k3cの日記: 虫けらのような死
なのかどうか、というところが、ワタシの意見とkubotaさんの意見の分岐点なのではないかという気がしてきました。
人間は失敗から学ぶことができる。自分たちの身に危険が迫ってこないと、戦争はいけないことなのだと気付けなかった。だから戦争を止め、(たとえそれがアメリカのお仕着せであっても)武力を行使する権利を放棄する、という憲法を持った。それが今でも廃止されていないのは、武力は行使しないのが正しいのだと思っている人が多いからですよね?
憲法論議を始めるとややこしいので置いておきますが、戦争はいけない、と気付いたのは戦争で日本人が死んだからです。自分たちの家族が死に、原爆で何十万人もの人々が死んだからです。政治的な駆け引きは知らず、国民が、自分達の身に危険が迫るような戦争はもうこりごりだと思ったからこそ、日本は神の国だから他の国を統治するのだ、なんていうばかげた教育を捨てて別の道を選ぶことができたのですよね。
だから、僕が今生きているのは彼らのおかげでもあるのです。その関係性は希薄ではありません。もっと根源的な部分でそれは関係しています。繋がっています。
もちろん、今の日本の安全と繁栄がすべて日本人の戦死者のおかげだということはありえません。しかし、そこに因果はある。そしてワタシは、(彼らを含めて、全ての)戦争の犠牲となった人々の体験を歴史として知ることで、戦争を経験せずに「どんな理由があるにせよ戦争はいけないことだ」と知っている。だからワタシは彼らの死を悼むし、彼らに感謝します。同じように戦争の全ての犠牲者の死を悼むし、彼らに感謝します。
殺しあうことは、それは戦場にあっては止められないことだったのでしょう。殺さなければ、殺されたのですから。だからこそ、もう戦争は起こってはいけない。