hixの日記: 映画「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」 7
日記 by
hix
GuPは観ていないとの事。
それでも印象として「絶対観た事あるだろ?」と思いたくなるのは、むしろGuPのほうがワリと本流から外れていないのだと思う。
ドイツ司令部で流している「パンツァーリート」とか。
イェーガーの頭部(制帽にヘッドホンにタコホーン)は黒森峰の隊員と完全一致だし(喋る時に頸のマイクを押さえる仕草も)。
この映画と関係無いがT-34の写真とかを見ると「プラウダ高校の戦車と同じだ」と思ってしまう。
GuPのほうが多分、画の置き方を有名な写真に合わせているんじゃないかな?
T-34ってそういや超信地旋回不可だわ。
お立ちのお客様と戦車長は吊革にお掴まりください。
(あれも特徴的よね(革じゃないけど))
役者さんが実際に操縦してたらしい。外観の映像は解らないけど。
隊長に「落ち着いて操作すれば大丈夫」と言われてどうにかなった五十鈴さんとか、取説に目を通しただけで完璧に操縦できる冷泉さんとかと一緒。
完璧な戦車隊とは3人の藤原竜也と1人のクレイジーな操縦手で構成されるっていうぐらい怒鳴る。
T-34は大小登場。
収容所でT-34/85を見た時の変な物を見せられた感が良い(捕虜になって数年経っているので自分家の戦車が改良されて大きくなった型を知らなかったんだ)。
主砲の発射装置はT-34/76はペダル、T-34/85は紐(?)だ。指じゃないって何か有るのかな?(銃ではなく砲であるという流れか?)
丸腰の鹵獲戦車に捕虜を載せて実弾演習の標的にしてたって、史実ではあったらしい。エリア88でもやってた(アッサンのF-5隊を奪還する直前)。
イェーガーって「逆襲のシャア」のシャアか?鹵獲した戦車の中に砲弾が残ってたって、ひょっとしたらわざとかも。
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それでも印象として「絶対観た事あるだろ?」と思いたくなるのは、むしろGuPのほうがワリと本流から外れていないのだと思う。
ドイツ司令部で流している「パンツァーリート」とか。
イェーガーの頭部(制帽にヘッドホンにタコホーン)は黒森峰の隊員と完全一致だし(喋る時に頸のマイクを押さえる仕草も)。
この映画と関係無いがT-34の写真とかを見ると「プラウダ高校の戦車と同じだ」と思ってしまう。
GuPのほうが多分、画の置き方を有名な写真に合わせているんじゃないかな?
T-34ってそういや超信地旋回不可だわ。
お立ちのお客様と戦車長は吊革にお掴まりください。
(あれも特徴的よね(革じゃないけど))
役者さんが実際に操縦してたらしい。外観の映像は解らないけど。
隊長に「落ち着いて操作すれば大丈夫」と言われてどうにかなった五十鈴さんとか、取説に目を通しただけで完璧に操縦できる冷泉さんとかと一緒。
完璧な戦車隊とは3人の藤原竜也と1人のクレイジーな操縦手で構成されるっていうぐらい怒鳴る。
T-34は大小登場。
収容所でT-34/85を見た時の変な物を見せられた感が良い(捕虜になって数年経っているので自分家の戦車が改良されて大きくなった型を知らなかったんだ)。
主砲の発射装置はT-34/76はペダル、T-34/85は紐(?)だ。指じゃないって何か有るのかな?(銃ではなく砲であるという流れか?)
丸腰の鹵獲戦車に捕虜を載せて実弾演習の標的にしてたって、史実ではあったらしい。エリア88でもやってた(アッサンのF-5隊を奪還する直前)。
イェーガーって「逆襲のシャア」のシャアか?鹵獲した戦車の中に砲弾が残ってたって、ひょっとしたらわざとかも。
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発射装置 (スコア:2)
なので、発射装置が紐なのはそのせいかもしれませんね。
beejay_aniki
Re:発射装置 (スコア:1)
捕虜になったロシア兵は1941年の年末に捕まって脱走が1944年とのことで、自国のT-34/85の存在を知らなかったし、街道封鎖で高射砲を撃たれたのに驚いてました。
(この頃ならドイツにはティーガとか居たはず)
逆シャアネタがわかるのであれば (スコア:0)
戦車のトリガーが指じゃないのは、振動でトリガーを押してしまうのを避けるためですね。
ちなみに逆シャアの操縦桿のアームレイカーも指操作ですが、同じ理由で後年に廃止されてます
Re:逆シャアネタがわかるのであれば (スコア:1)
イェーガーは、ロシア戦車を憎むべき敵とは捉えずに、純粋に対戦相手としてしか考えていなかったのかも。
シャアの
という心境。
T-34/85程度、大したことないだろ (スコア:0)
38t戦車の魔改造とかと比べると。
マルダーⅢとかグレリとか、あれで良いと本当に思って居たのか?ってのが。
ヘッツァーみたいな出来が良くて戦後まで使われた物も有ったが。
Re:T-34/85程度、大したことないだろ (スコア:1)
Re:T-34/85程度、大したことないだろ (スコア:1)
T-34の開発開始は失敗作重戦車T-35が開発開始された1933年の翌年の1934年で、エンジニアが個人的に始めたものの上の方はオーバースペックに感じたのか仕様が嘘だと思ったのかゴーサインを出さずにお蔵入りしかけたところで「ドイツ軍の戦車に対抗できるものを作れー!」「いや作らせなかったのあんたらでしょ何を今更」みたいな経緯で登場したらしいですね。
歴史にもしもを申すなら、T-35の開発期間中にT-34のアイデアが出たのだから、T-35をボツにしてT-34を早期に量産していたらソ連侵攻時のドイツ軍の主力戦車の旧式IV号戦車などは対抗できずに終戦が早まっていたような気はします。