kahoの日記: 自閉症とCNV
先日/.Jでもトピックがたった話だが,トピックが立ったのが休日だったため乗り遅れてしまったことと議論があらぬ方向に行ってしまったため私のでる幕がなかった.
別にこれは愚痴ではなく,この話を理解するにはそれなりの準備が必要だったため時間が必要だった.out of dateになってしまったので,トピックへの書き込みではなく日記にまとめることにする.
最初に私がトピックを読んで話が通じなかったのは,Nature Geneticsに掲載されたThe Autism Genome Project Consortiumによる論文のことを言っているかと思っていたからだ.
だがどうやらScienceの論文の方だということに気がついて両方の論文を読んでみることにした.
まずコピー数変異(Copy Number Variation; CNV)について説明する.ヒトの遺伝においてDNAの配列に変異が起こる塩基置換とは異なり,配列はそのままだが同じ配列の(遺伝子を含むとは限らないし,複数含むこともありうる)コピーが多くなったり,あるいは少なくなったりすることをいう.
一般に遺伝学では,染色体を顕微鏡下で観察して染色体のある部分が欠失したり他の染色体に移っていたり重複したりすることを核型(karyotype)として調べてきたが,これの一般化,精密化と考えてよい.
従来的な遺伝マーカーを用いた疾患関連遺伝子の探索では,患者に特有のDNA配列の違いをみつけて(主にSNPによるDNA配列を検出),その近くに原因遺伝子があると仮定して探索を行ってきたのだが,CNVの場合配列は同じだがその配列が染色体内での数が異なるので従来的な方法では検出が難しかった.
技術の発達によってCNVをゲノム全体で効率良く検出する方法が利用可能になり,近年CNVと疾患の関連が調べられるようになってきた.
さて,/.Jのトピックでは自閉症を全く家族性でないかのようにしている書き込みもあったように思うが,これは事実ではない.
一卵性双生児では狭義の自閉症で70%, 広義では90%が一致し,二卵性ではそれぞれ5%, 10%となる(「自閉症概説」より).日本語でそのものずばりというサイトが見つからなかったので英語のWikipediaに頼るが,患者が存在する家系は有意に発病率が高い.
また上記のWikipediaにあるように多くの原因遺伝子の候補が報告されており,これらは遺伝する.
さて,今回の二つの論文だが,Nature Geneticsの方はScienceに比べてサンプル数が一桁違い,手法としてオーソドックスでかつ綿密なものだ.カナダのグループを中心として,かなりの規模の予算が投入されている.
一方Scienceの方はCold Spring Harbor Laboratoryによるサンプル数も予算も(そして当然著者数も)少ない研究だが,唯一のアドバンテージはCNVの解析の解像度(観測の細かさ)は10倍近いということだ.
(これ以降The Autism Genome Project Consortiumを「カナダのグループ」,Sebat et al.を「アメリカのグループ」と呼ぶ)
この二つの研究は同じものを見ているはずなのだが,結果がかなり違うことが興味深い.カナダのグループはこれまでに報告されていたCNVも再現しつつ,neurexin遺伝子のCNVがおきている患者を独立した家族から複数発見した.
カナダのグループではノイズが紛れ込むのを抑えるため,顕微鏡でみて分かるような染色体異常のあるサンプルや,偏りの大きいSNPを除去するなどして,できるだけ精密に実験を行っている.(これは元のサンプルが多いからできることだ)
こうやって大量の実験をしたのだが,どの単独のCNVも患者と健常者において統計的に有意な差を見いだせなかった.
このことはある染色体の部分のCNVを観察してもそれが自閉症の診断基準にならないことを示す.
一方でアメリカのグループは,非常に大ざっぱな結果を出している,というのが第一印象で,CNVといっても特定の染色体の位置や遺伝子との関係は考えず,「親にはないCNVが子供で起こったかどうか」だけを判断基準にしている.
これは還元主義的立場からは受け入れがたい方法で,しかも統計的な有意差を出すためにちょっとふさわしくないんじゃないかと思われる方法を採用していて,何故これがScienceに載るのかという率直な疑問を感じる.
ただし「個別のCNVで患者に有意なものはなかった」という結果よりも「CNVが患者で多いことが分かった」という結果の方が世間の注目を集めることは確実なのだから,掲載したいという気持ちは分からないではない.
ではカナダのグループではアメリカのグループがやったのと同じ解析はやらなかったのかということだが,親にはないCNVが子供で現れた場合ももちろん検出しており,患者においては論文中にも数字が表れているのだが,これをざっくりとまとめて比較するということはしなかったようだ.Supplemental dataに健常者群のデータはあるかもしれないので後で見てみたいが,論文中には健常者での新規CNVの数は書かれてもいない.
これは発想の違いとも言えるが,アメリカのグループがみつけたCNVの位置がカナダのグループがみつけた位置とほとんど一致していないことが奇妙な点だ.
またCNVでは配列が増えるものと減るものとあって,全体としては増える方が多いというのがカナダのグループの結果にあるが,アメリカのグループが報告している自閉症患者でみられた新規CNVは減るものが多いというのもどうもおかしい.
私はアメリカのグループは事前のサンプルの品質管理がよくなかったのではないか,そのため,染色体異常で自閉症様の症状を示す患者が混ざっているのではないかと疑ってしまう.
私の現在の立場としては,サンプル数や実験方法からカナダのグループの研究結果の方が信用が置けると思う.そのためCNVとの関連で言えば,以前期待されていたほどCNVと自閉症の関係はうまく対応していないのだろうと思う.
従って自閉症の疾患モデルとしては,従来的でやや原点回帰的ではあるが,複数の遺伝子が共同して関与する多因子遺伝モデルによる説明が適当なのだろう.
---3/26追記
カナダのグループの方の論文の補助データが表で示されているもののなんと形式がPDFなのでデータの解析ができず(テキストの取得は出来るが表のカラムが合わない),仕方がないのでオリジナルのデータベースをあたって簡単に比較してみた.
こちらもHTMLのパースをしなければいけなかったりとかなり面倒で,論文もそうだったがあまりコンピュータに強いグループでないのが分かる.
このデータは個人のIDが振られていないので新生CNVが起きたかどうかを調べることもできず,不十分な結果しか得られなかったが,アメリカのグループの結果とはやはり大きくちがうことが確認できた.
まず,CNVのタイプだが,自閉症患者では若干欠失の割合が高くなっていたが,増加よりも多くなるという程ではない.
また新生CNVが患者で多いということもないようだ.
むしろアメリカのグループで健常者に新生CNVをあまり見いだせなかったのではないかというのが比較した印象で,アメリカのグループはある意味患者の特徴を調べたのではなく,自分たちが集めた"supernormal"の特徴を見たのではないか?という気がする.
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