kazunosukeの日記: 部活動 2
「今日の村上春樹部」
どこに行っても『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が売ってない…。
明日、渋谷に行くからそのとき買ってこよう。
『ライ麦畑でつかまえて』は高校(中学?)生のときに読んだことがありますが、
いまいちピンとこなかったんですよね
(同じ頃アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』も読んだけど、こっちも感動するには至らなかった)。
中高生って一般的に社会全般に関して憤っているじゃないですか。
「先生ムカつく」「親がウザい」…等。だけど僕は自分が中高生のときは親や社会に憤っている友人に対して
「何言ってんだこいつら。おまえら誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ。
俺たちはまだガキなんだよ。独りじゃ明日からは生きてくことすらできないガキなのに、何様のつもりだ。
けっきょく自分ひとりが悲劇のヒーロー気取りやがって。
そんな我がまま言いたいんだったらカンボジアに行って地雷除去作業をしてからにしろ・・・」
と、まぁこんなことを思っていたムカつくガキでした。
確かに恵まれない家庭環境の中で育ったり、苦労をした子供が社会に対して憤るなら話はわかるのですよ。
だけどそれなりに裕福な家庭に育って、やさしいお父さんお母さんもいて何がそんなに不満なんだ
…そう感じていたのです。
NHKの「しゃべり場」を毎週みながら、ほんとに、こないだまで。
だけど、つい最近になって、ようやくこの考え方は変わってきたのかな…と、思うときがあります。
うまく説明できませんが、けっきょく中高生の時の僕も
「自分の考えに囚われすぎて“自己中心的に憤りを感じている周囲の友人たち”と同じように
他者の考えを理解するという側面が欠けていた」
ということなんですよね。なんだかはずかしいですね。
中高生のときとは多少なりとも成長した(と思われる)自分が村上春樹訳の
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んで、どう感じるのか楽しみです。
偶然かな、、 (スコア:1)
昔読んでもつまらなかったけど、今読むと何故か面白い。
Bill Gatesの大好きな本らしい。
There is no spoon.
春樹の対談ではないけど・・・ (スコア:1)
なんだか今読むと感じ方が違うなぁ
なんて
思います(只今、33ページ目)。