躍のCRISPR-Cas9による遺伝子編集を利用し,追加する染色体のセントロメア部分を除去&接合される2本の染色体の末端テロメア部分を除去しつつ接合する事によって染色体の本数を減らしている.
染色体の「本数」自体は減るものの,もともとの染色体の持っていた遺伝子部分は単純に接合されているので,原理的には生きていくのに必要な遺伝子はそのまま残っているはずである(元通り発現する保証は無いが).

さて,ではこのようにして作成された「染色体の本数が少ない出芽酵母」は,野生型の酵母と何か鎖があったのだろうか?
まず意外だったのは,その生育に関する「影響の少なさ」である.16本から12,8,4,2本と染色体を融合させていっても,けっこう元気に分裂して育っていくことが確認された.なお,最初の論文の著者らは染色体を全部融合して1本の酵母の作成にもトライしたが,こちらは失敗したそうだ(2本目の論文の著者らはまさにそれに成功している).
分裂数を野生型同様の16本の染色体をもつ酵母と比較しているが,4本にまで減らした酵母でも成長速度は98.7%,たった2本にまで減らした酵母ですら91.3%と,若干成長が遅くなってはいるものの,けっこう元気に増えている.何というか,染色体の本数の差は(やや成長が遅れるものの)それほど大きな影響は与えていなそうだ.
さらに驚きなのが,有性生殖の結果である.
染色体を8本に減らした同士,4本に減らした同士,2本に減らした同士の組み合わせでは,見事に接合&胞子形成を実現している.胞子からきちんと育つかを確認してみても,野生型でおおよそ97.2%に対し,8本同士で98.4%,4本同士で97.7%,2本同士でも95.2%と,遜色ない有性生殖っぷりである.2本のやつとか,これだけダイナミックに染色体を繋げられているのに普通に胞子作って有性生殖できているというのは大したものだ.

顕著な差が出たのが,本数の違う株同士の接合である.野生型(16本)との組み合わせを見ると,16本×16本で97.2%が胞子形成できたのに対し,16本×12本では80%,16本×8本で39.2%,16本×2本では30.8%と,染色体本数の差が大きくなるほどに胞子の形成が困難になっていることが見て取れる.……いやまあそりゃそうだろという感じではあるが,むしろ本数が違っても胞子できるのか,と逆方向に驚きである.
出来た胞子からどの程度まともに育つかを見ると,16本×12本ではわずか7.1%,16本×8本に至ってはまともに育ったものは無かったらしい.いや,でも16本×12本はいけるんですか,そうですか…….

というわけで,最初の論文のまとめとしては,
・染色体を融合して本数減らしても生きてく上では問題無さそう
・同数同士なら生殖も問題なし
・本数が違ってくると,有性生殖だんだん困難に(そりゃそうだろう……)
という感じである.

でもって二本目の論文は,最初の論文の著者らが出来なかった「出芽酵母の染色体を,全部繋げて1本にしてやりました」という論文である.この著者らは全部1本に繋げた株(SY14)とか,2本の長い染色体に繋げた株とかいくつかのパターンを作り,それらの立体構造や遺伝子発現の様子などを比較している.
当然のことながら長い染色体に融合させた事でその立体構造は大きく異なるものへと変化している.何せ染色体を融合させる際にはセントロメア部分がダブらないようにセントロメアをどんどん削っていくわけで,その結果他の染色体との間の相互作用が大きく変化し,全体的な構造は劇的に変化している.
ところが驚くべき事に,この「立体構造が大きく異なる染色体」から読み出され発現している部分は,野生型とほとんど見分けが付かないぐらいそっくりであった.長いDNAからどのように必要箇所が読み出されるのか,というのはまだよくわかっていない点も多いホットな研究対象なのだが,そこではDNA同士,DNA-タンパク質など様々な相互作用が発現に影響を与えていると考えられている.にもかかわらず,これだけ立体構造の異なる「染色体1本版出芽酵母」と野生型とで発現にほぼ変化が無いというのは予想外の発見である.
著者らは,この染色体1本版出芽酵母での有性生殖も試みている.SY14株(こちらはα型)の一部を入れ替えa型としてSY14a株を作り,このα-aペアでの胞子形成を行ったところ,(もう1本の論文を読んでいる我々読者にとっては予想通りに)普通通りに胞子が形成され,普通に増殖が確認された.ただ,その成長速度は野生型に比べると若干遅い,という傾向は確認されている.

と,いうわけで,酵母の染色体繋いでみた論文2報の紹介であった.
何というか,予想以上に普通に生きやがりますね,あいつら.生物の耐性恐るべしといったところか.

13670663 journal
日記

phasonの日記: ブルーダイヤモンド:その起源を探る 8

日記 by phason

"Blue boron-bearing diamonds from Earth's lower mantle"
E. M. Smith et al., Nature, 560, 84-87 (2018).

よく知られたように,ダイヤモンドはさまざまな不純物元素や欠陥を含むことがあり,それによりさまざまな色を示す.そういった色つきのダイヤモンドの一つに,不純物としてホウ素を含んだIIb型のダイヤモンドが存在する.
IIb型のダイヤモンドはホウ素(炭素より電子が一つ少ない)のドープによりp型半導体としての性質を示すとともに,(ホウ素濃度にもよるが)美しい青色を示すことから珍重されている.有名なところでは「呪われた宝石」として有名なホープダイヤモンドもこのIIb型のダイヤモンドである.
さてこのブルーダイヤモンドであるが,その生成過程はよくわかっていない.ダイヤモンドはもともと高温・高圧の地下深く(上部マントル~下部マントルと言われるが,細かいところには諸説ある)で形成されるのだが,マントルにおけるホウ素濃度は低く,例えば大陸地殻の数十分の1以下とかなり少ない.そのようなホウ素が低濃度の状況でIIb型のダイヤモンドが形成されうるのか,それとも海溝から沈み込んだ海洋プレート(これはマントルよりも重く,下部マントルまで沈み込んでから分解する)を原料として生成しているのか,今でもはっきりしていない.その一方で,ブルーダイヤモンドは世界中の多くの鉱山から広く産出するため,その形成過程はある特殊な一過性の条件に依存したものではなく,一般性のあるものだと推測されている.
今回著者らは,このブルーダイヤモンドの起源に決着を付けるため,多くのサンプルを集め研究を行った.

そもそも,ブルーダイヤモンドの研究があまり進んでいないのは,その希少性が大きな原因である.採掘されたダイヤモンドのうちIIb型のダイヤモンドの割合は0.02%以下であり,サンプル数が少ない.またこの希少性ゆえに価格も高く,研究を行いにくいという事情もある.同時にサンプル数の少なさは,インクルージョン(宝石などの結晶中に包含された他の鉱物)のあるIIb型ダイヤモンドの少なさも意味する.ダイヤモンドそのものからはあまり多くの情報は引き出せないが,包含する他の鉱物があれば,それらの化学組成や構造から「周辺にどんな組成の化学種があったのか」や「どんな圧力や温度だったのか」などさまざまな情報を推測することが出来る.ところがブルーダイヤモンドはそもそも数が少ないため,研究に使えるインクルージョンをもつ鉱石の数が少なく,研究が進んでいなかったわけだ.何せただのブルーダイヤモンドですら存在割合が0.02%なのだから,その中でさらにインクルージョンのあるものとなるとこれはもう文字通り干し草の山から針を探すのに等しい.

そこで著者らは,米国宝石学会(Gemological Institute of America,宝石鑑定の研究・教育機関.多くの鑑定士を育てるとともに,ダイヤモンドに関しては世界トップの権威をもつ)と共同で研究を行った.何せここはダイヤモンドの最高権威なので,ものすごい数のサンプルが集まっている.著者らはおよそ1380万個の宝石質のダイヤモンドサンプルからブルーダイヤモンドを選び出し,その中からさらにインクルージョンを持つものを選別,2年以上かけて46個のサンプルを得ることに成功した.
十分な数のサンプルさえ得られてしまえば,あとは一般的な鉱物の分析と何ら変わらない.X線とRaman分光による包含された鉱物主の同定,EDXなどによる元素分析,電顕による形状観察などが行われている.

では結果を見ていこう.
最も数の多かったインクルージョンはケイ酸カルシウム系の鉱物であり,主としてCaSiO3型のWalstromite,時としてややCa多めのβ-Ca2SiO4や,Walstromiteとは異なる構造だが組成が同じなCaSiO3であった.これらは下部マントルの超高圧下で安定に存在するCaSiO3ペロブスカイトが低圧側に移動した際に分解して生じることが知られており,下部マントルで形成された深部由来のダイヤモンドに含まれることが最近明らかとなっている.
また,一部にCa:Siの比率の異なるβ-Ca2SiO4などが含まれていたことから,単純な平衡状態にある組成の部分ではなく,何らかの化学種の出入りにより組成が変化している部分が下部マントルに存在していることも示唆された(これは例えばプレートの沈み込みによる元素の供給によって説明可能である).
他の見つかった鉱物の多くも,深部由来の鉱物が分解して出来る既知の組成の化合物であった.包含物は閉じられた領域内で分解するため,同一箇所に現れた分解物を合わせることで分解前の岩石の組成が判明する.そこから,ある一つのサンプルが形成された場所にはマグネシウム鉄ケイ酸塩(bridgemanite)とMg-Fe斜方輝石(orthopyroxene)が共存していることが推測された.これらの結晶形が共存できる圧力範囲は限られているため,このサンプルが形成されたのは地下660~750 kmの下部マントル(の上の方)あたりであると結論づけられた.また各種ケイ酸塩系鉱物の少なさから,これらブルーダイヤモンドが形成された周辺組成としてはSiO2の少ない玄武岩質~かんらん岩質であり,SiO2を多く含む大陸地殻とは大きく異なることが確認できる.

いくつかのインクルージョンについては,Raman分光による結合の振動測定から,現時点でかかっている圧力も測定されている.高圧下で包含された鉱物には当然ながら大きな圧力がかかっており,それにより構造が圧縮されるため化学結合の振動数も常圧下とは変化する.これにより現在の圧力が測定でき,そこから高温下(形成された時点)での圧力を推定することが出来る.その結果,これら包含物が形成された際の圧力は少なくとも10~14 GPa以上(温度が1200~2000 Kと仮定した場合)となり,大陸地殻の最深部である300 kmを大きく超えた圧力範囲(=もっと深い場所)であることがここからも確認できた.

顕微鏡と顕微Ramanでの確認結果からは,これら含放物の周囲には高圧で閉じ込められた水素やメタンが存在することも判明した.メタンは水素があればダイヤモンドと反応して自動的に生成するので,これはブルーダイヤモンドが形成された点で周囲の環境に水素(これは通常は水や水酸化物の形で存在する)が豊富にあったことが推測される.

またごく一部のサンプル(3つ)に関しては炭素同位体比率の分析も行っている.これまでの研究から,地球の深部においては13Cの量が地表付近よりだいぶ少なくなっていることが判明しているのだが,今回調べたサンプルではδ13Cの値が-13.4‰,-3.4‰,-1.8‰と(特に後者二つは)比較的地表での値に近い比率となっていた.

以上をまとめると,ブルーダイヤモンドのサンプルの調査から
・ブルーダイヤモンドは下部マントル程度の深部で生成されている
・比較的ケイ酸塩なども少なく,大陸地殻の組成とは一致しない
・水や水酸化物など水素を多く含む原料のもとで生成されている
・(サンプル数は少ないが)δ13Cの値は地表付近に近い
・そして何より,地表に多いホウ素を含んでいる
事がわかり,その起源としては
・海洋プレートが海溝から引きずり込まれ,下部マントル領域まで沈降.そこで分解するあたりでダイヤモンドが生成
というシナリオがもっともらしいと結論づけられた.

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日記

phasonの日記: エンケラドスに存在する比較的分子量の大きな有機物 5

日記 by phason

"Macromolecular organics compounds from the depths of Enceladus"

F. Postberg et al., Nature, 558, 564-568 (2018).

土星近傍を周回するエンケラドスは,分厚い氷で覆われた岩石質のコアからなる直径500 kmほどの小さな衛星である.この天体が注目されている理由は,エンケラドスの表面を覆う氷の下に,衛星全体を覆うような液体の水(海)が存在するためだ.海底には(恐らく)潮汐力をエネルギー源とする熱水噴出口のようなものが存在するという間接的な証拠も得られており,液体の水,適度な温度,熱水由来のミネラルと,過去の地球のような生命誕生の可能性がある天体の一つであると考えられている.
さてこのエンケラドスの海,過去の観測からその海には有機物も含まれていることが確認されている.これは主として地球で言うところの火山性ガスなどに含まれる単純な含炭素化合物を起源とし,それが熱や各種金属の触媒作用により反応して出来ていると推定されているが,含まれる有機物等に関してはあまり研究が進んでいない.
今回報告されたのは,1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニ(2017年に運用終了)のデータを詳しく解析し,エンケラドスから放出された有機分子に関する解析を行った結果となる.

分析はいろいろと細かいことの積み重ねなのだが,結果をまとめると以下のようになる.

・分子量200を超えるような,大きな分子量の有機分子が存在する.
※カッシーニの質量分析計(以下MS)は質量数200までは高分解能だが,それ以降は低分解能となるため詳細は不明
・比較的分子量のおおきい領域にも12~13原子質量程度の間隔で並んだピークが見られた.これは多重結合をもつ不飽和炭化水素鎖の開裂に対応する.フラグメントのC/H比はおよそ2(母物質含めた平均は1)であり,炭素リッチな部分構造の存在を示唆.
・非縮環のベンゼン環(Ph-)の存在が強く示唆される.ただしPh-CH2-Rといった形の分子は少ない.
※もしそのような分子があると,フラグメントとしてトロピリウムイオンが生じるはずであるが,ほとんど見えていないため.
・質量数が30,31,44,45といったフラグメントを多数検出.これは飽和炭化水素では不可能な重さなので,酸素や窒素を含む分子と考えられる.
・これら高分子量の有機物が観測されたのは,塩分濃度の高いプルームからであり,塩濃度の薄いプルームからはほとんど検出されていない.高分子量の有機物が,高濃度で海に満遍なく溶けているとは考えにくい.

現時点のデータから著者らが推測しているのは,以下のような構造である.海底から生じたガスなどに含まれる炭素(主に二酸化炭素などか?)は,さまざまな化学変性を受け複雑な有機物となり,比重の軽さから海の最上面にレイヤーとして蓄積される(海面に浮いた油のようなもの).海底から一気にガスが噴出されると,このガスは海面最上部の有機物層に到達,それを吹き飛ばしながらプルームとして巻き上がる.吹き飛ばされた有機物,水,塩類などの微粒子は,地球上で起こるのと同じように有機物を核として凝集,多くの有機物を含んだ水滴(すぐに凍るが)となり,宇宙に巻上げられる.これがカッシーニにより捕捉され,観測にかかっている,というわけだ.

なおカッシーニの観測結果には,質量数250~500のところに無数のピークが存在し,さらに質量数800~1250,1500~2100の領域にも顕著に強いピークが現れている.このあたりは搭載されている装置の限界により低分解能モードでしか測定できないため何が含まれているのかはわからないが,ノイズラインよりは十分に大きなピークが確認されており,非常に分子量の大きな何かが存在している可能性がある.
カッシーニの残したデータは膨大であり,この論文のように今現在でもデータの解析は続いている.今後さらに面白い結果も報告されるかも知れない.

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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

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