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genkikkoさんのトモダチの日記。 今週も投票をしましたか?

13636463 journal
日記

phasonの日記: エンケラドスに存在する比較的分子量の大きな有機物 5

日記 by phason

"Macromolecular organics compounds from the depths of Enceladus"

F. Postberg et al., Nature, 558, 564-568 (2018).

土星近傍を周回するエンケラドスは,分厚い氷で覆われた岩石質のコアからなる直径500 kmほどの小さな衛星である.この天体が注目されている理由は,エンケラドスの表面を覆う氷の下に,衛星全体を覆うような液体の水(海)が存在するためだ.海底には(恐らく)潮汐力をエネルギー源とする熱水噴出口のようなものが存在するという間接的な証拠も得られており,液体の水,適度な温度,熱水由来のミネラルと,過去の地球のような生命誕生の可能性がある天体の一つであると考えられている.
さてこのエンケラドスの海,過去の観測からその海には有機物も含まれていることが確認されている.これは主として地球で言うところの火山性ガスなどに含まれる単純な含炭素化合物を起源とし,それが熱や各種金属の触媒作用により反応して出来ていると推定されているが,含まれる有機物等に関してはあまり研究が進んでいない.
今回報告されたのは,1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニ(2017年に運用終了)のデータを詳しく解析し,エンケラドスから放出された有機分子に関する解析を行った結果となる.

分析はいろいろと細かいことの積み重ねなのだが,結果をまとめると以下のようになる.

・分子量200を超えるような,大きな分子量の有機分子が存在する.
※カッシーニの質量分析計(以下MS)は質量数200までは高分解能だが,それ以降は低分解能となるため詳細は不明
・比較的分子量のおおきい領域にも12~13原子質量程度の間隔で並んだピークが見られた.これは多重結合をもつ不飽和炭化水素鎖の開裂に対応する.フラグメントのC/H比はおよそ2(母物質含めた平均は1)であり,炭素リッチな部分構造の存在を示唆.
・非縮環のベンゼン環(Ph-)の存在が強く示唆される.ただしPh-CH2-Rといった形の分子は少ない.
※もしそのような分子があると,フラグメントとしてトロピリウムイオンが生じるはずであるが,ほとんど見えていないため.
・質量数が30,31,44,45といったフラグメントを多数検出.これは飽和炭化水素では不可能な重さなので,酸素や窒素を含む分子と考えられる.
・これら高分子量の有機物が観測されたのは,塩分濃度の高いプルームからであり,塩濃度の薄いプルームからはほとんど検出されていない.高分子量の有機物が,高濃度で海に満遍なく溶けているとは考えにくい.

現時点のデータから著者らが推測しているのは,以下のような構造である.海底から生じたガスなどに含まれる炭素(主に二酸化炭素などか?)は,さまざまな化学変性を受け複雑な有機物となり,比重の軽さから海の最上面にレイヤーとして蓄積される(海面に浮いた油のようなもの).海底から一気にガスが噴出されると,このガスは海面最上部の有機物層に到達,それを吹き飛ばしながらプルームとして巻き上がる.吹き飛ばされた有機物,水,塩類などの微粒子は,地球上で起こるのと同じように有機物を核として凝集,多くの有機物を含んだ水滴(すぐに凍るが)となり,宇宙に巻上げられる.これがカッシーニにより捕捉され,観測にかかっている,というわけだ.

なおカッシーニの観測結果には,質量数250~500のところに無数のピークが存在し,さらに質量数800~1250,1500~2100の領域にも顕著に強いピークが現れている.このあたりは搭載されている装置の限界により低分解能モードでしか測定できないため何が含まれているのかはわからないが,ノイズラインよりは十分に大きなピークが確認されており,非常に分子量の大きな何かが存在している可能性がある.
カッシーニの残したデータは膨大であり,この論文のように今現在でもデータの解析は続いている.今後さらに面白い結果も報告されるかも知れない.

13635657 journal
日記

phasonの日記: 回転する球を使って光信号を分離する 1

日記 by phason

"Flying couplers above spinning resonators generate irreversible refraction"
S. Maayani et al., Nature, 558, 569-572 (2018).

現代社会において光通信は様々なところで利用されており,今後も例えばチップ間の通信に使おうという話や量子暗号周りでの光子の伝達など,利用は拡大し続けている.さてそんな光通信を効率的に行うためには,光をうまく分配した分離したりといった技術が欠かせない.
そんな「光を操る技術」の一つとして開発されているのが,非対称な光伝達である.これは例えばある波長の光をファイバーに通したとき,右から左へは流れるのに,同じファイバーに同じ信号を左から入れると右に伝わらない,といった行きと帰りが非対称になるような素子だ.こういった素子は余計な反射によるノイズを減らしたり,同一経路ないで多重化した信号をうまく分離する際での利用などが提案されており,その応用の幅は広い.

さて,そんな「非対称な伝送」であるが,音波の場合は非常に簡便な手法で実現できる事が知られている.例えばリング状の導波路の中にファンを設置し,一方向に風をながしてやると,風の向きと同じ方向に音は流れやすく,逆方向には伝わりにくいという非対称性がたやすく実現可能である.

では,光の場合はどうだろうか?こちらも下記のような非常に単純な構造で実現できる事が予測されている.
まず,左右に伸びた光ファイバー中を光が左右に流れている,という状況を考えよう.そしてこのファイバーのごく近傍に,高速で回転する円筒があったとする(下図).なお,ファイバーの径はこの円筒に接する部分で細くなるようにテーパーがついており,これによって円筒と接している部分で光がエバネッセント波としてごく短距離に染みだしている.

左からの光→――――――――――――←右からの光
            ○⤵時計回りに回転

光が染みだしているため,回転する円筒が十分ファイバーに近ければ,光は円筒内に入ることが可能である.ここでもし,円筒に入った光が円筒内を一周して戻ってきた際にちょうど元の光の波と重なるとき,つまり共鳴条件にある場合,光は効率的に円筒内にトラップされ,ファイバーの反対側からは出て行かなくなる.つまり,ファイバーを通っている途中で共鳴条件にある円筒に吸い込まれ,そのまま外部に放出されてしまう.
さて,光が円筒と共鳴する条件は何で決まるだろうか.まず一つは,円筒の直径と屈折率である.「一周して波が重なる」という事は,1周分の距離が物質中での波長(これは真空中での波長を屈折率で割ったものに等しい)の整数倍である必要がある.
そう,屈折率である.ここで円筒が回転している効果が効いてくる.円筒が回転しているため,光が円筒内を一周する向きが回転と同一方向なのか,それとも回転に逆らって一周するのかによって,光が実際に通過しなくてはならない物質の量が異なってくる.回転方向と光の回る方向が一致していれば,光は物質の移動に乗ることにより「簡単に」一周することが可能であるが,円筒の回転に逆らって光が一周するためにはそれだけ多くの物質を乗り越えねばならず,それだけ実効的には多くの距離を進まないといけないことに対応する.
要するに,通り抜けるべき円筒が回転しているため,光からみると右回転で進むときの屈折率と,左回転で進むときの屈折率が違うのだ.
※フィゾーの実験における引きずり効果と同じである.

この結果,右からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向とは逆向きの動き)から見たときと,左からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向と同一方向の動き)から見たときで,回転する円筒部分の屈折率が異なって見える.これはつまり右から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数と,左から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数が異なることを意味しており,結果として同じセッティングなのに「円筒が回転しているせいで右から来た光のみ円筒に吸い込まれる」だとか「左から来た光のみ円筒に吸い込まれる」という非対称な素子が実現できるのだ.

というわけで,非対称な光学素子は非常に単純な構造で実現できる.
出来る,のだが,致命的な問題がある.光はご存じの通り非常に速く,それゆえ円筒の回転によって十分な効果を出そうとするとかなりの高速回転を行う必要がある(毎秒数千回転以上など).高速回転は振動を生み,それゆえ円筒の位置を一定に保つのは難しくなる.その一方で,光ファイバーからの光の染み出しはナノメートルのオーダーである.
つまり,安定して効果を発揮するには,毎秒数千回転で回転するものを,光ファイバーからの距離をナノメートル単位で一定にし続ける必要がある事になる.そんなことは可能なのだろうか?
実は,現代社会にはそういったことを実現しているものが既に存在している.著者らはそのことに気づき,今回の実験を思いついた.

言い方を変えてみよう.「高速で動いているものに対し,ナノメートルオーダーでものを浮かし続ける」.勘のいい人は気づくのではないだろうか.これを実現しているもの,それはHDDのヘッドである.
空気中でものを高速で動かすと,その表面には巻き込まれた空気が薄く張り付き,非常に反発力の強い丈夫なコーティングのように振る舞う.そこに物体を強く押しつけると,空気の反発により物体は数~数十ナノメートル程度の一定の高さに保持され続ける.今回,著者らはこの効果を利用したわけだ.
実験で用いた素子の構造は非常に簡単で,共鳴部分は直径数 mm程度のガラスの玉で,これを棒の先端に付けモーターにセット,毎秒3000回転という高速回転を起こす.これを真ん中部分が少し細くなった(=その部分で少しだけ光がにじみ出る)光ファイバーに押しつけつつ,左右から光(今回は波長1.55 μmぐらい)を導入する.
実験結果で共鳴周波数を見ると,光が右から来るのか左から来るのかによって,共鳴周波数が数十 MHzぐらいズレている.一番差の大きい波長域の光を選ぶと,右から来た光の透過率がほぼ100%,同時に左から来た光の透過率がほぼ0%という綺麗な光分離を実現できている.一番分離が良い波長での分離能は99.6%にも達している.

HDDの話がいきなり出てくるとは思わなかったが,確かに言われてみればあの効果は機械的な振動のあるデバイスをナノメートルレベルで保持する機構として利用できるものだ.発想の勝利である.

13616500 journal
日記

phasonの日記: 細胞工学:遺伝子を改変した細胞間のシグナルを利用し高次構造を作る

日記 by phason

"Programming self-organizing multicellular structures with synthetic cell-cell signaling"
S. Toda, L. R. Blauch, S. K. Y. Tang, L. Morsut and W. A. Lim, Science, in press (2018).

生体内において,細胞は自発的に非常に高度に組織化された構造を作り上げる.例えば我々の臓器をみてみると,各種の細胞,神経,血管や適切な空洞などが自動的に組み上がっており,全体として高度な機能を発揮している.この複雑な構造を作り上げているのが元を辿ればわずか一種類の細胞であり,それが分化と構造形成を繰り返しながらこれほどのものを作り上げるというのは驚嘆せざるを得ない.
このような複雑な分化や構造形成がどのように行われるのかというと,そのほとんどが隣接する細胞などとの化学物質のやり取りや周辺の物質の濃度などであり,原理は驚くほど単純である.単純な原理が組み合わさることで連鎖的な変化が起き,結果として非常に複雑なものが自発的に組み上がる.なんとも見事なシステムだ.

さて近年,遺伝子を改変する技術は非常に進歩し,様々な特性を持った細胞を自在に作れるようになりつつある.しかしながら,「細胞の集合体」をデザインするにはまだまだ至っていないというのが正直なところだ.
今回報告されたのは,そんな「適切にデザインされた細胞から,高次の(もう少しだけ)複雑な構造を自発的に作らせる」というものになる.ここでキーとなっているのは,Notchシグナリングと呼ばれる細胞間での情報伝達システム(を適切に改変したもの)と,それにより発現されるカドヘリンだ.

Notchシグナリングは,Notch受容体と呼ばれる細胞膜を貫通するタンパク質により引き起こされる細胞間でのシグナル伝達である.Notch受容体はその一部を細胞外に突き出し,逆側が細胞内にぶら下がる形となっている.Notch受容体の外部に露出した部分(信号を受け取る部分)が対応する特定のタンパク質(リガンドタンパク,これが細胞間での信号となる)と結合すると,それを感知したタンパク質分解酵素がNotch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を切断する.この切断された断片は核内に移動されるようなタグ(となるアミノ酸配列)を持っており,切断後にすみやかに核内に移行,そこでDNAの特定配列と相互作用することでその部分の発現を促進したり,逆に特定の配列の発現を抑制したりする.
要するに,細胞外部から特定の分子が近づいてNotch受容体(の外側の受容体部分)に結合,すると細胞膜内のパーツが切り出され,それが特定遺伝子をOn(またはOff)出来る,というわけだ.
現在ではこのあたりの技術は非常に進んでいるので,Notch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を適切に設計する&DNAを適切に書き換えることで,「○○という分子が来たら,××という分子を作る(or 作らないようにする)」という事が自在に実現できる.また,Notch受容体の細胞膜外に飛び出ている部分も自由に設計できるので,何をトリガーとするのか,というのもさまざまに変更可能だ.このようにして設計された人工のNotch受容体を,synNotch(synthetic Notch)と呼ぶ.

一方のカドヘリンというのは,細胞間での接着剤となるタンパク質である.こいつが発現すると,同種のカドヘリンをもつ細胞どうしの間に吸着力が働きくっつくことが知られている.発現量が多ければ吸着力も強く,またカドヘリン自体も何種類も存在し,異種のカドヘリンとの間の相互作用は弱い.例えばEカドヘリンを発現している細胞(Eと呼ぼう)とNカドヘリンを発現している細胞(N)があると,E同士やN同士は強くくっついて固まる一方で,EとNとはそれほど強くくっつくことはない.

さてそれでは,著者らの結果を見ていこう.
この論文は幸いSupplementary Materialsとして数多くの図を含む文章や動画が公開されているので,必要に応じてそちらもご覧頂きたい.

まず著者らが行ったのが,単純なアイディアの実証試験である.最初に二種類の細胞を用意する.青色の蛍光色素を作るように改変した細胞AはCD19という分子を細胞膜表面に作るように設計されている(細胞膜からCD19がヒモでぶら下がったようになる).もう一方の細胞Bは,CD19に反応するsynNotchを発現するように改変されており,そのsynNotchが切断されると緑色蛍光タンパク質(GFP)およびEカドヘリンを生産する.
論文にならって書けばこういうことだ.

[Cell A: CD19] → [Cell B: αCD19 synNotch → Ecadhi + GFP]

ここでCD19はこれを発現していることを意味し,矢印はこの信号の伝達,αCD19 synNotchはCD19を受け取ると起動するsynNotchを意味,そしてそれにより発現されるのが右の矢印以降のEcadhi(Eカドヘリン・高濃度)とGFP,となる.
この細胞Aと細胞Bを多数用意し混合すると,最初はランダムに集まった塊になるのだが,細胞Aの作るCD19により細胞BではEカドヘリンとGFPが発現,カドヘリンの効果により細胞B同士が凝集し(と同時に,GFPが発現し緑の蛍光を発することで遺伝子発現が起こっていることが確認できる),押しのけられた細胞Aは細胞Bの塊を取り囲む表皮の位置となり,二重構造が自発的に生成される(Supplementary Materials Fig. S1 Aの下段).
細胞Bとして,CD19によりGFPを発現するがカドヘリンは発現しないようにすると,このような二層構造は生成しない事から,カドヘリンの接着力により二層化していることがわかる(Supplementary Fig. 1 Aの上段).

続いてはさらに高度な構造として,三層構造にトライ.使う細胞は二種類なのだが,細胞の中身が少し違う.

[Cell A: αGFP synNotch → Ecadlo + mCherry]
[Cell B: αsynNotch → Ecadhi + GFPlig]

今度は細胞Aに,GFPタンパク質を受容するとEカドヘリンを低濃度で生成しつつ赤い蛍光を発するmCherryを発現するようなsynNotchを組み込む.さらに細胞Bが作るGFPも,内部に作るのではなく,細胞膜から外にぶら下がる形でGFPが発現する.
この場合,何が起こるだろうか.
まず第一段階は先ほどと同様で,細胞A表面にあるCD19により細胞Bに高濃度のカドヘリンと細胞膜から外にぶら下がるGFPが発現,これにより細胞Bが緑に光りつつ凝集する.すると今度は「細胞Bと接している細胞A」に限り,細胞Bの表面からぶら下がるGFPがsynNotchに受容され,Eカドヘリンを低濃度で発現しつつ,mCherryを発現することで赤く発光する.この赤く光る細胞A'は低濃度とは言えカドヘリンを発現しているので細胞Bに弱くくっつき,カドヘリンを発現していない元々の細胞Aはさらに外側に押しのけられる.
この結果,緑に光る中心部の細胞B,それを覆うカドヘリンとmCherryが発現した細胞A',一番外側に押しやられた元々の青く光る細胞A,という三層構造が実現するのだ(Supplementary Fig. 2 Bの上段,およびMovie S1).
なおこのようにして作成された多層構造は,synNotchの活動を妨害する阻害剤を入れると崩れて初期化される(細胞がランダムに入り交じった状態に戻る).また,作成された多層の細胞塊を「ギロチン」で半分にたたき切っても,その後時間をかけ元通りの(ただし大きさは半分の)構造に自発的に復元する.

続いてはさらに高度な設計に移る.これまでの実験は二種類の細胞を用意しておき,それらが二層や三層の構造を作る,というものだった.著者らが次に取り組んだのは,たった一種類の細胞からスタートし,それが自発的に二種類の細胞(発現様式)に分化,それが二層構造をとる,というものだ.言ってしまえば,生物の細胞がもともと一種類だったのに機能の異なる細胞に分化し,それらが構造を作る,というものの非常に単純化した模倣となる.細胞の設計は以下の通り.

[Cell A: CD19 + mCherry + ┤CD19 synNotch, αCD19 synNotch → Ecad + GFP + ┤CD19]

この細胞は,初期状態ではCD19と赤色蛍光分子のmCherryを発現しつつ,CD19受容体であるsynNotchを抑制(┤)する,という状態となっている(抑制されてはいるが,完璧ではない.一部に受容体のαCD19 synNotchが発現していることがある).この細胞が集まると,偶然少量のαCD19 synNotchを発現していた細胞がCD19を受容,すると右側の過程が発動し,EカドヘリンとGFPを作りつつ,当初は作っていたCD19とmCherryの生産が停止するとともにCD19 synNotchへの抑制が解除される.するとCD19 synNotchが発現しまくるので,このループに入った細胞はGFPを作るいわば細胞A'へと分化するわけだ.この細胞A'はカドヘリンも作っているので凝集し,先ほど同様二層構造が実現する.違うのは,今回は一種類の赤く光る細胞Aからスタートし,それが互いのシグナル分子の影響により一部が緑色のA'に分化,それが中心に凝集した構造を作る,という点だ(Supplementary Fig. 5およびMovie 3).

他にも,二種類の細胞で発現するカドヘリンの種類を変えることで非対称な複数層構造を作成したりといった事も行っている.(Supplementary Fig. 6~10およびMovie 4Movie 5).

まだまだ初歩的な構造を作る程度しか出来ていない段階ではあるが,論理ゲート的な感じで細胞内で起こることを次々に切り替え構造を作る,というのは非常に面白い.こういったことまで出来るようになるとは,遺伝子技術も進歩したものである.

13601816 journal
日記

phasonの日記: 硫化亜鉛の隠された性質:遮光下での塑性変形 5

日記 by phason

"Extraordinary plasticity of an inorganic semiconductor in darkness"
Y. Oshima, A. Nakamura and K. Matsunaga, Science, 360, 772-774 (2018).

名大のグループによる面白い研究成果である.
無機半導体は集積回路や光学素子,光電変換などさまざまな場所で利用されている.一般的な印象として,これら無機半導体材料は硬くて脆い物質であり,あまり柔軟な塑性変形は示さない.このため近年研究が進んでいるようなフレキシブルな電子回路などの用途には有機半導体などが用いられている.
今回の論文で扱われているZnSもそういった無機材料の一つであり,硬くて脆いという典型的な力学的挙動を示す……と思われていた.
今回報告された論文は,このZnSの力学的特性が,周辺の光によって大きな影響を受けている,という知られていなかった事実を明らかとした.

ほどほどのバンドギャップをもつ半導体に光を当てると,キャリアが励起され電動特性等が大きく変わることはよく知られている.例えば今回の論文で扱われているZnSをはじめ,CdSやPbSなど多くの物質で観測されている.
そのため光照射による伝導現象の変化などはよく調査されているのだが,一般的に力学的な特性,例えば硬さや塑性変形のしやすさ等は何とはなしに「光が有ろうと無かろうとそんなに変わらないだろう」と無意識に考えているのではないだろうか?
今回著者らは,角柱状のZnSの単結晶の上下方向から圧力をかけ変形させるという実験を,UVや可視光の照射下と,完全な暗状態とで比較した.
なぜそんなことを使用と思ったのかは謎ではあるが,得られた結果は驚くべきものであった.通常の条件下,つまり自然光やUVの照射下では,ZnSの結晶はせいぜい3%前後程度の変形を受けただけで砕けてしまった.ところが不思議なことに,完全に光を断った状態だとZnSは一段「柔らかい」特徴を示し,半分程度の力で変形を開始.しかも45%の変形を受けるまで柔軟に形を変え続けたのだ.つまり,ZnSは光が当たっているときは硬く砕けやすい一般的にイメージする無機塩的な挙動を示すが,光がないとプラスチックのように柔軟に形を変えられる,という事になる.
しかも変形に伴い,無色であったZnSは次第に薄黄色~褐色に呈色していくことも確認された.これは結晶中に生じた欠陥部分が不純物準位のように働き,バンドギャップを縮めていることに由来する.
なお,光を断って変形させた結晶に改めて光を当てると,その状態で硬さが増し,それ以上の変形を起こしにくくなるという挙動も確認された.その後にまた光を断てば柔らかくなるなど,この挙動は可逆的でもある.

日頃浴びている光を断つだけで柔らかくなるというのはなんとも不思議な結果であるが,何が起きているのであろうか?
著者らはミクロなメカニズムを明らかにするため,電顕による調査を行った.通常の環境下,つまり光を受けているときの変形では,外力により結晶の一部が滑ると,その部分からはっきりとした双晶変形が見られることが確認できた.結晶に力を加えていくと,あるところで欠陥が生じ,その部分で少し結晶が滑り,面状の欠陥が生じる.生じた欠陥が動きにくいと,ズレた部分では原子の並びが斜めになっているので,向きの違う結晶が接合されたような状況となる.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進み,上側の欠陥面のみが上方へと移動)
    ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
  ○-○-○-○-○ この部分,結晶の向きが違う(双晶)
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この双晶変形を示すような場合は,欠陥面が動きにくく変形があまり自由ではないので,ある程度以上の変形は困難であり硬くて脆い特性が表れる.

一方,光を断った状態で変形させた結晶を観察すると,双晶変形は確認されず,欠陥面に挟まれた無数の細い領域が確認された.これは要するに,滑り変形が進んでいるような感じである.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進むが,欠陥面がペアで移動している)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / /
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この場合,外力に対応して欠陥面のペアがスルスルと移動するだけで変形が伝播するため,結晶は柔軟に変形することが可能となる(変形による原子位置の移動が,どんどん連鎖して大きく移動することが出来る).

著者らは,このような欠陥面の移動のしやすさの違いの原因をキャリアと欠陥との間の相互作用に求めている.欠陥部分は半導体におけるある種の不純物準位のように働く.このため,電子やホールといったキャリアと欠陥の間には引力が働く.ZnSなどの光導電性のある物質に光が当たっているとある程度のキャリアが定常的に発生しており,このキャリアが外力によって生じた欠陥部分にトラップ,それにより結晶の欠陥が移動しにくくなり,結果として外力による自由な変形を妨げている,というわけだ.
光を断った状態ではキャリアがほとんど存在しないので,外力によって生じた欠陥は自由に結晶中を動き回ることが可能となり,柔軟な塑性変形を引き起こす.

何というか,環境光レベルの光の有無でこれほどまでに物質の柔軟性が変わってくる,というのは予想外で面白い結果であった.

13575786 journal
日記

phasonの日記: 合成生物学:遺伝子編集を用いた細胞のアナログメモリ化 2

日記 by phason

"Rewritable multi-event analog recording in bacterial and mammalian cells"

W. Tang and D. Liu, Science, 360, eaap8992(1-10) (2018).

遺伝子改変技術の進歩に伴い,さまざまな刺激に応じて何かのタンパク質を発現させたりする技術が急速に発展している.これを用いれば,例えば特定の環境下で発光して知らせる細胞であるとか,ある化学物質の濃度が高くなるとそれに応じた何らかの物質を生産する細胞などの作製が可能になることから,生きたセンサーや生きた化学工場,生きた医療デバイスなどとしての利用が可能になると期待されている.
さて,これらの研究の多くは「入力(化学的環境)に応じて(化学的な)出力を行う」という,ある種の計算機的なものと見なすことが出来るわけだが,計算機とするには重要な素子が欠けていた.それは「書き換え可能なメモリ」である.今回の著者らの報告は,細胞内/DNA内に外部環境に応じて情報を書き込んだり初期化したりする,というものになる.
これにより,例えば累積的な環境の以上をあとから読み出したり,各種のイベントがどういった順序で起こったのかを記録したりと,まさに細胞を生きて増殖する記録媒体(そして将来的には,それに応じて応答する生きる生命化学機械)として利用する事が可能になるわけだ.

今回著者らが用いたのは,生きた細胞としては大腸菌,情報の記録としては主にプラスミド,情報の書き込み手段としてはCRISPR-Cas9または一塩基エディタを用いている.

プラスミドというのは大腸菌などがもつ環状のDNAであり,大腸菌本体のDNAとは別個に存在しつつも大腸菌の生存にとって必要だったり有利になったりするタンパク質がエンコードされたDNAである.このプラスミド,細菌の接合などにより個体間で頻繁にやり取りをされており,これにより例えば特定の抗生物質に対抗できる能力が広く伝播したりする.工業的/生物学的には大腸菌等に発現させたい遺伝子をプラスミドに組み込み大腸菌に導入することで,さまざまなタンパク質を量産させたり,大腸菌に特定の機能を組み込んだりと活用されている.

CRISPR-Cas9系は,要するに「特定の配列を認識し,その場所でDNAを切断する」というタンパク質である.これを利用する事で,狙った配列だけを切断(そして,その部分に特定の配列を組み込んだり,削ったり)できる.標的を特定するガイドRNAを作る部分の配列を変えることで,任意の配列を標的とすることが可能だ.

最後の一塩基エディタは,CRISPR-Casによる「特定箇所の編集」を改善したもので,最近ホットな研究テーマだ.CRISPR-Casは特定の部分を切断できるという素晴らしい能力を持っているのだが,DNAの2本鎖を2本とも同時に切断してしまうため,組替え部分に意図しない変異などが入ることがあった.それに対し近年開発されている一塩基エディタなどでは,例えば2本鎖の片側だけを切ったり改編したりして,それを鋳型とすることで文字通り特定の一塩基のみを書き換えることを可能とした手法だ.今回の著者の一人,D. Liuはこの一塩基エディタの開発で素晴らしい結果を残している.

でまあ,そういったものを組み合わせてどうやって記録を実現したのかというと,以下のようになる.
まず,2種類のプラスミド,R1とR2とを用意する.この2つのプラスミドはほとんど同じ配列を持っているが,1箇所(3塩基分)だけ異なる配列となっている.大部分を同じ配列にしているのは,このプラスミドを保持することによるコストをほぼ同一にするためだ.例えばR1の方がコストがかかるとなると,R2のみを持っている大腸菌の方が増殖しやすくなるので,そういった差を無くしたわけだ.
そして大腸菌本体のDNAの方に,Cas9のシステムを組み込む.このときガイドRNAが標的とするのは,R1の配列である.ただもちろん,そのまま発現させてしまうと単純にR1がどんどん切断されて排除され全てR2になってしまうだけなので,このCas9のプロモーター(その先のDNAの発現を決めている部分.この部分に特定のタンパク質が結合すると,続く配列部分が翻訳され発現する)としてTetO配列を組み込んでいる.これはよく使われる「テトラサイクリン遺伝子発現調節システム」で,通常時は別の箇所に組み込んだR配列が作るTetリプレッサーと呼ばれるタンパク質がTetO配列に結合,これによりTetO下流の発現を抑制する.この状態で系中にテトラサイクリン(もしくはその前駆体のアンヒドロテトラサイクリン)が導入されると,こいつがTetRと結合してTetRを無効化,結果として自由になったTetOがプロモーターとして働くようになり,その結果下流の配列が発現する.要するに,テトラサイクリンを加えたときだけ特定の配列が発現し,それ以外のときには発現しないようなシステムを作れるわけだ.で,今回の系ではテトラサイクリンが存在するとCas9が発現,こいつがR1プラスミドを認識して切断する,という流れになる.

まず著者らは,大腸菌に組み込んだR1とR2の比率が世代交代で変化してしまわないかをチェックしている.その結果,もとの状態から1015ぐらいにまで増殖(実際にこれだけの膨大な数になったわけではなく,1000倍に増やし,その一部をとってきて1000倍に増やし……で実効的にこの希釈率という感じ)しても,当初のR1/R2比が維持されていることを確認している.R1/R2が60/40からスタートすれば1015倍状態でもR1/R2はほぼ60/40(1~2%以内の差),違う比率である29/71からスタートすれば最終的にも29/71(同様にわずかな誤差)が維持されていた.

では情報の書き込みである.R1/R2が58/42である大腸菌の培養系中にテトラサイクリン(のもとになるアンヒドロテトラサイクリン)を加えて培養する.すると当然ながらCas9が発現しR1プラスミドのみを切断するので,培養されている大腸菌群中ではR1の量が減っていく.3時間後ではR1/R2は21/79,6時間後には4/96にまでR1の比率が低下していた.要するに,テトラサイクリンという化学種の刺激の積算量を,R1プラスミドとR2プラスミドの比の変化という形でDNAに記録できている,というわけだ.しかも特定化学種がある/無いの二値化ではなく,どのぐらいの濃度・時間あったのか,という事をアナログ的に記録できている.

著者らはさらに記録の高度化として,先ほどの「下流側の発現を抑制するTetO」に加えて,「上流側の発現を抑制するLacO(IPTGがあると解除され,転写が可能になる)」をCas9配列の下流に導入した.要するに,カギを2つ付けたわけだ.先ほどまではテトラサイクリンがあればCas9が発現してR1を分解していたが,今度はテトラサイクリンとIPTGの「両方が同時に存在する」ときのみCas9が働きR1を減少させる,つまりANDゲートとして働く.この場合も先ほどと同様に,二つの刺激があるとR1の比率が顕著に減少する,という,目的通りの情報記録に成功している.

これだけだと「情報の記録」といってもWrite Onceであるので,著者らはもう一歩進めて情報の初期化も可能にした.1つ目の方法は,R1,R2に薬剤耐性遺伝子を同時に組み込む,という方法だ.例えばR1にのみ抗生物質に対する耐性遺伝子を組み込んでおく.すると,抗生物質による処理を行うと,R1をもつ大腸菌ほどより高い確率で生き残る,つまり大腸菌群におけるR1の比率を増やすことが出来る.Cas9は刺激でR1を減らし,情報を初期化したいときには適切な時間だけ抗生物質の存在下で培養を続ければR1を持たない大腸菌がどんどん死んでR1の比率がまた高くなる,というわけだ.
2つめの手法としては,Cas9の標的を選択性にする,というものも試みている.Cas9がどんな配列を切るのかはガイドRNAの配列に依存するわけだが,このガイドRNAのもとになる配列を2種類用意し,それぞれ違う刺激で発現するための異なるプロモーターを用意する.これにより,Aという刺激が加わるとガイドRNA-1が作られR1が切断され,Bという刺激が加わるとガイドRNA-2が作られR2が切断される.これにより,R1/R2比を自由に初期化できる.

プラスミドを使う手法では,プラスミドをもつ大腸菌などでしか利用できない.そこで著者らは別な情報記録手法として,著者の得意技である一塩基エディタを用いた系も開発した.まあこちらも基本的な考え方は一緒で,「特定の刺激があると一塩基エディタが翻訳され,特定の箇所の配列を書き換える」というものになる.
さらに発展系としては,「標的とする配列が異なる3箇所であるような一塩基エディタ×3を,それぞれ違う刺激で発現するようにしておいて,3種類の刺激をそれぞれ別個に記録する」などを開発している.
面白いのは,「二つの一塩基エディタだが,認識する配列が部分的に被っていて,最初にAという刺激を受けるとエディタ1によって配列の一部が書き換えられ,書き換えられた結果がエディタ2の標的となる」という系だ.単にエディタ2が起動されただけだと,標的配列が無いため書き換えが行われないのだが,「エディタ1が起動された後」だと「書き換えの結果,標的となる配列が生み出される」ためにエディタ2が活動,書き換えが起こる.つまり,二つの事象が,特定の順序で起こった場合にのみある部位の書き換えが起こる,というような複雑な情報処理が可能になっている.

発想は単純なのだが,実験は結構面倒くさそうである.あとはこれに様々なタンパク質の発現,発現したタンパク質による効果や抑制やなんだかんだと組み合わせると,非常に高度な化学的演算による生化学的処理が可能になりそうで面白くはある.

13564170 journal
日記

phasonの日記: 熱衝撃を用いた多成分合金ナノ粒子の合成法

日記 by phason

"Carbothermal shock synthesis of high-entropy-alloy nanoparticles"
Y. Yao et al., Science, 359, 1489-1494 (2018).

金属ナノ粒子は特に触媒としての利用が広く行われており,その特性の向上は化学工業における生産性や排ガス処理など非常に幅広い分野に大きな影響を与える.触媒用途という面から見ると,さまざまな金属元素を含んだナノ粒子,つまりナノ合金をどのようにして作製するかは特に重要なポイントとなる.触媒特性は粒子表面での原子の並びとその電子状態に依存しているのだが,複数の金属元素を合金化することでその電子状態を変化させたり,複数種類の金属元素が接している部分で特異的な反応が起こったりするためだ.
ところが,多数の金属元素を含むナノ粒子を作成する事には大きな困難が伴う.例えば製造が容易なウェットプロセス,つまり溶液中での金属イオンの還元を考えると,還元剤により最初に還元されるのは最もイオン化傾向の小さい金属(典型的には金,白金など)であり,溶液中に共存するもっと卑な金属(例えば鉄であるとかスズであるとか)を同時に還元することは出来ない.そのため複数種類の金属イオンが共存する溶液に還元剤を放り込んだからといって,合金が出来ることはそうそう無いわけだ.
一応,そういった難しさを解決する手法も色々と研究されてはいるのだが,複数回に分けたリソグラフィーを伴うな複雑なプロセスが必要であったり,生成する粒子の組成やサイズのばらつきが非常に大きい手法であったりと,なかなか決定打は存在しない.

今回報告されたのは,そんな作成が難しい「ナノ合金」を,いとも簡単に,しかも8種類もの金属を混合して作製できる簡便な手法である.しかもこの手法,急冷によるクエンチを伴うので,通常では合金化できないような組み合わせ(例えば,バルクでは金と鉄は混ざらない)であっても構わず固溶体の合金にしてしまえる,という特徴を持つ.

ではまず,著者らの行った手法を見ていこう.ナノ粒子の担体となるのは,高分子ナノワイヤーを焼きだして炭素化したカーボンナノファイバーである.このカーボンナノファイバーからなるぺらぺらのシートを金属イオンの塩化物を溶かしたエタノール溶液に浸し,十分染みこませる.合金を作りたい場合は,この段階で複数の金属イオンを含む溶液を用いる(例えば塩化鉄と塩化コバルトと塩化白金酸を含むエタノールに浸す,など).カーボンファイバーシートを引き上げたら乾燥させ,アルゴン雰囲気中で通電加熱を行う.要するに,導電性のカーボンファイバーシートの両端に電極をつけ,そこに電流を流すことで一気に加熱するわけだ.このとき,加熱を十分短時間で行うことがポイントである.著者らは合金ナノ粒子が作りやすい条件として,55ミリ秒程度のパルス加熱がいい感じだったと書いている.
金属イオンが染みこんだカーボンファイバーシートはジュール熱により105 K/sという猛烈な昇温速度で加熱され,およそ2000 Kに達するとそのまま50ミリ秒ほど電流が流し続けられ温度をキープする.その後電流が切られると,これまた105 K/s程度の猛烈な速度で冷却される.なお,加熱時間や冷却時間は,流す電流値やその減衰の仕方などによりコントロール可能である.

こうして加熱されたカーボンファイバーシートを電顕で確認すると,数百 nm程度の太さのカーボンファイバーの表面に,5 nm程度のかなり均一性の高いナノ粒子が無数に付着していることが確認された.電顕付属のEDXで元素分析を行ったところ,個々の粒子内に原料として入れた金属イオンが満遍なく取り込まれていることも確認できる.著者らは色々な組み合わせでデモンストレーションを行っているが,例えば単一成分のナノ粒子に始まり,PtNiやAuCuといった二元系ナノ粒子,PtPdNiやAuCuSnといった三元系,PtPdCoNiFeといった五元系やとりあえず手元にあったやつ全部入れました状態のPtPdCoNiFeCuAuSnの8元系ナノ粒子など,もうとにかく色々作っている.どの粒子も内部では各金属原子がランダムに入り交じった固溶体となっており,しかも結晶質のナノ粒子となっていることが確認された.
これはなかなか凄いことで,例えばこれら8元素は原子半径で1.24~1.44 Åの幅があり,酸化還元電位( vs SHE)で言えば酸化されやすいCoやNiの-0.25あたりから酸化されにくい金の1.5 Vぐらいまでとこちらもものすごい幅がある.しかもバルクだと体心立方格子になる金属や面心立方格子になる金属や六方最密になる金属等々と,結晶構造の違う金属まで入り交じって一つの結晶となっている.
また,粒子ごとの組成のばらつきや,粒径のばらつきもかなり小さい.例えば5種混合のPtPdCoNiFeに関しては,組成のばらつきは10%程度しかない.過去の報告例にあるリソグラフィー法などでは50%など非常に大きなばらつきがあるのとは対照的である.

では,なぜこれだけ簡便な手法で,これだけ綺麗なナノ粒子が得られるのだろうか?著者らは検証のためにいろいろと条件を変えて実験を行いそれを考察しているのだが,ここでは結論のみ記すことにする.
まず,急激な加熱により金属塩は分解し,高温のため塩素が気化して中性の液化した金属が残る.この中性の金属ナノ液滴は,担体であるカーボンファイバー表面に残存している無数の酸素欠陥(ポリマーを焼きだした際に形成された酸素を含む置換基)を「食べる」.これは要するに,金属が触媒となって酸素欠陥部分がCOやCO2として脱離する反応なわけだが,周囲に無数の酸素欠陥がある状況のため,最初に形成された金属ナノ液滴は多方向へ一気に広がろうとし,無数の小さい液滴に分裂しながらカーボンファイバー表面を疾走する.
走り回るナノ液滴は途中で別種の金属原子からなるナノ液滴と幾度も衝突し,そのたびに融合&多方向に広がって分裂,を繰り返すことである種の平衡状態となり,均質な組成をもつ無数の金属ナノ液滴を形成する.著者らの概算では液滴の会合・分裂は106回以上は起こるという事なので,この間に十分な混合が起こると期待される.
その後パルス状の電流印加が終了すると,今度は温度が一気に下がる.すると金属ナノ液滴はもはや移動することは出来なくなり,そのまま急冷され結晶化,合金ナノ粒子が生成する,というわけだ.当然ながら,この最終段階であえてゆっくり冷却するようにすると,ナノ粒子内で異種金属が分離析出したり,という事も起こる(いわゆる,バルクで合金化しない組み合わせの場合).
要するにまあ,
・酸素欠陥のおかげで金属液滴が動き回り,良く混合され均一な合金になる
・急冷により,混ざったままクエンチしてそのまま結晶性合金ナノ粒子化
というわけだ.著者らは今後のサジェスチョンとして,「もっと急冷できれば,アモルファスナノ合金も出来るんじゃないかな」と書いているが,おそらく可能だろう.

というわけで著者らの開発した新手法だが,この論文はそれだけにとどまらず,新たな触媒作成法としてのデモンストレーションも行っている.この手法でPtPdRhRuCe五元系触媒(均一な合金)と,相分離してしまっているPtPdRhRuCe五元系触媒で,アンモニアの酸化を行っている.この反応はいわゆるオストワルト法による硝酸の合成の最初のステップなのだが,NH3からNOやNO2といったNOxを作りたいのに,しばしばN2やN2Oが生成してしまうことが知られており,純度を上げるためにはかなり高温に上げる必要がある反応である(現在工業的に使われているPt触媒で800 ℃程度,コスト押さえるためにPtの量を減らすと900 ℃以上などになりがち).
実験の結果,今回の手法で作製した固溶体五元系触媒だと,温度を700 ℃に上げるだけでほぼ100%の選択性でNOとNO2を合成することに成功している.これは現在工業的に用いられている触媒が800 ℃以上を要求するのに対し,かなりの低温で済むことになる.これに対し,同じ組成の相分離してしまっているナノ粒子だと,わずか20%以下しかNOやNO2が生成しなかった.本手法の「多種金属が完全に均一に混合している」という利点が旨く発揮されている.なお耐久性としては,とりあえず30時間反応させても反応性,選択性ともに変化は見られておらず,そこそこの耐久性はあるようだ.

さらに著者らは量産性のことも視野に入れており,ポリマーナノファイバーではなく,木材を焼きだして作った活性炭を用いても同様の事が可能で,この場合体積が非常に大きくなるから一度に多量に作れる,であるとか,最終的にはカーボンファイバーで出来たシートをロール状にして,roll-to-roll方式でいけるんじゃないか,という事でそれを模擬した実験を行ったりもしている.詳しくはSupplementary Materialsの図S75あたりをご覧いただきたい.

というわけでナノ合金の作成法であった.
これ,こんだけ色々な金属を自由自在に合金化できるとなると,かなり応用範囲は広い感じである.しかもナノ材料にありがちな「特性は良いんだけどコストがね……」という点も,Supplementary Materialsで試しているバルク木材で大量作成だとかroll-to-roll方式がいけるとなると相当なインパクトがありそうだ.

13550124 journal
日記

phasonの日記: 水の液液相転移を再現できる(?)新たな水溶液 3

日記 by phason

"A liquid-liquid transition in supercooled aqueous solution related to the HDA-LDA transition"
S. Woutersen et al., Science, 359, 1127-1131 (2018).

今回,事前知識がかなり必要なので前振りがかなり長め.

水は非常に身近な溶液でありながら,その挙動には他の液体と比べかなり奇妙な点が多い.例えば通常の液体が温度の低下とともに単調にその密度を上げていくのに対し,水は4 ℃で密度最大をとったあと温度の低下とともに密度が逆に低下していく.これは一般には,「低温にいくと水素結合のせいで密度が低い氷の構造に近づいていくため」だと考えられているが,実際にはもっと複雑な事情が隠れている(と信じられている).現在の科学の認識では,常温付近の水というのは「異なる構造をもつ2種類の液体のミクロな混合物」であると推定されているのだ.

話は1980年代に遡る.当時,さまざまな金属であったりといった各種の液体を急冷することでのアモルファス固体の作製が研究されていたのだが,その中でMayerらは微小水滴を超急冷することでアモルファス氷を作成する手法を開発する.このアモルファス氷を加熱していくと,136~160 K付近(研究によりばらつきあり)でガラス転移を示し,液体となると報告された(*).

*ただし,液化した直後に結晶化して通常の固体となってしまうため,液体状態の研究は出来ていない.また,2004年には類似のガラス転移を示す無機固体の研究からの類推で,このとき熱測定で見出された「ガラス転移(ガラス状態 → 液体への転移)」と思われていたものは,実はガラス転移よりも低い温度で起きるガラス転移の「影」のような前駆現象である事が指摘されている.

一方,三島らは「氷の融点は高圧下で低下する.ならば,低温で氷に十分に高い圧力をかければ,極低温で液化させられるのではないか?」との発想から実験を行い,液体窒素温度の氷に高圧を印加するとあるところで体積が一気に縮み,高密度の別種の構造をもつ固体に転移することを発見する.この「高密度の固体」は圧力を除いたあとも(低温を維持していれば)そのままの形で取り出すことが可能で,X線などの結果からアモルファスの氷(ただし,過去に液滴の急冷で得られたものよりかなり密度が高い)である事が判明した.
また,のちに行われた実験により,液滴に急冷で得られる低密度のアモルファス氷(Low Density Amorphous Ice,LDAと称される)に圧力をかけていくと,この高密度のアモルファス氷(High Density Amorphous Ice,HDA)に転移することがわかった.アモルファスな物体というのは通常「構造が完全にランダムな固体」と考えられていたため,「2つの構造の異なるアモルファスな状態」が存在する(しかも,それらは熱力学的に異なる相で,間に相転移がある)という事実は驚きをもって迎えられた.

さて,アモルファスな固体というのは,一般には「液体を急冷することにより,その構造を保ったまま凍り付いた固体」と認識される(絶対そうだというわけではないが……).アモルファスな氷の構造が2種類あるということは,液体の水も2種類の構造があるのではないだろうか?(**)

**この観点からも多くの研究が行われており,現在の「液体の水」の理解としては
・一分子当たり4つぐらいの水素結合を作っている「氷に似た構造の低密度の水」と,3つぐらいの水素結合を作っている「高密度の水」がミクロに入り乱れたモザイク構造.
・230 K付近に第二臨界点があり,これより高い温度では低密度水と高密度水は連続的に変化できる.
・高温になるほど,高密度水の領域が増大する.
・塩類を溶かすと,その周囲は「高密度の水」に寄っており,均一な溶液に見えて実は「塩を溶かした高密度の水」と「塩があまり溶けていない低密度の水」の混合物となる.
・塩類の溶液を冷却すると,「塩があまり溶けていない低密度の水」の部分で結晶核が生成し,それが成長し氷となる.
と考えられている.ただし後述の通り実験的検証は難しく,異論もある.

アモルファス物質の特徴として,温度を上げていくとどこかでガラス転移を示し,液体になるはずである.であるならば,LDAを加熱していくとどこかで低密度な液体の水になり,HDAを加熱していくとどこかで高密度な液体の水になるのではないだろうか?
そう考え多くの実験が行われたのだが,残念ながらそれらは失敗に終わってしまっている.低温のLDAやHDAを加熱していくと,ガラス転移(液化)が起こるよりも前(=より低温)に結晶化転移が起こり,結晶質の単なる氷へと転移してしまうため「LDAやHDAが融解した過冷却液体状態」にアクセスできない.一方高温側から過冷却液体を慎重に冷却していっても,自然核発生温度(自発的に液体中に結晶核が生じ,急激に結晶化してしまう温度)で急速に結晶化してしまい,より低温(=LDAやHDAになる前の液体状態)にたどり着くことは基本的に不可能である.この「高温側からも低温側からも接近できない,(過冷却)液体の水の温度領域」はNo man's land(未踏領域)と呼ばれ,水の構造研究を難しくする最大の要因となっている.

そんなわけで「水は実は2種類の液体の混合物で,それらの間の相転移が(第二臨界点以下の低温では)存在する」というのは非常に面白い仮説なのだが,実験的な検証が困難である.これをなんとか乗り越えるため,実験家は
・ナノ細孔に閉じ込め結晶化を阻害(ただし,そもそもの液体の状態が変わるため微妙)
・常温の液体中の分子の状態を分光学的に調べ,2種類ある事を示す(ただし,それらが相分離しているかは謎)
・臨界点そのものには辿り着けなくても,そこに近づく過程の振る舞いの変化を理論と照合(決定打に欠ける)
・シミュレーションにより解決(計算量は多いが,最近だと結構頼りになる)
など,さまざまな工夫を行っている.今回紹介する論文の手法は,「いっそ,単なる水以外の系で同種の振る舞いを探す」というものになる.
そもそもの液液相転移や水のもつ2液ある事に由来する異常な物性も,水の専売特許というわけではないはずだ.適切な物質を持ってくれば,同種の現象は起こるはずである.そういった系の中で,(水では結晶化してしまうため到達しにくい)第二臨界点近傍が測定できる系もあるのではないだろうか?近年では,そういう研究も数多く行われている.
そのような観点から今回著者らがたどり着いたのが,「水に14.4 mol%ほどトリフルオロ酢酸ヒドラジニウムを加えた水溶液」である.トリフルオロ酢酸イオンは酢酸イオンの水素原子を全てフッ素で置換したような系で,CF3-C(=O)Oという構造をもつ.二つの酸素原子上の5つの非共有電子対を使って,水との水素結合を多数作る事が出来るし,フッ素原子もまあある程度は水素結合を作る事が可能である.対イオンのヒドラジニウムはH2N-N+H3という構造を持ち,5つの水素原子を使って周囲の水分子と水素結合を作る事が出来る,構造的には水分子が二つ結合したものに非常に近い構造を持っている.要するに,カチオン,アニオンともに水素結合を作りやすく,水の水素結合ネットワークをあまり破壊しない(=水の構造を良く保つ)という特徴を持ちつつ,余計なものを溶かすことで結晶化を阻害して低温まで過冷却液体状態を保とう,という戦略だ.

では著者らの実験結果を見ていこう.まず載っているのが,比熱のデータだ.通常の過冷却水を冷却していくと,-50 ℃付近(=第二臨界点と目されている温度)に向け比熱が発散していくような傾向が見られる(そして臨界点に到達する前に結晶化してしまう).それに対し14.4 mol%の溶質を溶かした今回の件では,20 K/minという比較的速い速度で冷却していくと,もう少し低温の-80 ℃(約190 K)付近に向け発散するような鋭いピーク=転移を示したあと,より低温まで液体状態を保っている.これは今回作製した溶液が明確な液液相転移を示している一つの証拠である.不純物を入れつつも出来るだけ水素結合のネットワークを壊さない,という設計により,(推定上の)水の液液転移を測定可能なところに引きずり出したと見なすことが出来る.一方,同程度の濃度の単なる塩であるLiClを入れて水の水素結合を壊してしまうと,今回見られたような液液相転移は確認されず,単にもっと低温で結晶化するだけであった.

続いて,分光学的手段による調査として,赤外吸収によりO-H(とN-H)伸縮振動を調べ,水素結合の情報を得ている.室温付近では3420 cm-1付近のそこそこ強くて非常にブロードなピークと,それよりかなり弱くこちらもブロードな3300 cm-1付近のピークが確認できている.前者はO-H伸縮によるものであり,後者はN-H伸縮によるものなのだが,前者の値や線幅は純粋な水の場合とほとんど変わらず,溶質としてそこそこの量のトリフルオロ酢酸ヒドラジニウムを入れているにもかかわらず,水分子の水素結合の状態がほとんど変わっていない事を示唆している.
7 K/minの速度で温度を下げていくと,3420 cm-1付近のO-H伸縮は低波数側に徐々にシフトしていくのだが,190 Kあたり(=比熱で液液転移が見られた温度)を境に急激な変化を見せ,3420 cm-1付近のピークは消え代わりに3300 cm-1付近にピークが現れ,温度の低下とともに成長していく.これは190 Kの液液転移により水素結合の様式ががらりと変わったことを意味している.続いて7 K/minで加熱していくと,やや上の温度である204 Kあたりでもとの波数へとまた急激に変化する.冷却時と加熱時で転移温度に差がある(=ヒステリシスを示す)ことから,この液液相転移は一次転移である事が示唆される.ちなみに,もう少し温度を上げていくと210~220 Kあたりで結晶化して氷となる.
190 Kで見られた液液転移が,ガラス転移(見た目液体だが,実際には運動が凍結してガラス状態になっている)ではないことがこのO-Hの振動数からわかる.ガラス転移は単なる凍結なので,振動数が劇的に変化することはないためだ.また,高温側で3420 cm-1のブロードな吸収,低温側で3300 cm-1のややシャープな吸収という今回観測されたO-H伸縮の振動数は,純水における高密度アモルファス相におけるO-H伸縮が3340 cm-1でブロード(ただし,測定温度が11 Kなのでそこそこ低波数シフトしている可能性あり),純水における低密度アモルファス相におけるO-H伸縮が3300 cm-1でややシャープ(同80 K),という事と良い一致を示しており,今回作製された溶液での転移が,純水において推定されていた液液相転移と起源を同じにしていることを示唆している.

なぜ今回の系では,これだけ水に似た特性を再現できたのだろうか?著者らは分子動力学計算からその理由も探っている.計算が示すところによれば,水の第一配位圏(水分子と,それに隣接する分子の位置関係)の構造は,純粋な水と今回の溶液とでほとんど変化がなかった.そればかりか第二配位圏まで広げて考えても,常圧の水とはやや異なるものの,約6000気圧というほどほどの圧力を印加した際の水の第二配位圏と非常に酷似しており,「溶質が溶けて結晶化を阻害してはいるけど,ヒドラジニウムイオンもトリフルオロ酢酸イオンも周囲の水分子とよく水素結合を作って,周りの構造を阻害していない(=元々の水に近い構造を保っている)」事を示唆している.結晶化を阻害することにより低温での液体状態を実現しつつも,元々の水の示す(と推測される)特異な液液相転移の特性は良く維持しているわけだ.

というわけで,観測不可能であると考えられている水の液液相転移を,(ちょっと系が変わるとはいえ)実測できるところまで引きずり出して見せた面白い研究であった.

13541548 journal
日記

phasonの日記: 化学的論理ゲートによるゲル分解を利用した特定条件下での薬剤放出 2

日記 by phason

"Engineered modular biomaterial logic gates for environmentally triggered therapeutic delivery"
B. A. Badeau et al., Nature Chem., 10, 251-258 (2018).

薬剤を特定の組織のみに届けるドラッグデリバリーは,副作用が少なく効率的な治療を実現できることから,近年盛んに研究がなされている分野だ.そういったドラッグデリバリーを実現する手法の一つに,薬剤等をカプセルに入れ,そのカプセルが特定の条件下で分解されるようにする,というものがある.
さまざまな疾患において,患部の組織では通常とは異なる条件が実現している事が知られている.例えば癌細胞では細胞外マトリクスを分解するタンパク質であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)が多く発現し他の組織に浸潤しやすくなっていたり,pHが正常な組織に比べてやや低かったり,還元性の条件になっていたりする.こういった条件下で分解されやすいカプセルを作って中に抗癌剤を入れておけば,癌細胞にたどり着いたカプセルがそこで分解,中の薬剤がピンポイントに放出され効果を発揮する,というわけだ.
ところが,これらの「通常とは異なる条件」は癌細胞だけで実現しているわけではない.例えばMMPは骨の形成や血管の新生(これらはいずれも,既存の構造を部分的に分解する必要がある)などでも発現しているため,単純にMMPだけをターゲットとすると思わぬ副作用を引き起こす可能性がある.より正確なドラッグデリバリーを実現するには,もっと複雑な条件判定を行うことが必要となるわけだ.

今回著者らが報告しているのは,分子を使った論理ゲート的な構造により,複数の条件が満たされたときのみ分解するようなゲルの開発だ.
著者らが利用したのは以下の3つの反応である.1つ目はジスルフィド結合(R-S-S-R')であり,TCEPなどの還元剤により二つのチオールとして切断される(R-S-S-R' → R-SH + HS-R').還元(Reduction)で切れるので,これをRで表す.2つ目はアミノ酸配列による結合(R-G-P-Q-G-I-W-G-Q-R')で,酵素であるMMPにより切断される(R-G-P-Q-G-I-W-G-Q-R' → R-G-P-Q-G + I-W-G-Q-R').酵素(Enzyme)で切れるので,これをEで表そう.3つめはo-ニトロベンジルエステルのエステル結合が光開裂することを用いたものになる.光(Photon)で切れるので,これをPで表す.これら3つの構造を組み合わせることにより,3つの異なる刺激で,3つの異なる部位を切断できるわけだ.
例えば環状の接合部で上側にR,下側にEという異なる刺激で切断できる部位を入れたとしよう.
  ┌R┑
A┥ ├B
  └E┘
Rだけの刺激やEだけの刺激ではリングの片側しか切断できないため,薬剤B(を含む部分)を放出するためにはRとEの2つの刺激がともに必要となるANDゲート(R∧E)を実現できる.同様に,
  ┌R┑
A┿P┿B
  └E┘
という分子にすれば,3入力ANDゲート(R∧P∧E)と見なせる.また当然であるが,
A-R-E-B
という構成にすれば,ORゲート(R∨E)も実現可能である.

というわけで著者らは色々なゲート構造をもつ分子からなるヒドロゲルを作り,末端部分のリリースを設計通りの外部刺激できちんと行えるかをチェックした.その結果,E∨R,E∧R,(E∧P)∨R,R∧(E∨P),E∨R∨P,E∧R∧Pなどのゲートでほぼ予想通りの振る舞い(設定した必要な刺激が全て満たされると放出,一つでも欠けているとあまり出てこない)が確認された.ただまあ程度の問題もあり,あまり複雑なゲートだと足りない刺激でも少し漏れ出てきていたりするのはご愛敬.
続いて著者らは将来的なドラッグデリバリーのモデル実験として,R∧Eゲート末端に抗癌剤であるドキソルビシンを結合し,還元剤と酵素が働いた時だけ抗癌剤が放出されるようなゲルを作製,その上でヒーラー細胞を培養した.還元剤だけや酵素だけを加えた場合は細胞の成長にはあまり影響はなかったが,還元剤と酵素を両方とも加えた場合だけ,ヒーラー細胞が急激に破壊される様子が確認された.
また本手法は,薬剤を届けるだけではなく,生きた細胞をゲルで包み,特定の条件下でだけ内部の細胞が開放される,というような使い方も可能であり.ドラッグデリバリーならぬセルデリバリーといったところか.こちらもモデル実験を行っている.

面白い結果ではあるが,残念ながらまだ「癌細胞の特徴を認識して薬剤を放出」というところまでは行っておらず,そこそこ極端な条件(還元剤を加える,近紫外光を照射,酵素MMP-8を添加)を人為的に行うことで論理ゲートの条件を満たしているわけで,実用化なんてのは相当先ではあろう.ただまあ,複合的な外部刺激を認識し特定の応答を返すスマートマテリアル,という意味では既に実現できているわけで,このまま進歩していけば結構面白そうではある.

13521111 journal
日記

phasonの日記: 磁場のアレ 1

日記 by phason

専門分野に近いにもかかわらず乗り遅れた&長いのでこっちに.

物性研究では,さまざまな極限状態の追求が良く行われる.例えば超高圧,超低温,超高温,超強磁場,超強電場などが代表例であるが,なぜ物性研究者がこういった極限状況を追求するのかと言えば,それは特殊な環境下では特殊な現象,もっとぶっちゃけてしまえば新発見が隠れていることが多々あるからだ(過去にも,極低温は超伝導や超流動の発見に繋がり,超高圧は金属水素などの特異な状態の発現に繋がると期待されている).

そんな極限状態の一つ超強磁場であるが,これまた実現にはさまざまな困難が伴う.磁場研究の初期には通常の電磁石が用いられたが,これで超強磁場を実現しようとすると消費電力の爆発的な増大とどうしようもないほどの発熱が問題として立ちふさがった.通常,電磁石による磁場の強さはまあせいぜい数 T(テスラ)あたりが限界となってくる.まあ,ものすごい量の水でガンガン冷却することで30 Tぐらいまで出来なくはないが,その場合は設備が非常に大がかりになる.

次に現れたのは超伝導マグネットだ.超伝導の利用によりジュール熱による発熱は抑制され,利用できる磁場強度は格段に増大した.市販されているマグネットでも15~20 T程度は発生させられる.しかしながら超伝導体には臨界電流・臨界磁場が存在し,あまりにも大電流を流すと超伝導状態が破壊されてしまい,30 Tを超えるような超伝導マグネットの開発は難しい.

次に現れたのは,超伝導コイルの内側,最も磁場の強くなる部分に常伝導体のコイルを追加したハイブリッドマグネットだ.こちらは超伝導磁石による磁場を常伝導の電磁石でさらにブーストするようなもので,40 Tを超えるようなものが実現されている.

とまあ増強の一途を辿ってきた磁場なのだが,これ以上のレベルになってくると磁場によるマグネット自体の破壊が問題となってくる.マクスウェル方程式から出るように,電場や磁場は反発するような力が働く.磁力線同士が反発する,というようなイメージをしていただけると比較的わかりやすいだろう.このため,凄まじく強力な磁力を発生させているコイルは,その磁力線同士の反発で外向きに広がろうとする力が働くこととなり,結果として超高磁場を発生させているコイル自身が圧力に耐えきれずに破断,四方に吹き飛ぶこととなる.

こういった問題を解決できるのが,パルス磁場による超高磁場発生である.磁場の反発でコイルが爆散するには(短いとは言え)時間がかかる.それより短い時間で超高磁場がかけられるなら問題無い,という感じだ.しかも磁場が生じる時間をほんの一瞬に限定することで,トータルでの消費電力や発熱の影響を減らすこともできる.
特に超高磁場の発生でよく用いられているのが,磁場を発生させているコイル自身を何らかの方法で圧縮する,という方法である.コイルを瞬間的に圧縮すると,内部に発生している磁力線の本数はそのままに,コイルの断面積が一気に収縮する.すると非常に狭い面積に膨大な量の磁力線が圧縮され,磁場の強さとして考えると驚異的な値を叩き出すことが出来る.これにより,数百 Tという桁違いに強い磁場を発生させることが可能となった.
※ただし,一瞬で磁場が急変化するのでそれによるサンプルの変化や加熱があったりそれによる温度変化の見積もりが困難であるとか,一瞬なので時間がかかる相転移は見えないとか,マイクロ秒の現象なので観測が難しいとか,全体的に定常磁場に比べると実験やその解釈の難易度が格段に跳ね上がる.

この圧縮を利用した手法には,何を使って圧縮するのかによっていくつかの手法が存在する.例えば爆薬の爆発力でコイルを(文字通り)爆縮させる手法であるとか(ただし,通常の実験室では当然出来ないし,危険度も高い),核融合研究で培われたレーザー圧縮のような手法であるとか,まあいろいろだ.今回の論文はこの圧縮を利用したもののうち,電磁気力を使った電磁濃縮という手法となる.
この手法の概略は以下の通りだ.装置の構造が今回のプレスリリース図3にあるので,そちらも参照していただきたい.
まず,大電流を流す一巻きコイル(といっても,一般の人が想像する「コイル」とは違い,金属板を折り曲げたものに近い)と,その内側に銅製の円筒型のリング(ライナー)が存在する.そしてさらに外側に,種磁場をあらかじめ発生させておくための電磁石が存在する.これが電磁濃縮法の基本構造である.
まず最初に,一番外側にある電磁石に通電し,弱い磁場(数 T程度)を発生させておく.続いて,キャパシタに蓄えておいた電力(数メガワットぐらい)を一瞬で一巻きコイルに流し,その超大電流(数メガアンペアとか)によりコイル内に強烈な磁場を発生させる.すると,急激な磁場変化により内側のライナーに電流が誘起されることとなる.「自然は変化を嫌う」という名言があるように,ライナーにこのとき生じる円電流は磁場変化を打ち消す向き,つまり外側のコイルとは逆向きになる.抵抗ゼロの理想的な状況であればこの誘導電流は外側のコイルが作る磁場を完全に打ち消すことが可能で,ライナー内の磁場は最初の種磁場の強さのままとなる.
※実際には抵抗等があるので打ち消しは完全ではなく,種磁場にプラスして打ち消しきれなかった磁場が残る.

この時点では,外側の一巻きコイル内には膨大な電流により強い磁場が誘起され,さらに内側のライナー内は誘導電流による打ち消し効果により(それと比較して)非常に弱い磁場のみが存在する状況となっている.さて,上の方で述べたとおり,磁力線同士には反発するような圧力が発生している.という事は,強力な磁場が存在する一巻きコイル内は磁力線同士の反発により非常に強力な圧力がかかっているのと同じ状況であり,一方さらに内側のライナー内は弱い磁場しかないので圧力が低い.この「磁力線の圧力の不均衡」により,ライナーは急激に圧力の弱い内側へと爆縮する(一方の外側の一巻きコイルは,猛烈な力で外側に膨張しようとし,強度が低い場合は爆散する).
ライナー内にはもともと種磁場が存在していたわけだが,ライナーを通り抜けることの出来ない種磁場の磁束はライナーの爆縮に伴い強烈に圧縮されながら一緒に縮むこととなる.この結果磁束密度(磁場の強さ)はライナーの圧縮とともに急激に増大し,爆縮するライナーの中心部で非常に強い磁場が(爆縮でライナーが潰れるまでの一瞬だけ)得られる,というわけだ.

とまあこれが電磁濃縮法の基本なわけで,これ自体は今回の論文も以前の報告と変わっていない.
磁場の測定は以前はピックアップコイル(サンプルスペースに小さなコイルを導入し,そこに誘導される電流かを外部に引き出し磁場を測定する)を用いていたのだが,圧壊以前にその挙動がやや怪しくなっていた.つまり,完全に潰れる前に,既に誘導電流などにより絶縁破壊や衝撃波の影響を受け,磁場を正しく見積もれなくなっていたわけだ.そこで今回は磁場の測定にファラデー回転を使用している.ファラデー回転は,物体の屈折率(=電子励起に由来する効果)がスピン軌道相互作用を介して磁場の強さに影響を受ける事に由来し,右円偏光と左円偏光とで異なる屈折率になる効果だ(これにより,偏光面が回転する).この効果はかなり高磁場まで磁場に比例することがわかっており,偏光面の回転具合から磁場強度を見積もれる.ただまあこの測定手法自体も既に何十年も前から用いられている方法であり,そこまで新しいというわけではない.
というわけで,今回の論文は「スゲェ頑張って最適化して,磁場の記録を更新しました」とかそういう感じだ.

最適化の内容としては,種磁場の強度の最適化が挙げられている.外部コイルによりセットされる種磁場が圧縮れることで超高磁場を作成しているため,同じ圧縮率なら当然ながら種磁場は強ければ強いほどよい.しかし現実には,種磁場が強ければそれだけ内側からライナーにかかる反発力の強くなる.そのためあまり種磁場を強くしてしまうと,ライナーが十分内向きの加速度を得る前に内側の反発が強くなりすぎてしまい,十分な圧縮を得られない,というわけだ.
そこで今回,有限要素法によるシミュレーションと組み合わせ,種磁場をちょっと弱めにすることで最初のうちの内側からの反発を弱め,稼いだ時間の間に十分圧縮できるだけの初速をライナーが獲得,その重いライナーが収縮しようとする慣性でもって今までより一段高い磁場を実現できた,という感じである.

13512028 journal
日記

phasonの日記: 微粒子の光トラップを利用した"リアル3D"ディスプレイ 5

日記 by phason

"A photophoretic-trap volumetric display"
D. E. Smalley et al., Nature, 553, 486-490 (2018).

立体映像を表示できるディスプレイはいくつか開発されており,その中でもホログラムや,レンチキュラーまたはパララックスバリアを使ったものはお馴染みだろう.しかしこれらの3Dディスプレイは,「ディスプレイの枠内に映る範囲でしか3Dにできない」という欠点がある.要するに,「自分の目とディスプレイを結んだ範囲内でのみ,映像が見える」という事だ.
例えば,自分の前方1 mのところにディスプレイが置いてあり,そこから50 cm手前に映像を浮かばせることはできる.ところがこの「飛び出た物体」を斜め横方向から見ようとすると,視点と物体を結ぶ直線がディスプレイの枠外に出た部分は消失してしまう.これはまあ,ディスプレイから出た光で無理矢理三次元的な物体を再現しているので仕方のないことではある.

さて近年,こういった3D映像の限界を突破しようと,「立体ディスプレイ」(volumetric display)というものが研究されている.これはどういったものかというと要するに,「2Dのディスプレイで3Dを表示しようとするから無理があるのであって,ディスプレイも3Dにしてしまえば全部解決!」という,まあ,何というか,そういうものだ.例えば,平面状に並んだLEDの二次元平面があったとしよう.こいつを中心軸周りにぐるぐる回転させれば,円筒形の三次元空間内の任意の位置を光らせる事が可能であり,リアルに3Dの映像を再生できる.
こういった手法による3D映像も(ある意味驚くべきことに)実際にあるにはあるのだが,やはりでかい板を毎秒何十回転で回転させるのは危なくて仕方がない.そこで,より効率的に三次元空間の任意の位置を発光させられるディスプレイが色々開発されている.
今回報告されたのは,発光体として「光トラップに捕捉されたミクロンサイズの微粒子を使う」というものとなる.

では装置の概要を見ていこう.
発想は非常に単純である.10 μm程度の不透明な(濁った?)樹脂製のビーズを用意し,こいつをギリギリ見えない程度の波長(405 nm)のレーザーにより空間中にトラップする.こういった光トラップの技術は最近だいぶ進んでおり,粒子の屈折の反動(光を曲げると言うことは,その反動が粒子にかかる)を使ったり,熱効果(周囲の気体が光で加熱され,その熱勾配により分子運動から特定方向に力を受ける)を利用する事で,微粒子を空間中にトラップすることが可能となっている.特に最近はLCOS-SLM(Liquid Crystal On Silicon-spatial light modulator,光の位相などを自在に変形させる空間光位相変調器として使える素子)を使って光の形状を非常によくコントロールできるので,こういった光トラップはだいぶ容易になっている.
閑話休題.とにかく,微粒子を光で空間中にトラップできるわけだ.で,微粒子のトラップ位置はLCOS-SLMやレンズをちょっと動かすだけで任意に動かす事が出来る.つまり,(ある程度の範囲内の)三次元空間内で自在に動くミクロンサイズの微粒子が作れる,と思っていただければ良い.
で,今回の著者らがやったのは,「この微粒子を光の散乱体として使い,RGB各色の光源からの光を適宜照射すると,三次元中の任意の位置で,任意の色の光を散乱させられる」というもの.要するに,昔ながらのブラウン管テレビの三次元版と似たようなものだ.

実際に立体映像を映すスキームは以下のようになる.3D映像としたい物体の外形などをデータ化し,その外形をなぞるように微粒子を動かす.そして微粒子の位置に合わせ,再生したい3D映像のその点での色に合った光を照射すると,その光が散乱され,空間中のその位置がその色で光っているように見える.これを映像の外形に合わせ高速でスキャンすればリアル3Dの映像のできあがり,である.この映像は当然ながらあらゆる方向(ただし,トラップに使っているレーザーが抜けていく1方向を除く)から自由に眺めることができる.

でまあこんなもんが実用的な速度でスキャンできるのか?という点であるが,とりあえず著者らが試作したデバイスでは以下のようなスペックらしい.

微粒子の空間中での走査速度:現状で最大1.8 m/sぐらい
フレームレート:12.8 fpsぐらい(1307点からなる立体映像で)
微粒子の加速度:現状で最大5.67Gぐらい
最長表示時間(粒子がトラップから抜けてしまうまでの時間):最長で17.2時間
解像度:最大で1600 dpiぐらい
最大描画サイズ:100 cm3以上

うん,まあ,発想は面白いが,どうかなあ……

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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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