hixの日記: わざと
日記 by
hix
とある掲示板で「悪い事をした本人が悪いと解っているのに、怒るべきである旦那は怒らなかった。ありゃ旦那の失敗だ」(意訳)
という書き込みがあったのです。
書き込みをした人が何したか知らないけれど、拙者の場合、こういう状況は苦手だなぁと思いました。
怒られなかったのが物足りないとか、怒られたい、だからわざと何かやる、という行為が、とても許せなくて、 その気持ちが「怒り」という感情で現れるのでなく、悲しくなるのですわ。
悪い事をしたという自覚があるならまず謝らなきゃならないと思うし、謝って許して欲しいと思うのは自然で、逆にそうじゃなきゃ不自然だし、 怒られるとか、とやかく言われなくても解るでしょ?子どもじゃ無いんだから、と思うんですよ。
やってしまった事が悪い事だった。ということではなく、わざと悪い事をやって、その事を解って欲しいとか、かまって欲しいとか、 そうぶつかってくると、こっちが悲しくなって、それを逆に解って欲しいという悪循環に陥るわけですよ。
悪循環に気がつけば、こっちからゴメンナサイと言えるのですが、それが言えるかどうかは、 結局のところ相手をどれだけ信頼できるか?だと思うんですよね。信用じゃなくて信頼。
「そもそも相手が悪い事して謝らないのになんでこっちがゴメンナサイなわけ?」と考えてしまうし、 意識的にそう思わないにしても、無意識のデフォルトの動作はむしろこっちだと思うので、 何かが無ければこっちからゴメンナサイと言うことに気がつかないのです。
それが言える時に有る「何か」とは何だかというと、どうしようもなくなるわけではなく、どうにかなるという確信です。
だから、相手に対して信頼が必要だと思うのです。
それと、わざとやってる時は、その手に乗ることを警戒してしまって、逆に怒れない、ゴメンナサイとも言えないというのも有ります。
よく考えると、それも信頼ですね。
ここまで考えて、掲示板の元のスレッドやそれに対するレスの流れを改めて見てみると、子育てのことでした。
わざと悪い事をするというのは、子どものことだったのです。
子どもはよくやりますね。わざとおねしょとかします。拙者の息子がそうでした。
でもねえ。この人は自分が何をどうしたのか書いてなくて旦那さんのことだけ書いてあるので、それを旦那さんのせいにされてもねぇ...と言う感想を持ちました。
この人が手を焼いているのに、旦那さんが子どもを甘やかして、苦労しているのかも知れませんが、この書き込みだけじゃそれが解らないのです。
こういう子どもは…そうですね。
愛情が足りないんじゃないか?とか周りから言われたり、親自身もそれを考えたりしますけど、 それに加えて、子どもの自立心や自信を育てるのも大切だと思います。
結局、ダダをこねるのと同じなので「そんなことをしてもムダですよ」という事を自覚させる必要がありますが、 それだけだと、子どもから何かを取り上げることと変わりないので、子どもが自分で出来る事を少しずつ増やしていくことが大事だと思います。
愛情を与える方向とは逆に、突き放すようにも見えるしそれもある程度必要なので、なかなか踏ん切りつかないですが。
それと、出来る事が親が思うようにどんどん増える訳じゃ無い。なぜなら、そういう子どもだから。という所も解った上で 「少しずつ」というあたりもポイントだと思います。
そういや、話を戻しますけど、大人はこうはいかないですね。
「そんなことしてもムダですよ」て言うか、それやって欲しいから、わざと悪い事してんだゴルァって言われそうですし。
書き込みをした人が何したか知らないけれど、拙者の場合、こういう状況は苦手だなぁと思いました。
怒られなかったのが物足りないとか、怒られたい、だからわざと何かやる、という行為が、とても許せなくて、 その気持ちが「怒り」という感情で現れるのでなく、悲しくなるのですわ。
悪い事をしたという自覚があるならまず謝らなきゃならないと思うし、謝って許して欲しいと思うのは自然で、逆にそうじゃなきゃ不自然だし、 怒られるとか、とやかく言われなくても解るでしょ?子どもじゃ無いんだから、と思うんですよ。
やってしまった事が悪い事だった。ということではなく、わざと悪い事をやって、その事を解って欲しいとか、かまって欲しいとか、 そうぶつかってくると、こっちが悲しくなって、それを逆に解って欲しいという悪循環に陥るわけですよ。
悪循環に気がつけば、こっちからゴメンナサイと言えるのですが、それが言えるかどうかは、 結局のところ相手をどれだけ信頼できるか?だと思うんですよね。信用じゃなくて信頼。
「そもそも相手が悪い事して謝らないのになんでこっちがゴメンナサイなわけ?」と考えてしまうし、 意識的にそう思わないにしても、無意識のデフォルトの動作はむしろこっちだと思うので、 何かが無ければこっちからゴメンナサイと言うことに気がつかないのです。
それが言える時に有る「何か」とは何だかというと、どうしようもなくなるわけではなく、どうにかなるという確信です。
だから、相手に対して信頼が必要だと思うのです。
それと、わざとやってる時は、その手に乗ることを警戒してしまって、逆に怒れない、ゴメンナサイとも言えないというのも有ります。
よく考えると、それも信頼ですね。
ここまで考えて、掲示板の元のスレッドやそれに対するレスの流れを改めて見てみると、子育てのことでした。
わざと悪い事をするというのは、子どものことだったのです。
子どもはよくやりますね。わざとおねしょとかします。拙者の息子がそうでした。
でもねえ。この人は自分が何をどうしたのか書いてなくて旦那さんのことだけ書いてあるので、それを旦那さんのせいにされてもねぇ...と言う感想を持ちました。
この人が手を焼いているのに、旦那さんが子どもを甘やかして、苦労しているのかも知れませんが、この書き込みだけじゃそれが解らないのです。
こういう子どもは…そうですね。
愛情が足りないんじゃないか?とか周りから言われたり、親自身もそれを考えたりしますけど、 それに加えて、子どもの自立心や自信を育てるのも大切だと思います。
結局、ダダをこねるのと同じなので「そんなことをしてもムダですよ」という事を自覚させる必要がありますが、 それだけだと、子どもから何かを取り上げることと変わりないので、子どもが自分で出来る事を少しずつ増やしていくことが大事だと思います。
愛情を与える方向とは逆に、突き放すようにも見えるしそれもある程度必要なので、なかなか踏ん切りつかないですが。
それと、出来る事が親が思うようにどんどん増える訳じゃ無い。なぜなら、そういう子どもだから。という所も解った上で 「少しずつ」というあたりもポイントだと思います。
そういや、話を戻しますけど、大人はこうはいかないですね。
「そんなことしてもムダですよ」て言うか、それやって欲しいから、わざと悪い事してんだゴルァって言われそうですし。
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