hatoyamaの日記: ファミコン20年
…を個人的に振り返ってみよう。
当時はゲーム&ウォッチですでに任天堂の名前は知れ渡っていたため、TVでゲームができるということよりも任天堂が新しいゲームを出すということで注目していた。
その辺りを考えると、当時を評して群雄割拠と言うには違和感を感じる。
小学校2年の時、親にファミコンを誕生日に買ってもらう約束をする。
だが、その誕生日に伯父の「セガならパソコンにもなる」という発言で、親はセガのSG-1000IIを購入。泣いて嫌がったのだが、抵抗むなしくセガユーザとなる。普通(のアレゲ人)ならここでセガ信者になり、BASICを学び、順調に道を踏み外し…となるのかもしれないが、SG-1000IIでBASICをいじる機会はまったくなかった。それどころかセガ信者になることもなく、友人宅でファミコンをしていた。(とはいえ、MK-3のファンタジーゾーンにはあこがれていたが)
小学校4年の時、件の伯父が申し訳なく思ったのか、ファミコン+ディスクシステムを購入してくれた。最初のソフトはスターソルジャーとスーパーマリオ1と2。
屋外でも遊んではいたが、遊びにおけるファミコンの率が高まっていた頃で、友達付き合いで後ろめたい思いをしないで済むようになってほっとしたのを覚えている。
ファミコン購入後、いくつかのゲームに大きな衝撃を与えられる。
ドラクエ2。初代もプレイはしたが、2には激しくショックを受ける。ここでプログラマーになりたいと思ったのが人生の転機。
ヒットラーの復活。スーパーマリオ以降お約束だったジャンプが存在しないアクションゲーム。しかし、ジャンプ代わりのワイヤーアクションの爽快感がすばらしかった。
ミシシッピー殺人事件。負の方向の衝撃。とてもおもしろそうな記事を作っていたファミマがを恨むことに。ここで泣きを見たことがユーザビリティについて考えるようになった原点かもしれない。…と思えば多少許せるような気がする。
小学校6年の時、親を激怒させてしまい、ファミコンを壊されてしまう。短い付き合いだった…。
その後もいくつかのゲーム機には触れる物の、ファミコンとは縁の無い世界。が、大学時代にふと立ち寄ったソフマップでヒットラーの復活と再会し、懐かしさから本体ごと購入。今ではプレミアで8000円ほどだが、当時は2400円だった。
その後、ファミコンを買ったことを聞きつけた友人がいらないソフトを譲ってくれたり、レゲーブームが起こる前のワゴンセールで1本200円とかで買いそろえたりとソフトを購入しまくり。それなりの本数が揃う頃にはレゲーブームがおこり、価格が高騰しはじめ、情熱が薄れていった。
とはいえ、今でも我が家ではちょくちょくニューファミコンに火が入っているのです。ただの懐古趣味かもしれないが、ファミコンのゲームには安心させられる何かがあるような気がして。
本体の生産は停止してしまったけれど、まだまだがんばってもらわないと。
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