kazunosukeの日記: 日記考 5
もうかれこれ日記も200エントリか。早いものです。
すらど日記を復活させてから4ヶ月とちょっとなので、
いかにサボリが少ないかがお分かりになったと思います
(と、アピールしてみる)。
なんで自分はこんなに日記を書き続けているのでしょうか。
ときに漠然と考えます。
むかしから日記は好きで中高生のときから書いていました。
あんまりそういうことを言う場がなかったのでアレですが、
ごくたまに「むかしから日記を書いているんだよね~」と言うと
大抵、反応は「え~、意外!」と返ってきます。
そうなんですかね? どうなんでしょ?>僕に会ったことある方
日記暦が長いので大抵のことはやってます。
「毎日食べたものを書く日記」とか
「一行日記」とか
「(学校の)部活日記」とか
「5・7・5日記」…などなど。
でも、殆どすぐに「ジャンル限定日記」はやめちゃいましたね。
理由は「すぐにネタがなくなって、自分で書いていてつまらなくなったから」です。
最近はインターネット環境が格段に向上していて、
レンタル日記なども一般的になってきました。
ですから自分とは何の繋がりもない人が、その日記を目にすることに
違和感も感じずらくなってきています
(むしろ率先して公開する場合も多くなりました)。
そうなってくると「日記は人に見せるものではない」といった元来のイメージとは異なる日記に
現在は変わりつつあるのではないでしょうか。
自分を例に出してみると、以前の公開していなかった日記を思い出せば
かなり自己中心的で独善的な考え方をしていたな、と。
だけど日記を公開するようになって、とりあえずどんな文章も考えも人様に見せるわけです。
だから「本当に自分はそう考えているのか」と、より自身に対して自問するようになりました。
日記を書くことによって、よりハッキリと自分の考えを具体化することができるようになったからです。
人間社会は、つまるところコミュニケーションだと考えます。
文章を書くことによって自分の行動・発言を再認識し、他者との交わりの中で
(結果的にですが)プラスに作用していったのは儲けものでしたね。
そのようなことを繰り返すうちに日記を書くことが好きになったのです。
はい、そういうわけで、インターネット日記では続けられる原因は
(何となくですが)つかめました。
では、もう1つ、どうして公開する前から日記を続けていられたのか…と考えてみると、
思い当たるフシがないわけではありません。
日記を書き始めたキッカケは、何だか忘れてしまいましたが、
おそらく記録的なものだったと思います。
そのうち、(記録的なものなので)だんだんと書くのが面倒くさく、つまらなくなってきました。
そうなってくると当然のように「やめちゃおうかな」と考えます。
だけど、なんだか長続きしない自分自身にシャクだったので、
どうにか「自分が楽しむ日記」を書く努力をしました。
よくよく考えてみると「アンネの日記」※「土佐日記」「紫式部日記」などは
公開することを前提に書かれたものではないハズなのに、どう考えても
誰かに面白さを伝えようとする意図が見えてしょうがないのです。
それが、「まだ見ぬ誰か」かもしれませんし「自分の中の誰か」かもしれません。
だけれど、自分であろうが他人であろうが「楽しませる(楽しむ)」要素がないと
自分の経験上、長続きはしないような気がします。
日記は非常に奥が深くて、以前読んだ雑誌の中に
「80年以上日記を書き続けているお爺さん」の記事を見つけ、
ぶっ飛んだ記憶があります。
そう考えると自分の日記なんてまだまだですね。
#何が「まだまだ」なのかはよくわかりませんが。
/.はアレゲ系な記事がもちろんメインですが、日記がコンテンツにある以上、
それを最大限活用させてもらってもバチは当たりません。
まだ日記を書かれてないユーザーの方も思いつきでも良いので、
書かれてみてはいかかでしょうか?
#けっこうストレス解消になりますよ。
今日の一言
「たかが日記、されど日記」
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※「土佐日記」は公開式日記…ですね。
いやはや失礼しました。
[5月28日20時04分更新]
公開することを前提として (スコア:1)
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時代性を考えると (スコア:1)
たしかに今では日記文学と言われていますけどね。
ひらがな表記、和歌の挿入が公開を意図を意味しているのかといえば、そうなのかなぁ。
じっさいに当時はどれくらい公開の場が与えられていたんでしょう?
(殆どが写本でしょうし)。
和歌だったらその文量(?)から写本・編纂は容易だったとは思いますが。
#ただ、源氏物語のころとなると、文学が成立してきていますから
#確実に読み手は意識していますよね。
土佐日記以前の(和歌以外の)文学は伝奇物語の「竹取物語」しかないことを考えると、
ちょうど「土佐日記」は公開式文章の過渡期であったかもしれません。
純粋に文学の教養がないのですが (スコア:1)
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僕も趣味の領域ですが (スコア:1)
おっしゃるとおり性別を変える行為で虚構性は高まるような気がします。
僕は授業中、ボーっとしてたのかな。
そもそも土佐日記を古典の時間習ったかな?(問題発言)
古典は好きだったんですけど、むしろ和歌の方に惹かれた人間です。
#↑ということにしておいて下さい(ゎ。
Re:僕も趣味の領域ですが (スコア:1)
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