kazunosukeの日記: よぉーし!Googleのないところで勝負だ!!! 6
知識探求欲があるのは結構なことだと思います。
インターネットの普及によって、知ることの範囲が格段に広がりました。
でもときに、膨大な資料から探り当てるわけでもなく、そんなつまみ食いのようなかたちで
いとも簡単にわかっていいのかよ?と思うことってあります。
たとえばGoogleという何でも知っている(よく間違えるけど)人がいて、彼ばかりにいつも頼っているような
そんな気になりませんか? 本で調べるなら答えを探り当てるのは容易ではなく、その答えに到達する前に
前後の文章に目を通す必要があります。だけどインターネット検索の場合はキーワードを入れて
そしてエンターキーを押すだけ。あとは自分の知りたい情報をいくつか読んで使えるものを
ピックアップしていけば、調べものなんて一瞬で終わります。
なんでもかんでも聞いてくる子がよくいるのですよ。
今、説明したばかりなのに、教科書をみれば載っているのに条件反射的に聞いてしまう。
「どういう意味ですか?」
「それは何ですか?」
「正解はどれですか?」
そしてまた僕も反射的に「そこに載ってるから自分で読みなさい」「今、言ったばかりだから自分で調べなさい」
そう言っている。別に答えるのは何てことないですよ。ただ一言自分が知っていることを言えばいいだけです。
でも、なぜか簡単には答えない。時間が終わって、あとで聞きに来たら丁寧に答えるけれど。
僕はぜんぜん答えるのは苦にならない。だから僕は(知っていることは限られているけれど)Googleと同じです。
でも、どうしてか簡単には答えたくないんです。答えを言うのは苦にならないのに。
どうしてなんでしょう。わかりません。
疑問に思うのは良いことだと考えます。
けれどGoogleをはじめ検索サイトを乱用するのはどうかなぁと思ってしまう自分がいます。
なるべく仕事の知識なら検索サイトを頼りたくないんです。その理由もやっぱりうまく説明できません。
みなさんはどう考えますか?
人に聞くのと、本で調べるのと、検索サイトで調べるのはどう違うのか。
ぐぐるが問題というよりも (スコア:1)
じゃないかと思います。かく言う私は誰かに何かを聞かれたときはそうしない
理由がない限り答えそのものを言わないで周辺から誘導する事にしてます。
# 自分で考えないとわかった事にはならないものね。
いかに知識として着床させるか (スコア:1)
というのはあるのでしょう。時間の短縮のためには良いのかもしれませんが、
すぐに忘れてしまうものであれば、あまり意味はないだろうし。
それに調べる時間の短縮といっても、得したわずかな時間で何をしているのかといえば
そんなに有意義に使っているとも思えないし(笑。
#答えは簡単には言いませんがヒントはたくさん提示するようにしています。
知らない、探す、見つける、調べる、解る、識る (スコア:1)
嘘を嘘と(略)
目についたものを、片っ端から取り上げて
「これですか」って聞くってのは、
自分で見分けらてれないわけで、
そこは、がんばって力を身につけていくしか
ないでしょうね
そのためには、なんでもかんでも、
知っているか否かの二択
に簡素化してしまうのはよくないよね
って、あれ、何か批判しようとしてるんだっけか
ともあれ、自分で判断できるようにならないと
難しいのは今も昔もおなじなんじゃないでしょかね
誰かに教わりたいと思うけど、やっぱり自分でわかりた (スコア:1)
だけど知性というのは知識が全てではないのはもちろんです
(今の受験制度が知っている/知らないを問うことだけにに殆どが偏っていることは
採点する側の負担を減らすためです。嘆かわしい現状です・・・それはまた別の話)。
知識を受け渡す(何か偉そうですね)というのは、ただこちらが知っていることを
教えるだけではなくて、きちんと考えさせ答えを自ら導き出せるように鍛えること
だと思います。だから僕は簡単に答えを教えたくないのかもしれませんね。
答えを言うのは簡単だけど、じゃあ君たちは誰も教えてくれる人がいなかったら自分で
答えを探り当てることが出来るのか・・・って。
先生~! (スコア:1)
(下ネタ自主規制中に付きコメントは削除されました。)
There is no spoon.
今日の範囲は「御恩と奉公・いざ、キャバクラ!」 (スコア:1)