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hixの日記: 食べ物の本を大いに語る

日記 by hix
マリノス方面を見て、つまみ食い的に本を読む。

いずれも食べ物の本である。
ひとつは、被差別の食卓

世界的な意味合いでのサッカーが盛んな地域において、迫害など負の意味での「差別」の問題は避けて通れない。
いちサポーターであるmasterlow氏にこの本が引っかかったのはそういう理由からじゃないかな?と勝手に推測。
一部の人々がいい思いをする為に、別の人々がワリを食う事を強制させられる社会のアホらしさが感じられる。
カースト制度ってのは、要するに裕福な人が自分にとって嫌な事から目を背けて良い思いをする為に色んな理由をつけて正当化しているくだらない制度って事でOK?
なんであれ他人の行いに感謝するという事が無ければ健全な社会とは言えないと思うのね。例えば牛を食うなら、その牛を殺している人が居るって事を感謝しなきゃならない。菜食主義だから殺生は致さんという人であっても、菜っ葉の命を絶っている人が居るという事に感謝しなきゃならないし、食べ物の事のみならず、自分が嫌だと思う事は他の誰かがやっているという事をきちんと考えなければならない。自分の葬式は自分じゃ上げられんのであるからして。
差別をして迫害が当たり前のように行われている社会ではサダム・フセインだって善人であるというか、イラクの市民はサダム・フセイン以下ですか?という疑問も生まれる。

もうひとつは、戦下のレシピ
この本から学ぶ事は、二つ。
戦争とはある日突然やってきたりしない。戦争の始まりは曖昧であるという事。
もうひとつは、大日本帝国のアホさ加減。

まず、戦争が突然やってこない件。
多くの人々は、戦争は何かを境にある日突然やってくる物だと考えている。例えば北朝鮮から発射されたミサイルが日本本土に着弾したら戦争勃発と。
これは教育の欠如であると思う。
「いいくにつくろう鎌倉幕府」に代表される年号の丸暗記を主としている歴史の教科では、その時代時代に起きた出来事を適切に理解するには、既にそれに対しての興味を持っていなければ難しいし、丸暗記を主とした教科で興味を後から植えつける事も難しい。
満州事変や真珠湾攻撃、原爆投下、ポツダム宣言受諾、サンフランシスコ講和条約といった手続きや代表的なイベントの起きた絶対的な年日ばかりでは、それ以外の例えば日々の市民生活に於いて何がどういう具合に進行したのかが掴みにくい。
そういう教育の過程を経ているので、ある日突然やってくる戦争をイメージして憲法9条がどうだとか戦争反対だとか考える人は多い。
しかし、実際はそうではない。例えば、現在行われている六ヶ国協議が決裂した結果、北朝鮮の我慢が限界に達して戦闘状態となったら、経済制裁を実行している今現在も戦中と解釈可能である。日本に対する拉致も戦争の一部とみなすという考え方も、後にありえるかもしれない。

太平洋戦争に於いては、物流の上流を寸断されたことが末端の人々に大きな影響を与えた。
食糧を含むさまざまな物を外国から輸入する事によって成り立っている国家が、シーレーン防衛に無頓着であったとは、昔の軍人役人のアホさ加減が窺い知れる。諸外国からの風当たりや圧力によって戦争するハメになったのは相手もある事なので仕方が無いとしても、戦争が始まったんなら負けないように頭を使えよ。
だいたい国民の主食たる米ですら輸入に頼らざるを得ない状況で、1993年に話題となったタイ米は、1900年ごろから輸入されている物であった。
ところで、そんなに古い物を相手に右往左往していた我々の10数年前は、いったい何だったんだ?
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