hixの日記: バランスを大いに語る
日記 by
hix
効率化も含む最適化と、柔軟性多様性は相反すると思う。
どっちかに力を入れるとどっちかが弱くなる。
色々と最適化されているがために柔軟性多様性応用力が失われているという事は、ある。
学校の勉強は、内部および対外的な受験勉強に特化してしまっているが故に応用力が身につけられなくなっているとかね。
画一的な評価をする手立てが試験を第一にしているので、そうなってしまうのだけれど。
そういう点で、子どもは皆同じ方向に突っ走っていると感じるときがある。
少子化で誰でも皆大学に入れる、全体としての大学入試の倍率が1.0を切る時代が訪れるという見方は、無いと思う。
人気のある大学は人気があって、人気の無い大学は人気が無い。それだけ。
大学は多様化するかもしれない。しかしそれは大学の格差が無いまたは小さいという前提で語られるべきハナシ。大学に格差が無いとは言わせないし、今後無くなるとも思えない。一部の地域では中学校にだって格差があるというのに。
人の生活はかなりの面で効率を優先して、柔軟性多様性を犠牲にしているのだけれど、それに気が付かないのは、便利だからである。と書いているわたくしでさえ、昔に比べて何が犠牲になっているのか?という事を具体的に挙げられないのだけれど。
それと、新しいという事。昔には戻れないという事は過去を否定するという事ではない。
仕事は分業化によって効率の向上が図られた。なので例えばわたくしが携わっている仕事が、誰のための仕事なのかという事を見誤ると、仕事がとたんに難しくなる。今作っているツールは経営者の為の物なのか、管理職の人の為の物なのか、管理職とは、部材の管理、工程の管理、経理、何だ?それとも現場?
エンドユーザサイドの人が解ってなかったりするんだけど。
まぁねぇ、自分の給料の出所の会社を挙げてやってる仕事が、経営者の為**だけ**って事は有り得ないよね。出ているお金の額を考えたら、会社の数%の人の為のツールを作ってるなんて認めたくは無い。しかし、それが現実。それを認めないから、会議やったって何も決まらない。現場サイドの要望は、今作っているシステムに合致しない事のほうが多い。そりゃそうさ。誰のためのシステムなのかを考えれば。しかし、会社を挙げてやってるプロジェクトで現場の要望を取り入れないって訳にいかんでしょう?...で泥沼。泥沼になるんだけど、そういう仕組みに気が付かない。つーか、わたくしだって、プロジェクトを離れて暫く経って、この仕組みにようやく気が付いたよ。
結局、人間とは、柔軟性多様性を犠牲にして効率を上げてきた生き物なのである。
道具の時代はどうかわかんないけど、キカイの時代になってからは間違いなくそうなのである。
で、キカイは今まで人間がやっていた事を替わりにやってくれて、しかも人間以上の力を持っていたりするので、人間はその分働かなくて良いかと言うと、そうではないという事が、『合法サービス残業法』を制定させようとしている動きをみても明らか。
多くの人はキカイに対して『自分が楽になる』という事を期待する。キカイを使う人が期待するし、キカイを売る人、使う場面が職場だとキカイを使えと命令する人(上司や経営者)も、そう言う。
キカイの便利さとは人間の労力を低減させる物ではなく、自分の最適化をひとつ進める物だといという事に、人間全体が気が付かなければ、幸せになれない。
なんとなく、経済の規模の拡大のスピードに比べて、労働力の増大のスピードが追いついていないからこういう事になっているんじゃないかな?という気がする。
むしろ逆。
労働力の増大のスピードに経済の規模の拡大のスピードを合わせるべきだと思うのね。具体的にどうすりゃ良いのかってのは解らんけれど。
どっちかに力を入れるとどっちかが弱くなる。
色々と最適化されているがために柔軟性多様性応用力が失われているという事は、ある。
学校の勉強は、内部および対外的な受験勉強に特化してしまっているが故に応用力が身につけられなくなっているとかね。
画一的な評価をする手立てが試験を第一にしているので、そうなってしまうのだけれど。
そういう点で、子どもは皆同じ方向に突っ走っていると感じるときがある。
少子化で誰でも皆大学に入れる、全体としての大学入試の倍率が1.0を切る時代が訪れるという見方は、無いと思う。
人気のある大学は人気があって、人気の無い大学は人気が無い。それだけ。
大学は多様化するかもしれない。しかしそれは大学の格差が無いまたは小さいという前提で語られるべきハナシ。大学に格差が無いとは言わせないし、今後無くなるとも思えない。一部の地域では中学校にだって格差があるというのに。
人の生活はかなりの面で効率を優先して、柔軟性多様性を犠牲にしているのだけれど、それに気が付かないのは、便利だからである。と書いているわたくしでさえ、昔に比べて何が犠牲になっているのか?という事を具体的に挙げられないのだけれど。
それと、新しいという事。昔には戻れないという事は過去を否定するという事ではない。
仕事は分業化によって効率の向上が図られた。なので例えばわたくしが携わっている仕事が、誰のための仕事なのかという事を見誤ると、仕事がとたんに難しくなる。今作っているツールは経営者の為の物なのか、管理職の人の為の物なのか、管理職とは、部材の管理、工程の管理、経理、何だ?それとも現場?
エンドユーザサイドの人が解ってなかったりするんだけど。
まぁねぇ、自分の給料の出所の会社を挙げてやってる仕事が、経営者の為**だけ**って事は有り得ないよね。出ているお金の額を考えたら、会社の数%の人の為のツールを作ってるなんて認めたくは無い。しかし、それが現実。それを認めないから、会議やったって何も決まらない。現場サイドの要望は、今作っているシステムに合致しない事のほうが多い。そりゃそうさ。誰のためのシステムなのかを考えれば。しかし、会社を挙げてやってるプロジェクトで現場の要望を取り入れないって訳にいかんでしょう?...で泥沼。泥沼になるんだけど、そういう仕組みに気が付かない。つーか、わたくしだって、プロジェクトを離れて暫く経って、この仕組みにようやく気が付いたよ。
結局、人間とは、柔軟性多様性を犠牲にして効率を上げてきた生き物なのである。
道具の時代はどうかわかんないけど、キカイの時代になってからは間違いなくそうなのである。
で、キカイは今まで人間がやっていた事を替わりにやってくれて、しかも人間以上の力を持っていたりするので、人間はその分働かなくて良いかと言うと、そうではないという事が、『合法サービス残業法』を制定させようとしている動きをみても明らか。
多くの人はキカイに対して『自分が楽になる』という事を期待する。キカイを使う人が期待するし、キカイを売る人、使う場面が職場だとキカイを使えと命令する人(上司や経営者)も、そう言う。
キカイの便利さとは人間の労力を低減させる物ではなく、自分の最適化をひとつ進める物だといという事に、人間全体が気が付かなければ、幸せになれない。
なんとなく、経済の規模の拡大のスピードに比べて、労働力の増大のスピードが追いついていないからこういう事になっているんじゃないかな?という気がする。
むしろ逆。
労働力の増大のスピードに経済の規模の拡大のスピードを合わせるべきだと思うのね。具体的にどうすりゃ良いのかってのは解らんけれど。
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