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491031 journal

h-fujitaの日記: [雑感] 原理主義世界の中

日記 by h-fujita
 あくまでも個人的な思いの延長として、、、。
 近頃の社会の事件は、(多分昔も変わらないんだろうけど)個人の思想が通らなければ力に訴えて通すという発想で起きていることがすごく多いと思う。犯罪しかり、戦争しかり。
 そして、「自己の(あるいは特定の組織の)利益になることであれば、どんなことを行っても良い」という発想も強く感じる。この場合の利益は、金銭であったり、領土であったり、利権であったりするかもしれない。ただ、その発想の根底には「自分の思想は正しいのだから相手にも無条件で許容されなければならない。他人が自分を理解できないのは異常であり、そのような他人は排除されて当然である」という思想があるように感じる。
 で、自分が思うことは、「自分の思想は正しい。他人は自分の思想に従うか、さもなければ排除されるべきである」、、、この思想、宗教で言えば「原理主義教派」に多いということである。世の中の動きが全て「原理主義」ということになっているのだろうか。
 もちろん、原理主義だから悪いということではない。ある宗教を信奉していて、教義に忠実に生きたとしても(一般的にはそのような主義を原理主義というはず)それはそれでよいと思う。ただ、「教義に忠実」であることが、「教義に従わない他者の排除」になり、さらに「たんなる他者の排除」という行動に移っていく場合、原理主義は厄介な思想になる。

 しかし、現在の社会に生きる以上、残念ながら、少なくとも金銭に関しては原理主義で生きなければならいようである。グローバリゼーションの時代とは資本主義を単一の価値とし、経済的に豊かであるものを勝者とする単一の価値にもとづいて行動する自体である。そして現代はグローバリゼーションの時代だるから、すなわち「資本原理主義」の時代であるといえよう。お金は極めて正直に、富めるもののところへ集まろうとする。そして、集める手段はなんでも良い。そういう時代になっている。

 であればこそ、自分も「原理主義」的に生きたいと思う。可能性を広げ、人間を善に導く力をもつ「お金」をいかに多く集めるか。常にそれを念頭において行動する必要があるだろう。少なくとも民間にいるかぎりはそう思う。
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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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