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hixの日記: 駄目なものは駄目な秘密について

日記 by hix
実感として、そういうのがある。というハナシ。

例えば、歩いている子の前に立ちはだかって前に進もうとしているのを邪魔した時、小さい子どもならよけて更に前を目指すのだけれど、ある程度大きくなったら「いたずらでやってんだ」と目的を言う必要があるし、もっと大きな子どもならムカつかれてヘタすればバットで殴られてしまう。小さい子どもは不快には思わない(しかしあまりしつこいと泣かれる)が、それより大きい子どもは明らかに不快に思うだろう。
たとえが適切ではないかも知れないが、そういう違いと似たようなものかも知れない。

子どもに「それをしてはならない」と言った時。
上記そのものではなく、似たような言葉を言った。或いは“言う”という事ではない他の何かでも。

小さい子どもとある程度大きくなった子どもでは、反応が違うんだな。という事。
それは当たり前なのだけれど、しかし見落としがちなのは、「ではどうすれば良いの?」という事を考えやすいのはむしろ小さな子どものほう。
“考えやすい”というより、リトライが習性として身についているような感じ。

小さい子どもに「言ったって解んない」とか、大きな子どもに「この歳でなぜそれが解んない?」とか思うのは、むしろ逆なのだ。
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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell

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