hixの日記: 原理主義
日記 by
hix
「対価原理主義」という観点から、広告というものについて考えてみたい。
「対価原理主義」というものは、自分が得る物に対する対価を支払う意思はあるが、それ以外のカネは一切出したくない、という考えである。
原理主義であるからして、やもすれば過激派なのである。
警察の広報ポスターに描かれているように、アパートの一室で爆弾とか作っているのである。と言いながらも、きょうびアパートで爆弾を作るのは、過激派やヤクザや右翼左翼な方面とは全く無関係な只の爆弾オタクだったりするので、色々な意味で油断はできない。過激派やヤクザ(以下略)な方はその形態はどうであれ教育が行われ、殺傷能力を多少は計算された実用重視の爆弾を作るが、爆弾オタクはむやみやたらに「とりあえず爆弾」を作るので油断ならないのである。
ハナシが逸れた。
というわけで、広告は自分が必ずしも見るとは限らないし、その広告を見たからと言って必ずしもその商品を購入するとは限らない。自分が見ない時間であっても広告は行われるし、自分とは全く無関係のアカの他人に対して行われたりもするので、自分を基準に考えると全くムダムダな行為なのである。
しかし、広告が行われなかったら、その商品の存在を自分が知ったかどうか解らないので、広告=ムダとは一概には言えないのである。
広告とその商品を購入した側とその商品に付けられた値段との関係は要するに「自分がその商品を知った値段」ということになるが、それが適正かどうかは、売った側が適正だと思っても、買った側が考えると理不尽な値段に思える可能性がある。これは公平な比較ではない。あまり買う側が考えても仕方が無い値段なのかも知れない。
商品の売価にはこのムダ金は含まれていて、広告を見たけど買わなかったヤツに対して行われた広告の費用も、その商品を買うために支払ったカネから出ていると考えると、「対価原理主義」の観点では許しがたい物なのである。
「対価原理主義」というものは、自分が得る物に対する対価を支払う意思はあるが、それ以外のカネは一切出したくない、という考えである。
原理主義であるからして、やもすれば過激派なのである。
警察の広報ポスターに描かれているように、アパートの一室で爆弾とか作っているのである。と言いながらも、きょうびアパートで爆弾を作るのは、過激派やヤクザや右翼左翼な方面とは全く無関係な只の爆弾オタクだったりするので、色々な意味で油断はできない。過激派やヤクザ(以下略)な方はその形態はどうであれ教育が行われ、殺傷能力を多少は計算された実用重視の爆弾を作るが、爆弾オタクはむやみやたらに「とりあえず爆弾」を作るので油断ならないのである。
ハナシが逸れた。
というわけで、広告は自分が必ずしも見るとは限らないし、その広告を見たからと言って必ずしもその商品を購入するとは限らない。自分が見ない時間であっても広告は行われるし、自分とは全く無関係のアカの他人に対して行われたりもするので、自分を基準に考えると全くムダムダな行為なのである。
しかし、広告が行われなかったら、その商品の存在を自分が知ったかどうか解らないので、広告=ムダとは一概には言えないのである。
広告とその商品を購入した側とその商品に付けられた値段との関係は要するに「自分がその商品を知った値段」ということになるが、それが適正かどうかは、売った側が適正だと思っても、買った側が考えると理不尽な値段に思える可能性がある。これは公平な比較ではない。あまり買う側が考えても仕方が無い値段なのかも知れない。
商品の売価にはこのムダ金は含まれていて、広告を見たけど買わなかったヤツに対して行われた広告の費用も、その商品を買うために支払ったカネから出ていると考えると、「対価原理主義」の観点では許しがたい物なのである。
原理主義 More ログイン