h-fujitaの日記: [いろいろ] コミュニケーション能力とは? 13
日記 by
h-fujita
対人恐怖症(あるいは引きこもりに近い自己肯定感の低さ)が存在する自分にとって、
コミュニケーション能力は「渇望」するものであるが「とても手の届かない」
ものとも思う。自分は一応は仕事はしているので、違うのかもしれないと思いたいが。
以下は一般論として考えた事。
このような「引きこもりに近いレベルでコミュニケーション能力が低い」人に
対応する場合はどのようにすればいいのだろうか。
(自分にも多少はそのような要素があるので)
手段としては、仕事上のコミュニケーションで何かを伝えるときのテンプレートの
ようなものがあるとよいのだろうか。
心理的には「自分を否定されていない」と割り切るにはどうすればいいの
だろうか。
(何かを言われるとすぐに自分に対する批判、自分への否定と受け取る癖を
どうするか?)
この文章自体が取り留めがなくなってしまっているが。。。
回答にはならないけど (スコア:1)
>「自分を否定されていない」と割り切る
これを突き詰めると、相手が発しているネガティブなニュアンスを全て無視することになるので賛成できない
自分の場合に心がけたのは、関心を外部に向けること
自分がどのように評価されているかという自分への関心を抑制すること
外部っていうのは概ね他者への貢献
仕事ではチームに貢献することに関心を向ける
そうすると最も効率的なコミュニケーション(意思疎通、必要事項の伝達)が目標になる
コミュニケーションが未熟な自分にできる範囲で最も効率的な手段を探す。そのブラッシュアップも目標に含まれる
どれだけ貢献できたか、結果を出したか、という外部に意識を向けているので、
自分がどう評価されているかということが些末なことと思えるようになる、かもしれない
あとは具体的なメソッドとして、
「今回はこうでしたけど、もっと良い手順とかありますかね?」
「こういう伝え方をしましたけど、別のやり方のほうがわかりやすいですか?」
みたいに、否定されたときは相手の要望を引き出せばいいと思っている
Re:回答にはならないけど (スコア:2)
メソッドとしては、ここは勇気を出してということになると思いますが、「確認する」ことがいりそうですね(でも、そこを拒絶していると、、、ですが)
Re: (スコア:0)
>>「自分を否定されていない」と割り切る
>これを突き詰めると、相手が発しているネガティブなニュアンスを全て無視することになるので賛成できない
そんな心配しなきゃいけないところまで行っちゃうような人は
元からこんなことで悩まないと思います
Re: (スコア:0)
自覚がない人かな
Re: (スコア:0)
ケンカ売っているようで、よう言えんわ。そんなことがサラッと言えてしまう人が羨ましい。
正しければいい (スコア:1)
実際そういう姿勢で優秀なSEと言われている人を多く見ているので。
Re:正しければいい (スコア:2)
仕事の面においては、そこまで強くあればよいのですが、いかんせん、自分の立場は一番よわく、また仕事の面では「できない」とおもわれているようでもあるので、そこで喧嘩するのは疲弊しすぎると思っています。場所にもよりますが、「体育会系の精神論なところ」では「潜伏」したいですね。。。
そもそもコミュ力って (スコア:0)
特に、日本人同士でのコミュニケーションは、『察する』ことが重視される。
人によっては、本当に大切なことほど言葉にしないのが大人の会話だと思ってたり。
コミュニケーションの基本は、伝えることを不足なく言葉にすることと、
伝えられたことに勝手に解釈を付け加えないこと、
『察する』というのは、その先にある高次なコミュニケーションと割り切り、
また、相手にも割り切ってもらうしか無い。
職務上のことであれば、すべてを言葉にするとか、
こちらから伝えることは文章にするとかね。
米国なんかはそちら寄りのスタイルなんだけど、
日本では、エラい人ほどそういうの嫌うんだよね。
なんか、きちんと言葉にすることで、きちんとしていない部分が露呈するのを嫌うとか、
それをすると、言質を取られたように感じるとか。
単に能力の問題なんだけど。
Re: (スコア:0)
おれは日本人より外国人に、「察する」能力を大いに期待している。
なんで? 察しろ。
Re: (スコア:0)
相手に察することを要求するようなのはまともなコミュニケーションじゃないんだよ。
そういうのを大人の会話だと勘違いしてるからいつまで経っても日本人は外国人恐怖症なんだ。
学校の授業でも「行間を読む」みたいな有害なテクニックを教えるのではなく、
どうやって自分の思ってることを論理的にわかりやすく相手に伝えるか、文章を書く場合と会話においてそれぞれ教えるべき。
コミュニケーションの基本に立ち返ること (スコア:0)
日記では主体がころころ入れ替わっててイマイチ分かりにくいけど、「引きこもりに近いレベルでコミュニケーション能力が低い」人に対処する側として書きます。
日記で書かれているような、いわゆる「コミュ力」とでも言われるようなコミュニケーション能力ではなく、
ビジネス技術としてのコミュニケーションの基本に立ち返ること。
過不足なく、正確に伝達すること。
>何かを言われるとすぐに自分に対する批判、自分への否定と受け取る癖
こういう人は省略された会話とか、曖昧な会話を、ネガティブな方向に補って自己完結しちゃうんですよね。
往々にしてこの手の人は正確に聞き取る能力が低く、感情面だけでなく指示内容も間違って理解されることも多い。
そうならないように、正確に伝達すること。
伝達できたかどうか、相手に確認すること。
特に後者が重要で、事実を間違って理解していたことが本人に伝わると、感情面の誤解も解けることが多い。
あと、急に無言で近寄らずに、1-2m程度離れて、かつ視野内にいる状態で一言声をかけると有難いらしい。
Re:コミュニケーションの基本に立ち返ること (スコア:2)
まず、自分は「主体がころころが入れ替わってイマイチわかりにくい」、というコメントがカギになると感じました。その点で、自身が書いた文書が、「能力の低い人に向けたもの」なのか、あるいは「能力の低い人に対処する側にむけたもの」なのかというところがはっきりしていないと思いました。自身の上記の文章は、「能力の低い人、本人」にむけたもの、という前提を「漠然と」設定したうえでの文章との想定でした。しかし、「対処する側」としてのコメントも有用と思いました。
そして、上記の部分気になった理由は、「過不足なく、正確に伝達する」を「誰が」するかという基本が不安定になっていると自分が感じたことによります。
コメント文からは、「伝達する」ということには「誰から」「誰に」ということが必要という風に自分は受け取りました。それによって、「不要な自己完結」をさけることができるとおもいました。また、「誰が」をはっきりさせること、そしてそれを確認する(受けて)/確認させる(送り手)が大事とも読むことができました。
自律しないこと (スコア:0)
常に誰か他人と繋がった行動ループを持つこと、かなぁ。
触っちゃいけないレベルのコミュ障の人ってシングルプレイヤーFPSみたいな世界に生きてて、自分はゴールに向かって進むだけ。
他人もゴールに向かって進むだけ、ぶつかったら戦って解決、だから戦技としてのコミュニケーションを学びたがるでしょ。
一方でマイルドヤンキーみたいな奴は「誰の得にもならないけど自分が楽しい」ことは存在自体が苦痛ってスタンスを取るよね。
あらゆる行動や価値判断を誰か他人の価値判断と絡めて、自己で閉じた行動評価ループを可能な限り持たないことが必要なんじゃないかなぁ。
この日記の他のコメントも、自分の価値判断は全て自己の内で行う前提で、自分の目標のためにどう他人を黙らせるかしか考えてないよね。