kazunosukeの日記: 0402『ジョゼと虎と魚たち』
こんばんは、妻夫木聡です(髪型だけ)。
『ジョゼと虎と魚たち』を観に行ってきました。もちろんきっかけはくるり初の映画音楽でした。
この作品もよくあるテレビドラマと同じような、しょうもない映画かなと思っていました。
でも作品を観終わって5時間以上経っているのに頭の中はこの映画のことでいっぱいです。
久しぶりです、そういうのは。
この作品に共感できるかどうかは、おそらく男性の人なら主演の妻夫木くんに
共感できるかにかかっていると思われます。映画館を出てからしばらくそのことを
考えていたんですが「もう自分は主人公の妻夫木くんに共感できるようになってしまったんだ」と
いうことですね。中高生のときの自分だったら仮にこのような作品に触れたとき
主人公の「弱さ」と、誰しもが望むハッピーエンドとはならない非ハリウッド的な
普通すぎるラストを見せられたら「何だこの男は!だらしがない」となっていでしょう。
しかしこの作品を観ながら自分の過去の恋愛や別れと気付かぬうちに照らし合わせていて
結果的に彼女から離れた「ずるい自分」「情けない自分」を共感しないまでも許容できるように
なってしまっている。
男性は一度は、かよわい女性に憧れます(ちょっと変なニュアンスかもしれませんが)。
「守ってあげたい」とどこかで思ってしまうのかもしれません。自分よりも弱い立場の人を
守ることで自分の「弱さ」から目を背け、傲慢で臆病な自尊心を育てることができる。
ジョゼは歩けないという最大のハンディキャップを持っています。そして外の世界からは
隔絶した毎日を送ってきた。そこで共感できる男性の観客は自分を主人公に投影し
かつて成し得なかった「か弱き女性の王子様」へと摩り替える
(それが最近目にする「萌え」なのかもしれませんね)。
しかし終劇の恒夫とジョゼのコントラスト。次へと歩き出しているのになぜか涙が止まらない恒夫と
あんなに嫌がっていた車椅子(しかも電動)に颯爽と乗りながら歩道を通り抜けるジョゼ。
「なにいつまでも王子様気取りの馬鹿なこと考えているの?」
と自分が問いかけられているかのようです。
このラストは決して「強さ」に関する女性上位を示唆しているものではない。
「慈しみ」かもしれないけれど、全体を流れる障害者に対するへんてこな優越感や
「守ってあげたい」という甘い感情は否定されます。弱さも強さもそれは身体的なものからは
こないということですね。そんな、いまさら当たり前なことを感じました。
どっぷり感情移入して観た映画でしたが、作品としてもバランス感覚はピカイチです。
ちょっと女性の裸が多すぎたかなとは思いますけど・・・だからそれで点数高いわけじゃないけど(ぉ。
でも観終わった後にとても残る映画ですね。
こういう「当たり」の映画を見つけると、とても嬉しくなりますよ。
採点・☆☆☆☆☆
(☆20点、★10点、100点満点)
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